イカレ女記者役の夢主ver.(MHA:敵連合夢) 09




(side死柄木寄り)





 USJ襲撃の時間がやってきた。

 仮のアジトに集まった雑魚キャラ共に、死柄木は溜息を吐いた。彼の隣には、ドス黒い筋骨を隆起させ、脳を剥き出しにした怪人脳無がおり、焦点の合わない目玉をギョロつかせている。

 焼き直しほど退屈なものはない。が、今からそれをやる死柄木に言えたことではなかった。計画の内だとしても、負けるのは嫌いだ。ラスボスを攻略するためにはわざと敗北することも重要だと分かっている。だからこそ苛立つ。身体中にまとわりつく手も鬱陶しい。怒りを発散させるように、死柄木は自身の首を掻き毟った。血が滲むたびに熱が離散し、心が幾分か落ち着いてくる。

 死柄木の脳無化完了まで、残り三ヶ月を切った。今はインターバル中で、折角鍛えた体も本調子ではない。しかし、この怠さは一週目の焼き直しにちょうどいい。だらりと上半身を前へもたげた彼は、ひび割れた唇を開いた。

「行くか」

 武装した黒霧がワープゲートを開く。雑魚の大衆を引き連れ、死柄木はゲートを潜った。





 光が網膜を突き刺し、目を細める。まるでアルバムをめくる子供のように踏んだUSJのアスファルトに酷く懐かしさを覚えた。広場の奥には橋のような地形があり、そこにはかつての敵の初々しい姿が見えた。

 宇宙服を着ているのは13号、ゴーグルを着け髪を逆立てているのがイレイザーヘッド。AFOを介して渡された内通者の情報を見て、ようやく流れを思い出す程度には忘れていた、過去の記憶。そして、こちらを見て怯える緑谷出久。一週目の最終決戦の気迫は一つも見当たらない。が、奴がここぞとばかりに邪魔をしてくるのを死柄木は知っている。

 ヴィラン連合の指揮を上げるために、笑う。

「平和の象徴…オールマイトを、」

 ーー死柄木の人生の象徴、AFOを

「殺す」

 彼の言葉に呼応して、ヴィラン連合は産声に似た雄叫びを上げる。その一方で、イレイザーがこちらへ向かって走り出した。







 迫るヴィランの個性を消し、捕縛布で絡め取り引き寄せ、他のヴィランへと投げ飛ばす。意識を飛ばすヴィランの背に隠れることで遠距離系個性の者たちに死角を作り、そこから素早く無効化して突進、イレイザーは掌底を打ち放った。

「ほんと、格好いいぜイレイザー」

 自然と口角が上がる。この景色すら死柄木にとっては二回目だ。黒霧が生徒たちを飛ばす。倒されていく仲間たちを眺め、そろそろかと地面を蹴る。一週目のこの時、イレイザーになんと言ったかを一言一句思い出すことは不可能だ。だからせいぜいそれっぽいことを言おう。

「23秒」

 捕縛布を交わす。

「本命か!」

 イレイザーの髪が下がると同時に、鳩尾に肘鉄が入るのを受け止める。

「…やっぱり、お前の個性は万能じゃない。無理をするなよ、イレイザーヘッド」

 崩れた肘にイレイザーは目を見開き、死柄木を蹴り飛ばす。避けようとしたが体が思うように動かず、直撃してしまい吹っ飛ばされた。着地。懐かしい感触に笑いが込み上げてくる。そうだ、あの時もこうやって蹴られた。一週目は反応できなかったが、今回はただこちらにデバフがあっただけ。二週目で鍛えた体に、一週目の経験値は確実に馴染んでいる。

「あははは!!」

 笑いが止まらない。訝しげにこちらを睨むイレイザーに、死柄木は得意げだ。

「その個性で長期決戦は無理がないかあ? 君が得意なのは、奇襲からの短期決戦じゃないかあ? それでも突っ込んできたのは生徒たちを安心させるためかあ? 無謀だなあヒーロー」

 一週目でも、結局最後は子供に全部任せる腑抜けに成り下がったくせに。

「ところで、本命は俺じゃない」

 脳無を呼び出す。よく覚えてはいないが、確かこのくらいのタイミングだったはずだ。脳無はイレイザーの頭を鷲掴みにすると、地面に叩きつけて腕を折る。イレイザーの呻き声を気にせず、死柄木は脳無の説明を続ける。これがなければ、ヒーロー側は脳無の前情報を掴めないからだ。

