二者択一



何も変わらないまま時は経ち、ついにアサイン発表の日がきた。


「ユーリは、カナダ大会と……ロシア大会かぁ」

わたしはベッドの中でスマホを弄りながら、それを確認する。

カナダ大会は………地元の選手、ジャン・ジャック・ルロワさんがいる。
去年のグランプリファイナルでは3位。
実力は十分すぎるほどの選手だ。

「ロシア大会………あ、勝生さんと同じなのか」

ロシア大会のアサインのところに書かれた、“勝生勇利”の文字。
あの時の対決以来、初のぶつかり合いだ。
(………今ごろユーリ、燃えてそうだなぁ)
勝生さんとぶつかったのだ。
「あんの豚野郎………!」と、ワナワナと震えながら闘志を燃やしているユーリが簡単に想像でき、わたしは少し笑ってしまう。

(………わたしは、何をやっているんだろう)

あの電話以来、リンクに足は向けていなかった。

ユーリも、ミラの話から聞くととても練習がキツイらしくて、最近はSNSさえ更新されていないような状況。
あれ以来、わたしの電話が鳴ることはなかった。

同じくユーリの近況はミラから度々LINEで聞いていたが、ミラから送られてきた、『名前は、自分の気持ちにもう少し素直になればいいんじゃない?』というメッセージ以来、どう返していいか分からずに、それも止まっていた。

『これだけ言っておくね。ユーリ、本当に変わった。どんどんプリマになってきている』

わたしが返信できずにいる中で、もう一度送られてきたミラからのメッセージ。

わたしはそれを見ながら、ギュッと目を閉じた。


(……ほんと、何やってるんだろ)


今日もこうしてわたしは、ユーリから逃げていた。







side ミラ


リンクサイドに行くと、ぶんっと、スマホを壁に向かって投げている少年が見えた。
あーあ。そんなに勢いよく投げたら、本当に壊れてしまうわよ。

「ヴィクトルと日本の勇利の写真見てたんでしょ。妬いてるの?」
「うるせぇババア!!」

そうワタシがからかいながら言うと、ユーリがそう怒鳴ってきた。

(イライラしているわね…)

今回の二人の写真、厳しすぎる練習。
ユーリがイライラする要素なんて余るほどあるけど、一番の理由は、きっとそれらではない。

「名前が来ないからって、ワタシに当たらないでよ」
「………………クソ」

その名前を口にした途端、ユーリは苦い顔をしてワタシを見てくる。

「なぁミラ。まだアイツ体調悪ぃのかよ。なんか聞いてねーの」

少し心配そうに、それでいて真剣そうな顔つきでワタシにそう聞いてくるユーリ。
こんな顔、きっと名前以外にはしないだろうなぁとワタシは内心で思う。

『ミラ……わたし、どうすればいいのかな』

あの時ワタシの隣で泣いていた黒髪を思い出す。

「知らないわよ。何でアンタが知らないことをワタシが知っているのよ。大体気になるなら電話でもLINEでもしてみればいいじゃない」

ワタシの最もな言葉に、ユーリはギクッとしたように言葉を詰まらせた。
そして苦々しい顔をしながら言う。

「練習キツすぎてそれどころじゃねーんだよ。それに、俺………なんかアイツに、避けられてる気がする」

それだけ言うユーリは、本当に辛そうな表情をしていて。
ワタシはため息をついた。
このカップル、結局どっちもかなりの不器用なだけなのかもしれない。

「ねぇ、ユーリ。ワタシとちょっとお茶しない?」

そうワタシが提案すると、ユーリは「はぁ?!」とすっごく嫌そうな顔をしてきた。

普通ここまで嫌な顔する?こんのクソガキ。腹立つわね。

「何でお前と行かねーといけねーんだよ」と言うユーリにこめかみがピクッとなるのを何とか宥めながら、ワタシは「まぁまぁそんなこと言わずに」と、休憩に入ったばかりの彼の背中を押して、外へと連れだしたのだった。







そしてユーリと二人で、近くのカフェに入った。

「ユーリ何飲む?もう面倒くさいからホットミルクでいい?」

メニュー表を見ながらワタシがそう言うと、ユーリは疲れたように「もう何でもいいよ……」と言ってきたので、ワタシはホットミルクとブラックコーヒーを頼む。
ユーリは、ただ黙ってメニュー表を眺めていた。

全く。そんなにワタシとじゃ嫌なのかしら。不貞腐れているユーリを見ながらワタシはそう思った。

「なぁミラ。マッチャって知ってるか?」

メニュー表をしばらく見ていたユーリは、突然思い出したようにそう言う。

「マッチャ?何よそれ」

そしてメニュー表を探しながら、「やっぱねーよな…」と呟いていた。
だから、何よマッチャって。

「マッチャっていうのはな……何か、日本の、ヤベー飲み物」
「何、そんなに不味いの?」
「マズイとかじゃ収まらないくらい……何ていうか、ヤバイ」

そう言ってとても苦々しい顔をするユーリ。
どれだけその飲み物がユーリにとって嫌だったか、手に取るように分かった。

「名前と飲みに行ったの?」
「そうそう。アイツヤベーんだよ。そのマッチャってのをペロリと普通な顔で飲んじまうん……………チッ」

その時を思い出したのか、ユーリが言葉をとめて、イライラしたように舌打ちをする。

「いーじゃん。名前との話でしょ?聞かせなさいよー」
「………今そんな気分になれねぇよ」

そう言ってまたブスッとした顔になるユーリ。
あらあら、どうやらこちらもかなりの重症らしい。

「………なぁミラ」

運ばれてきたドリンクを片手に、ユーリの声が響く。

「お前、アイツから本当に何も聞いてねーのかよ」

ワタシを見つめてきたユーリは、真剣な、探るような鋭い瞳をしていた。

「……どーせ何か隠してんだろ。見てたら分かるよ」
そう言いながらホットミルクを飲むユーリ。

ワタシの脳裏に、あの日名前がもう一度思い浮かんだ。

彼女が誰よりもユーリを思っていることを知っていた。
彼女の、全てを抱え込んでしまう悪い癖も、ワタシは知っていたから。

だけど、目の前の彼も、それに気が付かないほど鈍感ではないらしい。

「………知らないわ」

ワタシがそれだけ言うと、ユーリは「…そうか」とだけ言い、後は何も聞いてこなかった。

名前は、あれだけ悩んでいたけれど。
目の前のユーリを見ると、名前のその不安も、ただ単に不器用なだけだとさえ思えた。

―――――だって、この目の前の妖精は。


「ねぇユーリ」

ミルクも入れていないコーヒーを、意味もなくマドラーでかき混ぜながら、ワタシはユーリに問いかける。

「目の前に、大事なモノが二つあるとします。アナタはその一つをどうしても手に入れたい。だけど、その一つを手に入れると、もう一つは手放さなくてはなりません」
「は?なんだよそれ………アイツと何か関係あるのかよ」

ワタシの言葉を遮り、訝しげにワタシを見てくるユーリ。
ワタシはふっと笑う。

「まぁまぁ、軽い気持ちで答えてよ。アナタはそれらをどちらも手放したくない。だけど、手放さなければ両方とも失ってしまいます。さて、アナタなら…………ロシアのエースなら、どうする?」

そう言ってユーリを見る。
ユーリはしばらくポカンとワタシを見てきたが、その次の瞬間、これまた自信たっぷりな表情でこう返してくる。

「――――――――――。」

その言葉に、ワタシの口角は上がる。


やけに真剣な表情をしている妖精を見つめながら、ワタシはもう一度、少しぬるくなったブラックコーヒーを飲んだ。






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