イカレ女記者役の夢主ver.(MHA:敵連合夢) 06
二周目の人生で死柄木が一番壊しているのは、カメラだ。
塵になっていくそれを見つめる女の絶望した顔ときたら、思い出すだけで笑える。
『ノおおおおおおお!!!!』
玄関前。絶叫し塵を掻き集めて抱きしめるから、彼女のつむじがよく見えた。
一周目ならば、AFOに真実を明かされる前ならば、躊躇う事なく壊していただろう。緑谷のように特別な力を持ってもいなければ、スピナーのように親しいわけでも、荼毘のように共通の秘密を有しているわけでもない。
自身をただの大家と言いながら、その実死柄木たちに最低限以上の生活を齎すカモのような人間。
けれど、
『おかえり、死柄木』
そう言って笑う彼女の顔は、瞼の裏に何故か残っていた。
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(side 女記者)
中学時代も頻繁に遊びに来て皆んなと仲が良い渡我ちゃん。
彼女が中学を卒業する直前に、死柄木と荼毘が行方不明になった。
…のは、いつものこととして、その期間が長い。もう四ヶ月も帰ってきていない。
すげえな、何やってんだろ。
「なあ、死柄木たち大丈夫かな。大丈夫さ」
「探しに行きますか?」
「つってもGPSとかもねえし…」
分倍河原さんと渡我ちゃんが目を合わせ、伊口君が額を抑えた。
現在四人でティーパーティー兼勉強会中。渡我ちゃんが行き詰まったところを伊口君が教えながら大学のレポートをやり、私と分倍河原さんは株の勉強をしている。
休憩になったところで、さっきの話題が出てきたのだ。
「探さなくて良くない? 別に」
「なんだと!? 本気かよ!」
分倍河原さんが瞼を限界まで広げる。私は最後の一口を含んで咀嚼し、飲み込んで、笑った。
「だって、あの二人が簡単にくたばる筈ないじゃん」
私はともかく、伊口君たちのいるこの家に帰ってこないってことは絶対にない。ならもう気長に待つしかないでしょ。
そもそも、ここのルールは来る者拒まず、去る者追わず。いなくなったんならしょうがないんだよ。
「まあそれでも探したいんなら勝手にやってオッケー! 私は死柄木・荼毘がやってきた時用に、なんかお菓子でも作る!」
「…」
三人とも、肩透かしを食らったような表情から一変し、間抜けな顔になる。渡我ちゃんと伊口君は苦笑して、分倍河原さんは不服そうにしながらも飲み込み、眉をハの字にして笑みを浮かべた。
「お前がキッチン使ったら爆発するだろ。俺がやる」
「俺も、この資料見終わったら手伝うわ」
「私もやりたい! 真っ赤にカアイくするの!」
また賑やかな声音が戻ってくる。どんなお菓子を作るか話し合う三人を横目に、私は立ち上がった。
「何処かに行くんですか?」
「おうよ! 今日は静岡まで取材です!」
なんと、東京にいるオールマイトが静岡県に移動するというのである。これは特ダネ間違いなし!!
今も心臓が高鳴っている。オールマイトに会えることにじゃない。特ダネをこの目で確認できることがこの上なく嬉しい!!!
「ってーわけで行ってきまああああす!!!」
気分はさながらライブ。打ち上がるテンションをそのままに、私は玄関の扉を全開にし、駅へと飛び出した。
オールマイトは静岡県の◯×地区辺りにいるとの情報がある。やはり行くならそこだろうと足を進めた矢先、目の前に広がった爆炎に、私は悲鳴を上げていた。
「スクープだああああああああ!!!」
なんとヘドロのヴィランが現れたのである。しかも人質つき。でも人質がいると画角に収めづらいからやめてほしい。
「ちょっとアンタ! 危ないから早くこっちに!!」
ヒーロー・デステゴロの忠告を無視してシャッターを切る。すると案の定「これだからマスコミは!!!」というツッコミが返ってきた。その通り、私はマスゴミである。しかしマスゴミの一人としてこのパッションに背く訳にはいかない!
