イカレ女記者役の夢主ver.(MHA:敵連合夢) 11
(side心操寄り)
雄英体育祭の振替休日が終わってから数週間後の放課後。心操は面談用ルームの前に立っていた。「付きそうか?」と心配とからかい混じりに言ってくれたクラスメイトに断りを入れて、一人で来たのはいいものの、いざ中に入るとなると、緊張する。
『絶対スクープしてやるからなあああああ!!!』
あの場だけのノリだったと後になって思っていた。そもそも、心操はトーナメントに出場しただけでベスト8にすら入っていない。あの時は緑谷との戦いでハイになっていたのだろう。何もやっていないのに一丁前にインタビューを受けるだなんて、これでヒーロー科に編入できなかったら笑い物だなとすら考えていた。けれど、振替休日が終わったタイミングで担任の先生から話が来て思わず立ち上がったのだ。
巨大なドアをスライドさせる。落ち着いたインテリアの飾られた棚に囲まれた中央に、テーブルとそれを挟むようにしてソファがあった。左側のソファには相澤が座っている。
「来たか」
「相澤先生」
目を見開いた心操に相澤は自身の隣に座るように促す。最近、個人的にお世話になっている先生だ。捕縛布の技術を教示したり個性伸ばしの訓練をしたりしてくれる。まだまだ及ばないところばかりだけど、それでも心操はスタートラインに立つための一歩目を踏み出したつもりだった。
「なんで相澤先生が?」
「お前に取材を申し込んだ記者は、俺の知り合いでな。一応ストッパーとして寄越された」
「そんなに凄いんですか、取材って…」
「アイツだけだ、ヤバいのは」
心底面倒そうにする相澤に心操は目を伏せる。自分のせいで相澤の時間を奪ってしまっているような気がした。謝罪しようかと口を開きかけた時、ガラリと部屋のドアが開かれる。
「いやあ取材を申し込んだ側にも関わらずお待たせしてしまってすみません!! ちょっと根津校長に捕まってしまいまして!」
入ってきたのは、黒いスーツに身を包み左腕に「来客・スタッフ」の腕章をつけた陽気そうな女性だった。
「遅い」
苦言を呈する相澤を物ともせず、彼女は向いのソファの前に立つと名刺を取り出して丁寧に渡した。簡単な自己紹介を終え、断りの元レコーダーを付けて彼女はメモ片手に心操を捉える。
「では、今回は普通科の心操君にインタビューということで」
「よろしくお願いします」
膝上に置いた両手に力が入り声も硬い。緊張しているな、と自分でも思った。それは記者の女性も同じだったようで、こちらをリラックスさせるためか「まあ取り敢えず、雑談からしましょっか」とメモを置いた。
「時間は三十分だけだぞ」
相澤が釘を差す。
「余裕ですって」
彼女は笑った。
「私さ、今日の昼ご飯ランチラッシュさんのとこで食べてきたんだよね。『日替わりランチセットA』ってやつ。心操君は何食べた?」
随分フランクな話し方だな。
「俺も…ランチラッシュのとこです。親子丼を」
「親子丼! いいねえ美味しいもんね。私も次来たらそれ食べようかな。普段から食べるの?」
「や、普段は購買でパン買ってます。でも最近は栄養面が気になるんで、自分で弁当作ったり…」
「自分で!? すごっ!」
「そんなに、対した物でもないですよ。普通に、米と鶏肉とブロッコリー詰めるだけとか、プロテイン足すとか…。足りない分はコンビニで買ってます」
「そうなんだ。やっぱり、体づくりのため?」
「そう、ですね。最近、相澤先生に特訓してもらってるんです。トレーニングメニューとかもあって」
「見せてもらってもいい?」
「いいですよ」
鞄に入れていたプリントを渡しながら「すごいな」と純粋に思った。目の前でニコニコしている記者を見る。記者だからか。この人は心を解すのが上手い気がする。それをされて悪い気がしないのも彼女のコミュニケーション能力の高さによるものなのだろう。こうやって取材対象の緊張を解いて記事を書いてきたのだ。さりげなく入ったインタビューは、まるで雑談のように調子よく進んでいく。
ヴィラン向きの個性を持っても尚憧れてしまったヒーローという職業。編入を狙って普通科に入ったこと。体育祭で感じていたこと。話すたびに心操は自分の心を理解する。
