イカレ女記者役の夢主ver.(MHA:敵連合夢) 13




(side女記者)



 学生は夏休みも迫っているだろうそんな日。電車を乗り継いだ私と渡我ちゃんは、静岡県随一を誇る、木椰区ショッピングモールに来ていた!

 見回す限りの人、人、人! 異形型からそうでない人まで多種多様。これだけ人が多ければスクープの一つや二つ、ヒーローのパパラッチの一つや二つ転がっているに違いないけど、今回の目的はそれじゃあない。

「ただでさえ可愛い渡我ちゃんを宇宙一可愛い女の子にするぞゴラあああ!!」
「おー!」

 渡我ちゃんと共に拳を掲げる。そう、渡我ちゃんと斉藤君のデート(まだ付き合ってない)のための勝負服を買いに来たのである。
 指で作ったフレームの中央に、お団子ヘアの渡我ちゃんを納める。

「ゴスロリ系も似合いそうだけど、ここはやっぱシックでクールなスポーティ系? やーでも渡我ちゃんの好みにもよるよね、何が好き?」
「セーラー服みたいな、ワンピースが好きです!」
「絶対似合うやつううう!!! いいねいいね! じゃんじゃん買おうぜ!!!」

 財布からクレジットカードを取り出しグッドサインを送る。「キャッ!」と嬉しそうに飛び跳ねた渡我ちゃんは、「じゃあ、私二階のお店見てきます!」と言って走っていく。私もきゃっきゃうふふの気持ちですぐに追いかけようとしたけど、見知った人影を見つけて駆け出した。

 人混みに紛れて見えたのは、緑色のモサモサ頭。
 弱気そうな佇まいだけど、半袖から見える腕には筋肉がついている。

「へーい緑谷君!!」

 テンション高めに絡みに行けば、一瞬不審者を見るような目をした後、私だと気づき「お久しぶりです!」と緑谷君は笑った。

「やー奇遇だねえ。保須以来? あの後大丈夫だった?」
「はい! 怪我もすっかり良くなって」

 ステインを倒した緑谷君、飯田君、轟君だったが、彼らの功績は握りつぶされ、エンデヴァーのものになった。それは学生の規則違反をもみ消すためのものであり、当事者である私にも内密に緘口令が敷かれた。

「今日は一人ショッピング?」
「いえ、クラスの皆と来てるんです。今は自由行動で、三時くらいに集合って感じで」

 皆行動が早くて、ちょっと置いてかれちゃったかな…と苦笑する緑谷君の肩を思い切り叩く。

「気にすんな少年! なんなら一緒にショッピングでもする? ステインの時に助けられたお礼もまだだし、今ならなんでも叶えたげよう!」
「い、いえ! そこまでしてもらわなくても……」

 「あ」と言葉を止めた彼に首を傾げる。口をまごつかせながらも、緑谷君はソッとこちらを伺ってきた。

「その、できれば、あの人の事を教えて欲しいです」
「あの人?」
「死柄木、弔」
「……ん゛!?」

 なんで緑谷君が私と奴の関係知ってんの!?!? 

 わああ!! と叫び出しそうな私に、わああ! と慌てた緑谷君が「わー! すみませんオールマ…先生たちが話しているのをたまたま聞いてしまって!!」と弁解する。

 なんだ、そうだったのか。私はてっきりオールマイトさんから何か聞いてたのかと。

「全然いいよ。君はアイツの被害者だし、出来る限りのことは教えるよ。USJ襲撃事件で大怪我したみたいだし、本当に、ごめん」
「いえ、その、ええと…」

 気まずげにする緑谷君に、私はピッと向こうのカフェを指差した。

「取り敢えずカフェいこっか。昼ごはんのついでだ。支払いは私に任せて、好きなもん頼みな!」
「あ、ありがとうございます」



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(side死柄木寄り)



