死因は糖死



「マッチャ?」

日本での練習の間、ちょっとした休憩時間に、わたしはユーリを旅館の外に引っ張りだした。

連日の練習で疲れているところ少し申し訳ないなと思ったけれど、せっかく日本に来たのだ。なにか少しでも、彼の日本での思い出を作れたら。そう思って、彼を近くの喫茶店に連れて行った。

「そう。日本特有のお茶なの」

そこの喫茶店では、珍しいことに抹茶と和菓子のセットが販売されていた。
まず日本らしい思い出を作るには手っ取り早いだろう。
わたしはそう思い、それを2つ頼み、出された水を少し飲む。

「ふーん」と読めないメニュー表をじっくりと眺めるユーリ。
多分メニューの横にある料理の写真が気になるのだろう。サンドイッチ、スープなど、ロシアでも有名なものがたくさんあるから。

お昼はまた後でね、と言うと渋々とメニュー表を手放した。お腹空いちゃったのかな。後でお昼にカツ丼買ってあげるよと言うと、「約束だからな!」と目を輝かされた。



「……なんだこれ、毒かよ」

そして運ばれてきたそれに、ユーリはすごく、すごく嫌そうな顔をしてきた。
確かにそうだ。
抹茶だから、見た目は濃い緑色をしているし、少しドロッともしている。

「毒じゃないよ。抹茶だよ?」
「マジかよ……。飲み物かよ…。この横のなんか置物みてーなのは?」
「それは和菓子。甘くておいしいよ」

色とりどりの和菓子の見た目にも、ユーリは少し難色を示している。

「日本の食べ物はなんでこんなにクレイジーなんだよ…」
「そうだね。ユーリからしたら刺激が強いものも多いかもね」

今までわたしはロシアで見かけた日本料理を、ユーリに出してみた事が度々あった。
鍋とか、寿司とか(生魚がのっているのはダメ)、そしてカツ丼とか。
そういうのはお気に召したように何回出しても食べてくれる。

だけど、ユーリも全然ダメなものがあった。

例えば納豆とか。

わたしも無理だろうなーとは思ったけれど、少しの悪戯心でユーリに食べてもらおうとしたことがある。
ネバネバの見た目と強烈な匂い。
一口食べた味はあまりにも好みに合わなかったらしく、それからユーリはしばらく『納豆魔王』に魘されていたらしい。
(「オメーのせいだ!」と涙目で怒られたときは、ほんとに申し訳なかった。)

そして今回の、抹茶。

ゴクリ、とユーリから唾を飲む音が聞こえる。
始めての、未知の食べ物にとっても緊張しているようだ。
うん、分かるなぁその気持ち。わたしも最初、ロシア料理とか食べるの勇気いたもん。

「ユーリ、いけそう?」
「ちょっと黙れよ今いこうとしてんだから…」

眉間にぎゅっと皺を寄せ、固い表情で言われたそれに、わたしは思わず笑ってしまう。
ロシアンヤンキーなんて恐れられている彼が、たった一つのお茶にここまで追い詰められているなんて。
そうしていると、「テメー、ふざけんなよ」みたいな顔をされたから、わたしは咄嗟に明後日の方向を見る。


その後もしばらく抹茶と対峙しているユーリ。せっかくなのに、このままだと冷めちゃう。
そう思いながら、わたしが自分の抹茶を飲むと、ユーリが信じられないような顔をしてくる。

「ユーリ…。そんな見られると、飲みづらいよ」
「お前………すげぇな」
「だってこれ、抹茶だし…」

そう言うとユーリは、意を決したようにガッと湯のみを掴む。少しぬるくなってしまったのか、湯のみを熱そうにはしていなかった。

「大丈夫?」
「オメーが飲んでるのに俺が飲めねーのは可笑しいだろ」
「そう………なのかな?」

そして一気にグビッと飲んだユーリ。あぁ、抹茶はそんな一気に飲むものじゃないよ。

「まっず!!!!」

次の瞬間顔を真っ青にしたユーリが、店内に響くような声で叫びだしたから、わたしは慌てて彼を鎮める。
「あらあら、外国人の方は口に合わなかったのかしらねぇ」とお店のおばあちゃんが言ってくる。すごい失礼なことをしているのに、微笑ましそうに言うおばあちゃんに、わたしは必死で頭を下げた。

「そんなに不味かった?」
「無理…なんなんだよこれ……口に入れた瞬間なんかビリビリしたぞ」
「苦いもんね」
「ニガイ………」

真っ青な顔でお水を飲み干し、もう一度湯のみを持つユーリ。
それでも全部は飲もうとしているところは偉いと思うけれど、これ以上は可哀想だよね。

「後はわたしが飲むよ。ユーリはジュースでも頼む?」
「………ここでやめるのは何か嫌だ」

そう固い表情で言うユーリにわたしは笑った。
変なところで頑固で、変なところで負けず嫌いなんだから。

「せっかくの日本なんだから、ユーリが美味しいと思うもの食べよう?まだまだいっぱい紹介したい食べ物はあるから、我慢しないで」

わたしがそう言っても、なかなか湯のみを離そうとしないユーリ。
すると、はっと気がついたようにわたを見る。じーっと見てくる彼に、わたしは首を傾げる。

次の瞬間、彼はまたグビッと抹茶を口にいれた。
あぁ、またそんな一気に……!

そう思っていると、ユーリがちょいちょいとわたしを呼んでくる。
真っ青な顔で、早くしろと急かすように呼ぶユーリ。

どうしたの?と顔をユーリに近づけるのと、彼が椅子から立ち上がったのは、ほぼ同時だった。
首の後ろに手が周り、ぐっと押されて……。

「…………んっ」

次の瞬間に唇感じた温もりに、わたしは思わず固まってしまう。

え?え? と頭がパンクしそうな中、口の中に馴染みのある苦味が広がった。
すぐ目の前にあるエメラルドグリーンの瞳に吸い込まれそうになる。

ごくん、わたしの喉がなると同時にユーリはわたしから離れていく。

「……やっぱまずい」

べっと舌を出したユーリ。
わたしはというと恥ずかしさで顔が真っ赤になっている。

「な……っ何やってるのユーリ!」
そう言ってユーリを見ると、何食わぬ顔で、
「日本ってこういうの『もったいない』って言うんだろ?」
とわたしに言ってきた。

「あ、こっちは旨い」と和菓子をパクパクと食べていくユーリ。それを見ながらわたしは項垂れる。


…………抹茶は苦いのに、彼のキスは、ものすごく甘ったるいものだった。






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