「そいつは対平和の象徴、怪人脳無」

 ラスボスの操る駒の一つ。死柄木が壊したいものの一つだ。







 圧倒的な暴力に蹂躙されるイレイザーを馬鹿にしていると、黒霧が来て一人生徒を逃した事を伝えてくる。

「そうか…じゃあ、ゲームオーバーだ」
「申し訳ありません、死柄木弔」

 ここら辺で、緑谷に殴り飛ばされたはずだ。あれは何故だったか。視界の端に緑谷たちが映り込む。そうだった、今水辺にいる餓鬼の誰かを攻撃しようとしたからか。オールマイトのフォロワーだと思っていた餓鬼は、力を引き継いだチート野郎だった。

 全て同じにするわけじゃない。重要そうなポイントを踏んでいるだけだ。果たして餓鬼共を攻撃することが重要かはわからないが、目の前にいてちょうどいいからやっておこうか。

「平和の象徴の矜持を少しでもへし折って帰ろう!!」

 餓鬼共に向けて突進する。狙いは緑谷以外の二人。今の死柄木なら二人同時に行けるだろう。蛙の子供と紫色の砂利に触れる。が、それはイレイザーによって阻まれ、緑谷が攻撃してくるも脳無で防ぐ。次いで衝撃音。土煙。

「もう大丈夫」

 そうして出入り口の扉が吹き飛び、現れる平和の象徴。緑谷たちの目が潤み、小さく彼の名前を呼ぶ。

「私が来た!」

 No. 1ヒーロー・オールマイト。彼は笑っていなかった。ネクタイを外す彼を、死柄木は鬱蒼と睨みつける。

「待ってたよヒーロー」

 かつて死柄木を救わなかった、

「社会のゴミめ」

 とは言っても、今は興味すらないが。









 オールマイトが脳無を相手取る。

 けれど顔を殴ろうが、腹を殴ろうが、ショック吸収には敵わない。ダメージを与えたければ、脳みそを抉るか、じわじわを抉り取っていくかだ。無邪気を装い情報を流しながら、死柄木は内心で白けていた。

 つまらない。まるで一度観たB級映画をもう一度観させられている気分だった。このままオールマイトが死んだ方がまだ盛り上がる。

『帰ってこいよ、死柄木』

 ふと、スピナーの言葉が過った。後半の方では月に数回しかいなかったあの家。いつも通りを装って外出しようとする死柄木に何か勘付いたのか、彼は弁当を渡してきた。

「…」

 脳無とオールマイト。死柄木の興味の範疇にない二匹が争っている。そのずっと先にあるのは、林間合宿の襲撃。AFOの死。

 あの、喧しい家。

 追い詰められたオールマイトに黒霧がトドメを刺そうとする。が、黒霧は爆豪が、脳無は荼毘の弟が止め、死柄木は赤い髪の餓鬼に攻撃されそうだったので避けた。脳無が爆豪を襲い、オールマイトが庇う。その隙に拘束されていた黒霧は取り返した。脳無の拳によって巻き起こった煙が晴れ、息を荒げたオールマイトがこちらを睨む。その姿がいつかの緑谷と重なり、死柄木は小さく笑う。その気迫すら彼にとっては慣れたものだったのだ。









 プルスウルトラ。脳無が空高く打ち上げられていくのを眺める。

「……使えねえな」

 オールマイトに向き直る。よく見るとトゥルーフォームに戻りそうなのをどうにか保っているのが分かった。この時は虚勢だったのか。一週目では、否OFAの存在を知らなければ、気づかなかっただろう真実だ。

 黙っている死柄木に、機嫌が悪いと思ったのか黒霧がどうにか宥めようと色々宣ってくる。うるさかったので武装の一部を破壊した。黙りこくる黒霧に、死柄木は言う。

「脳無の仇だ。手短にやろう」

 どうせもうすぐヒーローがやってくるのだから。

 オールマイトに襲いかかり手を伸ばしたその瞬間、案の定緑谷が飛び出した。

「オールマイトから離れろ!!!」

 同じ行動、同じ言葉に寒気すら抱く。どんな時だろうと、緑谷は人を助けるようだ。

「その正義が俺を壊した」

 志村転弧も、死柄木弔も。

 緑谷が目を見開く。視線がぶつかり、死柄木はまだ何も知らぬ彼を嘲笑った。





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(side女記者)





 大スクープ!!!!!

