神野の悪夢編 08




「摩耶!」「尋木少女!」「小娘!」『摩耶ちゃん!』『摩耶!』『尋木!』『尋木さん!』『摩耶さん!』



荼毘、オールマイト、グラントリノ、テレビ中継で見ていた緑谷、爆豪、轟、八百万、心操をはじめとするC組の皆が悲痛な声で摩耶の名を叫ぶ。

自分の身を案じる声が届く届かないに関係なく、摩耶は生温かい血が、利き腕を、片足を、左の肩を、どっぷりと濡らした時、刺された箇所から焼けつくような痛みが走っていくのを感じた。

ズキズキとした灼熱(シャクネツ)の痛みに耐えられず、摩耶はズルズルと崩れ落ちていく……がしかし、そうしてそのまま地面に倒れることは、巨悪の手によって、許されなかった。

突き刺さっている凶器の元凶であるオール・フォー・ワンの指先に、ぐいっ!と体が引き寄せられていく。怪我を負った箇所の痛みがゆっくり、しかし確実に、広がっていく。

ローブが自分の血で染まっていくのを見つめたときから、もう摩耶の目は霞みはじめていた。近付いていくオール・フォー・ワンが、ぼんやりとした暗色の渦の中に消え去りつつあった。



「さすがは“選ばれし者のパートナー”!そして、本当に良い“力”だね。魔法は!…やはり僕らの元へ来て欲しいな、ーーーッ!?」



突如、悲痛な叫び声があがった。

摩耶でもヒーローでも一般人の被災者でも増してや荼毘たち敵連合でもない。

それは今、余裕たっぷりに喋っていた筈のオール・フォー・ワンのただ1人のものだった。

オール・フォー・ワンは激しい苦痛でうなり声を上げながら、体を丸め、摩耶を貫く指先を見た……みるみるうちに指先をつたって、手首にまでも、火ぶくれが出来た。


摩耶には、分かった。

オール・フォー・ワンがヴォルデモートと同様に、摩耶の皮膚に触接、触れることはできないのだ。


17歳になるまで、摩耶を守り続けていた、母親の“愛の護り”。

どういう理屈か知らないが、体が17歳未満まで若返ったことで、“愛の護り”が復活していたらしい。


摩耶に触れれば、ひどい痛みに責めさいなまれる……クィレルの時のように、しがみつき、痛みのあまり個性を使うことができないようにする。―――それしか道は無い。

摩耶は、力を振り絞って、手を伸ばし、オール・フォー・ワンの腕を捕まえ、力の限り強くしがみついた。



「あ゙あ゙あ゙ア゙ア゙ァ゙!!!」



オール・フォー・ワンがまた恐ろしい悲鳴をあげ、摩耶を振りほどこうしたが、激痛で力が入らないし、個性を使うのもままならない。

2人を見る者たちの目に、摩耶が触れているオール・フォー・ワンの腕が、真っ赤に焼けただれ、皮がベロリとむけ、やがて、灰のようになり、なくなっていく様を驚きの表情で見ていた。

