イカレ女記者役の夢主ver.(MHA:敵連合夢) 12
(燈矢と焦凍)
荼毘には兄弟がいる。弟が二人と、妹が一人、誰も彼もが一週目では荼毘を止め、彼が死ぬまで会いに来た。中でも末っ子の焦凍は、タルタロスの隔離病棟に収容された荼毘の下に足繁く通った。「燈矢兄、話をしよう」と、管に繋がれ返答は愚か呼吸すらままならない自分に、何度も何度も話しかけてくれた。対話してくれた。
(ぶつけたいこと、話したいこと、知りたいこと、ねぇ)
雪景色の街を歩く。今日は一段と冷え込んだせいか人通りは少ない。降った軽雪がポケットに入れた手首からぶら下がるコンビニ袋の中に入り、売れ残りの蕎麦弁当の蓋を濡らした。夏も嫌いだが冬は火力が落ちるから嫌いだ。けれど、火傷や継ぎ接ぎの肌をコートで隠せるのは徳だった。
「よお」
小さな紅白頭に声をかける。幼い背中はくしゃみをすると、こちらを振り返り、パアッと顔を輝かせた。
「お兄さん!」
小さな少年が駆け寄って、荼毘の膝に抱きつく。なんとなしに頭を撫でてやれば、少年は嬉しそうに頬擦りをした。
(遺伝子はおんなじのはずなのにな)
荼毘のものと違う、柔らかい毛髪。一週目ではその紅白頭に殺意を抱いたが、今となっては憐憫の情すら湧いてくる。
「食うか?」
鼻垂れ小僧に弁当を見せる。
「うん!」
輝かしいばかりの笑顔に焼け爛れた口角が緩む。人気の少ない公園で、小さな密会が始まった。
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開催は不定期、場所は公園のベンチ、ただ集まって蕎麦を食べる。轟焦凍はこの時間が好きだった。
「冷たい…」
雪の中で蕎麦を啜ると口と喉が一気に冷える。顔を不機嫌に歪めて鼻水を流し、不貞腐れる焦凍を見かねてか、隣にいた青年がため息を吐いた。その動作に父親の鬼気迫る顔が思い浮かび、焦凍は青ざめる。
「ご、ごめんなさい……」
「貸してみろ」
間髪入れずに蕎麦を回収され、幼い焦凍は絶望に暮れた。蕎麦を食べられないこともそうだが、隣の青年に嫌われたのだと思ったのだ。
青年のことは「お兄さん」と呼んでいる。名前を聞いたらそう呼べと言われたからだ。彼とは去年の夏頃、この公園で出会った。夏なのに長袖を着ていて、違和感があったのを覚えている。一人で遊んでいた焦凍に、缶ジュースをくれたのが始まりだ。それからよく一緒に食事をしている。
とは言っても家で出てくるような豪華なものではなく、コンビニや自販機で買える質素なものだが、焦凍は特別感があって好きだった。青年は母親のように焦凍を慰めてくれるわけではない。一緒に遊んでくれるわけでもない。けれど、寂しい時、焦凍の側にいてくれる。
「ほら」
彼から蕎麦が返される。持ってみると温かく、焦凍は目を見開いた。
「どうやったの!? お兄さんも、火の個性使えるの!?」
「そうだな」
冷めないうちに食えよ、と言われて慌てて啜る。勢いをつけすぎて軽く咽せた焦凍を青年はおかしそうに笑った。
「慌てなくても、取らないって」
大きな手で頭を撫でられる。母のものとは違いぎこちないけれど、優しい手つきで鼻の奥がツンとする。それに堪えるように焦凍は箸を動かした。
「ごちそうさまでした」
両手を合わせた後、ゴミを捨てる。ガラガラとゴミ箱の中で音が鳴り、秘密のご飯の時間が終わる。
「じゃあな」
片手を上げて去ろうとする青年のコートの裾を焦凍は咄嗟に掴んだ。
「また会える?」