 なんとかの雄英高校にヴィランが侵入したと言う。他社の伝手でそれを聞きつけた私は、早速カメラとマイクを担いで雄英高校へ向かった。

「プレゼントマあああああイク!!!!」

 他の記者を押し除けてマスコミ対応している山田さんにマイクを向ける。私を見るなり嫌そうに顔を顰めた彼は、しかし「いつ、どこで、だれが」ヴィランに襲われたのかを話してくれた。

「詳しい事は調査中だ。これ以上、マスコミの皆様にプレゼンできる情報はねえな」
「襲われたのは一年A組と聞きましたが、担任ってイレイザーヘッドですよね!? 怪我とか大丈夫なんですか!? 生きてますあの人!?」
「どこもかしこも複雑骨折だが、命に別状はないらしい」
「それは良かった!」

 相澤さんの容態を目の当たりにしていたのか、山田さんは不機嫌そうに顔を顰めていた。親友が大怪我を負ったからだろう。テンションも低い。私は彼と距離を詰め、こっそり耳打ちする。

「因みに、主犯格の名前とか分かったりします?」
「いや。…対敵したヒーローが全員まだ意識戻ってねえんだ」
「マジすか。じゃ、分かり次第メールくれませんか? アングラ系とか子悪党なら多分知ってると思うんで」
「毎度思うけどその人脈どっから来てんだ?」
「家訓からですかね」

 来る者拒まず去る者追わず。たまにヴィランっぽい人もやって来るからね。ぽいだけで確定できないし、私や他の住人に悪意がないから持て成してるけど。

 そうしてインタビューを終えた二時間後、会社に電話がかかってきた。

「はいもしもし。◯△社です」

 小さなオフィスで受話器を取る。発信者は予想通り山田さんだった。

「記者会見の緊急発表見ましたよ。ヴィランの名前判明したんですね!?」
『もうそっちで聞けば良くねえか?』
「情報は、いかに早く入手するかですよ山田さん! それで、ヴィランの名前は!?」

 雄英を襲った命知らずだ。きっとヴィラン名も奇抜なものに違いない。どんな奴なんだろうか。これは絶対に良いスクープになるぞ。呆れたような半笑いが電話越しに聞こえたが、気にしない。メモを構えた私は、名前が告げられるのを今か今かと待った。

『ーー死柄木弔だ』
「へーそうなんですね!」

 死柄木弔。

 ……死柄木弔!? 

 あまりの衝撃に唾を吹き出す。社長デスクでパソコンをいじっていた社長が「どうしたの!?」と立ち上がった。が、それどころではない。冷や汗がぶわりと濁流を作る。これで隠したりすっとぼけたりしたら本格的に隠蔽罪だ。バクバクと鳴る心臓を押さえつつ、私は受話器のマイクと自身の口を手でカバーした。

「あの、私知ってます」
『そうか! じゃ、情報提供頼むぜ』
「や、そうじゃなくて!! その死柄木弔、一年前くらい前に失踪したウチの住人です!!」
『WHAAAAAAAAAT!?』
「うわうるさっ!」

 あまりの声量にハウリングが起こり、受話器にヒビが入った。咄嗟にウサ公を出して耳を守らなかったら鼓膜破けるところだったよ。社長気絶してるし。流石は個性ヴォイスといったところか。なんつー大音量だ。

『どういうコト!?』
「そりゃこっちが知りたいですよ!!!」

 あまりの事態に頭を掻きむしった。
 何やってんだよ死柄木!!

「雄英襲撃だなんて、予告してくれたらスクープしに行ったのに!!!」
『今の台詞聞かなかったことにしておくゼ!』
「ありがとうございます!」
『そんなことより、お前今どこいる!?』
「神奈川です! 今すぐ行きますね!!」
『話が早くて助かる!! 校長と警察には俺から連絡入とくから、お前は雄英にハリーアップだ!!』
「ラジャー!」

