イカレ女記者役の夢主ver.(MHA:敵連合夢) 10
(side荼毘寄り)
フラッシュが焚かれ荼毘は顔を顰める。拳から青い炎を出して光源に伸ばせば、ガラスの溶ける音と共に持ち主の女が静かに発狂した。
「何してんだ」
「普通に撮ってるだけですけど何か!?」
燃えるカメラを消火しながら半べそで言う彼女を荼毘は鼻で笑う。このやりとりも何度目か分からない。そもそも数えていないし、数えようと思ったことすらなかった。いつもと違うのは撮影場所くらいだろうか。居間やキッチン、縁側で回すことの多いカメラは今は玄関の靴箱の前にあった。
普段からフラフラ遠出することの多い荼毘だが、今日は家を出るタイミングが女と被ったらしい。うるさいのに当たったと思いながら彼は玄関の扉を開ける。
「気が向いたらさ」
チラ、と女の方へ視線を寄越す。相変わらずカメラを構えている。荼毘が帰ってこないことを女は見抜いているようだった。
「またいつでも来な。そん時は、めいいっぱい歓迎するぜ」
そう言って笑みを浮かべる。哀愁も、憐憫も、心配も、何もない。ただ一つ「去る者追わず」の信条だけを持って、女はここにいるのだろう。
「いってらっしゃい」
目を細めて女は笑っていた。旧友を送り出すかの態度に口元の筋肉が僅かに変化する。だが、閉じていく玄関の扉と隠されていく女の姿を荼毘が見ることはなかった。開けた扉の行き先に目を向ける前に歩き出していたからだ。
「じゃあな」
パタンと音がする。その空気が春風に乗り、荼毘の黒髪を揺らす。
彼の視界の隅には、カメラの光だけが残っていた。
視界が白み、フッと体が浮上したような感覚に浸る。目を開けるといつもの灰色の天井が見えた。荼毘が拠点としている廃ビルの風景だ。薄汚れたそれに彼は静かに目を閉じる。あの家を出てから一年以上は経った。今日までほぼ不眠不休で力試しをしていたせいか、たまの居眠りに奇妙な夢を見てしまったらしい。思い出にも満たない火の粉のように小さな記憶。
「……夏君、冬美ちゃん、焦凍…」
何故かは分からないがその名前が口をついて出た。「目的はない」と、死柄木には言った。しかしそれは「今は」の話でちょうど死柄木の目的が達成された後に叶う願いだった。
ーーもう一度、家族に会いに行く。
二週目に入った当初、つまりはあの家の一員となった年ではダメだった。あの頃の父親はまだ何一つとして変わっていない。一週目、執拗に見てきたから分かるのだ。あのタイミングで話をしようとしたとしても、憎悪や怒り、喪失感をぶつけようとしたとしても無駄だと。ならば、父親がNo. 1になるまで待とう。結局二週目と同じ結論に至るが今度は史上最悪のテロリストとしてではなく、一塊の小悪党として会いにいく。それなら遅くないはずだ。
『目標はないのか目標は!!』
女に半紙を叩きつけられたあの日はまだ朧げだった。
『今度は油断しないぜ? 先生』
死柄木の煮えたぎる嫌悪を見て初めて分かったのだ。
二週目の世界でも、轟燈矢は戸籍上死んだ。だが荼毘はまだ、「轟燈矢」を燃やしてはいない。
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(side女記者)
雄英体育祭がやってくる。がしかし、オフィスにいた私は膝から崩れ落ちた。
「畜生!! 報道用スペースに空きがねえ!!!!」
「おおお落ち着きなさい君!!!」
「そうよ、人参取り上げられたじゃじゃ馬でもあるまいし」
社長夫妻にはがいじめされるも私の悔しさは止まらない。競り負けたのだ。報道用スペース確保のための電話戦争に!! 相澤さんや山田さん、ミッドナイトの香山さん、果ては八木さんにまで頼み込んでみたが何も変わらなかった。
「いつになったら弱小出版社を脱却できるんだくそう!!」
「君それ社長の前で言うかな普通!?」
「ヒーロー雑誌から広報誌、小説、漫画、色々挑戦してはいるのに伸びねえ!!! 永遠に赤字じゃねえかこの野郎!!!」
「ぼ、暴力はいけない! 暴力はいけない!」
社長に止められどうにか怒りを律する。こんなことなら雄英に死柄木のプロファイリングしに行った時に取材してくるんだった!! 会議中もやりたくてやりたくて仕方ないのを堪えてたせいで、めっちゃ震えたし涙すら出てきたからね!? 畜生死柄木ぃ…許さんぞ死柄木ぃいいいい(八つ当たり)! 私がもっと奴に注目していれば、こんなことにはああああ!!!