ーー俺は、ヒーローになりたい。
「…だから、もし心操君さえ良ければ、今回と、ヒーロー科に編入した時、ヒーロー入りした時の三本仕立てでインタビューできたらなって思ってね」
さらりと放たれた一言に戸惑った。
「俺、まだヒーロー科に編入できるかどうかすら怪しいんですけど…」
「でも入る気なんだよね?」
「それは…まあ」
メモに記入しながらなんてことないように彼女は言う。
「じゃあ君はヒーローになれるよ。『洗脳』なんて、超強力な個性じゃん。心ができてるなら、後は体と経験を追いつかせるだけだ」
記事のための賞賛なのは分かってる。それでも瞼の裏側に水が溜まった。
「あ、勿論、嫌なら全然嫌って言って良いからね!? 若人の青春奪ってまで取材したい訳じゃないし、なんならスクープはそこら辺の大人から捏造でもすれば良いし…」
「さらっとやばい事言いますね」
「大人には、子供を守る義務というのがあるのだよ心操君。私はそれに背きたくないだけさ」
「…そうですか」
片手で両目を覆い、心操は大きく息を吐いた。呼吸は震えていた。顔を上げる。こちらを見つめる目と目が合う。
「…インタビュー、使ってください。俺の個性の都合上メディア露出はあんまりできないけど、それでもプロ入りするなら避けては通れない道だし」
それに、
「…ここまで期待されてんだ。腹、括りますよ」
照れ隠しに首を掻いた。
「ありがとうございます!!!」
そう言って、記者の女性は心操の手を握って上下に勢いよく振った。明るいその笑顔に心操は眉尻を下げる。
変わった人だと思う。ヴィラン向きと言われ続けた個性を持つ心操に「ヒーローになれる」と言ってくれた。
「本日は、インタビューに応じていただき、ありがとうございました!」
「こっちこそ、ありがとうございました」
「終わったなら早よ」
相澤が「行け」とばかりに手を向こうへ振り動かす。記者の女性はけろりとした顔で笑うと、意気揚々と帰っていった。
「あ痛え!!」
…カメラとメモを確認しすぎて何度か柱に頭をぶつけていたが。
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(side女記者)
「お」
「あ゛?」
心操君の取材を終えた帰り道、駅前で爆豪君とばったり遭遇した。ちょうど改札口を通ろうとしていた爆豪君を見て反射的に声を出したら普通に気づかれた。
「…んだよ」
猫背のまま不機嫌そうにしている彼にレンズを向けようとしてどうにか踏みとどまる。約束ではないが一応宣言されてるからね。
「…「完膚なきまでの一位」って言ってたよね爆豪君! 今回は全然違ったね!! 轟君が手加減してくれなきゃ相打ちくらいだったんじゃない?」
「んなこと言いにきたのかよ失せろゴミ!!!」
彼の手のひらが爆発する。相変わらず人相悪いなこの子。こんなんじゃヒーロー入りしてもすぐパパラッチの餌食になりそう。とりあえずグッドサインを送ったらまたキレられたが遮って言った。
「だから、君にインタビューするのは後にしとくわ! 次は見せてよ、完膚なきまでの勝利ってやつをさ!!」
スクープ候補にゃ唾をつけとくに限るからね!!! マジで!!! ほぼほぼ宣言のような言葉に爆豪君の釣り上がっていた目尻が少しだけ下がる。彼はこちらを指差したかと思うと親指を下に向けた。
「んなもんすぐに見せたるわ」
「楽しみにしてるぜ」
路線が違ったので爆豪君とはそこで別れた。去年の一年生と教育課程が同じなら、もうじきヒーローインターンがある。体育祭で一位だった彼は、インターン受け入れ先の事務所から引く手数多のはずだ。
しかし、今回の私の取材先はインターン生たちではなかった。
某日。トランク片手にホテルにチェックインした私は、両手を広げて部屋の窓越し市街地を見下ろした。
「待ってろよおおおおおヒーロー殺し・ステインっっっ!!!!!」
「うるせえ」
ぺしりと私の頭を叩いたのは伊口君である。この市に行くと言ったら一緒についてきてくれたのだ。去る者追わず来る者拒まずの精神として受け入れるほかあるまい。保護関係の渡我ちゃんは別だけど。そう、私は今、昨今世間を騒がせているヒーロー殺しステインのパパラッチをしに来たのである!!