いつも、これを聞いている。そうしないと今にでも目の前の青年が消えてしまいそうで怖かった。知らない人と話してはいけないのも、知らない人からもらったものを食べてはいけないのも分かっている。けれど焦凍にはどうしても、目の前の青年を知らないとは思えなかった。否、知らなかったとしても、大丈夫だと思ったのだ。
数秒の沈黙があった。
青年は、降参とばかりに両手を上げた。
「次、何食いたい?」
トクンと体が高揚する。そう聞いてくるということは、また会えるということだ。けれど何を頼もうか。悩もうとした矢先、焦凍の脳裏に先ほどの光景が過ぎ去った。焦凍の蕎麦を温めてくれた。傷つけてくる父親とは違う優しい火の使い方。満面の笑みを浮かべて、焦凍は言う。
「あったかくない蕎麦!!」
「……この寒い日に、変わってんなお前」
言いながらも、青年は「分かったよ」と頷いた。
「轟くん、いつも食べてるよね。蕎麦好きなの?」
雄英高校の食事スペース。蕎麦を啜る焦凍の隣で緑谷が尋ねた。彼の手にはカツ丼がある。
「そうだな……」
あの日から十年は経っただろうか。小さい頃に出会った「お兄さん」とは小さい頃に会わなくなった。何か事情があったのか、それとも単純に交流に飽きたのか、いきなり姿を消した。探そうと思っても名前どころか「お兄さん」について何も知らなかったことに気づいて、悲しみに暮れたものだ。憎しみだけで生きてきた幼少期の中にある、ほんの僅かな平穏の記憶。「冷たい」と言ったら、温めてくれた。その小さな気遣いが、幼かった自分にとっては何よりも大切で、温かいものだったのだ。
当時を思い出した彼は、静かに口角を上げる。
「あったかくねえやつが、好きだ」
ーーまた「お兄さん」に会えるだろうか。会えたらいいなとも思う。
(今度は俺が、蕎麦を奢るんだ)
なりたいものをちゃんと見つけられたこと。過去と向き合おうと思ったこと。切磋琢磨できるクラスメイトができたこと。友達ができたこと。
(話したいこと、沢山あるから)
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ーー
焦凍を見送り屋敷へ帰宅した荼毘は、客間を埋め尽くすほどの大量の梱包に思わず燃やそうかと思った。
「あー荼毘! 待って待って燃やさないでマジで!!!!」
桃色の梱包の隙間を縫うように出てきたのは、ここの大家である女記者だ。彼女は沢山のラッピングを両手に抱え、えっさほいさと段ボール箱に詰めている。
「何してんだ」
「プレゼント詰めてるんだよ!! ウォーターフォース夫妻…ええとお世話になってるヒーローなんだけどね! この度ご懐妊されたらしくて!! そのお祝い!」
皿にティーカップ、クッション、写真立て、缶詰、菓子類、ティーカップ。他にも色々箱に収められていく。女の様子からして、ここにあるもの全てが祝いの品らしい。
「馬鹿だろ」
そんなに沢山やって、何になると言うのか。呆れる荼毘に、女は異議を唱える。
「言葉や行動だけじゃ伝わらないから、物をプレゼントするんですう!! 荼毘にもそういう人いないわけ?」
「……」
「いるならやった方がいいよ。人はいつ死ぬか分からないんだし、せめて誕生日プレゼントくらいは送んないとね〜」
誕生日プレゼントか。考えたことはあるが流石に人の金で買う気にはなれない。一週目も今回も金にさほど執着はなく、働いたことはなかった。荼毘の脳裏に弟妹たちの姿があった。夏雄と冬美は無理そうだが、焦凍にならギリギリ渡せるのではないか。
(食い物は普段やってるし、長ぇこと使えるやつがいい。もしくは勉強で使えるペンとかか?)
