さめない夢をみたいと言ったの
「それで結局はめでたしめでたしってわけね。あなたたち」
その次の日。すごく久しぶりにリンクに行くと、ミラがため息をついてこう言ってきた。
「うん………いろいろ、ほんとごめんね」
「まぁ良かった良かった。名前が来ないと、ユーリがピリピリしてしょうがなかったからねー」
「うっせぇよババア!!」
ユーリをバカにしたように笑うミラに、早速ユーリは噛み付いていく。
わたしが「ミラは心配してくれてたんだよ」と言っても、「んなの知るか」とプイッとそっぽを向くだけ。
「結局今回のは、名前が一人でごちゃごちゃごちゃごちゃ考えすぎていただけなのよ。ワタシのLINE、無視したでしょ」
「うぅっ………」
どこか意地悪そうにそう言ってくるミラに、わたしはぐぅの音も出ない。
「………ごめんなさい」と謝るわたしに、ミラは「でも良かった」と言ってくれる。
「ミラ………!」
そんな親友の存在に、わたしは改めて感動し、そのままミラにギュッとしがみつく。
「え?」「はぁ?!」と二人の驚いたような声が聞こえたが、わたしは聞こえないふりをしてギューッとミラを抱きしめる。
「もう名前ってほんとかわいい!ユーリにはもったいないくらいよ!」
そう言ってわたしを抱きしめ返してくれるミラ。
すると、耳元でミラがわたしに何かを囁いた。
「―――、――」
「………っ!」
「ババア同士で気持ちワリィ事してんじゃねぇよ!!」
わたしが驚いていると、ぐいっとユーリに腕を引っ張られ、ミラから引き剥がされた。
ミラはチッと舌打ちをする。
「ワタシにさえ嫉妬?ユーリ、余裕なさすぎじゃなーい?」
「テメェ………………」
面白がるように、勝ち誇ったように言うミラと、わたしの腕を掴んだまま、ミラを威嚇する猫のように睨みつけるユーリ。
二人の緊張の対峙に、わたしは真ん中でただオロオロとしていた。
「……まあ、丸く収まったならホントに良かったわ。もうこんなことやめてよねー」
しばらくして、ふっと力が抜けたように肩をすくめるミラ。「二人して心臓に悪いんだから」。そう言ってわたしたちから離れていく親友の後ろ姿をわたしはしばらく見つめたまま、先ほどの言葉を思い出す。
そして、同じようにミラを見つめ続ける………というよりは、睨み続けているユーリを振り返り、わたしはこう言った。
「ユーリ、今日はバレエレッスンからでしょ?一緒に行ってもいい?」
わたしがそう言うと、ユーリは、少し驚いたような顔をして、だけどすぐに口角を上げてニヤリと笑う。
「来たいなら来いよ」
「うん、そうするね」
そう言って歩き出した彼の後ろを、わたしは一歩遅れて追っていく。
ユーリの後ろ姿を追いかけながら、わたしはさっきのミラの言葉を思い出す。
――『ユーリにね、前聞いたの。大事なものを一つ手放さないといけないとしたらどうするかって』
チラリと振り返るユーリ。
その瞳は、わたしの胸元に輝くストーンネックレスと同じもの。
その目を見るたびに、わたしの胸は焦がれていくんだよ。
――『「そんでも両方手に入れるに決まってんだろ。俺を誰だと思ってるんだよ」だって。ワタシ、危うく惚れそうになっちゃった』
そして彼の胸元にも、あの日の金メダルが光っていた。
・
・
・
「ユーリ・プリセツキー。もっと余裕を持って来なさい。ロシア大会まで時間が……」
そしてバレエレッスンの教室に着くと、リリアさんがすぐにユーリを出迎えてくる。
だけど、その隣にいたわたしに驚いたように、一瞬目を大きく開いた。
「あなた………」
「あ、はじめてだったっけ?コイツ名前。いつも言ってた女。そこら辺でテキトーに見とくって」
「じゃあ、俺靴履き替えてくるわ」そう言って教室の奥の部屋に入っていくユーリ。
残されたわたしは、リリアさんと向き合う。
「……はじめまして、リリアさん」
「ええ、こうして会うのははじめてね」
あの日、わたしに“別れ”という覚悟をもたらした彼女の言葉。
それを思い出しながら、わたしはギュッと拳を握り、そしてリリアさんと向き合う。
「……リリアさんから電話があった日から、わたしはずっと自分のやるべきことを考えていました」
「…」
「はじめは、身を引くことももちろん考えました。……でも、それはわたしのただの逃げだということに気づきました」
気が付かせてくれたのは、もちろん大事な彼。
一人で全部を抱え込み、悩み、挙句の果てに、人に言われたなら仕方ないよね、なんて、わたしはきっとあの時そう思うことで、自分からも、ユーリからも逃げようとしていた。
息を吸い込み、わたしはユーリの顔を思い浮かべながら、言葉を発した。
「わたしは、ユーリが望んでくれるなら、…わたしがいたいと思うなら、ずっと一緒にいようと思います。……それこそユーリに捨てられる日まで。だから、それまではユーリとの交際、許してください」
そして頭をリリアさんに向かって深く下げた。
わたしの迷いない思い。
もう二度と、“別れよう”なんて言わないように。
わたしはもう、何からも逃げたくないから。
「………言ったでしょう?あなたたちがどんな関係であろうと、私には関係ありません」
リリアさんが、美しくも凛とした声でわたしに言う。
ピンと背筋を伸ばしたその姿の美しさは、さすが元ボリショイ・バレエのプリマだと、わたしは思った。
「私はユーリが……美しくあればいいのです。あなたの彼への影響は、あなたが思っている以上に大きい。それならば、あなたが彼を美しくしてあげなさい。それがあなたのやるべきことです」
その言葉に、わたしははっと顔を上げた。
厳しそうな顔をしながらも、その口角は、どことなく上がっているような気がした。
「迷いは相手の心にも影響する。あなたが強くありなさい。もちろんあなたのためにも、そしてユーリのためにも」
その言葉に、わたしの感謝の思いは溢れていく。
「……っはい!ユーリのこと、おねがいします!」
そう言ってもう一度リリアさんに頭を下げた。
目頭が熱くなりそうなのを、必死で抑える。
初めて、わたしがやるべきことを教えてもらえた気がした。
「名前ー、ってお前何頭下げてんだよ?!」
「!っわ!」
そうしていると、髪をハーフアップにしてバレエレッスンを受ける格好に着替えたユーリが、わたしの肩をぐいっと掴んでくる。いきなり肩を掴まれたので、わたしは思わず驚きの声を上げてしまった。
「ユーリ・プリセツキー、美しくない行動は控えなさい」
そうピシャリと言ったリリアさんに何か言いたげなユーリだったが、きっと彼女にだけは頭が上がらないのだろう。
彼女には何も言わず、代わりにわたしに不満そうな顔を見せてきたので、わたしは思わず笑ってしまう。
「ユーリ、ここで見てるからね」
鏡の前に向かうユーリにそう言うと、何も言わずに頷いてきたので、わたしも一つ頷いたのだった。
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