「ふふふふふ…」
家に帰ってからも暗黒微笑を絶やさない私に、盆栽をしていた分倍河原さんが首を傾げた。
「どうした? 何かあったのか?」
「……ぞ」
「え? 何?」
「行くぞ!!! 雄英体育祭!!!!」
持ち上げたチケットは二枚。伝手を使ってどうにか手に入れた一般用B席のチケットである。こういうことができる伝手はあるのに報道用のスペースがゲットできないのなんでだ!?
「というわけでじゃんけんでーす!!! みんなー!!! 集まれえええええ!!」
ダイニングで叫ぶと、居間に繋がる障子がスパアン!と開き、怒り顔の伊口君が。
「うるせえ!! 課題やってんだよこっちは!!!」
「それはごめん! ってことでじゃーんけーん…」
渡我ちゃんと分倍河原さんも集まり、「ぽん!!」と同時に四つの手が出る。私はパー、伊口君はグー、渡我ちゃんがパー、そして分倍河原さんがグー。
「グッパーで別れましょみてえだな」
「やったあ!」
「楽しんでこいよ! まじか残念…」
「お土産は任せろー!」
こうして、私と渡我ちゃんは体育祭を観戦しに行くことになった。
USJ襲撃事件があり開催は絶望的に思われた今回の体育祭。なんと警備を強化する事で押し通してしまった。流石は雄英。強い。その強固なセキュリティが故に手荷物検査が観客にまで及ぶのは、まあ予想できたとして、まさかこの私が迷子になるとは思っても見なかった。
「どっこだよここ」
見渡す限りの森。まじでどこだよと思いながらぶっ壊れたスマホ片手に彷徨い歩く。押し合いへし合いの鮨詰め状態。ドローンで撮ったら小豆洗いだなと思いながら、荷物検査用の長蛇の列に並んでいたのがついさっき。検査を終えた人々に押されるようにしてどこかに押し込められた他、混雑に紛れて誰かが私のスマホを踏み潰しやがった。カメラは死守した。
「畜生…犯人見つけたら有る事無い事記事にしてネットに流してやる……」
「何言ってんだテメェ」
人だ!!! 勢いよく振り返ると、いかにも不機嫌そう、というか今にも人を殺しそうな目をしたツンツンヘアの男子がいた。格好からして雄英生だが、待てよ、見たことがある。
「……あ、もしかして君、ヘドロ事件の時のかっちゃん君!?」
言った途端に眼前を爆破される。思わずスライム餃子生物のギョーザで守ったら、かっちゃん君は分かっていたとでも言うように舌打ちをした。
「かっちゃん言うな殺すぞゴミ!!!」
「散々な言い草!!! え、私君になんかしたっけ!? 前世で君のゲーム機セーブ中にぶっ壊したとか? 正直あれは悪かったと思ってるよ」
「ちげえわ喋んなゴミ!!!」
またゴミって言ったぞこのクソ餓鬼!!! もはや「ゴミ」が語尾のレベル。最近の高校生のトレンドって「ですますゴミ口調」なのかなクソムカつく。だが私は大人。こんな挑発に易々と乗る人間ではない。かっちゃん君は何やらブツブツと言っていたが、怒りがぶり返してきたのか手のひらを爆破させようとして、ポケットに突っ込んだ。鬼の形相で睨みつけられる。
「…俺は、テメェの助けなんざなくたって普通に勝てたんだよクソが…舐めてんじゃねえぞマスゴミごときが……」
「今何つった『ごとき』っつったか、ア゛?」
いっけなーい殺意殺意! 確かに私はマスゴミだが、「ごとき」はないだろ「ごとき」は。そう言うかっちゃん君は情報を正確に伝えられるのかな? 現地に行って真実を取材できるだけのコミュニケーション能力と愛と勇気とパッションを持ち合わせているのかな??一瞬胸ぐらを掴もうかと思ったけど殺傷沙汰は避けたいので、ジーンズのポケットに手を入れた。