「働きたいなら、伝手あるぜ」
顔を上げると女が鼻につく顔で鼻につく笑みを浮かべていた。とりあえず燃やそうと手を伸ばすも代わりにメモを渡される。
「うちの従兄蕎麦屋やってるんだけどさ、今ちょうど人手足りないらしいのよ。場所も近くだから、扱いてもらいな」
一歳違いとは思えないほど、大人の顔で女は言う。彼女の思惑にまんまと嵌められ腹が立ったが、利用しないのも馬鹿だろう。無言でメモをポケットにしまい、荼毘は客間を後にする。
「ええええ梱包手伝ってくれないのおおお!?!?」
「勝手にやってろ」
ピシャリと襖を締めてスマホを取り出す。メモに書かれていた連絡先へメッセージを送信すると、思いの外早く返事が来た。
『あいつが選んだ蕎麦への奴隷だ! 信用するぜ坊主!』
あの女の血縁者は変人ばかりなのだろうか。たった二言の文面からでも異常者の匂いが漂っている。うち一人の異常者は襖の奥で大量の贈り物と格闘しているし、荼毘は肩を竦めた。生憎、珍獣臭い大家の機嫌をとっている暇はない。これから荼毘は金稼ぎで忙しくなるのだから。
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(スピナーと夏雄)
真夜中の闇にボウっと光が灯っている。
スピナーもとい伊口は、大学のキャンパス近くのラーメン屋で友人と共に特盛ラーメンを食らっていた。彼らの目にはドス黒い隈があり動きも鈍く、まさに生ける屍。隣にいる友人なんかは髪が白いので更に死人のように見える。けれどもそのガタイのいい体つきからはかろうじて生気が漲っていた。
「生きてるか、轟…」
「なんとか……」
肘を突き、額を手で押さえている友人ーー轟夏雄は空笑いを浮かべる。無理もない。ゼミの研究が行き詰まり、三日泊まり込みでやっていたのだ。他のゼミのメンバーは家で泥のように眠っているだろう。夏雄と伊口がこうしてラーメンを啜れるのは、ゼミの中で一番体力があるからだった。
「…これ食べたら帰って寝るわ。姉ちゃんも流石に心配してるし」
言いながら、夏雄はラーメンスープに白米を投下する。
「彼女もだろ、リア充め」
「なんだよ、嫉妬か?」
「んな訳。俺はゲームで忙しいんだよ」
「せめて勉強で忙しくしろよ…」
「してるから今こうなってんだろ」
「それもそうだな…」
ポツポツと会話する。気まずさは無くどこか居心地が良い。大学三年生になりキャンパスが変わり、そこで夏雄と出会った。サークルやゼミが同じで良く話すようになり、気づけば仲良くなっていた。夏雄は伊口の二つ下だが、敬語を使われるのは柄じゃないので断り、今の話し方になっている。
「そういや俺ん家、前に蕎麦打つ奴がいたんだよ」
伊口が言う。
「ラーメン食いながら蕎麦の話かよ」
「麺なのは同じだろ。それで、ソイツの打つ蕎麦はクソ不味くて」
「不味いんかい」
「徐々に美味くなった」
「へえ」
「…」
「……それだけ?」
「そんだけ」
「そうかよ…」
何が言いたかったんだコイツ、と夏雄は伊口をジト目で見やる。伊口本人も「何が言いたかったんだろうな俺」と言わんばかりの顔で最後の一口を飲み干した。
腹も膨れた帰り道、夏雄はふと尋ねた。
「その蕎麦打ちの人って、もういないのか?」
伊口の家庭環境が特殊なことは既に知っている。来る者拒まず、去る者追わず、という現代にしては警戒心のない家訓は、伊口の性格には見合わない。だがだからこそ今の伊口の人格が形成されたのだと思うと少し面白かった。
「そうだな。一年前くらいに、パッタリ来なくなった」
「そういうのって、寂しいのか?」
「どうだろうな。…まあ、寂しいと言えば寂しいし、寂しくないと言えば寂しくない」
「どっちだよ」
苦笑する。伊口はなんてことない顔をしている。
「何にせよ、帰ってきたらまた蕎麦打ってもらうわ。あれ、意外と家の恒例になってたんだよ」
そのヤモリの横顔に落ちた影に、夏雄はどことなく温もりを感じた。