 電話を切って、受話器を置くと同時にバッグを手に取り狭いオフィスの扉を開ける。

「そういうことなんで社長、私今から静岡に行ってきます!」

 社長を見ると未だに気絶中だったので、しょうがないから書き置きだけ残した。電車と新幹線に飛び乗りながら、分倍河原さんにメッセージで連絡を入れる。

『帰り遅くなる!』
『家のことは任せろ!』
『セーンキュウううう!!!』

 スマホを閉じて一人頷く。心臓は未だに鳴り止まない。血管が過剰に脈打っている気がする。呼吸が荒い。変態ではない。

「いよっしゃああ最強スクープキタコレええええええええ!!!!」

 そう叫ぼうかと思ったが、新幹線内には他にも乗客がいるのでやめておく。溢れ出るパッションを抑えようと両手を握ったらガタガタと震えてしまい、隣の人に心配されてしまった。大丈夫です、興奮してるだけなんで。









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(side他)







 平和の象徴オールマイト。周囲からはそう謳われている八木俊典は、教員会議に飛び入り参加することとなった記者の女性の震え様に眉尻を下げた。

 彼女の事は、妙に印象に残っている。緑谷と出会ったあの日、ヘドロ事件で爆豪に最後まで指示を出そうとしていた人。そして、他の記者がヘドロヴィランについて聞く中で唯一、八木に緑谷と爆豪の印象を聞いた稀有なレポーター。まさか、こんな形で再会するとは思わなかった。塚内の隣に立つ彼女は、震えながらも目の前にいるヒーローたちをソワソワと見ている。取材したい記者の性分を抑えてもいるのだろう。表情がオールマイトとしての八木に取材したいと列を成す記者のそれだ。

 会議に必要な全員揃ったのを確認し、校長の根津が頷く。塚内は資料をめくりながら、今回の襲撃の概要を語った。ヴィラン連合について警察の方で調べてみたが、二十から三十代の男性に個性登録の該当者なし。黒霧も同様。無国籍かつ偽名。所謂、日陰者の人間。

「しかし、死柄木を知る人物が今朝現れました」

 そう言って、塚内は隣に佇む記者の女性を見やる。二十代半ばほどに見える彼女は、緊張故か握りしめた拳を震わせている。無理もない。いきなり呼び出されたかと思えば、尋問まがいの事をされているのだから。

「簡単な事情聴取しかできていませんが、素性がはっきりしているのに加えて、死柄木のプロファイリングをするために、今回特別にお呼びしました」
「よろしくお願いします」

 初対面時とは打って変わって落ち着いている。それだけ、家族の犯した事がショックだったのだろう。

「まず、死柄木弔の本名と、年齢と性格、いつ出会い、彼が今まで何をしていたのかを」
「本名は分かりません。年齢は二十歳です。性格は、どちらかというと無邪気な愉快犯ですかね。三日に一回は麦茶をめんつゆに変えられました」

 そこまでは聞いていない。あとイタズラが幼稚だ。

「出会ったのは八年前…彼が十二歳くらいの時です。街中をフラフラしてたんで、声かけて。結構家に入り浸ってました。でも三年前くらいから家に来る頻度が減って、一年前には完全に来なくなりましたね」
「素性の知れない人間を家に招いていたと?」

 塚内が尋ねる。

「そうなりますね。家出少年かと思って、普通に」
「いやそれは普通ではないでしょう」

 スナイパーがツッコみ、女性は「すいません…」と身を縮こませた。が、その目に反省の色が無いことは一目瞭然だった。

「でも、社会の普通から弾かれちゃった人の居場所って必要じゃないですか。ヴィランを倒す、市民を救うだけがヒーローの仕事なら、更生した元ヴィランやヴィランの素養を待ってるだけの人は人間じゃないってことになりますし。それに、知らない人と話すって面白いですよ」

 八木は目を見開く。何を言っているんだ彼女は、とは思えなかった。彼女の言い分は耳に痛い。オールマイトとして、八木は幾多の人を救ってきた。けれど、そんな彼でも手の届かない場所が存在する。光に照らされることなく闇に落ちてしまう人間は一定数いるのだ。そんな彼らの止まり木に彼女がなっているとしたら、彼女が死柄木を不用心に家に上げてしまったのは、八木自身が不甲斐なかったせいだと言えないだろうか。