「ん゛ー!!!!」
ヘドロヴィランに囚われてもがいている少年は、学ラン姿からして中学生だろうか。
爆破か。すごい個性だがもったいない使い方だ。エンデヴァーのような、溜めて放つ負荷に耐えられる肉体がまだできていないらしい。
「頑張れー少年!!! 抵抗するなら君の手一個分右上の目玉を狙えー!!!! 見た感じ流動的になれるのは目玉以外の肉体だけだー!!!」
「ん゛ー!!!!」
ギロリと睨まれるもすぐにヘドロに覆われる。言った通りに爆破が決まり、ヴィランが一瞬怯んだが、また元に戻る。
「次二つ分左行って上ー! 次は右ー! いけいけその調子だー!」
しかし、ヒーローは活躍していないのだろうか。消火活動で手いっぱいか。
周囲を見渡しながらシャッターを切っていく。こういう事件の場合、「恐怖と混乱で気が動転してやってしまいましたすみません」で通せるから大丈夫。我ながらクズな発想だが、やりたいもんは仕方ない。
私の個性は「ポワポワ」。
ウサ公という耳の短いうさぎのような毛玉と、ギョーザという透明な水餃子スライムを生み出せる。
生み出し方は心臓のあたりにグッと力をいれるイメージ。生み出したらデコピンするまで消えない。二体とも手の攻撃で瞬殺されるが、それ以外なら結構耐久力がある。
特にギョーザは火災の現場では有用。溶けない・冷える・プルンプルンの三拍子が揃っているのだ。私の肉体はもちろん、撮影機材を保護することができる。
「ギョーザ、飲み込み!」
「ミェー」
間抜けな鳴き声でギョーザが現れ、何体かに分裂し、上から降ってきた瓦礫を飲み込んだ。瞬間、炎が消え、瓦礫はゆっくりと落ちていく。
私は助かっても、爆破の少年は助けられていない。
緊急時だとしても、民間人は自己防衛以外に個性の使用が禁じられている。さっきのやつも法律ギリギリだったのだ。
ヘドロと相性のいいヒーローはいない。
少年を助けられる人間は、今この場には、いない。
ーーと、その時、人混みをかき分けて飛び出す、一人の少年の姿があった。
緑色のモサモサ髪の少年だ。爆破の少年と学ランが同じ。同級生か、友人か。
「かっちゃん!!」
なるほど友人だな!!
かっちゃんは爆破の少年のことだろう。私は反射的にカメラを構える。
緑色の少年はかっちゃん君に向けて走ったかと思うと、背負っていたリュックサックをヴィランの目玉目掛けて放ち、見事目潰しに成功。そのままかっちゃん君を助け出そうとヘドロを掻き出す。けれど流動的故に掴めない。
「〜〜〜!!!!」
かっちゃん君が何かを叫んでいる。緑色の彼は、泣きながら笑っていた。
私は読唇術が使える。遠くにいる被写体や話し手の会話を聞き取るためだ。
緑の彼が放ったのは、たった一言。
「助けを求める顔してた」
読み取った言葉に、ビリビリと体が震えた。
いつかのオールマイトが言っていた、「考える前に体が動いていた」とはこれだったのか!
彼の個性はなんだろう。この場で使わないということは、頭脳系? 否、サポート系ということもあり得る。無個性? でもならどうして、勝てる可能性すらないのに。
しかしそれでも動いたというのなら、あまりにも惜しい。
だって、彼はこの七年間で私が取材をしてきた誰よりも、ヒーローの原点を持っているからだ。誰かを助けたいと思い行動する、自己犠牲の精神を。
「情けない…!!」
オールマイトが現れたので、咄嗟に撮影ボタンを押した。彼はたった一撃でヴィランを離散させると、勝利の雨を降らせる。
こうしてヘドロ事件は一件落着。
かっちゃん君は賞賛され、緑の少年は怒られていた。隣で私も怒られた。それはもう完膚なきまでに正論を並べ立てられボコボコにされた。
取材の時間がやってくる。
ここは、他社を押し除けてでもオールマイトに取材しにいくべきだろう。
ーーけれど、私の魂がそれを否定する。
「オールマイト!!」
「ん? 何かな?」
いつものスマイルを浮かべて、オールマイトはチャーミングに首を傾げる。
ヘドロヴィランはどうだったか、強さは、倒す時の意識、非公開になっているオールマイトの個性、聞きたいことは山ほどあるが、今はどれも違う。
「少年たちのこと、どう思いますか!!!」
