神野の悪夢編 05
「さて…僕はただ弔を助けに来ただけだが、戦うと言うなら受けて立つよ」
オール・フォー・ワンは、攻撃をしてきたオールマイトの目の前に、グラントリノをワープさせて盾にする。
そして、自身の宿敵であるオールマイトや、その彼へと組(クミ)するグラントリノを無視して、摩耶へと声を掛けた。
「やあ、初めまして尋木 摩耶。会えて嬉しいよ、異世界の祝福の魔女さん?」
耳にこびり付くような嫌な声。
見るからに、コイツの相手はオールマイトの仕事だし、関わるつもりはなかったが…そうも言ってられなくなった。
私を“この世界”に攫ってきた張本人ならば、黙ってすごすごと引き下がるわけにもいくまい。
「ドーモ。確認だけれど、私をこの世界に攫ってきたビビりの巨悪(仮)さんで、あってる?」
「否定はしないよ。」
「どうやって異世界の貴方が私の事を知ったの?私を向こうの世界に帰す事は出来るの?答えろ。」
「君を知ったのは、これの御蔭さ。」
「?!?」
オール・フォー・ワンの懐(フトコロ)から取り出されたのは、よく知る棒切れ。
「……ヴォルデモートの、杖?」
ヴォルデモートが最後に使っていたニワトコの杖じゃない。
イチイの木と不死鳥フォークスの尾羽を芯とした、不気味な骨のようなデザインが特徴の杖。
トム・マールヴォロ・リドルの杖。摩耶とハリーの杖と『兄弟杖』。そして、2人の両親を含め、沢山の命を奪った杖。
「これが、君の事を教えてくれたよ。勿論、ハリー・ポッターのことも。…魔法界のこともね。」
「どうして、お前が持っている。なんで、魔法界の…あいつのが、」
「都市伝説的な個性を発現させることの多い家系から貰った(奪った)個性たちの御蔭さ。」
「ッ!…どこまでもっ、」
終わった因縁の筈だ。
10年前、こちらに連れて来られる前に、最後の最後、ハリーと断ち切った18年間に及んだ悪縁のものだ、ソレは。
「これは、本気で……各地の様々な寺社を訪ね歩いて、悪縁切りをしてもらうしかない!!!」
「いや、そこじゃねえだろ!!天然か!?小娘!呑気なこと言ってんじゃねーよ!!」
天然ボケなのか、はたまた余裕をかましているのか…。
たぶん前者だろう摩耶に、苦悶の表情でツッコミを入れるグラントリノ。
「異世界のモノを召喚できる個性でね。空間・次元・ルールへの介入や干渉を伴う強制力の高い召喚。この力で、この世界に君を招待したんだ。まぁ、条件付きな上、力を貯め続け、10年という月日を経て、やっと1回使える不便な個性なんだけどね。」
「…かえして」
「その『かえして』は、どちらの意味合いで言ってるのかな?『杖を“返して”?』それとも『元の世界に“帰して”?』」
バッ!と再び杖を上げて、オール・フォー・ワンに向けて構える摩耶。
「君の相手は厄介だな…。出来れば君には僕に…いや、弔の力になって欲しい。親しい仲の荼毘君もいるようだし、どうだい?こちらに来てはくれないか?」
「死んでも、御免被(ゴメンコウム)るわ!」
「ツレないなぁ。…どうしてもかい?」
「そうね、地獄の釜(カマ)の火が凍ったら、考えることくらいしてあげてもいいわよ。」
「そうか、残念だ。では、力尽くで、こちらに引き込むとしよう。……―――個性【恐怖伝染】」
オールフォーワンが言い終わると同時に、その場にいた全員が冷水(レイスイ)を浴びせられたかのように、奇妙な身の毛のよだつ声を上げて息を呑んだ。
何かが夜を変えた。
星を散りばめた群青色(グンジョウイロ)の空が、突然、光を奪われ、真っ暗闇(マックラヤミ)になった―――星が、月が、街灯などの人工的な明かりが消え去った。
遠くに聞こえるヘリの音も、人々の声も途絶えた。突然、突き刺(サ)すように、身を切るように、冷たくなった。
逃げ場のない静謐とした暗闇に、完全に取り囲まれた。まるで巨大な手が、分厚いマントを落としてその場全体を覆い、皆に目隠しをしたかのようだった。
周りから、「み、見えない!」「め、目が見えなくなった!」「何をした!?」新たな恐怖に駆られた声が、摩耶の耳に飛び込んできた。
「対象の恐怖を召喚し、それを増殖し、周囲に拡散し、再現する個性だ。君が怖いのは、この生き物だろう?」
激しい冷気で、オール・フォー・ワン以外は、体中が震えていた。
腕には鳥肌が立ち、首の後ろの髪が逆立った―――全員は目を開けられるだけ大きく開け、暗闇の中、周囲に目を凝(コ)らした。
「(10年前の異世界トリップといい、今回のヴォルデモートの杖といい、更にはまさか、あの生き物が?そんなことは不可能よ!……と思いたい。)」
しかし、摩耶が身をもって、実証してしまっている。
不可能だと思いたいことは、現実的に可能なことなのだと。
その通りで、間もなく、オール・フォー・ワンの前に、その生き物は現れた。
ガラガラと嗄(カス)れた音を立てて、長々と息を吸い込みながら、フードを被った聳(ソビ)え立つような影が、摩耶の方を向いていた。
摩耶は恐怖に打ちのめされ、凍りつくような外気に震えながら立ち尽くした。
その生き物は、スルスルと降りてきて、地上に少し浮かびながら、摩耶に向かってくる。足も顔もローブに隠れた姿が、夜を吸い込みながら近づいてくる。
よろけながら後退(アトズサ)りし、しっかりと摩耶は杖を上げる。
「守護霊よ来たれ!エクスペクト・パトローナム!」
吸魂鬼(ディメンター)に対する唯一の防衛術である守護霊の呪文を唱える。
銀色の気体が杖先から飛び出し、ディメンターの動きが鈍った。
しかし、呪文はきちんとかからなかった。
摩耶は覆い被さってくるディメンターから逃れ、もつれる足でさらに後退りした。
恐怖で頭がぼんやりしている。周りから、またもや悲鳴が上がり始める。
四方八方から、ゾクッとする冷気を感じた。
『増殖』『拡散』『再現』と、オール・フォー・ワンは言っていた。間違いない。相手は複数いる。
「全員、口を閉じて!何が起こっても、口を開けるな!口から魂を吸い取られ、死よりも惨い姿になりたくないのなら!!」
ヌルッとした瘡蓋(カサブタ)だらけの灰色の手が2本、ディメンターのローブの中から滑り出て、摩耶のほうに伸びてきた。
摩耶はガンガン耳鳴りがした。
「エクスペクト・パトローナム!」
自分の声がぼんやりと遠くに聞こえた。
最初のより弱々しい銀色の煙が杖から漂った―――もうこれ以上できない。呪文が効かない。何より、幸福の感覚が思い出せない。
摩耶の頭の中で高笑いが聞こえた。鋭い、甲高い笑い声だ……ディメンターの腐った、死人のように冷たい息が摩耶の肺を満たし、溺れさせた。
「(―――考えて……何か幸せなことを……。)」
しかし、幸せなことは何もない……ディメンターの氷のような指が、摩耶の喉元に迫った―――甲高い笑い声はますます大きくなる。
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解せぬ花