「……私が、もっとアイツを見てやれてたら」

 ポツリと、女性が呟く様にいい、更に拳を握る。爪が食い込み、血が流れた。重苦しい雰囲気を切り替えるように、スナイパーが口を開く。

「…まあ何にせよ、早くしねえと。死柄木の重症が治ったらまた何かやらかすに決まってる」
「死柄木、弔……」

 顎に手を当て、八木は死柄木との戦闘を振り返る。

 思いついても行動には移さないだろう大胆な襲撃。突然それらしい暴論を捲し立てたり、自身の個性を明かさない代わりに、脳無の個性を自慢げに語ったり。行動を誘導する意図があってにしても、個性不明のアドバンテージを捨てるのは愚か。女性の証言も踏まえて、死柄木の人物像を導き出す。

「幼児的万能感の抜け切らない、子供大人……」
「力を持った子供ってわけか」

 ブラドキングが前のめりになる。けれど、塚内が危険視しているのは、その無邪気な邪悪に抑圧されてきた悪意たちが惹かれているのかも知れないという事実だった。

「個性を持て余してる奴はいくらでもいる」

 スナイパーが言う。

「死柄木…そんな事考えてたんだ…?」

 女性は終始訝しげだ。彼女と同じく、八木も妙に引っかかりを覚えている。

「どうしたんだい? 八木君」

 根津校長が八木を見上げた。
 
「…彼の行動は終始幼稚だった。けれど、目が普通のヴィランとは違っていた」

 死柄木と相対したその時、奴は確かに子供のようにオールマイトを殺すとはしゃいでいた。が、その目の奥に燃える思想犯と同じ狂気を、八木は見ている。
 だからといって、何が言えるわけでもないが。

「……オールマイトさんを殺すって台詞自体、フェイクの可能性ありませんか?」
「どういう意味かしら」

 女性の言い分にミッドナイトは首を傾げた。

「私の知ってる死柄木って、終始無気力にお菓子食べながらダラダラlolやって変なとこでキレてる引きこもりなんですけど」

 散々な言い様。

「正直、犯罪するほど体力があるとは思えないんですよね。アイツ学力的に見ると馬鹿ですし、そういう襲撃のプランニングとか、仲間集めのための資金調達とか、細かな事をする思考回路は持ってない気がするんですよ」
「彼の背後に優秀なバッグがいるかも知れないと?」

 根津が言い、女性が頷く。

「そのバッグと死柄木にどんな関係があるかは分かりませんし、オールマイトさんに殺害予告する意図も知りませんけど」

 彼女の震えはすでに無くなっていた。顔を上げた彼女は、プロヒーローを一人一人見てはっきりと言い放つ。

「それが社会にとって最悪にしろ、最善にしろ、死柄木には何か別の意図がある」

 そうして幾つかの問答を重ね、死柄木のプロファイリングが終了する。警察は捜査網を拡大し、引き続き犯人検挙に向けて捜査を続けるようだ。

「貴女の家にも来る可能性がありますので、こちらから二、三人付けさせてもらいます」
「よろしくお願いします」

 女性は頭を下げた。彼女を傷ましげに見つめながら、根津は口を開く。

「子供大人。…逆に考えると生徒らも同じだ。成長する余地がある。もし死柄木のバッグにいる何者かが、その悪意を育てようとしていたら」
「…考えたくもないですね」

 自身の組んだ両手を八木は見つめる。会議も解散となる直前、根津校長が立ち上がった。彼の目線の先には記者の女性がいる。

「死柄木弔の意図がどこにあるにせよ、ヒーローとして、教育機関として、我々は死柄木弔をヴィランとして追わなくてはなりません」
「存じています」

 女性の瞳が揺れる。八年来の仲なのだ。当然死柄木に情があるのだろう。しかし、八木たちはやらなくてはいけない。立ち上がった根津は、女性の目の前まで歩くと彼女の手を両手で包み込んだ。

「死柄木の素性を知っている貴女や、貴女の家族も狙われる可能性がある。ですからどうか、我々ヒーローに、あなた方を守らせてほしい」
「……どうか、お願いします。ウチの住民が迷惑をおかけしてしまって、申し訳ありません」

 女性は再び、深々とお辞儀をした。








 会議が終わり解散となった時、八木は思わず彼女の背中に声をかけた。

「大丈夫かい? 何か私にできる事があれば…」

 殆ど反射だった。身内にヴィランを出してしまった彼女の心労や緊張、不安を放っておけなかったのだ。立ち止まった彼女はこちらを振り向き、「さっきから思ってたんですけど」と八木の毛髪に目を向けた。

