とびきり甘い約束をしたのなら



勝生家は、突然現れたわたしたちに何一つ文句を言わず、笑顔で受け止めてくれた。

実家に泊まらせてくれ、ご飯を出してくれて、温泉も提供してくれる。

ユーリはまだ100歩譲ってしょうが無いとしても、わたしは本当にスケートには関係ない。
ただの客でも、この長谷津を盛り上げようとしているスケーターでも何でもない、ただのユーリの付き人として来たわたし。

そんなわたしにさえこうして温かい対応をしてくださるのは、本当にありがたいことだった。

わたしも何か、手助けをしたい。
そう思って、わたしは彼らにこう言った。

――「わたしがここにいる間、なんでもできることはお手伝いさせてください」







「名前ちゃん、少しお使いを頼んでもいいかな?」
「…!はい、もちろんです!」

わたしを呼んでそう言った女将さんに、わたしは即答する。
自分からあぁは言ったものの、女将さんたちからは「いいからいいから」とやんわりと断られていた。
それでも何かをしたかったので、色々と探したけれど、結局は料理や掃除のちょっとした手伝いくらいしかできなかったわたしへの、始めてのお願い。
それはもう、嬉しいものだった。

「夕飯のね、具材を買ってきてほしいのよ。勇利とユリオくんも、いつまでもカツ丼ばっかり食べていたらよくないでしょう?」

もともとよく食べたという勝生さんと、最近は箸も少しずつ使えるようになってきたユーリ。
二人は飽きずにカツ丼を食べていたが、確かにいつまでもそれでは、アスリートとして健康面で悪いだろう(ちなみに勝生さんは最近もやしへと移行していっている)。

「だから別のご飯を作ろうと思ったんだけど材料がなくてね。買い物行きたいんだけど、他の仕事があって…」
「そうなんですか…。あ、じゃあ今日はわたしに作らせてもらえませんか?材料も買ってきます!」

いつもお世話になっているのだ。仕事でいそがしい女将さんに代わって、今日一日のみんなの夕飯を作るのなんて、容易いこと。

「あら、あなた料理得意なの?」
「得意っていうか………わたし、ご飯作るときはいつも栄養面を考えないといけなかったので、そういうのは、ちょっと勉強しました」

頭のなかで、わたしの料理をすごい勢いで食べる一人男の子が映る。

「あぁ、ユリオくんね。仲良しさんでよかよか」

微笑ましそうに笑う女将さんに、顔が少し暑くなる。
サラッと言われたその名前に、わたしは恥ずかしくて俯きそうになる。

「じゃあ頼まれてくれる?お金は渡すから」
「え?!あ、わたしお金持っているんで大丈夫ですよ!」
「何言ってるの!仮にもお客さんにそんなことさせられないよ!ほら、これお金」
「……ありがとうございます」

なんて、ここの人は優しいんだろう。
わたしはそう思って深々とお辞儀をした。

「そうだ。時間もあることだし、どうせ街のほうに行くなら、お土産通りも回ってみたら?たくさん民芸品があるのよ」
「え、行ってみたいです!」

わたしの故郷でもある日本。
その民芸品を見ることは、わたしが今回密かに楽しみにしていたこと。

「あんまり遅くならない内に戻ってきな」

そう言って送り出してくれた女将さんに手を振られ、わたしも小さく振り返した。







先ほど済ませた買い物袋を手に、わたしは女将さんに教えてもらったお土産通りを観に来ていた。

「うわぁ、綺麗………」

色とりどりの織物や、焼物。
人形や陶器などに溢れる商店街を、わたしは歩いていた。

「あれ、お姉さん、日本人?長谷津は初めてか?」

露店で手作りのアクセサリーを売っていたおじいさんが、キョロキョロとしているわたしに声をかけてくる。

「わぁ、とても綺麗ですね…。はい、訳あって今はロシアで暮らしているんです」

しゃがみ込み、カーペットの上に並べてあるネックレスやブレスレットを見ていく。
小ぶりなそれらは、それぞれ先に綺麗な石がついていて、いろんな色をもって輝いていた。

「あぁ、最近来ている、コーチ志望の外国人スケーターの付き添いか?あんたスケートやっているのか」

「あ、いえ、わたしはやってません。コーチを志望してきた人じゃなくて、その少し後に来た若い選手の……お守りをしに来ています」

こんなこと言ったってユーリにバレたら、すごく怒られるだろうな。
少し冗談を交えながらおじいさんと話す。
すごく話しやすくて、なんだか自然と笑顔が溢れる。
長谷津の人は、本当にこういう人が多い。

