神野の悪夢編 04
意識が、感覚が、朦朧(モウロウ)とする。
どこか遠くから、叫び声が聞こえる。
ぞっとするような叫び、怯えた叫び、哀願の叫び、引き攣ったような叫び。
低く、高く、初めて聞く声たちが、周波数の合わないラジオの音のように、摩耶の周りに渦巻いている。
そして、その誰か知らない人達の中に混じって、知っている人達の声も、同じように、聞こえて来ている。
「(早く、早く、起きなくては…!)」
目を開けようと瞼に力を入れようとしたが、出来ない。腕を動かそうとしたが、どうにもならない。
摩耶は、あの子たちを助けたかった。自分じゃ駄目なら、代わりに、誰かに、あの子たちを助けてほしかった。
じゃないと、また失ってしまう。父のように、母のように、代父のように、師のように、学友のように、仲間たちのように。
『摩耶』
自身の名を呼ぶ声が聞こえた。
それを最後に、誰かが音のスイッチを切ったかのような、摩耶の耳が急に聞こえなくなったかのような、沈黙が訪れた。
『摩耶』
また、呼ぶ声が聞こえた。
摩耶の頭の中で、はっきりと、鮮明に、自分を呼ぶ声が―――――……。
摩耶は目をパチッと開けた。
固い地面に横たわっていた。
摩耶の前に立ち、戦っている爆豪の背中が見える。
その先に、荼毘がうつ伏せに倒れているのが、小さく見えた。
それらを視界に収めながら、摩耶の記憶が早回しの画面のように戻ってきた。
「(死柄木弔……荼毘……勝己……。)」
さっきまで動かなかった体が嘘のように、摩耶があまりに勢いよく起き上がり、ローブのポケットから杖を引き抜き、盾の呪文を唱えて、爆豪と敵連合の間に見えない盾を出現させた。
お互いの攻撃が盾により防がれた事に、爆豪と敵連合の双方が驚き、息を呑み、視線が摩耶に集中する。
しかし、摩耶は、それらを気にする間もなく、バシッという音と共に、その場から姿くらましをして、荼毘の傍らに姿現しをする。
そして、荼毘を仰向けにして、口元に手を当てて、気絶をしているだけである事に安堵しつつ、失神した者の意識を回復させる、気つけの呪文を唱える。
荼毘が、かすかに動いた。
それを見て、摩耶は荼毘の耳元に口を寄せ、本人にしか聞こえない声で呼びかける。
「しっかりなさい!――――― 轟 燈矢!!」
カッと、荼毘の鮮やかなターコイズブルーの目が勢い良く開き、摩耶の顔を見つめた。
「何回言えば分かる。荼毘だ。バカ女」
そう言って、荼毘の瞳が、鋭く細められ、摩耶を睨みつける。
それから、摩耶を押し退けて、自力でヨロヨロと身を起こした。
摩耶が色々とそう考えあぐねているうちに、それは起こった。弾けるように空を見上げる。
破壊し尽くされた周囲のなかでもまだ原型を残していた壁が破壊される。そこから飛び出してきたのは、氷の山。
それを道のように駆け抜ける小さな影。それは、大きく空を飛んだ。夜の闇の中、摩耶たちの頭上を爆豪と年変わらぬ青年三人が浮かんでいた。
「来い!!」
「摩耶!!」
空から力強い声が聞こえた。
その声を耳にしたのと同時に、爆豪は摩耶を呼ぶ。
摩耶も、爆豪の呼びかけに答えるように、爆豪の首に腕を回し、抱き着く。
摩耶を抱き寄せて、BOMBという音で、爆豪が個性を使い、摩耶と共に、天高く飛ぶ。
「……バカかよ」
そして、爆豪はその差し伸べられた手を力強く握った。
「摩耶ちゃん!」
「出久!」
爆豪と摩耶を連れた小さな影は逃げ出す為にスピードをあげて空を駆けていく。
しかし、簡単に逃がすわけにはいかないのが、敵連合だ。
「逃がすな!遠距離ある奴は!?」
「黒霧はダウン!荼毘!」
「俺に死ねってか?向こうにアイツが居ンだろ。」
「そうだった!つか、どっち見て…そっちなら攻撃しても大丈夫でしょーが!」
「チッ、うるせェな。今回だけだ、見逃すのはな。」
「…借りは作りたくねェからな。」と、ボソッと摩耶たちの方ではなく、氷のジャンプ台の方を睨み付けながら、そう付け加える荼毘。
兄として弟に借りを作りたくないのか?それとも、ヴィランとしてヒーローに借りを作りたくないのか?はたまたその両方か。その答えは荼毘にしか分からない。
「あんたらくっついて!!」
マグネの言葉により、Mr.コンプレスとスピナーは体を引っ付ける。彼女の個性を使うつもりなのだろう。
マグネの個性は自分以外の人物に磁力を付与出来る個性だ。男はS極、女はN極となる。つまり、Mr.コンプレスとスピナーは男のためS極とS極の磁力を纏えば、反発し合う。
「行くわよ!」
その反発を利用して、Mr.コンプレスは空を飛んだ。
そのまま爆豪たちのもとへと一直線に飛んでいったが、そんな彼の前に壁が立ちはだかった。