 どういうことだ。

 木椰区ショッピングモールに来ていた死柄木は、2階まで吹き抜けの大広場の中央にある休憩スペースを見て眉を顰めた。

 休日とあって雑多に人が往来するこの空間の中央には、幾つかの木とそれを囲むレンガの枠がある。
 枠の高さはちょうど死柄木の膝下まであり、椅子にするにはもってこいの造形だ。

 本来ならここに、緑谷出久がいるはずだった。

「……いねえ」

 いないのである。日を間違ったのか。しかし死柄木の記憶している限りではこのくらいの時間帯だったはずだ。
 
 黒いパーカーを被った男は、ポツンと一人残される。

 念の為、周囲を注意深く見回すと、お目当ての緑谷の横顔が見えた。
 カフェテリアの中にいるようで、向かい側に座っているだろう人物と、何やら真剣に話し込んでいる。

 その人物の腹立つ後ろ姿に、死柄木は鬼の形相で舌打ちをこぼす。

「…アイツ、また……!」

 あの癪に触る背中は、間違いなく女記者。

(なんで悉くいるんだよあの女……!!)

 邪魔すぎる。

 首を引っ掻く。瘡蓋が剥がれて血が滲む。想定外の事態にハラワタが煮え繰り返りそうだ。一瞬、本気で殺そうかと思ったが、スピナーたちの家が無くなるのはまずいと思い直す。

 AFOを殺すため、なるべく一週目と同じルートを辿る。それが死柄木の計画の一端である。
 そこに挟まるあの女。一週目ではいなかったくせに、二週目の今はありとあらゆる事象に首を突っ込む勢いだ。

 木を背にレンガの椅子に腰掛け、カフェを見やる。

 だが、このまま待つのも馬鹿馬鹿しくなり、死柄木は結局、緑谷に遭わぬままアジトに帰っていった。

「チッ…!!!」

 その場に盛大な舌打ちを残して。




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 時は半日ほど遡り、夜。

 神野のとあるビルの隠れ家的バーにて、掴みどころのない笑みの裏で、荼毘は爆笑を堪えるのに必死だった。
 死柄木が目の前にいる。それだけで何がおかしいのかは荼毘自身も分からなかったが、兎に角何かがツボにハマった。心情としては「死柄木がwwwいるwww」であった。

 清潔に保たれた右手のカウンターテーブルの様相とは裏腹に、左手奥の赤いソファは煤を被り、その奥にあるテレビの液晶には所々汚れが目立つ。ハゲかけたフローリングと、漂うコーヒー、ワインの香りに荼毘は懐かしさを覚えた。

「紹介しよう」

 自分たちをここへ連れてきた義爛が、ニヤリと口角を上げた。

 一週目、彼と同時に紹介されたのはイカレ女こと渡我だったが、今回は違うようだ。

「いいねぇ。こういうバーは隠れ家って感じがする。ヴィランにはピッタリだ」
「アタシはもっと綺麗な方が好きだけど」

 橙と黒の燕尾服を纏い、シルクハットを被り、仮面をつけた男ーーコンプレス。
 巨大な支柱を持ち、サングラスを掛けたガタイのいい男(女)ーーマグネ。

 この両名が、今回荼毘と同時期に義爛に見出された。渡我がいない影響だろうか。バタはフライエフェクトという言葉は聞いた事があるが、こういう形で起こるとはあまり予想していなかった。

 まあなんにせよ、荼毘はここで自由に踊るだけだ。せいぜい、指揮者の思惑に従って見せようじゃないか。暇だし。

「……あー」

 面倒くさそうに死柄木が頭を掻いた。貼り付けられた手の指の隙間から、意志の宿った目玉が覗く。

「お前もなんか言え」

 (適当すぎんだろ)とは思ったものの、荼毘は一周目をなぞるように言おうとして、いやヴィラン狩りで通ってるからダメかと思い直す。が、特に他の文言が浮かぶわけでも無かった。