「食えるといいな、蕎麦」
「そん時はお前も呼ぶわ」
「いいのか? 俺10玉くらい食べるぞ?」
「じゃんじゃん食ってくれ。ウチは少食が多いから、逆に助かる」
「そうかよ」
夜中の道に二つの影が並んでいた。伊口も夏雄も、保護者に放置されて育ってきた過去がある。だからとは言わないが共にいることが多いように思う。
彼らには他に数人の友人がいるし、別に毎日一緒に帰る程でもない。けれど、互いの纏う雰囲気に少なからずシンパシーを感じているのは確かだった。
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(相澤と記者)
相澤がまだ雄英生だった頃の話である。インターン先のヒーロー事務所は他事務所との連携が多く、相澤や同じインターン生で友人である山田、白雲は、その連携先の事務所へ送られた。
業務内容は「迷子の捜索」。近くにある花丸小学校から児童が逃走し、半日経っても見つからないらしい。その時、近くの事務所はどれも他の案件で忙しく、ちょうど仕事に空きがあったインターン先の事務所が抜擢されたようだ。「というわけで行ってこい」と相澤たち三人は街へ駆り出されたわけである。
「迷子の捜索って言ったって、半日も経ってりゃ範囲絞るのもむずい。虱潰しってわけにもいかないだろ」
「だな。一先ず行きそうなところ絞るか。その子はきっと不安だろうし、早く見つけてやりたい」
ぶつくさ言う相澤の背中を白雲が叩いた。山田は肩を竦めつつ言う。
「クラスメイトの話じゃあ、いつもカメラ持ってるって話だぜ? なら、フォトスポットにでもいるんじゃねえの?」
「んな安直な」
「ここからだと、俺たちの足で歩いて三時間くらいだな」
いた。
「いいですねえお姉さん!! 夕暮れと夜空のような美しい鱗が素晴らしいコントラストおお!! これはもうミスコン一位間違いなし!! 神が利き手で生み出した奇跡!!! バチバチに盛れてますよおおおお!!!!」
フォオオオオオオオ!!!! と雄叫びを上げながらモデルらしき美女を連射する少女。モデルらしき女性もノリノリでポーズを決め、周囲には人が集まっている。赤いランドセルに、学校所有デジカメ、そして徐々周囲に浮かんでいる桃色のふわふわと、透明なモチモチ。間違いなく例の迷子の女児だ。
「……帰る」
「まあ待てよイレイザー!」
白雲が相澤を止めて、半ば引きずるようにして少女の元まで進む。
「ヘイガール! 撮影中のとこ悪いが、お帰りの時間だぜ?」
初手で話しかけたのは山田だった。こういうテンションの高いノリは彼が一番慣れている。少女はパッと顔を上げると、三人を見るなり目を丸め「わあああああ!!!」と黄色い歓声を上げた。
「ヒーローだ!!! すごい! インターン生のヒーローだ!! 切磋琢磨の青春の香り!!!! お写真撮ってもいいですか!?!?」
「いいぜ!!」
「ふぉおおおおおお!!!」
嬉しそうにブリッジを決めた少女に山田はちょっと引いて、相澤はドン引き、白雲は苦笑する。
「撮ってもいいけど、撮影場所が必要だよな。どうかな、小学校まで一緒に行かない?」
「行きます行きます!! 特ダネ来たコレ!!」
「コイツ、はぐれるかもしれないから、手を繋いでて貰ってもいいか?」
「おい、白雲」
「いいですよ! 手が掛かるんですね〜」
「それはお前だ!」と言いたいところをグッと我慢して、相澤は彼女と手を繋ぐ。小さな手は擦り傷やタコだらけだ。普段何をしているのやら。そんな少女は相澤と手を繋いだまま、モデルだった女性に写真数枚とお礼の手紙を渡した。
「撮影のご協力、ありがとうございました!」
「こちらこそ、楽しく撮ってくれてありがとう。嬉しかったわ」
女性は満足そうに微笑んで上機嫌で去っていった。
「(迷子になるからとんだ問題児かと思ったけど、意外と良い子だな! 礼儀正しいし)」
「(そうだな。なんか弟思い出すわ俺)」
