荼毘猫夢




今日は年の終わりの大晦日。

仕事納めの後、小雨が降り出した冷えた夜の街を傘をさして私は近所のスーパーへと足を急がせた。

明日からは正月休みだから、部屋で、ぐーだらして三が日を過ごそうと決めて、その為の買い物だ。

買うものはひと通り買えたし、これで休日は問題なし。そんなことを頭の中で考えていた時だった。


「おい、」


 ――。


果物の段ボールからはみ出した長いおみ足、綺麗な黒髪からちょこんと生えた猫の耳と、不機嫌に揺れる尻尾。

顔や手には火傷のような跡がたくさん。……捨て猫?



「おい、シカトしてンじゃねえ」

「何よ」

「俺が可哀想に見えねェの?」

「…可哀想な人の態度じゃないけど」

「チッ、一々細けンだよ」



何なの、この生意気な猫…。

しかしながら、切長の目と時折動く耳、程よく低い声が私の脳裏を刺激して、このままで良いのかと囁く。



「……見捨てんの?」



ぴくぴく ふわり ごろごろ


猫特有の武器を全面に振りかざし、目の前の傲慢な男は私にどうするんだと問いかける。


 ――狡い。


そんな風に見つめられては、ああそうですかとこの場を去れる人間は、なかなか居ないだろう。

だがしかし、私はそのなかなか居ない方の人間だったようだ。



「ごめんね。私はそう簡単に『何が起きても最後まで飼育責任を果たす』なんて、終生飼養の覚悟は出来ない。」



雨を凌ぐ為に差していた傘を、猫に差し出し、握らせる。

続いて、休日中に洗おうと職場から持ち帰って来た携帯用ブランケットを取り出し、猫の肩にかける。



「………」



次に、ガサゴソと、先程スーパーで買った荷物を漁り、小パックの刺身を取り出す。



「俺は魚嫌いだ」

「マジか。猫なのに??…キャットフードなんて買ってないしなぁ」

「キャットフードはもっと嫌いだ」

「なんてワガママな猫なんだ」



本当に猫??と思いつつも、仕方なく、スマホで猫が食べれる物を検索する。

結果、自分の夕飯用に買った小パックのサラダ(レタス・キャベツ・きゅうり・トマト)と、食後のデザート用に買った小パックのカットフルーツ(りんご・バナナ・いちご・パイナップル)をあげる羽目になった。

ついでに、調子に乗った猫に「飲み物は?」と強請られ、ミネラルウォーターは持ってなかったから、代わりに、年末年始だからと買ったワンパックのノンアルコールの甘酒まで、泣く泣く献上することになった。

おかげさまで、そこそこ豪華になる筈だった今年最後の食事は、年越しそばとして買ったカップ麺と、嫌いだと断られた刺身だけという、予定していたのと比べると、なんとも寂しいものになることが決定した。



「これで、勘弁してね。」



最後に、ポケットからハンカチを取り出して、雨のせいで、しっとりと濡れている頭や、頬に付いている水滴を軽く拭いてやる。




「隣の地区に、獣人保護センターがあるらしいよ。」




先程、猫の食べ物を調べるついでに、近場の保護センターも検索しておいた。

此処で飼い主を勧誘するより、衣食住に困らない保護センターで保護して貰い、ちゃんとした飼い主を紹介して貰った方が、安全性もあるし、効率的にも良いだろう。



「じゃぁね。」



さすがに、「良いお年を」なんて言えないな…と思って、お別れの挨拶だけを告げて、傘がなくなった雨の中を、少しだけ軽くなった荷物を持って、小走りで歩いて、アパートを目指す。



ん゙ナ゙ァ〜ン



鳴き声に、一瞬、止まる足。

しかし、振り向くことも、戻ることもせず、再び前へと足を動かして、その場を後にした。

そうして去って行くその後ろ姿を、猫は瞬き1つせず、見えなくなるまで、ジッと見つめていた。



恐る恐る手を伸ばし、彼の顎を撫でてみる。

ぐう、と不満そうな表情とは裏腹に、満更でも無いような 絶妙な目付き。

何て狡い生き物なんだ。半分は人の姿とはいえ、こんなの放っておける筈が無い。


「君、名前はなんていうの?」

「ダビ。捨てた奴らが付けた名前」

「…そう」




初めて見た毛色は燃え盛る炎のように赤かった。それから真冬を彩る雪のようになり、今は全てを拒む黒へと変わった。

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解せぬ花