互いにポッケに両手を入れ、猫背でオラオラ言うスタイル。どこのヤンキー漫画だ。
「君、マスゴミ舐めちゃダメだからね? 言っとくけど君の評判なんざこっちでいくらでも変えられんだかんな? 君がどれだけ聖人君子だろうがクソの下水煮込みと報道されればそのレッテルつくんだかんな? 橋本かー◯な」
「誰だよ橋本」
「知らん思い浮かんだだけ」
また舌打ちをして、話は済んだとばかりにかっちゃん君は踵を返す。猫背のまま歩き出す彼に合わせて、私も猫背でついていく。
「ついてくんなゴミ!!」
「迷ったんだよ広すぎて!!! ちなみにここはどこですかあ!?」
「それが人に物聞く態度か!?
ア゛ア゛!? 赤ん坊からやり直せや!!!」
「社会の赤ちゃんがなーに言ってんだか!! 君なんぞ社会に出たらマジ個性卍って感じでぶっ潰されるよ? 今のうちに目上の人への敬語を覚えておくことだねクソマセ餓鬼!!」
「ゴミが何言ってんだ死ね!!」
言い合いながらも、かっちゃん君は観客者席の出入り口まで連れて行ってくれた。そうしてくれるようしつこく懇願した甲斐があったぜ。初めは鬱陶しそうにキレていた彼だったが、次第におとなしくなりやがった。
「フッ…流石の雄英生も、大の大人の五体投地駄々は恐れるか……」
「ドヤ顔してんじゃねえぞゴミ」
「本当にゴミを見る目で見ないでくんない??」
ちなみに、かっちゃん君の本名は爆豪勝己というらしい。かっちゃん君呼びまくってたらキレながら教えてくれた。トンネルのような長い通路を突き進み、分かれ道に来た。去り行く爆豪君の背中に私は声をかける。
「へい爆豪君」
「…」
「無視すんの酷くない??」
「急いでんだよこっちは…!!」
「ここで会ったのも何かの縁! 体育祭、勝っても負けても取材させてね!! 応援してんぜ、ニューヒーロー」
彼の個性的に普通科かヒーロー科だろう。普通科だった場合は一発逆転を狙う高校生のいいネタが手に入る。爆豪君は目を見開いた後、口角を極限まで下げ、親指を下に向けた。
「目指すのは完膚なきまでの勝利なんだよクソが」
何それカッコい! 思わずシャッターを切ろうとしたら気づかれてしまい爆破されたが、荼毘の炎よりも熱くないのでなんとかカメラは無事だった。
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(side渡我寄り)
手荷物検査を終えた渡我被身子は一足先に観客用B席にいた。移動販売のスタッフからポップコーンとジュースを買い、食べながらグラウンドを見る。
ここは一年生用グラウンド。女記者が入手できたのはここの二席だった。彼女は「畜生三年生用が良かったけど一年生も二年生も捨てがてええ!!!」とよく分からないことを叫びながらカメラのチェックをしていた。
『一年A組だろお!?』
プレゼントマイクの司会によってバイプスの上げられた会場が沸き立つ。なんとなしにその一Aを見ていた渡我だったが、その中に見えた茶髪丸顔の女子生徒に口元を押さえて立ち上がった。
「お茶子ちゃん!!!」
麗日お茶子。三重県に旅行しに行った時に出会った、可愛いお友達。
「お茶子ちゃん! お茶子ちゃん!!」
目の前にいる観客が迷惑そうにしているのを目にもくれず、渡我は顔を赤め、お茶子へ向かって身と手を乗り出す。
「お茶子ちゃん!!!」
髪につけた赤い飾り、あの時買った飾り紐がシャラシャラと揺れる。ふと、麗日がこちらを見た気がした。気のせいじゃない、きっと。渡我は思い切り手を振って自分の存在をアピールする。それを目にした麗日は、瞼を持ち上げて口をパクパクと動かした。