「バカだろお前…」
パソコンを開いた私に伊口君は額を押さえて項垂れていたが大丈夫だろうか。大学の授業もすっぽかして来たというし。
「そんなにステインのこと好きだったっけ、伊口君」
「あのなあ! ……まあ、カッケえとは思うよ。あの家にいなかったら、リスペクトして、心酔してただろうな」
「今は?」
「お前の暴走止めんのと、死柄木待つので埋まってんだよ両手」
「大変だね!!!」
「誰のせいだと…!!」
ぐぬぬぬと複雑な表情で歯を食いしばる伊口君に、私はパソコンの画面を見せる。そこには日本列島のマップがあり、緑色の地形に無数のオレンジ色の点が散らばっている。保須市のある場所には赤いピンが差してあった。
「これ、オレンジは今までステインが現れた場所で、赤いのは言わずもがなね」
「…マジでやんのか」
「勿論。伊口君は待機ね」
「なんでだよ」
「危ないし」
普通にそう言えば伊口君は護身用の折りたたみ式警棒を肩に担いだ。
「なんのための個性訓練だ。普通に行くからな、俺は」
「オッケー、じゃ、詳しく説明するね」
「相変わらず軽いな…」
呆れる伊口君を他所に考えを説明する。ステインをパパラッチするにあたって、彼の目撃情報があった場所をSNSや新聞、雑誌などを使って調べた結果、彼がインゲニウムを襲撃する前に保須市のヒーローを標的にするという予想はついていた。一応通報はしたけど、駆けつけたのがインゲニウムだったのだろう。そして実力不足か運が悪かったのか倒されてしまった。統計したデータからして、ステインが次の場所に移るのはヒーローを四人倒してからだ。彼はまだこの街にいる。
「で、ステインが現れそうな路地裏のリストがこちらです」
「多いな」
ずらりと並んだ住所に伊口君が引き気味に言う。
「それをさらに絞り込んだのがこちら!」
「…逆にキモいな」
「酷っ」
記者の勘も含めて絞り込んだ二十個のポイント。今日から三日間かけて全地点を巡ってステインの痕跡を探す。探し当てたらラッキー、無理だったらさっきのリストを総当りする。見つかったら痕跡を元に次の地点を絞り込んで普通に通報。ステインとヒーローが戦う場面を写真に収めるという方針だ。
「ちなみに、今回の記事は私の独断専行ではなく、社長の知り合いの大手企業から圧力がかかった結果です! 断じて私のせいじゃない!!」
「断らなかった時点でテメエの責任だバカ!」
ヒソヒソと小ささな声で会話しつつ、第一チェックポイントへ向かう。現在時刻は深夜二時。ヒーローに見つかってもコンビニへ向かう姉弟を演じているのでセーフ!!!
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(side死柄木寄り)
赤い空を薄暗い影が覆っていく。ビルの屋上にしゃがみ、刀を構えて獲物を見定めるステインを、死柄木は冷めた目で見下ろしていた。二週目の今、ステインのやろうとしている事の意味も、結果も、全て知っている。
「で? アンタは何をする」
「…この街を、正す。それにはまだ、犠牲がいる」
「その『やるべき事』ってやつがヒーローの死体打ちなら、こっちに手ぇ貸せよ。めんどくせえんだよお前。ダラダラダラダラせせこましいことしやがって」
本音を告げればステインはニヤリと笑った。
「やはり、お前は話が分かる奴だ。連合に組み入って正解だった」
「キモ」
ステインの態度が一週目より軟化している原因は死柄木の言動にある。焼き直しに飽きてきた彼は、さっさと進めるために話をスキップしたのだ。その結果、ステインは死柄木を「理解のある餓鬼じみた奴」と認識し、すんなりとヴィラン連合に加わった。
「この世が自ら過ちに気づくまで、俺は現れ続ける…!!」
その行動の結末がヴィラン連合の強化だ。ヒーローが正しくある世の中じゃなく、死柄木たちが世界を蹂躙する足がかりに過ぎなかった。しかも足がかりだけだったのだ。その先にあったのはヒーローの勝利であり「死柄木弔」の崩壊だった。だがそれすらステインのおかげではなく緑谷出久の影響ときた。結局、ステインの存在はヒーローにとっては無駄でしかなかったのだ。
「哀れなこった」
「脳無を出しますか?」
「……そうだな」
黒霧の方からの提案とは珍しい。大方、AFOからの入れ知恵だろう。奴はずっと死柄木に社会への嫌悪と破壊を教え込んでいるから。ワープゲートから現れた脳無が町へ散っていくのを眺める。
AFOを殺した後は死柄木は死刑にでもなるのだろう。自分の未来など死柄木にとってはクソほどどうでもいいことだが。
黒霧から奪った望遠鏡で街を見下ろし、彼は目を見開いた。
(……スピナー?)