「もしかして、八木さんってオールマイトさんの親戚か、ご本人だったりしません?」
「え」

 いきなりの言葉に固まってしまう。オールマイトの正体が八木俊典であることは雄英高校教員と塚内、緑谷を除いて公には明かされていない。会議室を去りかけた塚内も足を止めた。米神からダラダラと冷や汗が流れるのをそのままに、八木は平静を取り繕う。

「…り、理由を聞いてもいいかな?」
「USJが襲撃された時、死柄木の相手をオールマイトさんがしていたと伺いました。怪我の重症度も。
 彼ならとっくに回復して会議に参加しててもおかしくない。にも関わらず代打の、しかも雄英高校でヒーローでない教師の八木さんが参加していらしたので。
 それだけ旧知の仲なのか、もしくはご本人かと!」

 途中から早口で捲し立てられる。スチャ、と素早くカメラを構えたのは、さすが記者と言おうか。しかし待ってくれ。さっきと今とでテンション違くないか? どんな切り替えの速さをしているんだ。

「それで、どちらでしょうか!? 個人的には八木さんがオールマイトさんご本人だったら嬉しいんですけども!」

 こちらとしては全く嬉しくないんだけど!?
 世間を不安にさせないためにも、オールマイトのトゥルーフォームは隠すべきだ。八木は両手をバタバタと動かしながらもどうにか誤魔化す。

「き、君の予想通り、私は彼の親戚だよ! 彼とたまたま勤務先が同じで、重症を負った彼に代理を頼まれたんだ!」
「本当ですか?」
「勿論さ!」

 疑わしげな眼差しだが、ここで引くわけにはいかない。見かねた塚内が間に割って入ろうとしたが、その前に記者の方が引いてくれた。いつの間にか詰め寄られていたらしい。彼女は一歩退くと、記者らしい明け透けな笑みを浮かべる。

「不躾ですみませんでした! じゃ、オールマイトさんについて何かネタあればいつでもお電話お願いしますね!」
「あ、あはは…」

 愛想笑いで濁すも彼女は気にしていないようで、八木に連絡先の書かれたメモを渡すと、彼女を連れてきた山田に回収されていった。

 強いなあの子。押しもそうだが、心が逞ましい。身内がヴィランだったと知っても、ヒーローたちに責められそうになっても、決して尻込みはしなかった。だからこそ記者なのだろうが。

『僕が割り込んだ時、死柄木が言ってたんです。「その正義が俺を壊した」って。勿論、死柄木はみんなを傷つけようとしたヴィランなんですけど、どういう意味なのか、気になってしまって…』

 八木も同行した事情聴取の際、そう言って緑谷は下を向いた。誰かに吐き出せた安堵と緊張をその胸に抱えて、何か引っ掛かりを覚えているようだった。記者の女性も、死柄木の行動に首を傾げるばかりで、最後には職業的に死柄木を敵対視せざるをえないヒーローたちがいる前で、「裏がある」と確信さえした。

 彼女の語る彼と、相対した八木、緑谷から見た彼の印象は異なる。


 一体、死柄木の本質はどこにあるのだろうか。


 光の背後に落ちた悪意の種を、平和の象徴として、オールマイトとして、どうやって。去っていく彼女たちを見送りながら、八木は拳を握った。


ピンポンダッシュ常習犯だろう小学生たちをあしらい、インターホンを押す。木造りの格子がはまった曇りガラスの引き戸の奥から、「上がるなら勝手に上がってくれ! ようこそ屋敷へ!」と明るい男性の声が聞こえた。

 んな不用心な…と思いつつ、鷹見啓悟もとい、ウィングヒーロー・ホークスは、声の主が来るのを待つ。
 案の定引き戸が開き、中から「家政婦!」とプリントアウトされたエプロンを身につけた男が出てきた。彼の頭はマスクで覆われており、素顔は分からない。怪しさ全開の風貌に顔を顰めそうになるも、それを勘付かせるホークスではなかった。ヘラリと人好きのする笑みを浮かべて、彼は言葉を紡ぐ。

「どうもー突然すいません。俺、一応ウィングヒーロー・ホークスって名前で活動してる者なんですが、ここのお屋敷の持ち主にちょーっと用がありまして」

 「あれ、あの人いないのかな?」と中を覗く。何処までも続いていそうな板造りの廊下は、住人の好みだろうか、和風から洋風と多種多様なインテリアで彩られている。死柄木について事情聴取された後だったらしく、「ヒーロー」という単語に男は一瞬目尻を上げたが、ここの家主の知り合いだと分かった瞬間に態度が軟化した。

