神野の悪夢編 07
背筋がゾクゾクして、毛がザワッと逆立ち、心臓が2倍の大きさに膨れ上がったような気がした。
対して、目の前のディメンターは、この世のものとも思えない旋律に、口を開いた顔が凍りつく。
やがて、その旋律が高まり、摩耶の胸の中で肋骨を震わせるように感じた時、すぐそばの上空から炎が燃え上がった。
白鳥ほどの大きさの真紅の鳥が、暗い夜の空に、その不思議な旋律を響かせながら姿を現した。
孔雀の羽のように長い金色(コンジキ)の尾羽を輝かせ、まばゆい金色(キンイロ)の爪にボロボロの包みと手紙をつかんでいる。
鳥は歌うのをやめ、一瞬の後、急降下するように、摩耶の方に真っ直ぐに飛んできた。
長い金色(コンジキ)の嘴(クチバシ)がディメンターに襲い掛かり、それから逃げるように、ディメンターは摩耶から離れていく。
そうして、入れ替わるように、運んできたボロボロのものを、摩耶の頭上に落とすと、その肩にずしりと止まった。
頭に落とされたものに、目の下まですっぽり覆うように、目隠しをされたと同時に、固くてずしりと重いものが摩耶の頭のてっぺんに落ちてきた。
摩耶は危うくノックアウトされそうになり、目から火花を飛ばしながら、ボロボロのもののてっぺんをつかんで、ぐいっと脱いだ。
「組分け帽子?と…」
何か長くて固いものが、手に触れた。帽子の中から、眩(マバユ)い光を放つ何か銀色の物を取り出した。
銀色の剣。柄には卵ほどもあるルビーが輝いている。鍔(ツバ)のすぐ下には、ゴドリック・グリフィンドールの名前が刻まれている。
『真のグリフィンドール生だけが、帽子から、思いもかけないこの剣を取り出してみせることができるのじゃよ』
ダンブルドアの言葉が頭に浮かぶ。摩耶は自分の肩へと視線を移す。
大きな羽をたたんで、肩に留まっている鳥を…不死鳥を、摩耶は見上げた。
長く鋭い金色の嘴に、真っ黒な丸い目が見えた。
摩耶の頬にじっとその暖かな体を寄せて、ジッと黒い目でこちらを見つめてくる。
「フォークス?」
摩耶はそっと呟いた。
すると、金色の爪が、それを肯定するように、肩を優しくぎゅっとつかむのを感じた。
次いで、フォークスは、赤い封筒を括り付けている足を突き出す。
「……嘘でしょ?」
摩耶は息を呑んだ。
赤い封筒には、見覚えがあった。
ホグワーツ魔法魔術学校の2年生となった時だ。
親友のロンに送られて来た物と同じ物が今、目の前の自分に対して突き付けられている。
「(よりによって、今?確かにマグルの前で何回も魔法を使っているけれど…、だからってこの状況下で、今から怒られるの!?)」
あわあわと慌ててる間に、封筒の四隅(ヨスミ)が煙を上げはじめた。
開けなければ、吼えられるより、もっとひどいことになるとネビルが言っていた。
摩耶は震える手で、一刻も早く終わらせようと、意を決して一気に開封した後、すぐさま手紙を放り出して、耳に指を突っ込んだ。
次の瞬間、周りにいた全員は、その理由が分かった。一瞬、全員は封筒が爆発したかと思った。辺りいっぱいに吼える声たちで、倒壊した建物から埃がバラバラと落ちてきた。
「摩耶、頑張って!!」
「そんな金玉野郎なんか、やっつけろ、摩耶!!」
「負けてはなりませんよ!ミス・尋木!!」
「ディメンターなんかに、キスさせちゃ、駄目だよ!」
「追っ払え!!」
「廃人になって帰ってきたら許さないからな!」
「いや、むしろ迎えに行くから!できるだけ早く!だからちゃんと生きてろよ!?」
「よくも摩耶をッ、このゲス野郎!」
「このカス、卑怯者、この――――!」
「ミス・尋木に、それ以上のひどい仕打ちをしてみろ!我々が黙ってはおらんぞ!!」
さまざまな人の声が、本物の100倍に拡声されて、周りにいた人々が鼓膜が裂けそうになった。
耳を塞いでいても、鼓膜がズキズキするぐらいの大声を、皆が呆然として聞いていた。
本来、怒ったり、非難したり、嫌がらせをしたりする赤色の手紙に込められていたのはエールだった。
懐かしいネイティブな英語で、仲間達の声は、摩耶への激励の言葉と、オール・フォー・ワンとディメンターへの罵(ノノシ)りの言葉を次々に吼えていく。
……たぶん、この“吼えメール”を書いた場所は、ホグワーツの校長室だろう。「立て、戦え、臆病犬(オクビョウイヌ)ども!」とか、歴代校長の肖像画たちの声もあった。
やがて、耳がジーンとなって、麻痺してきた頃、静かになった。