自己紹介はし終えている。相澤にマシンガントークをかます少女を横目に、山田と白雲は笑い合う。ただ一人、相澤だけは終始面倒そうな顔だった。
「そういえば」
白雲が彼女を見た。
「夕方までずっとあそこにいたのか?」
「いえ。電車とか使って、いろんな駅を転々としてました! それで、もうすぐ帰らなきゃなって思って、帰ってきた次第です!」
「そっか」
「折角学校からカメラが支給されたんです。スクープに使わないのは損ですよ損!!」
「じゃあ、将来は記者になりたいんだな」
「勿論です!!!!」
電線に止まっていた烏たちが散り散りに飛んだ。赤い夕暮れの光に照らされ、少女の瞳が爛々と煌めく。
「私、今親戚たらい回しにされてるんですけど」
「ブッ!!!」
驚きのあまり山田が吹き出し、白雲と相澤が目を見開いた。少女はなんて事のないように笑う。
「色んなところ見て回れて、すっごく楽しいんです! そしたら楽しいって気持ちが止まらなくなっちゃって、学校抜け出しました!!」
少女は笑う。屈託なく、快活に。
「世界って凄いんですよ! 沢山景色があって、沢山人がいて、沢山言葉があって…カメラ一個じゃ撮りきれないくらいに広い。だから沢山撮りたいです。撮って、取材して、知って、伝えたい!」
それは紛う事なく信念だった。相澤にはない強い光。繋いだ手から伝わる温もりは、熱く、まるで少女の心情を表しているかのようだ。
「でも、迷惑かけたのはごめんなさい」
少女は深々とお辞儀をする。慌てた白雲と山田が頭を上げさせ、各々彼女の頭を撫でた。
「餓鬼守んのも俺たちの仕事だ! 気にすんな!」
「でも、先生や友達が心配するから、外出る時はどこに、誰と行って、何時に帰るのか、ちゃんと伝えような」
「はーい!」
「イレイザーもなんか言うか?」
「…俺はいい」
こう言うタイプの子供の相手をするのは、少し苦手だ。首に巻いた捕縛布に顔を埋めて、視線を逸らす。
「らんらんらららんらんらん!」
少女は歌を歌ってる。上機嫌なその態度に、相澤はどこか歪さを感じた。
それから、少女はよく相澤たちに会いに来た。家から持ってきたというカメラを首から下げ、一丁前にメモとペンを持って三人に取材する。大人顔負けの語彙力、取材場所やタイミングもちゃんと見極められている。誰に対しても物怖じしない明るい雰囲気も相まって、彼女はするりと周囲に溶け込んだ。人を明るくする無垢な笑みだ。
その笑顔が抜け落ちた瞬間を、相澤は見てしまった。
休日の夜、白雲や山田と別行動でパトロールをしていた時だった。公園の砂場に蹲りら執拗に山を形成する少女を見かけたのだ。
「おい」
と話しかけようとして口を噤む。見開かれた相澤の目には、光のない目で砂をぐちゃぐちゃに掻き乱す無垢とはかけ離れた少女の姿があった。
「おい」
今度はちゃんと言えた。振り返った少女はまたいつものように明るい笑顔になる。
「相澤さん! こんばんは〜」
「こんばんは。こんな時間に何してる」
「遊んでました。カメラは保護者の人に取られてしまって」
確かたらい回しにされている、と言っていたな。白雲のように朗らかでも、山田のように快活でもない自分なんかが、聞いて良いのだろうか。だが聞かなければ始まらない。膝をついて少女と目線を合わせる。彼女の目は揺らがなかった。
「……帰りたくないのか?」
「そうですね。普通に」
軽いな。重々しく聞いたこちらが馬鹿みたいだ。
「私がいると、家の空気が最悪になるんですよ。だから夕食が始まるギリギリまではここにいるんです。あ、ちゃんと『何処で、何時までに帰ってくるのか』伝えてますからね!?」
「そうか」
こういう時はどうすれば良いのだろうか。白雲と山田の行動を省みる。相澤はとりあえず、彼らがやっていたように少女の頭を撫でてみた。
「そうか。偉いな」
「でっしょお!?」
