神野の悪夢編 02
『君の記憶を見て分かったの。おそらく、その声の持ち主が、私をこの世界に連れて来た張本人…だと思う。かなりの確率でね。』
『逃げて来た君が、おかしな施設の関係者に狙われたり追われたりといった可能性も否めないし…私としても手掛かりを逃したくはない。』
『だから、私は君と居たい。嫌だって言っても離れてやらないから、宜しく。魔女、ナメんなよ?』
『私と“破れぬ誓い”を結ぼう。』
此処で彼女を遠ざければ、彼女の目的達成のチャンスを潰すことになる。
それは故意に妨害したことになり、“誓い”に抵触したとして、自分が死ぬ可能性もある。
それに、反論しても意味は無いな…と判断した荼毘は、眉間に皺を寄せながらも仕方なく諦めたらしい。
口を閉ざすことを了承の意と捉えた死柄木は、そのまま慰めるかのように荼毘に向けて、言葉を続ける。
「安心しろよ。もし勧誘に失敗しても、そいつは無事に帰してやるよ。仲間のお前を失うのは、本意じゃないからな。」
「チッ…」
舌打ちをし、そのままアジト内にある自分に宛がわれた部屋へと向かう。
部屋に着くと、ベッドへと足を運び、膝の上に、摩耶を乗せて座り込む。
そして、自身のコートを脱ぐと、それで摩耶を包み、そっと抱え込んだ。
…別に、他意はない。
ローブを着ている摩耶に、何故更に上着を纏わせるのかと言うと、ただ単に臭かったからだ。
そこそこの間、密着してたからか、微かにする死柄木の匂いが、鼻につく程度には、不愉快だった。ただそれだけ。
「(相変わらず、抱き心地悪ィな…。)」
年の割には、小柄で痩せている摩耶。
小さくて、細っこくて、薄っぺらい。そんな三拍子が揃った、脆弱にしか見えない摩耶の体に、ヒヤヒヤする。(ガラじゃねぇが…)
ふと、国外ニュースで、8歳の少女が40歳の男性と結婚させられ、新婚初夜に子宮破裂の内出血で死亡するという惨事が報道されてた事を思い出す。
「(もし、コイツのナカに、俺のを突っ込んだら、そうなるんじゃねぇか?)」
そう思って、コイツの腹に視線を落として、そんな事を考える。
いくら小柄でペラい身体と言っても、15歳前後だと分かる身体をしているし、骸骨みたいにガリガリって訳でもねェから、入れたくらいで死ぬ訳はないと分かるのだが…。
それでも、コイツの身体を見れば見るほど、不安になる。加えて、俺のモノは短小じゃない。むしろ長大と呼ぶに相応(フサワ)しいサイズだ。だから、尚の事、そんな考えが過(ヨ)ぎるのかもしれない。
「(つか、俺は今、よっぽど欲求不満なのか?色々と“範囲外”のコイツで、そんな考えに耽(フケ)るなんざ…)」
「オイ荼毘」
「…ノックぐらいしろよ。」
「拘束する気がないなら、勧誘する時まで、コレを飲ませ続けとけ。」
ポイッと、死柄木から睡眠導入剤のラベルが貼られた小瓶を投げ渡される。
飲ませたらどうなるのか尋ねてみると、すぐに眠らせられるらしい。当たり前の説明をされた。
「そういうことじゃねえよ。」
「安心しろよ。ドクターがちゃんと作った、“副作用がない”即効性のある、ただの睡眠薬だ。」
「参考までに教えて欲しいんだが、……どうやってコイツに飲ませた?」
荼毘の問いかけに対して、死柄木はそれらしくその時の事を思い返す素振りをして見せた後、意味あり気に、妙に婀娜(アダ)っぽく笑った。
そして、自分の唇を舌先で、ゆっくりと、軽く舐め上げる。その様(サマ)は、“接吻(セップン)の余韻を拭(ヌグ)いとる仕草(シグサ)”そのものだった。
口移しで飲ませたと理解するには充分過ぎて、それが分かった瞬間から、先程のように、荼毘の顔には、怒りの感情が滲む。
それとは対象的に、蒼い眸は冷ややかに死柄木を見据えていて、今にも蒼炎が襲い掛かって来て、燃やし尽くされてしまいそうな剣呑な雰囲気を醸し出していた。