しかし、その腕への“浸食”が他へ及ぶ直前に、オール・フォー・ワンは渾身の力で、肩から腕を切り離した。

摩耶は、固く握っていた腕が支えをなくし、消え去ると同時に、重力に従って、落ちて行った。

下へ……下へ……下へ……―――――



「尋木少女!!大丈夫かい!?って、そんな訳ないか!酷い怪我だ!!」



オールマイトが飛び出し、両手を伸ばして、落下してくる摩耶を、難なく受け止める。掴んでいた腕は当然、無い。

涙で、ぼんやりとした摩耶の視界の端で、真紅の影が、スッと横切って、オールマイトの肩に留まったのが見えた。



「フォークス」



摩耶はもつれる舌で呟いた。



「ディメンターは?……そう、ありがとう。君は本当に素晴らしかったよ、フォークス。」



摩耶の問いかけに、一声、鳴いて答えるフォークス。

その答えに安心して賞賛を贈ると、巨悪の爪が貫いていた左の肩の傷に、フォークスがその美しい頭を近付けるのを、摩耶は感じた。



「ダンブルドアに…ハリーたちに、伝えてくれない?『ありがとう』と『ごめん』って」

「尋木少女!諦めてはいけない!しっかりしなさい!」



オールマイトは、そうは言いつつも、分かっていた。非常に危険な状態だ。いますぐ治療をしなければ、死んでしまう。

この鳥にさえ“それ”がわかるらしい。傷口を見ながら、真珠のような涙をポロポロと、そのつややかな羽毛を伝って傷口へと滴り落としながら、泣いていた。



「腕の再生ができない…何故だ!?」



なくなった腕の方の肩を押さえながら、突然、オール・フォー・ワンが声をあげた。


「何をした!?答えろ、尋木 摩耶!!」

「貴方じゃ無理よ。きっと理解できない。」

「理解だと!?何をしたか言えと言ったんだ、僕はッ!」

「杖からは、断片的にしか情報を得ていないのね。でも、もし全てを知っていたとしても……―――打ち勝つことも、ヴォルデモートと同じで出来やしないんでしょうね…。」

「僕は、完璧な魔王になるべき強者だ!不可能なことなど、ありはしない!!」



オール・フォー・ワンが、吠える。



「リドルと一緒で、可哀想な人。」



摩耶が大声で言ったわけでもないのに、水を打ったような静けさの中で、その声はトランペットのように鳴り響いた。



「……は、?」



オール・フォー・ワンは聞き間違いかと思った。それか、いっそ冗談ならよかった。

それなのに、あまりに透徹した、その眼差しは、無粋な嘘や邪推な冗談なんか、カケラもない。



「この僕が?哀れだと??」



今、死にかけているのは摩耶の方だ。それは、誰が見ても、火を見るよりも明らかだ。

腕が亡くなろうとも、オール・フォー・ワンは、まだ次のオールマイトとの戦いを行える程度には、余力を残している。

それなのに、負けて死に逝く弱者に哀れまれている理由が分からないし、その凪いで透き通った瞳は…弟のそれと酷似していた。



「(違う、違う!弟の目とは違う!弟は…与一はッ!)ーーーー 僕をそんな目で見るなッ!!与一!!!」

「誰よ!?私は、尋木 摩耶よ!!」

「何故お前は思い通りにならない?ただ僕はお前が欲しいだけなのに!何故、拒む?こんなにも、この僕が、求めてやっているというのに!!」

「尋木少女!あ、安静にしとかないと!!君は重症なんだ…か、ら?」



そこで、オールマイトは奇怪(オカ)しな気付く。

何故、先程よりも元気なのだろう?と疑問に思う。

大怪我をして瀕死の筈の少女が、先程よりもスラスラハキハキと流暢(リュウチョウ)に言葉を喋っている。



「(あれ?よく見ると、怪我が塞がってないか??)」



摩耶の左の肩と利き腕の傷口の周りが、ぐるりと真珠のような涙で覆われていた。しかも、その傷さえ消えている。

いつの間にか、フォークスはオールマイトの肩から降りて、摩耶の足にその頭を休めている。その足の傷も、肩と腕の傷同様、消えていた。




「私はただ、帰りたいだけなのに…ッ!!」

「無事に、送り届けるよ」

「ぇ?」

「私はヒーローだからね。困っている人は、放って置けないんだ。」

「……ふふっ。出久と勝己の気持ちが、今なら、良く分かります。」



そして、オールマイトとオール・フォー・ワンの戦いへ…!!

