神野の悪夢編 09
ガンギマリの目で睨んでくる弔の五指に掴まれ、一声鋭く鳴いたかと思うと、次の瞬間、跡形もなくなってしまった。
弔の崩壊の個性により、一握りの塵が、床の上にあるだけ。
皆が驚いて見下ろしていると、塵の山から、小さなクシャクシャの雛が、中から頭を突き出した。
先程までの、赤と金色の、うっとりするような美しい鳥と比べると、雛の姿は、みすぼらしいと言うか…醜かった。
「ちょっとぉ!?チョコを食べろとは言ったけど、フォークスを雛にしろとは言ってない!!」
「言ってはねぇな。」
「書いてもない!!」
「キスされた事、根に持ってないの?」
「別に孕ませられた訳でもないから、どうってことないわ。」
「メンタル強すぎない!?」
「こいつ絶対心臓に毛が生えてるだろ」
「それに、その点に限っては、荼毘は大丈夫よ。“不能”だもの。」
「え?」「は?」「そ、……そうなの!?」
突然の爆弾発言に、敵連合の声がハモリ、驚きと哀れむような視線が、一斉に荼毘に向けられる。
瞳孔をかっ開いた、おっかない形相をした荼毘の、煮え滾る怒気と、刺すような殺気を感じても、摩耶は動じない。
地獄の底から這い上がってきたかのような鬼の形相で、“何言ってんだクソ女。ブチ犯すぞ”という恐ろしい字幕が彼の頭上に見えて、……見なかったことにしようと敵連合は視線を逸らした。
「なに怒ってんのよ?」
ビシビシ刺すような視線を向けてくる荼毘を鬱陶しく思ったのか、不快そうに顔を顰める摩耶。
「本当に“不能”か、その貧相な体で試してやろうか?摩耶ちゃんよぉ」
「結構よ。闇医者とは言え、しっかりした医師の診察による証言と、今までの検査結果で、分かり切ってる事じゃない。“タネなし”の立派な“不能”だと。例え、いくらヤッても、今までの女たち同様、子なんかデキやしないわよ。」
種無し(タネなし)の男性とは、射精は可能だが精液中に精子が全く、あるいはほとんど存在しない状態のこと。
「あ、あぁ…そう言う意味合いの“不能”か。」
「…ビビらせんなよ」
「お嬢ちゃん、男としては『枯れる』とか『干からびる』とか、ましてや『不能だ』って、言われたくない言葉なのよ。」
「そうよ。どれくらい言われたくないかと言うと、女にとって『ブス』とか『デブ』とか、禁句レベルのNGワードよ。」
冷や汗を掻きながら、引き攣った苦笑を、疲労のにじむ顔に浮かべたコンプレスとマグネに摩耶は教えられた。
そんな2人の御蔭で、確実に男に言ってはいけない言葉ランキング上位に入るであろう、とんでもない暴言を吐いてしまった事を理解した摩耶は、申し訳なさそうに、けれど素直に、荼毘に謝った。
荼毘も、深く長い溜息をついた後、「言い方に気を付けろ、クソバカ女」と、乱暴な言葉遣いながらも、その謝罪を受け入れ、なんとかその場は丸く収まった。
……かのように見えた。
「…ん?ってぇことは、×××って言ってたのはマジって事か!?」「いいや、嘘さ!」(伏字:…ん?ってぇことは、×××(生×メ)て言ってたのはマジって事か!?)
「それがどうした。」
「毎回×××××××だなんて、最高かよ!羨まっ!ずりぃぞ、荼毘!」「最低最悪のマナー違反者だぜ、荼毘!ぶーぶー」(伏字:毎回×××××××(中×しセッ×ス)なんて、最高かよ!羨まっ!ずりぃぞ、荼毘!)