「今は荼毘で通してる」
「通すな、本名を言え」
「出す時になったら出すさ。兎に角、俺は力試しさえ出来りゃそれでいい」
「コイツ…」

 盛大な舌打ちをし、死柄木が立ち上がった。
 家族の手に塗れる彼の姿は久々に見た。あの屋敷では着けていなかったから、意外と新鮮だ。

 一週目なら、ここで死柄木と殺り合おうとして黒霧に止められた。果たして今回はどうなるか。

「……」

 ギロリ、と死柄木がこちらを睨んだ。

 「おいおい、なんだよ愛想がないねぇ。おじちゃん悲しくて泣いちゃう」とコンプレスが茶目っ気混じりに言った。マグネも分厚い唇を弧に歪めながら、自身の武器である巨大な鉄の四角柱に手をかけている。

 一色触発の空気。

 しかし、死柄木はこちらを一瞥しただけで、部屋の奥へ続く扉に手をかけた。

「死柄木弔、どちらへ?」

 黒霧が尋ねるも、彼は何も言わない。そのまま扉を開けて、奥へ引っ込んでしまった。

「シャイなのかしら、あの子」
「ハッ」

 荼毘は鼻で笑った。

「…結論は、彼も分かっているはずです。返答は後日でお願いします」

 そう言って、黒霧は拭いていたグラスを置く。荼毘は嘲笑する。

「リーダーがあんなで大丈夫なのか? この組織」

 そんな事は一切思っていない。そもそも、荼毘にとってヴィラン連合は、一週目も今回も手段の一つに過ぎず、組織の脆弱性に興味が無い。

 食指が動くとすれば、AFOを殺す事、家族に会いにいく事くらいか。

(もうすぐだ。もうすぐ。…お父さん、焦凍、夏君、冬美ちゃん、お母さん……)

 カラリと音が鳴る。グラスの中に巨大な丸氷が落とされる。
 透明な球は汗を掻き、グラスの中に水を作っていく。



 まるで、場の熱に浮かされるように。




 小さな子供が、その瞬間を求めるように。







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(side女記者)






 緑谷君はタンパク質豊富なチキンステーキを注文した。私は高カロリーのあんみつパフェを頼み、二人して舌鼓を打つ。

 渡我ちゃんにはお小遣いを渡しているし、連絡もしたので自由に色々ショッピングしてるだろう。
 ここに緑谷君のクラスメイトたちがいると言う事は、麗日お茶子ちゃんもいるはずなので少し心配だが、まあその時はその時だ。

「どこまで話したっけ?」
「ええと、しがら……彼が家から出て行ったところまでです」
「そっかそっか。じゃあ私に話せる事はほとんど話したね。他に、何か聞きたい事はある?」

 緑谷君はフォークを強く握り締めた。

「『その正義が、俺を壊した』って、言ってたんです」
「うん」

 緑色の癖毛から、瞳が覗く。

「どう、思いますか。勿論、彼はクラスのみんなや相澤先生たちを傷つけたんですけど、あの騒動の中で何を伝えようとしていたのか、僕には何も分からなくて」

 私にも分からんなそれ。申し訳ないけど。

 そう言おうと思ったけど、少しだけ考えてみる。

 出会った当初の死柄木は、虐待児に近い体躯に質のいい服を纏い、裸足だった。だから私は家出少年だと思って、彼を家に招いた。
 次に屋敷での態度だが、クソガキのそれと同等程度である。私の麦茶をめんつゆに変えたり、ピザの中にデスソースを仕込んだり、カメラを壊したり、これと言ってヴィランと思えるような事はやっていない。