一瞬、オールマイトが目を見開いたように見えた。気のせいだったかもしれない。
彼は少しの間考える素振りを見せた後、こう言った。
「強くなると思うよ、彼らは」
やっぱりか、と思う。同時に、得体の知れない期待感が膨れ上がる。何かが始まったような予感。楽しみにしていた漫画が更新された時みたいな高揚。
「ありがとうございます!!」
深々と頭を下げる。
次の取材先は、決まりだ。
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(side緑谷寄り)
爆豪を助けに走る少し前、緑谷はビルの二階にしがみ付きヤジを飛ばす女性を見た。
「頑張れー少年!!! 抵抗するなら君の手一個分右上の目玉を狙えー!!!! 見た感じ流動的になれるのは目玉以外の肉体だけだー!!!」
最初はただの迷惑なマスコミ関係の人だと思ったら、意外にも言っていることは緑谷のヒーローノートに書いたことと似通っている。
透明なスライムらしきものに身を包み、火災のど真ん中にいてもなお撮影するその執念には、圧倒的なものがあった。
緑谷が走り出した時にも、彼女はレンズを向けていたのだろう。あの時の緑谷は爆豪を助けるのに必死で気づかなかったが、思い返すと視界の端にチラチラと女性が映っている。
事件解決後、その女性は緑谷と共に正座させられ、ヒーローたちに怒られた。
「君が無理に行く必要は無かったんだ!!」
と、ヒーローが緑谷を案じつつ叱る傍で、
「アンタ、後一歩踏み越えていたら立派な業務妨害だぞ!! そこんとこ分かってんのか!!!」
と、本気で怒鳴られていた。しかし彼女は動じず、「はい! すみません!!」と平謝りを繰り返している。その目つきに反省の色はなく、ヒーローたちが怒りを募らせる更なる要因となった。
女性よりも早く解放された緑谷は、夕暮れの帰路を物憂げに進む。
結局、緑谷は爆豪を助けることができなかった。それどころか、オールマイトに助けられる始末だ。
ヒーローに憧れている。
けれど、無個性の自分には到底なれない。
目を逸らしていた現実が、事実としてのしかかる。
そして、遠くの方から何かが迫る音がした。
「ああああのおおああああ!」
叫び声がしたかと思えば、先ほどの女性がレコーダー片手に膝からスライディングしてきた。
「だ、大丈夫ですか!?」
血まみれの膝に慌ててティッシュを出そうとするも、女性本人に止められる。一体、なんなんだこの人は。見た目は普通の一般人なのに、圧倒的に濃い…!
「どうも! 私、◯△社の弱小記者ですが!! インタビュー受けていただいても!? 三分くらいの短いやつですので!!」
「え、あああはい!」
インタビュー!? 僕に!?
驚愕する緑谷を置いて、女性は畳み掛けてくる。
「お名前は!?」
「みみみ緑谷出久です!」
「学生さんでしょうか!?」
「は、はい! こここ今年で、中学三年生になります!」
「貴方が『かっちゃん!!』と呼んでいた彼とはどう言ったご関係で!?」
「え、ええと、かっちゃんとは幼馴染で」
「ヘドロヴィランに勝算無く突っ込んでいきましたよね!? やはり仲が良いんですか!?」
「いや、その、仲が良いって訳じゃ…」
「貴方の個性を教えてください!」
「あ…」
息が詰まった。ギラギラと光る一対の目が、こちらを覗くように見ている。
数秒言いあぐねた後、緑谷はゆっくりと、吐き出すように言った。
「…無個性、です」
「へーそうなんですね!!」
「か、軽い…!」
今までの経験上、同情されるか馬鹿にされるかだと思っていたのに、全然違った。良い意味で偏見がない人みたいだ。
「では最後にヘドロヴィランに突っ込んで行った理由をお聞かせください!」
「あ、えと、その!」
「はい!」
「……かっちゃんが、助けを求める顔、してると思ったから…です」
助けるどころか助けられてしまったし、その爆豪本人からは「テメェが来なくたってなあ!?」と言われてしまった。彼が助かって良かったけれど、同時に酷く情けなかった。
「へー! そうなんですね!」
「やっぱり軽い…!」
「インタビューはこれにて終了です! ご協力ありがとうございました!」
「い、いえ…」