「ハハッ、なんだよ。そんなに怒る事か?ちょっと口移しで薬を飲ませただけだろ。それとも…手荒にした方が良かったか?例えば、利き腕じゃない方の腕の1本でも壊すとかして?」
「殺すぞ、」
聞いた事もないような低い声で脅されても、死柄木は平然としている。むしろ、愉快そうに笑った。
それが尚の事、気に食わない荼毘は、意趣返しを仕掛ける。
「まさか、自分の所属するリーダーが、未成年のガキに手を出すロリコン野郎だとは思わなかったよ。」
「勘違いするな、俺はロリコンじゃない。状況的に1番、穏便に済ませられるのがその手だったから、それを実行しただけだ。攫うんだから、意識落とすくらいは、当然のセオリーだろ?仲間への勧誘目的ってだけで、疚しいところは一切ない。」
意趣返しの台詞には、さすがに気分を害したのか、笑うのを止め、顔を顰める死柄木。
そして、「ハァ」と溜息をつく。面倒臭い男に絡んでしまったと、先程の自分を悔いる。
死柄木の知る荼毘の印象が悉く覆されてくのは、意外性に富んでいて面白いし、荼毘の反応も、からかっただけの価値がある。
しかしながら、この展開に至っては、溜息しか出て来ないので、苛立ち交じりに、痒みを訴え始めた首を、ガリガリと掻き毟る。
「男の嫉妬は見苦しいぜ。そんなに大事なモンなら、これ以上、汚されちまわないように、ちゃんと捕まえて見とけよ。」
これ以上、面倒臭くなるのは御免なので、早々に切り上げて、ここから去ることにした死柄木は、そう捨て台詞を吐いて、踵を返し、部屋を出て行った。
暫く、死柄木が出て行った後の扉を睨みつけていたが、やがて、腕の中にいる摩耶へと視線を戻す。
白くなめらかな肌の中にあって、赤く咲いた花のような唇。そこに、親指のはらを押し当てて、そっと、なぞる。
唇に触れる荼毘の手は、普段より熱を強く帯びていた。なぞった際に、薄く花開いた、その奥に、真珠の白が微かに覗く。
「(ココに、死柄木のが…)」
それを想像した後、彼女の顔を覗く荼毘の目は、昏かった。
瞳の奥が、グラグラと煮えるように揺れているのが、鏡を見ずとも分かった。
おそらく、こいつにとっては、ファーストキスだった筈だ。
三十路近くになるまで取って置いたものを、ヴィランによって、一方的に奪われた。しかも、惚れた腫れたでもなく、誘拐拉致する為の睡眠薬を飲ませるだけの手段として。
随分と前に、生理不順で、1年近くも生理が来ないという事情と、機械を膣内に入れて見る方が料金が安いという理由で、処女膜を平然と、簡単に、喪失させようとした女だ。
まぁ、それでも、コイツの処女膜は無事である。たまたま、俺が、体に手を当てれば、異常が判るという、エコーのような探査機の個性を持つ良心的な闇医者を知ってたから、そっちに行かせた御蔭で。
そんな奴が、ファーストキス泥棒をされたくらいで、ショックを受けたり、傷付くなんて事は、ないだろう。
しかし、いくら本人が毛ほども気にしなくても、普通の女なら、夢見ているであろうロマンチックでトクベツなファーストキスには程遠く、レイプ犯に襲われて処女喪失したレベルのキスをされたコイツに、俺ですら哀れみを感じてしまう。
「……ああ、苛つく」
そう忌々しげに吐き出す。
でも、そう、苛つきの方が、哀れみの感情よりも、強い。
「―――――― ぅ、ん」
ドクターとやらの睡眠薬が大したことないのか、マグルの薬は効きにくいのか分からないが、摩耶が目を覚ます。
「と…?」「荼毘だ。」
薄く目を開いた摩耶が、ぼんやりとした瞳で、荼毘を見て、微睡むように、隠匿中の本名を呼ぼうとするのを遮って、偽名で呼ぶよう言い聞かせる。
「だび」
ふにゃふにゃとした意識のまま、摩耶は素直に訂正し、言い直す。
たどたどしく名を呼ぶ声は、薬のせいか、普段の摩耶の声を良く知っている荼毘からすれば、あまりにも弱々しく、情けないものだった。
「お前さァ、そんな隙だらけの顔、見せてンなよ」
