親の恋話
昔からマラソン大会が死ぬほど嫌いだった。運動神経の悪い私は、やる前からどんけつだって分かってたから。だからお母さんに言ったの。明日大雪が降ってマラソン大会なんか中止になればいいんだ、って。そしたらお母さんは大笑い。
「そんなの無理よ、真夏なんだもの」
次の日、気象庁が日本最高の雨雪量を観測した。冬ですら滅多に雪の降らない街なのに、窓を開けたら真っ白な銀世界。お母さんと植えた向日葵に雪が積もってた。もちろんマラソン大会は中止。嬉しかった。
もちろん、勉強も大嫌いだった。算数は数字を見てるだけでお腹が痛くなったし、社会なんてちんぷんかんぷん。だからテストの前の夜は勉強もしないで祈ってたの。小学校なんてどっかいっちゃえって。
そしたら、次の日。本当に小学校がまるごと消えちゃったの。
もう大騒ぎ。小学校はどこに消えた?ってPTAもご近所様も。そしたら夕方のニュースで地方の山奥に私の学校が見つかったって。そこに夜間見回りしてた(大嫌いなヒゲじじい)先生も学校と一緒に飛ばされたらしく、アナウンサーの人がマイクを向ける。いつもは傲慢知己で「こんなことも分からないのか」そう呆れた顔で私の頭を特大三角定規で叩く先生。テレビ越しのその顔はもっと老けてみえて、小さな震える声で一言
「怖かった」
そう言った先生に、私はテストがなくなって嬉しいとは思えなかった。
隣の席の意地悪な男の子。顔中にイボができればいいのに、そう願えば急に顔を押さえ苦しみ出したの。保健室から帰ってきたその子は顔中ぐるぐる包帯で巻かれていて。私はなんとなく、なんとなくだけど、その下にはぶつぶつのイボができてるんだと知っていた。
よく吠える怖い犬のバルルも。鎖に繋がれてるのにいつか契れるんじゃないかって学校帰りいつも怖くてたまらなかった。だから、願った。カエルになればいいのに。翌日。バルルの姿はなくて、そこにあったのは寂しそうな、悲しそうな飼い主さんの姿だった。
でも、ちがう。私のせいじゃない
って。そう思う事が何度も続いた。それは私が魔女だって知って、日本魔法学校に入学しても変わらなかった。
ううん、むしろ、悪化した。
私は12歳の魔法使いでは出来ない魔法が出来て、周りが簡単に出来る魔法が出来なかった。なにか大事があれば、こんな事が出来るのはお前だけだ、お前がやったんだ。そう言われた。
自分の魔力は人よりも大きい事を知った。そして、それを自身が上手に扱えない事も知った。
2年生に上がる時、日本魔法学校が手に負えないと私は世界で一番の魔法学校ホグワーツへ編入する事が決まり、校長であるアルバス・ダンブルドアの管理下で学ぶことになる。
そして、初めてダンブルドア校長に会った時に言われた。
「お主は魔法がへたくそなのだよ」
そりゃあもう、わしの耳糞くらいにな、と穏やかに笑った老人は続ける。
「魔法をなんだと思う?」
その答えに、私は握りしめた一冊の絵本を差し出した。それは廃棄処分になったからと、あの図書館のおばさんがくれた、あの本。皺くちゃの手で受け取ったダンブルドア校長。汚れた表紙を指でなぞって、少し嬉しそうに見えた。
「…なんということじゃ。この本はわしも大好きでな、ミセス・ヨウコは元気じゃったかの?」
私が首を傾げると、図書館のおばさんじゃよ、とダンブルドアは悪戯に笑う。そして、その本の作者が図書館の彼女だった事を聞き、私は驚いた。おばさんは魔女だったのか。まるで騙されたような、でも嬉しいような、不思議な気分。マグルの世界には、まだたくさん魔法使いがひっそりと暮らしてる。もしかしたら、その絵本のようにうちのお隣さんも魔女かもしれない。そう思うと、なんだか嬉しくなった。
「私、も、なれます、か?」
それでも私は怖くてたまらなかった。自分の力と自分の不器用さに。
私の理想の魔法使いは悪戯好きだけど、決して誰かを傷付ける為に、悲しませる為に使わない。
「約束しよう、お主は偉大な魔法使いになれる」
私が思う、魔法。自由で奔放で不思議で、愉快で。
「魔法が好きじゃろう」
そうだ、憧れだったんだ。
涙を零して絵本を抱きしめる私の頭を撫でて、ダンブルドアは穏やかにそう笑った。
ロマンスを抱いて
ダンブルドアを大好きになった私はホグワーツへの学園生活に胸を躍らせた。小さな小さな日本学校では叶わなかった願いに。大好きな魔法を一生懸命練習して、素敵な友達に巡り会える事や、もしかしたらハンサムな王子様に出会えるかもしれない。
そう、“この時まで”は輝く日々を期待して、たまらなかったのだ。
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解せぬ花