「まあ兎にも角にも!」
女性はグッドサインを緑谷に送る。記者の顔から一変、ただの民間人とでも言いたげな顔で、彼女は笑った。
「格好良かったぜ、少年!」
「……!!」
同情でも、慰めでもなかった。ただただ、彼女の言葉が心臓の奥に突き刺さる。
血管が熱い。視界がぼやけていく。
明け透けなその言葉は、確かに緑谷の背中を押した。
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(side女記者)
いいのが書けたと思って、緑谷君の記事を提出したら、社長から「ノー」と言われてしまった。
「な、なんでですか?! 無個性の少年の勇気と行動! いい記事でしょ?!」
「君ねえ、七年記者やってまだそんなこと言えるのはある意味長所ではあるんだけどね。この記事じゃあ民間人の無謀さを称えることになるの。だからちょっと難しいのよ。やるとしてもオールマイトのところだけ切り抜く感じかなあ」
「そんな殺生なああ!!!」
膝から崩れ落ちた私に、社長は申し訳なさそうにしたが、意見を変えるつもりはないらしい。
私、社長、社長の奥さんの三人で回している極小弱小出版会社。ネット記事を書きましょうと提案したのは私であり、担当も私だが、記事の掲載には社長の許可がいるのだ。世知辛い社会だぜ。
「っていうか君ね、ユ◯チューブ見た?」
「仕事中に見る訳ないじゃないですか。私情は混同しない主義なんで」
「私情の塊で新聞書いてる君が何言ってんの。あのね、君のこと動画になってるよ」
「え?」
ため息を吐きながら、社長はタブレットを私に見せる。「野次馬必死すぎワロタw」という題名のその動画には、ビルにしがみつきかっちゃん君にヤジを飛ばす私がいた。やだ、メイク取れて山姥みたいじゃーん。渡我ちゃんに怒られちゃう。
「やっぱウォータープールの方がいいですね、取材の時は特に」
「そこじゃないでしょ!!」
社長がまるでパン生地を作るかの如くペシッと机を叩いた。
「君、そんなんでも社会人でしょ!? 困るんだよ悪目立ちされるのは!」
「失礼な!」
「上司にそんなこと言えるの多分君だけだよ」
「私はちゃんと取材しています! その過程で目立ってしまうだけであって、勝手に撮って取り上げて騒いでる連中が悪いんですよ!!」
「それ君が言う!?」
とにかく、これ以上悪目立ちするなら減給だからね、と釘を刺されてその場は解散。
午後休暇をもぎ取った私はとある相談をしに、静岡の町へ繰り出した。
ラフな格好に着替えて電車に乗り、雄英高校付近のカフェテリアに入る。
四人掛けのテーブル。三十分ほどドリンクバーで粘っていると、お目当ての人たちが来た。彼らは私を見るなり「帰りてえ」とでも言いたげな表情をしつつ、私の正面に並んで座る。
「いやー、この度は応じてくださってありがとうございます!」
「久しぶりだなあリスナー! 今からでも帰りたいぜ!」
あっけらかんと言い放ったのはプレザントマイクこと山田さん。
「…本当に、ここで話をすれば、ヒーロー基礎学の日にお前は来ないんだな?」
鬱々としている小汚いのはイレイザーヘッドこと相澤さんだ。二人と会うのは数ヶ月ぶりだが、相変わらず教師とヒーローを兼業しているらしい。
相澤さんの言葉に「もちろんです!」と元気よく頷き、とりあえずハンバーグ定食を注文する。山田さんはパスタを、相澤さんはメニューを開いて最初に目に入ったのだろうオムライスを適当に頼んだ。
二人に相談を持ちかけるために電話をした時、すぐに断られガチャギリされた。なのでメールで、「応じてくれたら取材しないんで」と送ったのだ。それでギリギリ来てくれた。
店員が去り、山田さんが雑談から入ろうとしたところを、相澤さんが切り出す。
「それで、本題は?」
「雑談フル無視! コイツぁシヴィー!!」
「それ俺の台詞な!」
ツッコミを入れる山田さん。愉快そうだが怒られる前に相澤さんの言った通りにしよう。
「実は、この度高校生の娘が一人できたんですけど」
二人が同時にコーヒーを吹き出した。汚なっ。ナプキンを渡すも、相澤さんはこちらを犯罪者でも見るような目つきで睨んでくるし、山田さんは未だに出した目玉を戻していない。