『ハッ、ご立派なこった』

 …ただ、時折見せる嘲笑には仄暗い影が滲んでいた。

 遠くを見ているようで今を見ている、年若いようで成熟した、アンバランスな目。私が奴に声をかけたのも、そう言う歪さがあったからかもしれない。

 何故、奴はあんなにも不安定に見えるのか。

 誰であっても、その人をその人たらしめる所以は経験や記憶にある。死柄木を死柄木たらしめる所以も、奴の記憶の中にあるはずだ。




 例えば、人生をやり直している、とか。




(いやいやいや)

 何を考えているんだ私は。やり直しの個性なんて、類似するものすら聞いたことがない。単純に奴が早熟なだけだろう。

 考えを打ち消すように、皿に転がったブルーベリーをフォークで刺す。

「私にも、彼奴が何を考えてるのかは分からない」
「そう、ですか…」
「でもね」

 緑谷君が顔を上げた。
 私は笑った。

「彼奴の帰る場所は、いつだってあの屋敷だよ。アイツが帰ってくるんなら、君たちを傷つけてしまった責任も、罪も、私が一緒に背負う」

 来る者拒まず、去る者追わず。またやってくると言うのなら、また、もてなそう。

 見開いた緑谷君の目が、一瞬揺れた気がした。前のめりになった彼は「じゃあなんで、」と、まるで自分が傷ついているかのような顔をする。

「なんで、彼は貴方たちのところに帰って来ないんですか。心配してくれて、待ってくれている人たちがいるのに、なんで…!」
「君は優しいね、緑谷君」

 目を細める。

 ヘドロ事件の勇敢さや優しさは、何も変わっていない。それはヒーローの本質であり、ヒーローを人外たらしめる狂気の思想だ。

「私は待ってるだけだから、そんなに苦でもないんだよね、これが。だから、君が気に病む必要なんてない」
「でも」
「ヒーローを目指すなら、気に病むよりもやるべき事があるはずだ」

 ブルーベリーは酸っぱく、甘い。塩黒蜜の塩っ気もあった。

 手を叩いて空気を切り替え、店員を呼んで注文する。控えめな緑谷君にメニューを勧めて場を茶化そうとしたら、不意に彼は顔を上げた。

「…僕はまだヒーロー名すらない学生で、なんて言えばいいのかも分からないけれど」

 まっすぐな目が、こちらを見ていた。

「強くなります。もっと、沢山の人たちを、助けられるように」

 その勘定の中には死柄木も入っているのだろう。全く、どれだけお人好しなんだ彼は。

 でも、少年の偉大なる決意に水を差すほど私は擦れた大人じゃない。

「期待してるぜ、少年」

 ヘドロ事件の時みたく、一般人として笑った。
 緑谷君は下手くそに笑い返した。






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(side麗科寄り)




ーー「君、彼のこと、好きなんでしょ」

 熱の籠った両頬を押さえて、二階のドラッグストアへ虫除けを買いに走る。過るのは普段の二割増しで輝いている緑谷の笑顔と、麗日の心を察するように笑う青山の姿。

(くそう、青山君め。別にそういうんと違うのに…多分)

 期末の実技試験で指摘されて以来、麗日の心にはモヤモヤしてふわふわしたシコリが落とされた。
 顔を手で仰ぎながら、二階の手すりに寄りかかる。ショッピングモールは吹き抜けになっていて、植木で飾られた一階フロアがよく見えた。

(デク君訳わからんだろうな。悪いことしちゃったな。謝らんとな)

 謝るだけだ。別に一緒に買い物をしたいとか、そういうことではない。そもそも別に同じヒーロー志望として尊敬しているというだけで、別に好きとかそういうわけではない。

 心の中で言い聞かせながら、階段へ向かう。するとその手前の洋服屋に見知ったベージュのお団子頭が見えて、今まで考えていた全ての内容が吹き飛んだ。

「ヒミコちゃん!」

 駆け寄ってその手首を掴んだ。なんでかは麗日自身も分からない。

ーー「血を吸いたくなる人はいますか?」

 ただ、放っておいてはいけないと思った。
 体育祭で言われた言葉が心の隅でずっと引っかかっていた。あの悲しそうな笑顔を見なかったことにはした苦無。

「……お茶子ちゃん」

 こちらを真っ直ぐ見つめる目を、渡我はどうしたら良いのか分からなかった。
 体育祭でのことはなんとなく整理はついている。あの記者がいてくれたから、少しだけ自分の心を解せたのだ。