「彼氏か!若いね、いいねぇお姉さん!」
「あ、ありがとうございます……」

恥ずかしくて顔が暑くなる。
おじいさんは「よかことよかこと!」と豪快に笑ってくる。

「じゃあせっかく来てくれたんだ。そのロシア人の彼氏にでも買ってやったらどうだい?まけてやるよ」

色とりどりのネックレスは、とても心が惹かれる。
小ぶりなそれは、きっと身につけてもそんな邪魔にはならないだろう。

「いいんですか? ……じゃあ、お言葉に甘えて」

そしてわたしはすぐに色を決めて商品を買い、そしてゆーとぴあに戻ったのだった。







「ねぇユーリ」

久しぶりにみんなにご飯を作って(ユーリが勝生さんに「俺が食べるからお代わりすんなよ!」と噛み付いていた)、温泉に入らせてもらい、部屋で眠る準備をする。

スマホを弄りながらゴロゴロしているユーリを呼びかけると、彼は目はスマホに向けたまま「なんだよ」と言ってくる。

「聞いて、今日ね、お買い物のついでに商店街に行ったの」
「あーなんかそんなこと言ってたな」
「うん、それでね、ユーリにお土産買ってきたんだよ」
「どれだよ?」

そう言うとようやく興味が湧いたのか、ユーリがスマホをしまい、わたしの元へとのそのそとやってくる。

「うん、…ちょっとだけ頭下げてくれない?」
「は?!何で俺がお前に頭下げないといけねーんだよ?!」
「え、そうじゃなくて!」

ぎゃんっと文句を言ってくるユーリ。

わたしがよくペコペコと周りに頭を下げているからか、どうやら頭を下げることは、自分が相手より下の立場ということを意味していると思っていたらしい。
(ユーリがわたしより下っていうのをそこまで嫌がるとは思わなかった。)

でも、わたしが頭を下げてって言ったのは、そういう意味じゃない。
そう必死で言うと、ユーリはようやく少しだけわたしに向かって頭を下げてきた。

「…ユーリのつむじ、初めて見たかも」
「くだらねぇこと言う暇あったらさっさとしろよ!」

わたしを睨みつけてくるユーリをなんとか宥める。本当にこの体制が嫌みたいだ。冗談を言うのはやめて、わたしは後ろ手にお土産を取り出す。

「………少し、我慢してね」

今更になって、少しだけ恥ずかしくなる。
震える手でお土産を持ち、そのままユーリの首元に腕を回した。

「………!!」
「わわ、待って、動かないで!」

反射的にビクッと逃げようとしたユーリだが、わたしがそう言うと次はカチカチに固まったように全く動かなくなる。
赤く染まったユーリの耳にわたしも同じように赤くなるが、それでもなんとか下手ながらに、震える手先を抑え、ネックレスのチェーンをつけた。

「これ………」

腕を離すと同時にバッと頭を上げたユーリが、首元に視線を落とす。

「ユーリ……こういう地味なのあんまり好きじゃないかもしれないけど、…少し早めの、金メダルです」

ユーリの首元にコロッと光る、天然石のついたネックレス。
その色は、迷う暇もなく金色にした。


ユーリの願いが叶うように。
わたしの願いが叶うように。


その思いを、わたしはネックレスに丁寧にこめて、彼にプレゼントした。

「こんな小さいのよりも、ユーリはもっと大きいメダルが欲しいと思うけれど……。でも、これは、わたしからの、金メダル」

ユーリのエメラルドグリーンの瞳をじっと見る。相手もわたしをじっと見てきて、わたしたちは無言のまま少しの間見つめ合っていた。

「名前、俺は、グランプリファイナルで金メダルを取る」
「うん、信じているよ」
「だから。これは………それの願掛けとして、受け取っておく」
「うん」
「本当の金メダル取ったら………仕方ねーから次は俺がお前にかけてやるよ」
「ふふ、楽しみにしているね」

わたしの指を、綺麗な彼の手が絡み取る。
強い意志の篭ったその瞳に、わたしはもう一つ強く頷いた。



わたしの鞄の奥に眠る、もう一つのネックレス。
エメラルドグリーンのそれは、今は彼には秘密にしておこう。






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