「や、全然犯罪じゃないですからね!? ちゃんと本人から同意貰ってますし、衣食住から何から何までフォローしてますよ?! お金だけはあるんで!!」
「そうか」
「確かに金だけあるもんな! 他の倫理観とか常識とかは置いておくぜ!」
「ありますけど倫理観とか常識とかあ!!」
「はよ話せ」
「…それで、その子、個性由来なのか趣向が他の子たちと違うっぽくて。その子が家の中だけでも自分のままでいられるように、高校の教師をされているお二人に、何かアドバイスをいただきたいんですよ」
そんなに衝撃的な内容だったのか、相澤さんが目を見開いた。山田さんの目からは涙がぶわりと溢れ出す。
「デカいゴミでも目に入りました!?」
「そんなに空気読めねえのに、お前が、ちゃんと保護者してる…!! 初めて会った時はあんなにちっこかったのに…!」
親戚のおっさんか。
彼らと出会ったのは、私が小学校高学年の頃だ。ちょうど、二人のインターン先の町に私の通う小学校があり、学級新聞で地元のインターン生を取り上げようと思って、仕事中の彼らに突撃取材したのだ。
白雲さんという人もいたが、彼は別の町で殉職してしまったらしい。一応取材時にお世話になったので、年一で墓参りに赴き、流行りのロックバンドの曲を聞いてもらっている。
当時を思い出したのか、相澤さんは鬱陶しそうに目を細めた。
「あの時もしつこかったなお前」
「その節はお世話になりました! ネチネチ叱られたこと、まだ根に持ってるんで!」
「そうか。あれに懲りたら二度と営業妨害するんじゃないぞ。昨日もやらかしたらしいな」
「何故それを…!?」
「オールマイトの記事とセットで流れてきたんだよ」
「いろんなサイトで何気なく紹介されてたぜ!!」
「マジすか」
って、今はそんな話をしている場合じゃない。渡我ちゃんのことについてアドバイスをもらわなくては。
姿勢を正した私を察してくれたらしく、二人は教師の顔になる。
賑やかな店内。ハンバーグの湯気が揺れ、天井に登って離散している。
渡我ちゃんのことをかいつまんで話すと、数秒思考した後、山田さんが口を開いた。
「まず先に言っておくが、俺たちは実際にその子に会って話したわけじゃねえ。あくまで参考程度に聞けよ?」
「はい」
「俺だったら、その欲求を別の方法で発散させて、個性の制御訓練をさせる」
「というと?」
「カラオケに行ったり、運動したりだな。で、個性の制御訓練ってのは、つまるところ『自分の個性と向き合う』ってことだ。それをさせることで、その子自身に、自分の趣向と上手く付き合っていく方法を考える機会をやる」
「なるほど」
言われたことをメモしていく。制御訓練の話は思いつかなかった。帰ったら提案してみよう。
渡我ちゃん、私がいる時はまだいいが、日に日に吸血衝動を我慢できなくなっているらしい。本人が苦しそうに打ち明けるので、シャッターを切るのをやめたほどだ。私がやめるって相当だぞ。
家主として、保護者として、私は彼女の平穏を守る義務がある。だから取材したい気持ちを堪えてでも二人に相談している。
「相澤さんは、どう思いますか?」
「ほぼほぼ山田と同じ意見だ。一度、『その個性と趣向で何ができるのか、何ができてしまうのか』は、考えさせた方が良いだろうな」
「はい」
「個性を完全に消せないように、その子の趣向を消すことは誰にもできない。だが、その子の趣向は一歩間違えればヴィランのそれと同義と捉えられてしまう」
「おい相澤…」
苦言を呈する山田さんに、「大丈夫です」と言う。相澤さんは話を続ける。
「その子が生徒でない以上、俺たちから干渉することは難しい。その子を普通の女の子でいさせられるか、ヴィランにしてしまうかは、全てお前にかかってる。そこんとこ、ちゃんと理解しとけよ」
真剣な表情がまるで先生みたいだと思ったけど、先生だったわ。
私は力強く頷きながらも、内心では冷や汗を流す。
…ウチ、戸籍不明の男二人いだんだけど、これよくよく考えたら大丈夫じゃないよなあ。でも、まあ、渡我ちゃんは馴染んでるし楽しそうだし、奴らの存在があの子の精神的安定につながっているだろうから、結果オーライ?