また笑う。笑顔が多いというよりも、笑顔しか知らないような子供なのだろう。泣き方や困り方が分からないのかもしれない。相澤が感じていた「歪」はきっとここから来ている。だからと言って相澤に何ができる訳でもない。けれど、彼は彼女の頭に手を乗せたままにしていた。
「あの?」
「…辛かったら吐き出せよ。話くらいは聞いてやれるし、なんなら専門の機関に繋ぐ事だってできる」
「児相ってやつですか?」
「そうだな」
「別に、今の状況に不満はないですよ、私」
「それでもだ。頼れる宛は作っておいたほうがいい。その方が合理的だ」
「へえ」
少女は何かを思案すると、小さく頷き顔を上げる。
「じゃあ、取り敢えず何かあったら相澤さんたち頼りますね!!」
「……そうだな。まずはそこから始めてみろ」
肯定すれば、嬉しそうに顔を綻ばせる。いつも笑顔で聞き分けのいい、子供らしくない子供。白雲も山田もきっと歪みに気づいている。いつか、この子が安心して素顔を晒せる相手ができたらいいと、相澤は思った。
それから十数年後。
ダン!! と音を立ててジョッキがカウンターテーブルに叩きつけられ、中のレモネードが揺れた。
「それでえ! 渡我ちゃんが本っ当かぁいくてですねえええ!!!」
「はいはい」
枝豆を摘みながら、相澤は隣の酔っ払いに相槌を打つ。出会った当初のチグハグさは何処へやら、彼女は懐から分厚いカメラを取り出すとページを選び相澤に押し付けた。
「こぇですよこれぇ!!! かっっわいいでしょお自慢の愛娘ですよ本当!!!!」
「そうだな」
画面に映っているのは誰かに撮って貰ったのだろう彼女自身の姿だ。姿は見切れ残像しか見えないが、くだらないことをしているのは分かる。
丁度相澤の仕事が片付き(山田は残業中)丁度彼女も仕事で近くに来ていたので、久しぶりに飲む事になった。ここの居酒屋は枝豆と餃子が絶品で、どちらか一つだけでも酒が進む。が、進みすぎるのもいかがなものか。現に隣にいる下戸は試飲の酒で泥酔した。酔い覚ましとして大容量のレモネードを頼んだが、未だ酔いが覚める気配はない。
「ちょっとお、聞いてますか相澤さん!!!!渡我ちゃんの可愛さについてぇえ!!!!」
「はいはい」
「聞いてませんねぇ!? じゃあもう一回最初からああ!!」
「はいはい」
「あれはあ、私が渡我ちゃんのお団子ヘアを作っている時でしたあ!」
ガクッと彼女の頭が下がり、テーブルに勢いよく打ち付けられる。続け様に寝息が聞こえ、相澤は「やっと静かになったか…」とビールを飲んだ。
小さかった少女は成長し、今や立派な社会人。記者になると言う夢も半ば強引に叶えたと聞くし、なんだかんだガッツもある。数ヶ月では見えてこなかったタフな側面が、今や初対面の人にでも分かるほど前面に押し出されていた。初対面で感じた歪さは、超能ではない方の彼女の個性となった。取材のためなら法律ギリギリでも構わないと言う気概は本当に厄介だが、少女時代よりかは生き生きとしている。いや、少女時代も生き生きとはしていたが、それ以上に生きがいい。
話を聞く限り同居人の影響だろう。毎日のように他者を撮る姿は、過去以上に充実しているように見えた。
「良かったな」
「そうですねぇ」
視線をずらす。彼女はこちらにデジカメを構えていた。カシャリと一発音が鳴り、ラフな格好の相澤が写真に収まる。
「消しとけよ、それ」
「山田さんに送った後なら良いですよおお」
「プライバシーの侵害だぞ」
「良いじゃないですかあ、偶には〜」
言いながら、彼女はデジカメのデータをスマホに送り、素早くメッセージ付きで送信した。相澤のスマホが震え、彼女と相澤、山田のグループチャットに写真が上がる。
「消しましたあ!」
女はデータを消したカメラを渡してきた。相澤は「いい」と押しのけてまたビールを飲む。チャットには、山田から送られてきた悔しげなスタンプがハンカチを食いしばっている。隣では、女がマシュマロと間違えてお絞りを貪ろうとしていたので締め落とした。
賑やかな店でジョッキを煽る。ガラスの中の氷が、カラリと涼しげな音を立てた。