緑色の鱗を身に纏う彼が見えた。瞬間、パキリと望遠鏡にヒビが入る。何故、スピナーがここにいる? 前はいなかったはずだ。
ーーいや、原因はあの女しか考えられない。取材狂いの奴のことだ。ステインの居場所を嗅ぎつけスクープにでも来たのだろう。全く、傍迷惑な事をする。
自身のやっていることを棚に上げて、死柄木は舌打ちをこぼす。
「どうかしましたか? 死柄木弔」
「黙れ」
望遠鏡が粉々に散る。その屑の行き先を横目で追っていた死柄木だったが、ついで面倒くさそうに髪を掻きむしった。
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(side女記者)
ッファアアああああ!!!! ビンゴだああああああ!!?!?
「大っ丈夫ですか!?!?」
「来ちゃ、ダメだ!!! 逃げなさい!!!」
半狂乱になりながら、ボコボコにされ壁に叩きつけられた原住民みたいな衣装のヒーロー・ネイティブに駆け寄る。側には赤いマフラーをはためかせ鼻のそげ落ちたステインがおり、思わずカメラを回し一枚撮った。
「はい証拠画像ゲットぉおおお!!!」
「だから逃げなさいって…!!」
「貴様は…」
ステインが私の姿を視界に捉えた。私は思わずかけていないメガネをかけ直すポーズを取る。
「…フッ、Tシャツ短パン、ノーメイクの一般人に何か用かな?」
「…一般人ならとっとと去れ。俺はコイツを殺すので忙しい」
「いやそれ言われて見逃したら殺人共犯みたいになりません? 目覚め悪過ぎますって」
言いながらヒーローとステインの間に滑り込む。睨まれるが、ブチギレた社長よりは怖くない。それどころかこの表情、良い記事になりそうだ。
「成る程、これが『思想犯の目』…!!」
「随分と呑気だな。どけ」
ボディーブロー。鳩尾に迫ったそれを、ギョーザをクッション代わりにして受け止めるけど、ショック吸収が追いつかない。軽い一撃で吐くとか格好悪いけど吐いた。
「わ、私のショートケーキとメロンケーキとチーズケーキとチョコケーキとロールケーキ税込五千円が…!!!」
「どれだけ食べたんだ貴様」
夜空の下溢れ出ていく嘔吐物に、まるで汚物でも見るような目で見られる。
「もう一度言う。どけ」
「じゃ、写メ十枚くらいとインタビュー一時間させてください」
「断る。どけ。これは警告だ」
「仕方ないですね。インタビュー三十分だけでいいですよ」
「…ふざけるのも大概にしろ貴様!!」
怒った!? なんでええ!?!?
放たれた斬撃を皮一枚スレスレでいなす。負傷している原住民風ヒーローに水餃子生物のギョーザを被せて保護し、私自身にはウサ公を付けて逸らそうとしたけど、生み出した側から切り刻まれた。
「これ、正当防衛に、入るんで!!! 見逃してください、よ、ヒーロー!!!」
「言ってる、場合じゃ、ない、だろ…」
独学の暗殺術は伊達じゃない。まるでジャグリングするかのように次々と放たれていく刃こぼれしたナイフたちを叩き落としながらどうにかしようとしたけど、畜生防御が追いつかねえ!!!
埒が開かないと悟ったのか、ステインは続け様に私の腕と足の骨を折った。うつ伏せに倒れた私は、彼を睨み上げる。
「痛えええええ!!! 何すんだコラ!! テメエのあることのないこと記事に書いて週刊誌に売るぞこの野郎!!!!」
「黙ってろ」
頬にナイフが突き刺さり痛みと共に血が流れる。ナイフを持ち上げたステインはそこに付着した血を舐めた。途端に硬直する私の体。別にステインの変態行動に引いた訳ではない。彼の個性「凝血」によるものである。血を舐めることで、その人の動きを一定時間拘束する個性。少なくともこれで私はカメラを回せなくなってしまった。畜生。
「安心しろ。安静にしていればすぐ治るように折った」
「一般人に暴行してる時点で、大義もクソもないですよ」
私の言葉に舌打ちして背中に差していた刀を抜いたステインは、ヒーローに向けて振り下ろす。
が、その瞬間に現れた一人のアーマード。
足を振り上げた彼の頭を素早く叩き上げたステイン。アーマードの仮面は飛び、飛び込んだヒーローの顔が明らかになり、私は目玉が飛び出るほど驚いた。
き、君は!!