「意味ねェだろ、ゴムなんか。こんな体だから中身もイカレちまってて、胎の中に出したところで、俺のじゃ、ガキなんざデキやしねェからな。」
だからか、セッ×スでのゴム有り無しの話では、避妊という概念はそもそも荼毘には無い。
全てにおいて、自分の気分次第なので、相手の要望に、わざわざ応えてやるつもりも、さらさらない。全然お構いなしだ。
ぶっちゃけ、今まで、女に許可なんて取ったことねぇし。男慣れしてて、自分から誘って跨る女たちを、宿代と称して、ただ溜まったら射精す為だけの孔としてでしか認識してないせいもあるだろうが……。
「待って、そんなこと別に言わないで良いから!」
「だとしても、避妊具は付けてください。荼毘、避妊具は男性のマナーですよ。」
「つーか、知りたくなかったぜ!!仲間の夜事情とかッ!この不潔男!」
「ハッ、童貞のトカゲには刺激が強すぎたか?」
「黙れよ、もう!後、トカゲって言うな!!」
そんな知りたくもない仲間の性事情を、摩耶の発言で知ってしまった他の敵連合の者達は、頭を抱えた。
うん、まァ、お気の毒様としか言いようがないですね。
「……ドラゴン??」
「は?」
摩耶がスピナーを見て、驚きで、目を丸くする。
スピナーもまた、摩耶の発言に呆気に取られて、目を丸くする。
「どこがだよ。見りゃ分かンだろ、トカゲだよ。眼科行った方がいいンじゃねェの?ドラゴンらしさがどこにあるってんだよ。」
「え?だって、フレッドとジョージが着てた最高級のドラゴン革(ガワ)のジャケットと同じ肌よ!それに見た目だって、トカゲよりドラゴン寄りよ!荼毘こそ眼科行った方が良いんじゃない?」
鋭くカッコイイ目つきに、引き締まった筋肉質な体、どこをどう見たってドラゴンでしょ!と力説する摩耶。
「(ドラゴン!?最高級!?カッコイイ!?///)」
キラキラした目で見られ、突然の人生初の褒め殺し(?)に、赤面して照れるスピナーを、ギロッと睨む荼毘。
「けばけばしいだけの緑色の鱗(ウロコ)じゃねェか。お前、趣味悪ィなァ…」
「加齢臭マシマシの中年男性のケツを始め、そこいらの女のケツを追い掛け回してる貴方にだけは、言われたくないわ。」
「「「「(加齢臭マシマシの中年男性のケツって何!?ぇ?荼毘って両刀使いだったりするの!?!?)」」」」
※両刀使い:性的文脈では男女両方と関係を持つ人、あるいは一般的には、異なる2つの役割や技術を両方こなせる人を指す言葉である。
「ハッ!口移しの相手が、スピナーじゃなくて悪かったな。」
「え?」
「俺みたいに火傷塗れじゃねェし、見た目も“カッコイイ”らしいしな。」
そう唇から嘲笑と完全なる自虐発言を共に吐き捨てる。
自分を卑下し、皮肉を含ませた薄ら笑いを浮かべて、自虐的に笑う荼毘。
それでも、その言動からは、摩耶を責める雰囲気がありありと感じ取れる。
「「「「(うっわ、面倒臭い男のソレじゃん!!つか、オッサンのケツ追い掛け回してることは否定しないんだ!?(汗))」」」」
荼毘は面倒を凝縮したような男だ。
束縛体質で、嫉妬深く、情緒不安定。
「…荼毘、」
「話しかけンな、面食いクソビッチ。」
声を掛けてみても、視線が絡まない。
その上、酷い暴言を吐き、摩耶を蔑(サゲス)む始末。
「はぁ…チョコが足りなかったのね。しょうがないなー。」
「は?…ングッ」
それに対して、摩耶は聞こえる溜息を吐く。ピクリと、荼毘の肩が跳ねる。
そんな荼毘の顔を自分の方に向かせ、摩耶は荼毘の口にカエルチョコレートをブチ込んだ。
魔法界のお菓子であるチョコが、口の中でウゴウゴと動いている甘ったるいソレに、荼毘は顔を顰(シカ)める。
口の外にハミ出してるカエルの両足も、ピクピクと動いており、傍から見ていた他の敵連合の者達も、ドン引きしている。
「私に魔法のお菓子の宣伝をやれって言ってるのかしら?…貴方達、何味が好みとかある?」
まるで菓子屋が半分そっくりそこに引っ越してきたかのように、甘いものが山のように積み上げられていた。
「はい!血の味が好みです!」
「あら、ぴったりのがあったわよ。“血の味のペロペロ・キャンディ”。ちょっと刺激的なのが良ければ、“鼻血ヌルヌル・ヌガー”や“流血豆”もあるわ。」
“血の味のペロペロ・キャンディ”=吸血鬼用お菓子?