それは、先程まで意識を飛ばしていたMt.レディで。彼女は自身の個性で巨大化し、Mr.コンプレスの行き道を阻んだ。
「まだ間に合う!!もう一発……」
トゥワイスとスピナーがもう一度マグネの個性を使って追いかけようとする。しかし、その前に閃光が走った。
目にも止まらぬ早さで三人に衝撃を与えられ、そのまま気を失って倒れる。グラントリノだ。
あのバーからオールマイトを追ってここまでやって来たらしい。
彼の蹴りにより、マグネやトゥワイス、スピナーは動かなくなってしまった。
「遅いですよ!」
「お前が早すぎんだ!」
摩耶が最後に見たのは、驚いたようにこちらを見ている死柄木だった。
その顔が何故か、迷子になって、泣きそうになっている子供に見えた。
あの子みたい……―――そう思ったら、少しだけあった躊躇する迷いが消えた。
「出久、勝己……―――ごめんね。」
「ぇ?」「あ?」
爆豪の首に回していた手を振り解(ホド)く。
「まさか…!ダメだ摩耶ちゃん!手を…!」
「テメーッ、離したらブチ殺すからな!!」
緑谷と爆豪の制止を振り切り、地上数十メートルから下へと物凄いスピードで落ちて行く中、摩耶は姿くらましをした。
「連合もあと二人!!終わらせる!」
「……!」
「弔くん終わりたくないです」
グラントリノは残った最後の二人、死柄木やトガの方へと向かった…が、急ブレーキをかけるように止まる。
何故、そんなことをしたのかというと、突然グラントリノと死柄木の間に摩耶が姿現しをして現れたからだ。
グラントリノに背を向け、死柄木の目の前に、前触れなく天から降ってきたような摩耶は、そのまま死柄木を自らの胸元へと引き寄せ、頭を抱え込むように抱きしめる。
思いがけない出来事に、その場にいた全員の時間が止まったかのようだった。
だからなのか、それとも近いからなのか、死柄木には、摩耶の胸元から伝わって来る、とく、とく、と彼女の生の音が、確かに聞こえた。
鼓動に誘われるように、戸惑いながらも死柄木は、摩耶を抱きしめ返そうと、オロオロと彷徨わせていた両手を摩耶の背に持って行こうとする。
「壊すなッ!!!」
分かっていた。
死柄木は壊すつもりじゃないということを。
それでも、一瞬、摩耶に触れて壊すんじゃないかって警戒したのが本音で。
気が付いたら、荼毘は、自分でも驚くくらいデカイ声で、そう叫んでいた。
その荼毘の声に反応して、死柄木の肩が、ビクッ!と怯えるように跳ねる。
摩耶の背に触れようとしていた手は、すんでのところで、ピタリと止まる。
「ごめんね。」
しかし、そんな荼毘や死柄木のことなど気にせずにそう言って、摩耶はすぐ頭を離すと、死柄木の両頬を両手で覆いながら顔を覗き込んできた。
虹色の宝石(レインボーカラー)のような遊色効果(プレイオブカラー)を持つ鮮やかな色彩が揺らめく七色の目と、血赤珊瑚(コーラル)のような濃い赤色の目が、かち合う。
「どうか、仲間を大切にして。」
死柄木に聞こえるだけの音量で、そう呟いた。
自分を攫って危険にさらした相手に、まさかの“お願い”をする摩耶。
死柄木が予想だにしなかった、その予想の斜め上を行く“お願い事”。
摩耶の真剣な表情や、ひたむきな声音や、誠実ある言動に、言葉の本気を読み取って、嘘偽りない真実そのものであると知る。
だから、尚の事、死柄木の目が再度、驚きで大きく見開かれる。
それが、自分の発言をしっかりと受け止めてこその戸惑いだと、摩耶は感じ取ることが出来ると、死柄木のもとから姿くらましをして、離れる。
「小娘!何故、緑谷たちと一緒に逃げなかった?!」
「すいません。この場で私には、どうしても聞かないといけないことがあったので!…あそこにいる人に。」
グラントリノの近くに姿現しをした摩耶は、ベシベシとグラントリノに叩かれる。
この場では逃げた方が“正解”だったのだろうけど、摩耶にとって、それは“最善”じゃない。
「…やられたな、一手で綺麗に形勢逆転だ。」
すると、マスクの男の手からまた黒い何かが伸びて、次はマグネに突き刺さった。
無理矢理、マグネの個性を引き出したようだ。
「え、やーーーそんな急に来られてもぉ!」
ワープゲート近くにいたトガ、S極と他の敵連合のメンバーたち、N極が引き合う。
「ッチ!おい勝手に退場させようとすんじゃねェよ!」
「待て……ダメだ先生……!その体じゃアンタ……ダメだ……。俺、まだ―――」
トガに向かって、抗議する荼毘や死柄木を含めたメンバーたちが磁力により集まっていく。
その勢いで、メンバーたちは次々とワープゲートの中に引き摺られて、入り込んでいった。
「弔、君は戦いを続けろ。」
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解せぬ花