雄英体育祭ベスト4の飯田天哉君じゃないか!!!! マジか、インターン先ここだったの!? 成る程、彼は個性的にインゲニウムの弟、兄の敵討ちに来たという訳か!
「インゲニウム! お前を倒す、ヒーローの名だ!!」
熱い展開に心が踊るけどそんな場合じゃねえ!
ーー飯田君! 瞬殺されとる!!!
特攻を仕掛けたがいなされ地面に倒れ伏す飯田君。悔しさや憎しみを目から流している彼の肩を、保護しているギョーザごとステインの刀が貫いた。
「お前らは弱い。偽物だからだ」
淡々と告げるステインに飯田君は歯を食いしばる。
「…黙れ悪党」
それはそう。
脊髄損傷で下半身麻痺。もうヒーロー活動は叶わない。けれどインゲニウムは、多くの人を助け、導いてきたヒーローだ。その事実は変わらないのにステインは嘲笑うのだろうか。本物でないからと排斥するのだろうか。
「…僕に夢を抱かせてくれた、立派なヒーローだったんだ。…許さない。殺してやる……!!!!」
「その前にまずコイツらを助けろよ」
そう言って、ステインは刀で私の足を軽く叩いた。うん、目が合ったね飯田君! ごめんね私大人なのに君守れなくって!!!
ステインは色々と仰々しく述べているが、要は「君のヒーローのスタンスは解釈違いだから死ね」という過激派の言い分である。なんつー極論だ。そうして振り上げられた刀はやはり誰かによって遮られた。
って、き、君は!!!!
緑谷君!! ヘドロの時に取材した緑谷君じゃないか!!!! 無個性のはずなのにオールマイト並のパワーで体育祭の時轟君と大体互角に戦っていた緑谷君じゃないか!! 私は君とオールマイトの関係性を疑ってるぞ!!!
彼は飯田君を気にかけつつ、ステインの個性について情報を交わしている。奥にいるヒーローを見た後、私と視線が合った緑谷君は目を見開いた。
「貴方は、あの時の記者の…!」
「ご無沙汰してますただいま四肢の骨バッキバキキャンペーン中です! とりあえず君たちさっさと逃げな!! ちょっとお姉さん頑張るから!」
「できませんよそんなこと!!」
くっそこれだからヒーロー志望は!!!
「手を出すな」という飯田君の言葉も彼のヒーロー論で蹴っ飛ばし、緑谷君は果敢にステインへと挑んで行った。
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(side伊口寄り)
ーー何者かになりたかった。今の自分じゃない、誰かに。
スピナーこと伊口秀一は走っていた。逸れた女記者を探すためではない。この事件に死者を出さないためである。彼の腕と背中には、子供とその母親が抱えられており、どちらも頭から血を流している。彼女等はどちらも、先の脳無が放った瓦礫による負傷者だった。
「畜生、死ぬな!! 大丈夫だ!! もうすぐ避難場所に着くからな!!」
立ち上る炎の中をどうにか駆ける。脳無がいるということは十中八九死柄木が動いている。前回のUSJ襲撃事件は負傷者が少なかったからまだ良かった。でも今回は規模が違う。
(戻れなくなるぞ死柄木!!!)