「“鼻血ヌルヌル・ヌガー”は、食べると一時的に鼻血が出るのよ。」
荼毘が先程の腹いせか、スピナーに鼻血ヌルヌル・ヌガーを無理矢理に食べさせる。
トガがスピナーの血を舐めようとする。急接近するトガの唇に顔を真っ赤にして必死に抵抗するスピナー。
「ジョークグッズがラブコメアイテムになるなんて…」
そんなイチャイチャ(?)な光景に、授業を抜け出す口実を作るための“ずる休みスナックボックス”…文字通り、ジョークグッズが、こんな光景を生み出すことになるなんて、思いもしなかった。
「ピーピー!」「ピロロロロロロ!」
「わっ!どうしたんですか……仁くん?」
「カナリア・クリームね。」
トガとスピナーのイチャイチャ(?)に慌てたトゥワイスがカナリア・クリーム食べ、大きなカナリアに変身した。
「ちょっと、これ、ちゃんと元に戻るの!?」
騒いでる1分以内の間に、全ての羽が抜けて、元のトゥワイスに戻った。
「この羽、誰が掃除すると思ってるんですか?」
床に散乱する大量の羽に嘆く黒霧。
「摩耶ちゃんは、普通に私に接してくれるんですね。」
「うん?」
「私が血を好きなことを知っても、咎めませんね。いえ、それどころか、私を異常者としても見ていません。もしかして、摩耶ちゃんも血が好きなんですか!?」
「つーか、魔法界はトガのようなイカレた連中が多いのかよ?なんで血関連の菓子がこんなにあるんだ?」
「いや、魔法界うんぬん以前に、血液を食材として利用する文化は、こっちの世界にも存在するじゃない。ほら、ブラックプディングとか食べ物であるでしょ?」
「違う。そうだが、そうじゃない」
ズレた解答をする摩耶に弔がツッコミを入れる。
「まぁ、私はスティッキー・トフィー・プディングの方が好きだけれど。」
「あぁ、あのブタのもとか。」
「あ゛ぁん?」
荼毘のあまりに腹立つ発言を聞き流せなかった摩耶の眉がピクリと動き、露骨に不機嫌な声色が口から飛び出る。
「そう、そんなに荼毘は、“ゴキブリ・ゴソゴソ豆板”か“ゲーゲー・トローチ”が良いのね?」
自由に好き勝手する集団と魔法のお菓子という掛け合わせのこの空間だからこそ、作り出されてしまった非常にカオスな状況の中で、私たちは夢中でぎゃあぎゃあと騒いで、一夜を明かした。
また漫画を貸してやってもよかった。またクソ甘いもんを食わされに外に連れられたってよかった。くだらねーことで口喧嘩してやったってよかった。不機嫌な俺の顔に睨みを効かせる女の顔を見てやったってよかった。
俺にとってはくだらないと思っていたはずの時間が、全部、俺にとっての手放したくない日々だった。
「ッソヤローがァ……!」
悔しげに吐き出された言葉の後に、弱々しく小さな声で「帰ってこいや、半々クソブス女」と懇願の言葉を、悪態をつきながら、爆豪は吐き出した。
いつか必ず、帰れることを、ずっと信じている。
魔法界が恋しくて独り泣きながら眠る夜もある。
自分で自分を抱き締めてやりながら、いつもいつも想っている。
吼えメールはなくなってしまったけれど、皆の声は確りと耳に今もちゃんと残っている。
なにより、その証拠に、この手の中には、不死鳥のフォークスがいる。夢でもなんでもない。紛れもない現実だ。
「(だからまた、絶対に再会できる。)」
だからその日まで、自分は生きて、あの子供たちとの“約束”をしっかり守らなくては。
こちらに来てから随分と長い月日が流れた。
向こうでの幼い頃に、近所の老夫婦に教えてもらった子守歌も、魔法界で流行った喜びの歌も忘れた。
「(でも、別に構わない。ホグワーツの校歌は覚えているから。)」
辛い、苦しい、やりきれない。
何度も何度もくじけそうになりながら、それでも、摩耶は毎日想いを馳せる。祈る。願い続けている。
どうか無事で。
どうか無事に。
どうかまた会えますように。
どうか現実で会えますように。
どうか魔法界に帰れますように。
どうか神様、ダンブルドア様……―――――。
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