「ヒミコちゃん!?」
「覚えててくれた! 覚えててくれたんだね!」
嬉しくて堪らない。大きな歓声に混じって、渡我は甲高く黄色い悲鳴を上げる。
「来て良かった!! また会おうねって私言ったもんね」
これを運命と言わずして何と言うのか。今すぐにでもグラウンドに侵入してしまおうか。前方の椅子に足をかけようとしたその時、彼女の肩を掴む人がいた。
「ウェーイ間に合った!」
女記者である。彼女は渡我の肩に腕を回すと「爆豪しょうねーん!!! あれ、緑谷君もいんじゃーん奇遇!!!」と誰かに向けて手を振った。我に返った渡我は、自身の心臓がキュウと締め付けられるのを感じる。
また、普通じゃないことをしようとした。
「お茶子ちゃんって子だよね、旅行した時言ってたの」
「うん…」
「じゃ、試合終わって昼休みになったら、会いに行ってきなよ。向こうも渡我ちゃんのこと覚えてるっぽいし」
「いいの?」
「勿論! 不安だったら私も一緒に行くよ。ま、『好き』にやってみ」
背中を軽く叩かれ、渡我の口元が緩む。彼女は組んだ両手を胸に当て「うん」と小さく頷いた。
最初は障害物競争。記者の言っていた「緑谷君」と「爆豪君」、加えて轟という子がトップ3に上がる。麗日もランクイン。続け様に騎馬戦が行われる。
「緑谷君とお茶子ちゃんって子、仲いいっぽいねえ」
個人用カメラで撮影しながら記者は言う。チームで協力しながら必死の形相で防衛を続ける麗日たちに、渡我は少しだけ頬を膨らませた。ギリギリのところではあるが、麗日たちはトーナメント戦に進出する。安堵からかへたり込んだ麗日にエールを送れば、彼女は渡我に向かって拳を突き出し、笑ってくれた。
「そういえば、渡我ちゃん、斉藤君とはどうなったん? 今、メッセで連絡取り合ってるんだよね?」
トーナメント戦が始まる前の休憩時間。セメントスが畝るコンクリートで会場を生み出す様を見ながら、女はなんとないしに聞いた。恥ずかしそうに顔を赤らめた渡我はそれでも顔を綻ばせる。
「卒業する前、告白できなかったし、血い吸わせてって言えなかったけど…お友達から始めることにしたんです。今度、二人でデート行ってきます」
「そっかそっか! じゃ、軍資金後で渡すわ」
「ありがとう!」
女に抱きつく。この人は渡我を否定しない。渡我の好きを肯定するかのようにそっと背中を押してくれる。無意識だろうその気遣いが渡我にとっては救いだった。
『ーー「変身」も、血を吸いたくなるのも、きっと素敵な個性だと思うからさ。幸せになってほしいのよ』
深夜のダイニングでほろ酔◯片手に赤ら顔で分倍河原と会話するところを、こっそり聞いていたことがある。
『逆転の発想っていうの? 今はまだ、「血を吸いたい」って欲求を満たすことしかできないけど、いつか、血をあげたくなるくらいに素敵な人と出会ってほしいなって』
『優しい奴だな、お前は。良い奴だ』
そう言う分倍河原に女はだらしなく首を横に振り、コツンと缶の縁に額をやった。
『…私は、あの子の保護者だから。こんなこと言うと照れるけど、いつからかな、保護してるからかな、なんかもう、可愛くてしょうがないわ。笑顔とか、仕草とか。メモリーも結構溜まってきてんの』
『それ、言ってやれよ。喜ぶぜ?』
『シラフじゃ恥ずかしくて言えんて。あ、ちなみに写真は全員の撮ってるからね。死柄木もー、荼毘もー、伊口君もー、分倍河原さんも。もうすぐアルバムできるよ』
『マジか! 楽しみだなあ!』
はしゃぐ分倍河原と同じように、渡我もそこら中を飛び跳ねたくなった。