一体、死柄木は何を考えているのだろうか。伊口の知る死柄木はこんなことをする人間じゃない。そりゃ、多少は社会に不満はあっただろうが、それでも人を率先して傷つけるような人間じゃない。
「ありがとう…」
「あ? いいってそんなの」
二人を避難場所に下ろしたら、近くにあったバケツをひっくり返して水を被り、ヒーローたちの制止を振り切って火災の発生したビル内に潜り込む。夜目の効く伊口の目は個性伸ばしによって煙の中ですらもはっきりと対象を捉えられるようになっていた。
「誰かいねえのか!! 助けに来たぞー!!」
そう叫ぼうとしたが煙で咳き込んでしまった。熱い。水が蒸発しているのが分かる。だが、伊口は足を止めずに、周囲を見渡し、倒れている老人を一人と、男性職員だろう一人を背中に担いだ。
ーーUSJ事件後の事情聴取で、死柄木がヴィランになったことを知った。
衝撃だった。放心状態の中で何度も死柄木の人相や性格について尋ねられた。伊口の話す言葉に警察は納得した素振りを見せず、根掘り葉掘り聞いてくるのを、女記者が割って入って止めてくれた。
パリン!! と、熱膨張によってガラスが砕け、空気が吹き込み更に燃え上がる。
壁に張り付いた伊口は、六階の窓から身を乗り出してそのまま外壁を降りていく。二人分の体重がのしかかるのを尻尾と歯でどうにか持ち堪えた。
「ぐぅうう…!!!」
一階まで降り、地面にはいつくばるとヒーローが駆けつけてくる。
「君! 大丈夫か!?」
「ここは俺たちに任せて、早く避難を!!!」
「ダメだ!!!!!」
自身の腕を掴んだ手を振り払って走る。彼の視線の先にいるのは今まさに脳無に襲われようとしているカップルの二人だった。
「そっちはダメだって!!!」
黄色いヒーロースーツを身に纏う小さな老人が言ってくる。だがそんなものは知ったことではない。伊口はカップルの背中を突き飛ばすと、脳無に向き直り震える体で警棒を構えた。横から火炎放射のように上がる炎。見ると脳無は焼かれ、フレイムヒーロー・エンデヴァーがいる。カップルは逃げたようだ。
ーーなら!!
尻餅をついた体を持ち上げて炎の上がる場所へ走る。
「あ、おいちょっと待て避難を!!!!」
「避難できてねえ奴がいねえか見るだけだ!!!」
「それはヒーローの仕事だっつの!!」
(知らねえよそんなの!!!)
非常事態、命の危機にも遭ったばかりで情緒がぐちゃぐちゃだ。テンションがおかしいのは伊口自身もわかっていた。さっき吸った煙で喉が焼けたらしい。呼吸するたびに激痛が走り涙も出てくる。息も上がってきた。こんなに長時間ぶっ通しで個性を使ったのは初めてだ。こんなことならもっとちゃんと訓練しとけば良かった。
『何者かになりたい?』
苦しい時ばかり、あの言葉を思い出す。
ちょうどレポートに行き詰まっていて、酒を飲みやけになっている時だった。生暖かい息とともに溢したほんの少しの弱音だ。だがそれを聞いた女記者は、伊口の胸に拳を当て、ニカッと笑った。
『ならまずは、自分自身にならないとね!』
水溜りを蹴り、叫ぶ。思い出すのは死柄木の顔だ。迫害されていた伊口を救い出してくれた。一緒にゲームもやった。同じ飯を食べて同じ家で暮らした。たまに伊口の宿題を覗き込んで、面倒そうに顔を顰める顔が面白かった。間違えてコップを消していた時には大笑いした。ハバネロをカレーに致死量入れたり、麦茶をめんつゆに変えたり、一緒になって女記者にイタズラをした。
小悪党とか、ヴィランとか、世間は死柄木をそう呼ぶが伊口は違う。
「アイツは、友達なんだよ!!!!」
窓を蹴破り、逃げ遅れた老婆を背負った。
女記者の影響で少しは法律に明るいつもりだ。だからこそ分かる。この事件で死者を出してはいけない。死者を出してしまったが最後、死柄木は死刑になってしまうだろう。まだ負傷者だけなら情状酌量の余地があるのかもしれない。その負傷者も、軽傷者ばかりなら? 走ってみたところ暴れている脳無は三体から六体程度。これならヒーローが集えば対処は可能で、後は避難に遅れた民間人を助ければいいだけなんじゃないのか!?
「ありがとう」という言葉をかけられるたびに、少しだけ胸が傷んだ。同時に心強くもあり、伊口は動き続けた。灰と煤を被ったそれは、祈りにも等しかった。
(……頼むから死柄木、これ以上罪を重ねないでくれ。これ以上、俺たちから離れていかないでくれよ…!!)