だから食われちまうんだよ。気色悪ィ、イカレ野郎に…死柄木や、俺みたいなのに。
「(────こんな形で、“ハジメテ”を失うのなら。…俺が奪ってやりたかったよ。)」
死柄木に投げ渡された睡眠薬の錠剤が詰まった小瓶の蓋を開け、自分の口に錠剤を含んでから、摩耶の顎を片手で掴み、そのまま顔を上向かせると、翳りを背負ったまま迫る。
その瞬間、鼻から、ふわりと優しく、ほんのり甘い、柔らかな香りが、荼毘を満たした。
記憶に刻まれた印象よりもずっと細い、けれど柔らかい輪郭(リンカク)を捕らえて引き寄せ、僅(ワズ)かな抵抗も許さないとばかりに動きを封じる。
色々と考え、躊躇を覚えたのは、一瞬。
気が付けば、乱暴に、唇を重ねていた。
荼毘の長い舌が、ねっとりと、薄く開いた唇を割って挿し込まれ、執拗に水音を立てて、口腔内を蹂躙しながら、唾液と共に睡眠薬を流し込み…ごくん、と飲み込ませる。
それで終わりにすればいいのに、一旦、唇を離した荼毘は、瞼裏(マナウラ)に焼き付いてしまっている真珠を求めて、花に誘われる訪花昆虫のように、再び、唇同士を合わせる。
ふに、と凡そ人体の感触ではないような柔らかさだった。先程は気付かなかったソレに驚いて思わず、一瞬、唇を離してしまうが、すぐまた花弁(ハナビラ)のような唇に、カサついた自分の唇をくっつけ、深く貪(ムサボ)る。
花弁と真珠と。
それらよりも更に奥にある熱が、触れ合う。
ビリビリと痺(シビ)れが全身を支配し、言いようのないなにかが込み上げてきた。腹の奥が熱くてかなわない。
半ば八つ当たりのように、その柔さに歯を軽く立てると、「えぅ、」摩耶が媚びたような、幼い声音を漏らす。
その短い響きに、ズンと腰が重くなって、八つ当たりが失敗したことを悟った。と同時に、荼毘を一気に現実へと引き戻した。
今度こそ、唇が離れた。
だがしかし、今の行為で艶(ツヤ)が増した摩耶の小さな唇に、荼毘の目線は留まったままだ。
先程より力を込めて、目線をなんとか外して、まずいな、と頭の片隅で思う。
最近、ご無沙汰だったのだから仕方ない。と自分に言い訳を脳内でし始める。
「…まだ寝てろ。大丈夫だから。」
彼女のとろりとふやけたような眼差しが、瞼の内側へと消えていく。
それを見届けてから、「はぁ〜〜〜〜〜ッ」と、肺の中の空気を全て吐き出す勢いで、溜息をついて、脱力した。
「(あー、やべ。勃ちそう。半分くらい頭もたげてきてやがる。落ち着け、俺の下半身。こいつはダメだろ。範囲外だ。クッソ、こんなことになるんなら、襲撃前に適当な女で発散させときゃ良かったぜ。)」
自分の性欲の強さに呆れつつ、摩耶の寝顔を見つめながら、心の中で語りかける。
なぁ、ファーストキスは死柄木に盗られちまったが…これからは俺以外に触らせたりしねぇから、安心してくれよ。
今しがた奪った、セカンドキスとサードキス。そして、数時間後に奪う事になるであろう4度目のキスの相手も、俺だから。…どうせ、1度ならず、2度目、3度目としちまえば、もう後は、何度したって、変わンねぇだろ?
コイツの薬の持続時間と、この件に方が付くまでのおおよその時間を照らし合わせて計算すると…キスの回数が、二桁に行くのは、確定だな。それが更に増えていったところで、コイツがガタガタ言うとは思わねェが……。。。
「言うなよ?だって、お前が悪いんだからさ。」
本当は、摩耶のファーストキスを奪った死柄木が赦せなくて、摩耶に対するその感情が何なのか認められなくて。……認めるわけにはいかなくて。
自分自身が彼女を大切にしている事にも気付かず、いつまでも満たされない自分の感情に蓋をしたまま。見て見ぬふりをして、荼毘は己の目的の為だけにと、言い聞かせて、暗闇の先へと、今日も歩みを進める。
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