グッと堪えて自室に戻り、ベッドに倒れこむ。うつ伏せになって、両足をバタつかせる。
『…血をあげたくなるくらいに、素敵な人に出会って、だって』
今までは抑えるのに必死で考えたこともなかった。そんな人に出会えたら、とても幸せだと思う。
ふと、斎藤の姿が脳裏を過ぎる。放課後の廊下、夕日が暮れる日にそっと口にした言葉。「友達になって」と言った渡我に斎藤は笑ってくれた。笑って「いいよ」と言ってくれた。麗日の笑顔が過ぎる。たった一回しか会った事がなくても、ちゃんと気づいてくれた。それを思い返すだけで、心がポカポカと温かくなる。
血をあげたくなるくらいの「好き」。
今は生きにくいけれど、きっと。
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(side麗日寄り)
昼休憩となり、観客と生徒で雑多に混み合う食堂内で昼食をとっていた麗日たちであったが、白米を頬張った麗日の首筋に抱きついた女子に目を見開いた。
「ウングッ!!!」
「お茶子ちゃん!?」
白米を喉に詰まらせたのか青ざめる麗日に、蛙水が立ち上がり、葉隠が背中を撫でる。
「どなたですの?」と八百万が苦言を呈すると、お団子ヘアの彼女がパッと麗日から離れて笑みを浮かべた。
「渡我被身子! ヒミコって呼んでください! お茶子ちゃんのお友達です!」
「麗日の」
耳郎が麗日を見る。麗日はコクコクと頷いて、どうにか白米を飲み込んだ。
「ヒミコちゃん。地元でバイトしてた時に知り合ったんよ」
「仲良いの!? 同中!?」
前のめりになる芦戸に、渡我は首を横に振り、麗日は苦笑いする。
「や、会ったの二回目なんよね、実は…」
「うお、マジか」
耳郎が引き気味に渡我を見るが、それを気にする彼女ではない。
「みんなの試合、見てました! 個性の使い方とかすごくて、ボロボロでも頑張っててカアいくて、格好良かったです!」
ニコニコと言う渡我に毒気を抜かれたのか、互いに顔を見合わせ眉をハの字にして笑う。麗日の隣に座っていた蛙水はケロケロ、と笑った。
「私、蛙水梅雨っていうの。褒めてくれてありがとうヒミコちゃん。私のことは、梅雨ちゃんと呼んで」
「私芦戸三奈! 麗日と同じクラスなんだ。ねえねえ、私もヒミコちゃんって呼んでもいーい?」
「勿論!」
「はいはーい! 私、葉隠透! よろしくねーヒミコちゃん!」
蛙水に釣られて、芦戸、葉隠と続々と自己紹介をする。
「八百万百ですわ。お好きなように呼んで呼んでくださいまし」
胸に手を当てて八百万は微笑んだ。
「耳郎響香。よろしく」
後頭部を掻きながら耳郎も言う。麗日はとんとん拍子な流れに戸惑いつつも、渡我に笑いかけた。
「と、とりあえず! また敢えて嬉しいよヒミコちゃん! 応援も、すっごい嬉しかった! 私、トーナメントも頑張るね!!」
ガッツポーズを取ると、「応援してるね!」と渡我は麗日の手を包んだ。その暖かさに、麗日は自身の体が冷えていたことに気づく。初っ端から爆豪と戦うからだろうか、思ったよりも緊張しているみたいだ。こちらをキラキラした瞳で見詰める渡我を見やる。
グラウンドに入場した時、自分を呼ぶ声に麗日は最初幻聴かと思った。両親や地元の友人たちは現地には来られないはずだし、雄英に入学してからは専らクラスメイトと一緒にいたから。じゃあ誰が、と顔を上げたら渡我がいた。その瞬間の髪の毛がブワッと持ち上がるような高揚感を覚えている。
麗日は、誰かの笑顔を見るのが好きだ。
でもその時だけは麗日の方が驚いて笑っていた。会うのは二度目で付き合いだって浅いのに、渡我の純粋な笑顔に背中を押されたような気がしたのだ。