その前に…、


「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!!!」



浮遊呪文を唱え、あたりの瓦礫やその下に居た人たち諸共、浮かび上がらせる。

駆け付けたエッジショット等の他のヒーローが浮かせた人々を助け、回収する。

その後に再度、杖を振り、呼び寄せ呪文のアクシオで、辺り一帯から、ありったけのチョコレートを搔き集める。



「ディメンターの影響から回復するためのものです!食べて下さい!!元気になるから!」



と皆に呼びかけて、チョコレートを食べるよう促(ウナガ)す。

そうして、なんやかんやで、オールマイトが勝った。



「弔を宜しく頼むよ。」

「言われなくても、そのつもりよ。」



拘束され、摩耶の横を通り過ぎる時、オール・フォー・ワンが摩耶に“頼み事”をする。

彼からの最後の皮肉なのだろうが、さして気にせず、間髪入れずに、摩耶は言い返す。



「負けたよ、オールマイト。実に醜い足掻きだった。しかし、君は間違えたよ。戦いの果て、弟子に寄りそう道を望んだ。君は離れ時を見誤った。死に時を失った。」



オール・フォー・ワンは、摩耶の次に…いや、最後に、オールマイトへ声を掛ける。



「先生というのは弟子を一人立ちさせる為にいる。頼りにしてきた師が手の届かぬ場所へ去り、彼は憎悪を募らせる。彼は真に先頭を歩んd」



バーン!!



数人が悲鳴をあげた。

オールマイトを含め、何人かのヒーローは、敵襲かと振り返った。

がしかし、振り返り、身構えるより早く、2つ目のバーン!!だ。

そして吼(ホ)え声が響き渡った。



「だぁーらっしゃい!!」(訳:黙らっしゃい!!)



オールマイトが急いで振り返ると、摩耶が鬼の形相で、杖を上げ、まっすぐに純白のクズリに突きつけている。

※クズリ:【悪魔のクマ】の異名を持ち、「とにかく性悪な動物」と表現されるほど獲物を執拗に追い詰める狡猾さを持つ肉食獣。

移動牢(メイデン)の扉の前の地面で、ちょうどオール・フォー・ワンが入れられようと、立っていたあたりに、白いクズリが震えていた。

現場に、恐怖の沈黙が流れた。摩耶以外は身動き1つしない。


「オール・フォー・ワンは!?」

「このクズリは一体?」

「触らないで!」



摩耶が叫んだ。

白いクズリを近付いて拾い上げようとしたヒーローは、面を食らって、その場で凍り付いた。

摩耶はドスドスと足音を立てながら、白いクズリに向かって、歩き出した。

クズリはキーキーと怯えた声を出して、摩耶に尻尾を向けて、サッと逃げ出した。



「そうは問屋が卸さないわよ!!」



摩耶がまた吼え、杖を再び純白のクズリに向けた。

クズリは空中に2、3メートル飛び上がり、バシッと床に落ち、反動でまた跳ね上がった。



「2度と―――そんな―――ことは―――言うな―――!」



摩耶は低く唸り、白いクズリは何度も床にぶつかっては跳ね上がり、苦痛にキーキー鳴きながら、だんだん高く跳ねた。



「鼻持ちならない―――臆病で―――下劣な行為ばっかりで……―――、」



純白のクズリは脚や尻尾をばたつかせながら、なす術(スベ)もなく跳ね上がり続けた。



「お前が―――師を―――語るな!」



摩耶は白いクズリが地面にぶつかって跳ね上がるたびに、一語一語を打ち込んだ。



「もしや―――、尋木少女!」

「何かしら、オールマイト。今は懲罰(チョウバツ)の最中なのだけれど?」



摩耶はクズリをますます高く跳ね飛ばしながら、冷静を装おうとしながら、比較的、落ち着いた声で返事をした。



「もしかして、その白いクズリは…―――、オール・フォー・ワンなのかい?」

「That's right!」

「Oh my goodness!!」



オールマイトがそう叫ぶと、ボロボロの体で、摩耶に駆け寄り、羽交い締めにする。

オールマイトの加勢に、他のヒーローや警察官たちが加わり、摩耶を落ち着かせ、説得をする。

そうして暫くしてから、バシッと大きな音を立てて、オール・フォー・ワンが再び姿を現した。

いまや顔は燃えるように紅潮(コウチョウ)し、息を乱しながら、オールマイトにやられた時とは別の意味で、地面に這いつくばっている。卑しい笑い声は、当然、響かない。



「死柄木、お嬢ちゃんは諦めよう。ありゃ俺らにはどうしようも出来ねえよ」



仮面の下、引きつった顔でMr.コンプレスは、自分たちのリーダーに、そう進言した。

それに同意するかのように、「魔女、怖い!」と、騒ぎ立てる仲間たち。

…荼毘だけが、苦虫を噛み潰したような渋面を顔に浮かべて、口をつぐんでいる。

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解せぬ花