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(資料とホークス)
この資料は、江戸時代より存在し、超常黎明期に個性を宿したとある一族の個性とその死因についてまとめたものである。
一代目当主
死因:マグロの群れの前で踊り、捕食され死亡
〜〜
〜〜
三十四代目
個性:息 肺活量が多くなる
死因:新種の毒キノコを好んで食べ死亡
三十五代目
個性:酸素 酸素を一日に10ml放出する
死因:炭酸水の多量摂取により死亡
三十六代目
個性:勤勉 勉強をしている時のみ集中力が上がる
死因:勉強のやりすぎで徹夜を繰り返し笑いながら死亡
三十七代目
個性:限界 限界な時ほど力が増す
死因:筋トレのし過ぎにより死亡
三十八代目
個性:過労 限界を超えて働く
死因:働き過ぎにより死亡
三十九代目
個性:隈 目の血流を滞らせる
死因:お気に入りの漫画が買えず血涙を流し過ぎて死亡
四十代目
個性:ほくろ 黒子を増やす
死因:がん細胞をほくろと勘違いし愛でるあまり死亡
四十一代目
個性:爆散 爆発物を増やす
死因:パチパチキャンディの食べ過ぎで死亡
四十二代目
個性:空気 空気を増やす
死因:風船の作り過ぎで死亡
四十三代目
個性:プチプチ プチプチを無限に増やす
死因:プチプチのやり過ぎで死亡
四十四代目
個性:歯科健康 強い歯を持つ
死因:飛行機を噛み砕くのに失敗し転落死
四十五代目
個性:回転 触れたものを九十度回転させる
死因:前転のやりすぎで内臓を吐き失笑しながら死亡
四十六代目
個性:息吹 息を吹きかけたものの体力を回復させる
死因:走り過ぎて酸欠になり爆笑しながら死亡
四十七代目
個性:微生物生成 微生物を生成する
死因:サルモネラを自ら食し笑いながら死亡
四十八代目
個性:ブタ公 豚のような怪物を生み出す
死因:養豚場で豚の逆襲に遭い絶頂死
四十九代目
個性:モクモク 意志を持った凶暴な雲を生み出す
現在は蕎麦屋として各地を巡る
五十代目
個性:ポワポワ スライムと兎のような怪物を生み出す
現在は新聞記者として働いている
元は陶芸家の家系だったが、個性が宿ることによりその趣向は多彩さを増した。彼らは地位に興味がなく、当主も六年未満で変わっている。特筆すべきは、ここに記された当主は生まれた時から何某に狂気的なまでに執着するという点である。例を挙げるならば、五十代目当主の女性は物心つく前には電気屋のカメラに齧り付いていた。
これらの資料は、主に個性研究で使われる。
パタリ、とホークスはファイルを閉じた。彼の顔には苦笑いが浮かんでいる。ここは公安の特殊資料室。連合の件で立ち寄ったホークスは、たまたま女記者の一族に関するファイルが目に留まり、好奇心から開いてみたのだ。
「……やっぱあの人イかれてるわ」
資料にあった死因はどれも馬鹿馬鹿しく狂気に満ちている。喜びのあまりマグロの群れの前で踊り狂って死亡ってなんだ。普通に食べられてるじゃないか。後半の方は大抵笑いながら死んでいるし、シンプルに怖い。そういう類のものが、江戸時代から細々とだが何代にも渡って続いているのだ。ホークスはどこか薄寒さを感じた。
「あの人の趣味が殺人とかじゃなくてばり良かった…」
ファイルをしまってしゃがみ込む。絡め手はホークスの方が得意だが、正面切って戦えばポワポワで生み出された生物との物量差で負ける確率が高い。加えて、彼女には公安やヒーローが持ち得ない情報網がある。こちらが屋敷に危害を加えようとすれば直ちに察知するだけの網が。
「大人しく仲良くしとこっと」
口角を引き攣らせ、青ざめながら立ち上がる。
今日も今日とて、彼女の屋敷に放ったザコ羽が七輪の炎で燃やされていくのを感じながら。
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