「ありがとね、ヒミコちゃん」
照れ隠し混じりに言う。渡我はいっそう目を細めた。
そのまま渡我も一年A組に混ざって昼食を取る。話すのは体育祭のことや、学校生活のことだ。盛り上がったランチだったが、雄英生はこれから催し物がある。名残惜しげに解散しようとしたところで、麗日と渡我は食器を返しに二人で列に並んだ。二人以外は早々に食器を返却し終えてレクリエーションのために先に更衣室へ向かっている。麗日もそれに参加するので急がなければならないのだが、ふと渡我が発した言葉に足を止めた。
「お茶子ちゃんは、血をあげたい人はいますか?」
振り返る。なんてことないような顔をする渡我に、麗日は(なんやろ、冗談かな…?)と思った。
「おらん、けど…」
答えると、渡我は一瞬瞼を伏せてまた口を開いた。
「じゃあ、血を吸いたくなる人は?」
「おらんよ。そんな、大切な人傷つけたいとか思わんし…」
「……そっか」
そう言って「変なこと聞いちゃったね」と渡我は笑う。だから麗日は聞き返した。
「…ヒミコちゃんは?」
「私ですか?」
「うん」
沈黙。呼吸音が昼の喧騒に溶けていく。騒がしいはずなのに、渡我の周囲は切り取られたように静かだった。
「いないよ」
「……そっか」
告げられた言葉にほっとする。ほっとした自分を麗日は訝しがる。
(今、私、なんで…)
渡我の事はまだ良く分からないし、距離を近づけようとして変な空気になることだってある。
「冗談、やったんよね?」
そう言おうとするが出来なかった。言う前にガラガラと音を立てて渡我がゴミを捨てたからだ。
「私、もう行くね、お茶子ちゃん」
「え、うん…」
急にどうしたんだろう。渡我の声音に少しだけ冷たさが含まれていた気がして、麗日は思わず渡我の手首に手を伸ばす。けれど、その手はするりと逸らされ、次に顔を上げた時には、渡我はいなかった。空を掴んだ手を胸の前に持ってくる。次の人が来たので捌けて麗日はA組のみんなが待つ更衣室へ急いだ。後ろ髪を引かれて背後を見やる。
人が雑多に織りなす食堂が、遠く感じた。
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(side女記者)
渡我ちゃんが抱きついてきたかと思えば「帰ります」の一点張り。何かあったのか聞こうにも傷口を広げてしまいそうで聞けない。困った。
「おーおー。どしたどした」
周囲がチラチラとこちらを注目し始めたので、とりあえず関係者用エリアギリギリの場所に向かう。会場のどよめきや山田さんの実況が、空気を震わせている。一回戦目は心操という子対緑谷君のようだ。分厚い壁を挟んで聞こえる振動はどこかお腹に響いた。渡我ちゃんの頭を肩口に付けて、そう身長の変わらない背中を撫でる。服は濡れなかったけど、渡我ちゃんは顔を私の肩に擦り付けた。
「背ぇ伸びたねえ」
「…」
「……」
渡我ちゃんの背中に腕を回して、遠くの空を眺める。こういう時は、本人の整理がつくまで待つに限るのだ。ただちょっと渡我ちゃんの力が強すぎて肩が痺れてきたので「手を繋ぐ」に移行する。「大丈夫だよー」の気持ちも込めていつもより強く握ると、渡我ちゃんは握り返した。ずっと下を向いているので、彼女の表情は分からない。でもその思い悩んだような仕草の一つ一つが、青春にも、苦しみにも見えて、どうすべきか迷った。
私は、渡我ちゃんの母親にはなれない。保護者としての義務はちゃんと果たすし、渡我ちゃんの事は大切で好きだけど家族と呼ぶには離れている気がした。…まあ、それでも。