摩耶の手から落ちていた赤い封筒は、炎となって燃え上がり、チリチリと灰になった。
ヒーローもヴィランも一般市民も、まるで津波の直撃を受けたあとのように呆然と固まっていた。
壁にへばりついてたり、相手や物にしがみ付いたり、互いに抱き付き合ったりする中、摩耶だけが笑い声をあげ、元気が戻ってきた。
「≪あははっ、誰よ?吼えメールに応援メッセージを込めようなんて発案したの!ユーモアがありすぎるでしょ!!(思い出した…思い出せた!1番の幸せの“味”をッ…―――――!!)≫」
気付けば、自分もネイティブな英語で、返事をしていた。
その後、すぐに呪文を唱える。
すると、今度は、杖の先から、ぼんやりとした霞(カスミ)ではなく、目も眩(クラ)むほどまぶしい、銀色の生物が噴き出した。
摩耶は目を細めて、その生物を見る。長いヒレをなびかせて優雅に泳ぐ鯉の姿を。
「≪やっつけて!!≫」
摩耶が大声をあげた。
すると、創り出した銀色の鯉は、怒涛のごとく、摩耶の周りに群(ムラ)がるディメンターを追い払った後、あちらこちらで散り散(ヂ)りになり、人々を襲うディメンターに向かって、突進していく。
守護霊が、辺り一帯をグルグル泳ぐように駆け回っている。
ディメンターたちが、人々から離れ、あとずさりしていく。
暗闇の中に退却していく……増やされた分身は暗闇に吸い込まれて、いなくなった。
そうして残った本物の1体の吸魂鬼。
「(バジリスクの毒を吸収した刃は、分霊箱をも壊す力を付与されている。最もおぞましい闇の生物も倒せる可能性はある!)」
“本物の吸魂鬼”の目のない顔に、銀色の鯉が頭突きをして、摩耶の方に突き飛ばした。
摩耶はグリフィンドールの剣をつかみ、ためらいもせず、吸魂鬼の真芯に、ズブリと突き立てた。
その銀色に輝くグリフィンドールの剣の動きは、すべての人の目を引きつけた。
世にも恐ろしい、耳をつんざくような悲鳴が、長々と響いた。ディメンターは身を捩り、悶え、悲鳴をあげながら、のたうち回って…動かなくなった。
不死鳥のフォークスは、その亡骸を爪でつかんだ。
金色と真紅の輪を描きながら、再び舞い上がった。
パッと炎が上がり、ディメンターの姿は、不死鳥とともに消えた。
鯉は泳ぐ速度を落とし、ゆっくりと路地の向こう端まで駆け抜け、銀色の靄(モヤ)となって消えた。
月も、星も、遠くの街灯も急に生き返った。
生温い夜風が、あたり一帯を、吹き抜けた。
周囲の人々のざわめき、ヘリなどの世俗的な音が、再びあたりを満たした。
摩耶はじっと立っていた。
突然、正常に戻ったことを体中の感覚が感じ取り、躍動(ヤクドウ)していた。
ふと気が付くと、ローブの中の制服が体に張り付いていた。摩耶は汗びっしょりだった。
いましがた起こったことが、摩耶には信じられなかった。
「(吸魂鬼がこの世界に、不死鳥のフォークスが現れて、吼えメールが届いて、皆が…皆が私を“見つけて”くれた…―――!!!)」
周囲からは、ヒンヒン泣く声、助けを求める声、震えながら体を丸めて地面(ジベタ)に転がっている多くの人々の姿が視界に入ってきた。
「そうだ、チョコレート!」
通常、ディメンターの影響による精神的な傷にはチョコレートが効く。
「(緊急事態ということで、大目に見てもらえるだろう。辺り一帯からチョコレートを集め、配らなければ…。)」
自分のもとにチョコレートを呼び寄せようと、物体を引き寄せる呪文を唱える為に、杖をあげようとした。その時……―――――!
clap、 clap、 clap。
前方の上空から聞こえてくるクラップ音。
その瞬間、ディメンターの時と同様、いや、ヴォルデモートの時と同等の、途方もなく深く悍ましい悪意に、背筋がザワザワと総毛立つ。……―――失念していた。巨悪のことを。
摩耶は音の発生源を辿り、顔を上げた先で、オール・フォー・ワンに杖を向けようとした瞬間、オール・フォー・ワンの手が再び黒い何かに覆われた、あの黒い刃のような凶器が、摩耶に突き刺さる。
ドドドッ!ズプ、ズブ、ズブリ…と生々しい音を立てながら、摩耶の杖を持つ利き腕と、片方の太腿(フトモモ)と、更には左の肩の、計3箇所に突き刺さり、貫通するほど深く食い込んで行くところだった。
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解せぬ花