人間って難しい。
米神を押さえ、かつてないほどに深刻な顔をした私を気遣ってか、二人は付け合わせのパセリをくれた。
フォローの仕方が相変わらず雑である。
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(side他)
「今日より! 君たちには土日最低一時間の個性訓練を課ーす!!」
休日の朝食後、居間の縁側に仁王立ちして宣言したジャージ姿の女に、渡我、分倍河原、伊口の三人は首を傾げた。
「はい!」
「はい、渡我ちゃん!」
元気よく手を挙げた渡我を女が指す。
「私の個性はどうやって訓練するの?」
「そこは、分倍河原さんに協力してもらいます! 具体的には、増やした私を使います! まあ、渡我ちゃんに限らず全体にって感じになるけどね」
「俺!? 任せろ!」
決めポーズをした分倍河原に、女はニコニコと頷く。メイクで作ったのか、彼女の眉毛は普段の五倍は太い。
「俺、レポートやりてえんだけど…」
「家にいるにしろ、どこかで働くにしろ、体力は必要! よって訓練は続行する!」
伊口はガックリと肩を落とした。が、死柄木というゲームの対戦相手がおらず退屈だったし、レポートも滞ってきたので気分転換にちょうどいいかと思うことにした。
女が提案した訓練内容は至って簡単。
ーー山中鬼ごっこである。
「ここは俺に任せて先に行け!!」
ギラつく晴天の真下、春の麗かな山の中で水飛沫が舞う。水餃子スライムのギョーザによって川に投げ飛ばされた分倍河原は、そう言いながら、やってくるふわふわなウサ公の大群を相手取ろうと立ち上がった。
「仁君!!」
「いくぞトガあ!!!」
手を伸ばす渡我も、彼女の腕を引く伊口も泥と汗に塗れている。「ぐああああああ!!」とやられる分倍河原を背に、彼らは走り出した。
整備されていない獣道を駆け抜ける。
彼らの背後には、鬼の笑顔を貼り付けた女がおり、今にも襲いかかってきそうだった。
「へいへいどうしたどうしたあああ!!!」
ウサ公とギョーザを召喚しながら、女×2は距離を詰めていく。一人は後方で、先行するもう一人の動きを支援していた。
個性を使った鬼ごっこ。
全員捕まれば鬼の勝ち、タイムアップまでに逃げ切るか、鬼にシールを貼れば伊口たちの勝ち。
勝った方は今日の夕飯になんでも好きなものを買ってもらえるというのだから、嫌がおうにも気合いが入った。
息が上がる。足が重い。鬼ごっこなんて子供の頃だってやったことがない。なのに、どうしてか高揚している。
「なんかサバゲーみてえだな!!」
殿をしながら、伊口は快晴を見上げて笑った。
「余裕ぶってていいのかなあ!?」
女の手が伸びるのを、木の幹に張り付いて素早く登ることで交わす。そのまま空中へダイブし女を押さえ込もうとするも、ギョーザたちに阻まれてできなかった。
が、その間を縫うように現れる渡我である。
伊口の姿をした彼女は、伊口本体が女を引きつける側で、極限まで息を顰めて女の背後に回りこみ、ギョーザを交わし女の肘にシールを持った手を伸ばす。
「甘いっ!!」
「キャッ!」
振り向きざまに渡我の腕を脇で挟んだ女は、そのまま伊口へ投げ飛ばす。飛んできた渡我を受け止めようとした彼だったが、そのまま木に叩きつけられた。
起きあがろうとする彼らをウサ公が捕縛し、鬼側の勝利。
「ごめんなあ。すまん。俺、また捕まっちまった…。やっちまった…」
ガチ泣きする分倍河原も交えて、三人で反省会。会話の中心は伊口であり、彼は渡我や分倍河原から提供された情報を統合する。こんなこと普段なら絶対にやらないが、立ち位置的に自分が適任だと判断した。
ーー死柄木だったら、どうするんだろう。
過るのはそればかりである。だが、肝心の本人はここにはいない。伊口がやるしかないのだ。
「…そういや、この訓練の目的ってなんだろうな」
分倍河原が言い、伊口は怪訝な表情をした。
「そりゃ、俺たちに体力をつけさせたいからじゃねえの? 健康のために」
「それなら走り込みとかでいいんじゃないですか?」
「いやつまんねえだろ、それじゃあ」
「個性ありってのもすげえよな。すごくねえよ!」
その言葉に、伊口はふと渡我を見た。目が合い首を傾げられる。
あの記者は突発的な行動をするが、意味のない事はやらない。
もしかすると、この訓練は渡我のためなのかもしれない。もっというと、渡我に個性を使わせるためなんじゃないだろうか。
今は第二ラウンドの三回目。あと一回、伊口たちが逃げる役をしたら、次は渡我が鬼になって他三人を追いかける。
渡我の個性用に、三人の血は彼女の手元にある。
この鬼ごっこで一番警戒すべきは、あの女ではなく渡我なのかもしれない。
変身の個性を持つ渡我は、仲間になりすましてこちらを襲撃することなど容易いのだから。
「…頑張れよ、トガ」
「うん!」
女が何を考えているのかは分からないが、確実に大変になるだろう渡我に、伊口は同情を寄せた。
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