「一個確定で言えることがあるんだけどね」
渡我ちゃんが顔を上げる。眉尻を下げて、歯を食いしばって、縁を探しているみたいな表情だった。安心させるために私は笑った。
「あの家の住民は、いつだって渡我ちゃんの味方だよ。私や分倍河原さん、伊口くんは勿論、死柄木や荼毘だって、渡我ちゃんのこと分かってると思う」
お団子を崩さないように頭を撫でたら、彼女は片目を細める。やけに幼い仕草は私を信頼してくれている証なのだろう。
「やりたいようにやっていいんだよ。傷ついても、傷つけても、疲れても、そうでない時だっていつでも。渡我ちゃんの帰る場所はちゃんとあるんだから。……問題解決にはなってないけどさ、そこだけは、覚えてて欲しいんだ」
これくらいしか言えることがなかったが、私の言葉はちゃんと届いたようで、渡我ちゃんは少しだけ瞼を広げて太陽の光をその目に反射する。潤んだ瞳孔が緩やかに光を帯びたから、もう大丈夫だと彼女の頭から手を離す。余った手は繋いだままだった。
「……観客席、戻ります」
「よし来た!」
二人で観客席へ上がる。グッドタイミングだったようで、心操という子が緑谷君に何かを訴えかけていた。個性は洗脳らしいと認識する前に勝手に手が動いて写真を撮る。別に観客席で写真撮っちゃいけないルールはないからね。しかし、心操君の奮闘も虚しく、最後は緑谷君の勝利。退場していく彼に普通科クラスだろう子たちが労いの言葉をかける。
「よかったぞー心操ー!!!」
「俺たち普通科の希望の星だよ!!」
普通科でトーナメント戦まで出場しただとおおお!?!?
「どうしたんですか?」
「ちちちちちちょおおっとスクープがね!!!」
驚きのあまり握力が強くなってしまったらしい。首を傾げる渡我ちゃんに返答しながら、空いていた方の手が肩口にぶら下げたカメラを掴むが、いかんせん片手だけでは操作が鈍い。さっきの動きはなんだったんだ畜生め。でも名前は覚えたぞ、心操人使!!!
「後で絶対に取材してやるからなああああああ!!!!」
そう叫べば聞こえてしまったようで、心操君と普通クラスの子たちが驚いたようにこちらを見ていた。私は慌ててグッドサインを送り片手をメガホンの形にして口を覆った。
「体育祭の後!!! ご連絡させていただきますので!! あのウチ弱小出版社だけど!!!!!」
体育祭の花形はヒーロー科。ここまで勝ち上がって来たのなら、きっと彼はヒーロー志望のはずだ。ヒーローとは、元々世論に背中を押されるようにしてできた職業。弱小とはいえ出版社の取材を受けた経験が、彼の背中を押せたならとちょっとは過るんだけどその前に「普通科男子の下剋上!!!」のタイトルが脳内を埋め尽くしている。目がスクープの「S」の字になっている気さえした。驚愕か、高揚か、心操君はぐわりと目を見開いて、唇を噛み締めた。
「よろしくお願いします!!!」
頭を下げられたので反射的に全力で頷く。腕で目を擦りながら彼は緑谷君に何かを言っている。それに答えた緑谷君だったが、洗脳の個性にかかってしまったようで動きを止めた。心操君は呆れていた。
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(side渡我被身子)
まただ。
「やりたいようにやっていいんだよ。傷ついても、傷つけても、疲れても、そうでない時だっていつでも。渡我ちゃんの帰る場所は、ちゃんとあるんだから。……問題解決にはなってないけどさ、そこだけは、覚えてて欲しいんだ」