 だから渡我には、麗日のその真剣な顔の理由が分からなかった。

「どうしたの?」

 なんてことない渡我の笑顔に、麗日は言い淀む。
 差し伸べた手が振り解かれたような感覚。まるで、体育祭での表情が嘘だったかのようで、麗日はたじろいでしまった。

「その、私も買い物に来てて、奇遇だなーって思ってさ!」
「そっか」
「…あら。お茶子ちゃんに、ヒミコちゃん」

 振り返ると蛙水が立っていた。手にはキャリーケースを引いている。彼女は麗日の悲しそうな表情と、渡我のハリボテのような笑顔に違和感を覚え駆け寄った。

「また会えて嬉しいわ、ヒミコちゃん。私たち、今クラスメイトと一緒にお買い物をしていたの」

 ケロケロ、と笑う。いつも通りの蛙水の様子に、麗日はほっと眉尻を下げた。

「やば、これステインのグッズじゃね?」
「不謹慎すぎんだろ〜、似合う?」
「だっははは! 似合う似合う!」

 他の客の下品な笑い声に眉を顰める蛙水と麗日。それを見つめる渡我の眼差しは、酷く冷えている。

(もし、私が好きに生きたら、こんな顔をするのかな。梅雨ちゃんもお茶子ちゃんも大好きだけど、きっと二人は私のホントを好きじゃない)

 血が大好きで、血を吸って、その人みたいになりたかった。今も変わらない渡我の『普通』。

「ーー外れちゃったら、ヴィランなんだもんね」
「ヒミコちゃん…?」

 (ああ、まただ)と麗日は思った。
 達観したような、遠い目つき。
(また、そんな顔をさせてしまった)


「お茶子ちゃんと梅雨ちゃんは、ヒーローになるんだもんね。ヒーローになって、ヴィランを倒すんだもんね」


 過ぎていく渡我の背中を、蛙水は見つめる。渡我のその気迫に似た何かに、蛙水は何もできなかった。

「だったら私は、普通じゃない私は、最初からヴィランなのかな」

 振り返った渡我の笑顔は、不気味で、悍ましく、正しくヴィランのそれだった。

「ねえ、もし私がヴィランになったら、二人はどうしたい?」
「ヒミコちゃん、私はっ」
「……もし貴方がヴィランになるというのなら、止めるわ」

 言い淀む麗日に代わり口を開いたのは、蛙水だった。麗日を庇うように立ち、渡我を見上げている。

「酷なことかもしれないけれど、どんな事情があっても、ルールを守れないと言うのなら、人に仇なすというのなら、それはもう、ヴィランと同じなのよ。ヒミコちゃん」
「……そうだね。そうだよね」

(梅雨ちゃんは、正しいことを言うんだね)

 一歩下がった。スマホが鳴って、記者からのメールが届く。

『いえーい渡我ちゃん調子ど? これから51アイス食べに行かない!? なんと期間限定ザクロシャーベットが発売中!!!!! 乗ろうぜこのビッグウェーブに!!!!』

 クスリと笑みが溢れた。離散した冷ややかな雰囲気に、麗日と蛙水は張り詰めていた息を吐く。

「…私ね、記者さんが好きです。斉藤君も好きです。お茶子ちゃんも、梅雨ちゃんも好き。いろんな人を好きになるの」

 スキップで階段を降りる。目線だけでこちらを追いかける二人に、彼女は手を振った。

「ならないよ、今はまだ」

(だから、安心してね、お茶子ちゃん、梅雨ちゃん)