「アイツの知り合いか! あんま聞かねえ名前だな。ま、取り敢えず上がってけよ。ここは来る者拒まず去る者追わずの家だからな!」

 朗らかに笑う彼に、ホークスは拍子抜けし、あの人の家らしいなと口角を上げた。

 分倍河原と名乗った彼の事は、当然知っている。公安でも一時期ブラックリストに載っていた人物だ。個性は「二倍」。心因的な事情で自身を増やせないのは勿論、彼が行き着いた先が、悪の道でなくここで良かった。でなければ、彼がトラウマを克服した時、殺すか公安の監視下に置かなければならなかっただろうから。
 
 出されたお茶に薬の類は入っていない。ホークスはニコニコとそれを飲みながら、改めて客間を見渡した。

 カジュアルな和室だ。

 床は家紋の入っていない畳に覆われ、中央に足の短いテーブルがあり、右手の床の間には花が生けられている。左手の押入れには座布団が収納されており、正面の開け放たれた襖の向こうには草花の咲き誇る庭園が広がっていた。

「やー綺麗っすねえ」
「そうか? だよなあ! 花屋のおばちゃんに手入れの仕方聞いたんだよ! 忙しい時は業者呼ぶけどな」
「分倍河原さんが手入れしてるんですか? いやあすごいなあ。今度、コツ教えてくださいよ。職業柄よく花束をもらうんですけど、できるだけ長持ちさせてやりたいんです」
「いいぜ! お前いい奴だな!」

 初手は上々といったところか。

 今回、ホークスがここに来たのは、ここの家主の情報網がどこまで広がっているのか確認するためだ。一塊の記者だと謳ってはいるが、表の世界において、彼女ほどアングラに強烈な興味を示す記者は珍しい。

 荼毘の件といい、死柄木といい、彼女の悪運の強さはいっそわざとではないかと思えるほどだった。経歴を何度も調べ直したが、まごうことなく白。多少グレーな事をしてもいるが、それでも一般人の範疇に留まっている。

「それで、ホークスは何しに来たんだ? まさかまた死柄木について聞きたいとか言わねえよな、ヒーロー」
「いやいや、全然違いますよ。以前、家主さんと話す機会があったんですけど、その時に『都合のいい日に取材させてくれ』って言われましてね。で、今日偶然予定が空いたんで、出張ついでに寄ってみよっかなって」

 嘘は言っていない。

「なるほどな! アイツ喜ぶと思うぜ!」
「ところで、そのご本人は…?」
「大阪あたりの取材だな。すごい速さで出ていったよ」
「じゃ、取材受けるのは無理そうですね」
「だなあ。ちょっと連絡してみるか?」
「や、仕事の邪魔してもアレなんで」
「そうか。そうだな」

 開いた携帯を分倍河原は閉じる。最新型のそれは、おそらくここの家主が買い与えたものだろう。

「さっきから気になってたんですけど、この家ってどんな人でも入れてるんですか?」

 勝手に上がってくれ、だなんて、このご時世には不用心すぎる。だが、彼女に出会った時からこの家はそうだったと記憶している。来る者拒まず去る者追わず。家訓と称して守られてきたものは、確実に彼女の情報網の基盤となっているはずだ。

 気さくに聞けば、分倍河原は快く答えてくれた。

「トガちゃんがいない時ならな! あ、トガちゃんはアイツの戸籍上の娘ってやつなんだけど、この家じゃ一番大事にされてるんだぜ! これが可愛いんだ」
「娘さんいらしたんですか!?」

 素で驚いた。戸籍上の、と言うことは結婚はせず引き取っただけのようだ。ホークスが知らないとなると登録したのは最近の事。いつかはやらかすんじゃないかと思っていたが、遂にやりやがったよあの人。

「俺が引き取ってやってくれって頼んだんだ。アイツがやってくれた。トガちゃん、普通の暮らしがキツそうだったからな。あれはしんどそうだった…」
「そうだったんですね……」