そう言って私の頭を撫でてくれる手は、とても温かかった。その温もりを話したくなくて、繋いだ手を握りしめる。お茶子ちゃんに「冗談だよね」って目で見られた時は悲しかった。でもしょうがないよね。お茶子ちゃんは普通のカアいい女の子だもん。だから好きになったの。声をかけて、友達になったの。私とお茶子ちゃんは似てる。好きな人がいて、恋をしてる。恋してると、私はその人自身になりたくなるけど、お茶子ちゃんはどうなのかな。
『私、トーナメントもがんばるね!』
ふと、お茶子ちゃんの笑顔を思い出す。あの時、手、冷たかったな。きっと緊張してたんだね。
あの日、あの家にいくと決めた日から、見上げた先にはいつも同じ顔の、違う笑顔があった。安心させようとしたり、笑わせようとしたりする、温かくてカアいい笑顔。今も私を安心させようとしてくれてる。
「……観客席、戻ります」
泣き止めて良かった。素敵なこの人の側で笑えて良かった。いつも変なことばかりするけれど、それがまた面白くて笑ってしまう。
ねえ、記者さん。
貴女は「私は渡我ちゃんのママにはなれないよ」って言うけどね私はそんなことどうでもいいの。
私のことをカアいいって言ってくれた。ママとパパに怒られた笑顔を素敵だねって言ってくれた。幸せになってほしいって、普通の子だって、仕草で、声で、表情で教えてくれるから。
「大好きだよ」
喧騒に隠れて小さく告げる。案の定言葉は溶けて貴女が聞くことはなかった。
それでも、それを口にするだけで幸せな気持ちになれることを、私は最近知ったのです。
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(side轟焦凍)
「君の!! 力じゃないか!!!」
赤黒く腫れた両手を抱えながら、痛みを堪え涙交じりに訴える緑谷に、左側が熱を持つ。チリつく炎を視界の隅に入れながら思ったのは、遠い日の二つの記憶。
一つは、父のようになりたくないと泣く俺に、母が言ってくれた言葉。
『良いのよ、お前は。なりたい自分に、なっていいんだよ』
そしてもう一つは、いつかの公園で一緒に遊んでくれた、誰かの言葉だった。
その人は、母から受けた火傷を擦っていた俺の頭に手を置いて、ぶっきらぼうに言ってくれた。
『大丈夫。焦凍は良いヒーローになるよ。……今度は、お前のことも見てるから』
不器用な手のひらが心地良くて、幼い俺はその手を両手で掴んだんだ。
息を吸う。左側の体温を上げる。久しぶりに放った炎熱に、身体中の血液が回り出した気がした。
緑谷が腕を振るうのに合わせ、左手を翳す。
「ーーありがとな、緑谷」
炎が吹き出す。冷やされた空気が熱をもって膨れ上がり、突風を巻き起こした。
蛇足
女記者→渡我
守るべき可愛い保護対象。本人が「来るのも拒まず、去る者追わず」の気質なので渡我の苦悩については体感では分かっていない
ただ、理屈として理解しており、現在は発達心理学や個性心理学の本を読んだり、渡我に話を聞いたりして更に勉強中
渡我→女記者
自分を守ってくれる保護者。屋敷の中でトップクラスに主人公に懐いている。基本は月二回、吸血衝動が治らない時は週一で血を貰う
「なぜ好きになってはいけないのか」から「なぜ好きな人の血を吸ってはいけないのか」「吸ってしまったらヴィランなのか」に思考がシフトチェンジしつつある。
轟焦凍→??
幼い頃に世話になったのを思い出した
??→轟焦凍
お兄ちゃん今度はちゃんとお前のことも見てるからなあ焦凍ぉおおおおおおおおおおお!!!!!
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解せぬ花