頭に過る縁側での記憶。みんなで並んで蕎麦を食べるだけのなんてこと無い日常のワンシーン。でも、伊口にとってはそれが、たったそれだけが、
「また、みんなで……!!!!」
落ちてきた瓦礫を討ち払い、大きく息を吐き、構える。
「……すげえ」
背に守られた少年は、そんな伊口の後ろ姿に確かにヒーローの面影を見ていた。
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(side女記者)
ステインVS緑谷君と飯田君。追い詰められた矢先に体育祭二位の轟君がやってきて、そのまま三対一の攻防戦に。十分程度の大乱闘の中、私はただナイフの矛先をウサ公でズラす程度しかできなかった。
けど、三人はその連携でステインを倒したのだ! 雄英生三人が、だ。悔しいのはこれをカメラに納められなかったことだろう。畜生私の血液型がA型じゃなければ!!! 「凝血」の効果が取れるのももっと早かったのにいい!!
「畜生!!! カメラぶっ壊れちまった!!!」
「足と腕の骨折れてるんですから、ちょっと落ち着いてください」
自己紹介も簡単にし終え、現在私は轟君に背負われている。四肢が思うように動かせないので仕方ないとは分かっているが、大人として情けない。カメラも壊れたし、テンションダダ下がりである。
「三人とも大丈夫? ごめんね、守れなくて」
「い、いえ! ナイフの矛先ずらしてくれただけでも十分戦いやすかったです。その、こっちこそ骨折られる前に駆けつけられなくてごめんなさい…」
「謝られるために謝ったんじゃ無いんだけどねえ。…飯田君と轟君は?」
「大丈夫です」
「腕以外の怪我はありません。すみません、俺がもっとしっかりしていれば…」
三人に釣られてか、ヒーロー・ネイティブさんも申し訳なさそうにしている。
「プロの俺がしっかりしなくちゃいけないのに、一番足手纏いで…」
「あーあー気ぃ追わなくていいですから! はい! 私があそこにいたのは偶然ですし!」
本当にネ! いやー偶然通りかかって良かったナア! アハハ! お互いに後ろめたいことあるんだから、こう、お互い様ってことでね!!
ステインは武器を全て没収され、ゴミ捨て場にあったロープでぐるぐるに巻かれた。ロープを持つのは轟君である。遅れてヒーローたちが到着する。緑谷君のインターン先のヒーローもいたようで、顔面を蹴られていた。痛そう。飯田君はバッと頭を下げたかと思うと、申し訳なさそうに緑谷君と轟君に謝罪して涙を拭った。
「貴方も酷い怪我だ。すぐに救急車を…」
ヒーローの一人が、そう言って轟君から担ぎ役をバトンタッチしてくれる。
ーー誰もが油断した時だった。
「危ねっ!!!」
怪我を負った脳無が緑谷君の体を掴んだので、反射的に飛びついて緑谷君を引っぺがす。途端に四肢に激痛が走り視界が滲んだ。
「ごめん緑谷君背中の服破けてる!!」
「今そんなこと言ってる場合じゃ…!!!」
腕を捕まれ宙ぶらりん。やばい痛い折れる取れる全体重を骨折した腕にかけるな!!!
ぶちぶちと筋繊維のちぎれる音がする。痛すぎて意識が飛びそうだ。ついでにカメラ落として原型がなくなった。そっちに涙が出て来た。畜生!!
と、そこに駆けつけるヒーロー殺し。
(いやなんで君??)
「偽物が蔓延るこの社会も、イタズラに力を振り撒く犯罪者もーー」
脳無の動きが停止し落下する。首根っこをステインに捕まれ雑に下されたので文句を言おうとしたら、脳無の脳みそが頬にこびりついて汚くて吐いた。
「ーー粛清対象だ」
お前が粛清対象だ馬鹿野郎!!! 汚ねえもん飛ばしやがってよ!!!!
着地の土埃が鼻に入ってくしゃみをする。多分今の私はとんでもない形相をしてステインを睨みつけている。
「全ては、正しき社会のために……!!」
「それステインさんのエゴでは?」
「あ゛?」
怖ええええええ!!