 浮かせた腰を下ろす。相変わらず彼女は奇怪なことをする。普通、一塊の家政婦にお願いされただけで人を引き取るのだろうか。…いや、やるな、あの人なら。脳裏に馬鹿面で笑う家主が過る。初めて会った時、メモ帳とカメラを片手に鬼気迫る取材をする様には気押されたが、ここに来てさらに度肝を抜かれるとは。

「んじゃ、最近はどんな人に会ったんですか?」
「どんな人っつっても、名前も知らねえからなあ。防犯カメラになら写ってるか? でも、なんで聞きたいんだ?」

 少し踏み込みすぎたか。反射的に笑みを作り、用意していた言い訳を寄越す。

「心配だからですよ、あの人が」

 ホークスの母親がそうだったように、民間人がヴィランに関わって良い事などない。どう解釈したのか、分倍河原は「それって…!」と両手で口元を覆い頬を赤めた。面倒なことになる前に言葉を付け足す。

「友人としてですよ。向こうがどう思っているかは知りませんけど」
「そうか…。だよなあ。アイツが恋愛してるとこ、俺想像できねえもん」
「いっつもカメラ・メモ片手に走り回ってますもんね」

 時には「スクープだあああああ!!!」と奇声を上げなて何階からでも飛び出し、時には法律ギリギリの方法で現地に赴きリアルを取材する。ホークスの方が入手速度も内容も上なため、彼女の情報に助けられたことは少ないが、一般人にしては妙に目立つ。現に、ヒーロー・ホークスと知り合いになっているのだから。

 それから、何気なくを装って分倍河原からこの家に来る人物たちの特徴などを聞き、事前に暗記しておいたヴィランと照らし合わせた。素性を隠してはいるが、コンプレスやマグネなどのまだ傷害をしてはいないが厄介ヴィランもおり、本当にギリギリだなとホークスは思う。知らぬが花とは言うが、それにしても絶妙な塩梅だ。公安が直接手を出せないのも頷ける。

 十中八九、家主は分かっていて受け入れているのだろう。しかし、「分からなかった」とシラを切れる範囲の関わりしか持っていないない。

「…凄い人ですね」
「だろ? この間だって雄英にめっちゃ寄付したって言ってたし。肝っ玉座ってんだよ、アイツは」
「寄付というと?」

 分倍河原はあっけらかんとしていた。

「死柄木が雄英バリアとかUSJとか壊したろ。それの補修代だっつってたよ」

 補修代。確か、五千万は堅くなかったはずだ。あれをポンと出したのか。彼女が莫大な遺産を運用している事は知っていたが、何故。

「それはまた、随分と太っ腹ですね」
「…アイツは、やった事含めて死柄木を出迎えようとしてんだ。勿論、俺らもだけどな」


 ここは死柄木の帰る家だから。

 そう言って、分倍河原は茶を啜った。当然とでも言わんばかりの面持ちに、目を見開いたホークスだったが、すぐに笑みを取り繕う。

 ーー罪を犯した者ですら、招くと言うのなら。

 幼い頃に捨てた両親の事を不意に思い出す。母親は父に依存し、その父はヴィランでホークスを虐待していた。だからとは言わないが、自分は「ホークス」として生きる事にした。実の両親を見限ったのだ。

 人を助けたいと思いヒーローになった自分と、ただ取材…私欲のために人を受け入れ、分倍河原が更生したように、ヴィランを癒したここの家主。

「…カッコいいっすね、本当」

 ゴーグルを外してため息を吐くように言うと、「だろー?」と分倍河原は嬉しそうにした。







 必要な情報も粗方入手できたし、長居するのも悪いからとここらでお暇する。玄関口に立つホークスに、分倍河原は紙袋を渡した。

「アイツが取材の土産に買ってきた人形焼だ。ついでに持ってけよ」
「いいんですか?」
「おうよ! これも何かの縁だ」

 「それに、」と分倍河原は続ける。

「友達を心配する奴に、悪い奴はいねえ! ま、時間あったらまた来いよ。今度はご馳走するぜ」

 気前よく笑う姿に自然と肩の力が抜けた。拍子抜け、とでも言おうか。もしかしたら、分倍河原がヴィランになったのは運が悪かっただけなのかもしれない。そう思えるほどに彼は良い奴だった。

「…ありがとうございます」

 ホークスは紙袋を受け取る。

「ここの家主さんが帰って来たら、伝えておいてください。『良い家政婦を雇いましたね』って」

 この言葉は、本心だ。

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解せぬ花