 言いながら降りていく。その先には、ピカーっと笑顔を浮かべる記者がいて、渡我は思わず飛びついた。
 華奢な温もりに腕を絡ませれば、「おー今日は甘えただねえ。片手に花じゃ!」と女記者は頭を撫でてくれる。それが嬉しくて、大切で、だから渡我は息ができる。




「…梅雨ちゃん」

 保護者だろう女性と去っていく渡我を眺めながら、麗日は拳を握り込んだ。

「私、また何も言えんかった。ヒミコちゃん、きっと困ってるのに、何も……」
「お茶子ちゃん…」

 蛙水は麗日の肩に手をやった。気持ちは分からなくもないが、それでも渡我の発言は目に余る。
 遠回しだとしても、ヴィランになりたいだなんて言う子に蛙水は出会ったことがなかった。言ってしまった今でも、自分の言葉は正しいと思う。
 けどそれ以上の領域に、麗日が足を踏み入れようとしているのかもしれないとも思った。

(私は……)

 蛙水は俯く。麗日も、何かを考えている。

ーー『もし私がヴィランになったら、二人はどうしたい?』

 二人の網膜には、渡我の悲しそうな顔がこびりついていた。




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(side女記者)





「洸太君ポテトいる?」
「…いらない」
「じゃあこのシャケあげるよ。代わりに柴漬けちょーだい」
「……ん」

 とある日の昼間。公園近くのとあるファミレスにて、私は出水洸太少年と和風御前を食べていた。ヒーローチーム、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツの方たちに頼まれて、半日だけ預かることになったのだ。
 普段利用している保育園は食中毒騒ぎで休園、ベビーシッターも見つからず、苦肉の策で近くで仕事の下見をしていた私にしたらしい。赤裸々に語るマンダレイこと送崎さんの表情ときたら、こうなんとも形容しがたかった。

 ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツの皆さんとは、私が記者になってからの付き合いだ。洸太君や彼の両親とも面識がある。洸太君の出生祝いも送ったし、ヒーロー・ウォーターホースの夫妻には取材の時などで度々お世話になった。
 夫妻が亡くなり、その死を世間が賞賛してから、洸太君はヒーローやヒーロー社会を気味悪がっている。
 それは報道陣も例外ではない。私にできることといえば、こうしてご飯を奢って子供向けドリルの面倒を見るくらい。
 そこに不満も違和感もなく、また何かしてやりたいとも思わない。



 彼はあの屋敷の住民ではないのだから。



「…なんだよ」

 年端もいかない子供にギロリと睨まれる。私はヘラヘラ笑う。

「別に〜。たくさん食べてスクスク育つんじゃよ〜洸太君」
「マンダレイみたいなこと言うんじゃねえよ」

 すかさず頭を雑に撫でると、振り払われる。洸太君は目を逸らし、窓の外に見えただろうオールマイトのポスターからも目を逸らした。
 ヒーロー嫌いの彼にとって、ここは生きにくい。

「私は君の保護者でもないから、あれだけど。本当の本気で生きにくくなったら、連絡してね」
「……」
「息抜きくらいは手伝うからさ。愚痴でも恨み言でもなんでも、吐いちまいな」

 目を閉じて柴漬けを頬張る。思ったより紫蘇の香りが強くて咽た。

「一丁前に、ベラベラと……」

 洸太君は歯を食い縛る。憤怒に歪んだ目頭から、ボロボロと涙が溢れた。

「……なんで、そんな風に言うんだよ。お前ら記者がそんなんだから、パパと、ママは…」
「うん」
「なんであんなニュースにしたんだよ。なんで、死んだのに、パパも、ママも、痛かったはずなのに、僕を置いてったのに、なんで、なんでぇ……」