目と目が合っても恋は始まらない。脳無を追ってきたのかエンデヴァーも駆けつける。しかし、ステインは恐れる様子もなく最後の演説をかました。その危機迫る圧倒的な夢への執念が悍ましいほどの威圧感を放ち、周囲のヒーローを圧倒する。脳無が緑谷君を攫った時、「なんかよく巻き込まれてんなあA組」と彼を注視していた私以外の誰もが反応できなかった中、
確かにステインだけが、敵に立ち向かっていた。
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(side死柄木寄り)
ビルの屋上。望遠鏡を塵にした死柄木を黒霧は見やった。
「満足のいく結果は得られましたか?」
一部始終を眺めていた死柄木は顔を顰める。一周目のルートと同じだが何故か女記者が混ざってる。
『私さ、多分死柄木と荼毘来てなかったら死んでたんだよね』
いつかの夕暮れ。団子を頬張り、縁側に座りながら上半身を死柄木たちのいる居間に下ろした女はけろりとした様子で笑っていた。その手には新聞が一部ある。
『ここに出てくる、宅配を装った強盗殺人。私の個性と相性悪くてさ、二人の靴無かったらターゲットにされてた』
だからさ、と2本の串を荼毘と死柄木に寄越す。
『来てくれてありがとね、ヒーロー』
普段の奇行に似つかわしくない大人びた顔。珍しいその表情に一瞬別人を疑い壊そうかと思ったほどだ。
夜の薄灯の下で担架に乗せられる女を眺めながら、死柄木は首を掻く。
(…重要なルートは通ってる。キレるほどのことじゃない)
この後の流れも、どうせヴィラン連合がモブ、ステインがメインで囃し立てられる。多少イレギュラーが起きようが問題はない。まあ兎にも角にも、
「明日次第だ」
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(side伊口寄り)
ーーもしもし。お世話になっております。はい、その節はお世話になりまして。
ーーあ、もしもし? 私だけど、この前に貸した借りあったじゃん?
ーーご無沙汰しております。〇〇様もお変わりないようで。
ーーこんにちわー! うん。あはは、そっちも元気そうで良かったよー。それでさ、実はちょっと困ってることがあってね?
保須総合病院に入院して一日目、朝食を取ってからずっと、女はメモ帳片手に電話をしている。通話専用ルームで永遠と通話し続ける女記者を横目に、ゲームをしていた伊口秀一は自身の首を摩った。喉の火傷や救助の際にできた打撲は、全て完治している。包帯が巻かれているのは念のためだそうだ。
「よーし!」
スマホを下ろし背伸びをした彼女は、骨がずれたのか「痛えええ!!!」と小さく叫び両腕を元の位置に下げ直した。
「終わったのか?」
「バッチシ!」
グッドサインをし、また「痛えええ!」と小声で大口を開ける。彼女の手から落ちたメモ帳がめくれ、パラパラと大量の連絡先を示した。黄色い丸が先頭にあるのは、保須市付近にある建設業関係の会社の電話番号だ。脳無を見た時から決めていたのだろう。女は自身の伝手を使って保須市復興の後押しをするつもりらしい。
「市に相応の寄付もしたし、ま、私ができるのはここまでかな」
達成感に満ちているわけでは無さそうだった。どこか飄々とした佇まいで、女は伊口を見やる。
「行こっか」
廊下には、子供や老人、病院関係者がポツポツと行き交っている。清潔に整頓されたそこを進みながら、伊口は隣にいる女記者に問いかけた。
「なあ、しがら……アイツらとお前は、どういう関係なんだ?」
あの家に引き取られた時から思っていたことだった。死柄木と、荼毘と、女記者。家族や友人と呼ぶには他人で、知人と呼ぶには親しすぎる。どちらも女に養われていた身で、死柄木なんかはヴィランになってしまった。けれど彼女はアイツらを見捨てない。それは伊口やトゥワイス、トガもそうだが、そうは言っても彼女のように死柄木が壊した物の修理代を丸々払えるわけではないのだ。加えて「家政婦が欲しい」と言っていたくせに、彼女は家政婦でない伊口たちに見返りを求めない。家政婦であるトゥワイスに対しても無理強いをしないし、自ら手伝ってもいる。
「私にもよく分かんないけど、奴らは伊口君たちと仲がいいからね」
「俺たち?」
意外な答えに、一瞬伊口は動きを止めた。
「私は、まあ見ての通り、来る者拒まず去る者追わずの性分なんだけどね。来た人の願いはできるだけ叶えたいのさ」
そう言って、女は目を細める。
「戻ってきて欲しいんでしょ?」
「…まあ、そりゃあな」
跳ねた心臓を誤魔化すために、目を逸らす。自身の頬を掻く伊口の背中を勢いよく叩いた女は、両手に走ったらしい激痛に「くぅうううう!」と声を上げ、看護師に怒られていた。両足が治っていたのに両腕が完治していなかったのは、単純に治療のための体力の回復待ちだったらしい。
後日、死柄木率いるヴィラン連合よりもヒーロー殺しの方がニュースにも噂になったのは、伊口たちにとってはある種の救いだった。
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解せぬ花