きみのことなら何でも



その晩、ヴィクトルに夜遅くまでお酌の相手をさせられたわたしは、次の日少し遅れてヴィクトルと一緒にリンクを向かった。

横にいるヴィクトルの足取りは、少しだけおぼつかない。

「ヴィクトル…大丈夫?」
「このくらい……う、少し飲み過ぎたかな」

髪の毛が乱れきっているヴィクトル。
わたしがそんなヴィクトルに苦笑していると、リンクからドーンと着氷の音が聞こえてきた。

(この着氷の音の重さ……四回転ジャンプ練習しているのかな?)

わたしは何となくそう思いながらヴィクトルの後に続いていく。

「おまたせ〜、あれ、今何の練習していたの?」

扉を開き、二人にあいさつをするヴィクトルの後ろからひょこっと顔を覗かせると、どうやらやはりついさっきまで二人で何かを練習していたようだ。多分、さっき聞こえていた音で考えると、四回転ジャンプを。
「振りの確認しよ〜」と離れていく二人。
彼らを見て、ヴィクトルは何故か笑っていた。


ユーリがAgapeの振り付けで踊る。

(あれ、ユーリ、今までと全然違う…)

何が違うかは分からない。多分変わったのは、外からは見えない部分。
そっか、ユーリ言ってたもんね。Agapeが見つかったって。

「ユリオのAgapeが見つかったようだ。ネクストステージに進めるかな」

ヴィクトルもわたしと同じことを思っていたようで、ユーリを見ながら満足そうに頷いていた。

そんなヴィクトルを少し暗い表情で見つめている勝生さんを、わたしは見かける。
勝生さんは、カツ丼というErosは見つけたけれど、それをなかなか上手く表現出来ていないみたいだった。

(……どっちも、頑張ってほしいなぁ)

それは、ここに来て、全力で努力している二人をずっと見ていたから。
ユーリなんて、ロシアにいた時よりも全然練習している。

どっちも納得のできる演技ができたら、とわたしは思った。







「それで明日の衣装はどうすんの」

その日の夜ご飯のとき、ビールを飲んでいた美奈子さんが、酔っ払ったような顔でそう聞いてきた。
太りやすいから、とカツ丼ではなくもやし炒めを食べている勝生さんと、ようやく箸が使えるようになってきたユーリが、あぁと思い出したように言う。

「考えていなかった……」
「何も持ってきてねーよ」

そう言う二人に、ヴィクトルが酔っ払いながら上機嫌そうに「それは大丈夫。ロシアから俺が今まで着てた衣装送ってもらったから」とピースをする。

衣装のことは問題なさそうだな、とご飯を食べていると、「名前も飲もうよ〜」と、肩に手を回しながらわたしに瓶のビールを煽ってくるヴィクトル。

「いや、でもわたしまだ18ですから…」
「18はロシアじゃもう成人だよ〜。ホラホラ!」

でもここは日本だ。わたしも日本人だから、20歳まで飲むのはどうも憚れる。
やけに近い距離にいるヴィクトルを遠慮がちに押し返していると、
「おいヴィクトル!酔っ払ってんじゃねーよ!」
とわたしたちの間に入ってきたユーリに、この時はただただ感謝した。







ヴィクトルが使っている部屋に溢れる衣装の山々。

キラキラと輝いている衣装は全てとても綺麗だった。(ユーリは「トンチキな衣装ばっかだな」と少し引いていた。)

「あ、これ去年のグランプリファイナル!!」

そんな衣装を見て、一番興奮していたのは、もちろんヴィクトルのファンである勝生さん。

キラキラとした、まるで少年のような目で、次から次へと一人で衣装の鑑賞会をしている勝生さん。
「おい、俺より目立つの選ぶなよ!」とユーリはそんな勝生さんにヤジを飛ばす。

「あ、世界ジュニアのときの!」

そんな勝生さんが手に取ったのは、黒い羽がついた衣装。

「あぁ。その時は髪が長くて男女両方をイメージした衣装にしたんだ」

うわぁ……と勝生さんの顔がどんどんと耀きを増していく。
きっと、その世界ジュニアのときの演技が大好きだったんだろうな。
その顔を見ていたら、すぐに分かった。

「これに決めた!」と言った勝生さん。
対して、ユーリはまだ少し悩んでいるようだった。

「衣装、決まらないの?」
「あぁ?…なんか、あり過ぎてよくわかんねぇ」

苦い顔で次々と衣装を見ていくユーリ。
確かにすごい量だ。これだけあったら誰でも悩んでしまうだろう。

「勝生さんが黒色にしてたから……その対極のテーマだから、白色とかは?」
「白色か……。じゃあ白だったらどれがいい?」
「え?………うーん、これとか?ユーリの雰囲気に合いそう」
「じゃあそれにする」
「そっか分か………ええ?!」

軽い気持ちで言ったわたしの提案のままに、衣装を簡単に決めてしまったユーリ。
ちょっと待って。衣装作る人とか、振付師ならまだしも、一般人のわたしの意見で決めるなんて……。

「わたしの意見なんかで決めていいの?!」
「あ?構わねーよ。どうせどれ着ても俺は似合うしな」

そうあっさりと言ったユーリに、わたしは頭を抱える。

(どうしよう、ファンの子たちに衣装合わないとか言われたら……)

わたしがあたふたとそう思ってると、ユーリがその衣装を見たままポツリと言う。

「だって、お前が言うなら一番合ってんだろ。俺のこととか、お前が一番わかってんだろーし」

なんの意味もなさそうに、サラリとそう言ったユーリに、わたしの体はどんどん熱くなっていく。
ダメだ。こういうことサラリと言われても、わたしは何の免疫も持っていないよ。

「………わ!お前何ショートしてんだよ!」

そのまま項垂れたわたしを見て、ユーリがギョッとしたように言う。

「ありがとうユーリ……」
そう言うわたしに、ユーリは「はぁ?!」と訳が分からなさそうな顔をしていた。

………うん、大丈夫。

俯きながらも、わたしはさっきの衣装を思い浮かべる。

あれは、きっとユーリにピッタリのはずだから。


ユーリがリンクで舞う姿を思い浮かべながら、こうして、ユーリも無事に衣装決めを終えたのだった。



(ヴィクトル……あの二人、たまに、いきなりああいうムード入らない?)
(意外とどこでも二人はあんな感じだよ、勇利。気が付かなかった?)
(いや………毎日見てたら、なんか分かるようになってきたよ)






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