 テーブルを叩いて、彼は立ち上がり、怒りに震えながらこちらを指差した。

「お前らのせいだ!!! 全部、全部!!!!」
「そうだね」

 眉尻が下がった。グウの音も出ねえなおい。
 ウォーターホース夫妻の死亡事件が華々しく報道されたのは、私も「ねえな」と思っている。あのやり方ではヒーローの幻想化が進み、個性社会の歪さに拍車がかかる。物心ついて、親戚を盥回しにされて、日本の各地を巡り取材してきたから分かるんだ。

 オールマイトありきの社会は、彼がいなくなった途端に崩壊する。

 それは、目の前にいる洸太君や、渡我ちゃん、伊口君、雄英高校の彼らのような未来を担う若者の危機になる。大人としてそれだけは見過ごしてはいけない。
 私に掴みかかる洸太君の背中に腕を回した。
 振り解こうとする力は弱い。他のお客さんにヘラヘラ会釈しつつ、泣き止むのを待つ。
 洸太君はあの屋敷の住民ではない。


 けれど、傷を負った子供を見捨てる大人に、私はなりたくない。










 その後、洸太君と砂場で遊んだ。自分の個性をこっそり使ってデカい城を作る姿は子供そのもので、正直胸を撫で下ろした。

「また遊ぼうねー!!」
「うるせえ」

 人通りの多い交差点。
 マンダレイこと送崎さんに連れられて帰っていく彼を、両手を降って見送る。

「さ、行くぞ」
「はい」

 送崎さんの他に、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツの虎こと茶虎さんも来ていた。死柄木が捕まっていない今、私一人だけで出歩くのも危険だと好意で送ってもらえることになったのだ。
 が、それは建前。本当は、私に何か聞きたいことがあるのだろう。

「今、雄英に対する世論はどうなっている」
「相変わらず二通りですよ。雄英に入れなかったやっかみで騒いでる人と、信頼している人。 あ、でも、そういえばもう一派ありましたね」
「もう一派?」
「三通りにするほど量も多くないので、あれですけどね。USJ襲撃について、小粒程度の噂が立ってるんですよ」

 わざわざネットの各サイトを周り、プログラムを使ってコメントを仕分けて得た情報だ。信憑性はともかくとして、ネットで「世論」と騒がれる声の大きな連中が何を考えているかくらいは分かる。

「『雄英には、内通者がいるのではないか』ってね」
「そうか…」

 茶虎さんはポーカーフェイスを保っている。けれど、組んだ腕に置かれた指先は忙しなく動いた。

(動揺してるってことは事実か、それとも関連する何かを知っているか、任されたか…)

 今ここで聞いてくるということは、おおかた授業の特別講師を依頼されたか、今年の合宿先にでも選ばれたんだろう。ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツは、それだけ多人数に対して有効な個性を持つ者ばかりだから。
 取材したいところだけど、今の私はヴィラン連合との繋がりを軽ーく怪しまれている。深く聞けば厄介な事になるだろうし、ここは知らぬが仏でいこう。
 肩掛けのバッグからカメラを取り出し、ピントを確認する。

「それは?」
「今度の取材で必要になる、サーモグラフィ付きカメラです!!」
「最終号になると言っていたな」
「そうなんですよおおおお! だから最後の記事は、社長婦人の好きなオカルト系で飾ろうと思いまして!!! 神野の〇〇地区〇〇番地にある廃工場に潜む、脳みそ女の霊の噂を確かめに行くんです!」
「許可は貰ってるんだろうな?」

 流石ヒーロー、鋭い眼光だ。

「当ったり前ですよ! 根回し挨拶回りオールオッケーです! この日のために色々買い溜めしてたんですから!」
「うむ、張り切るのはいいが変な事に首を突っ込むなよ」
「分かってますって〜!」

 ゲヘゲヘ笑いながらレンズを拭く。茶虎さんは「本当に分かっているのか…」とため息を吐いた。

 さあ取材の日までもう少し! さっさと予定の仕事を終わらせて、取材するぞおおおおお!!!

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解せぬ花