リンクメイトGの憂鬱
「何でだ………何でなんだアーニャぁぁ!!」
わたしがリンクに見学に行くと、リンクサイドでギオルギーさんがスマホを見ながらそう叫んでいた。
パチパチと目を瞬かせていると、わたしの方にミラがやってくる。
「おはよ」
「おはよ、ミラ。……ねぇあれって、」
「あー。いつもSNSにアップしていた彼女が他の男に乗り越えたらしいのよ」
「あぁ……あのラブラブだった彼女か」
「そうそう」
ギオルギーさんのSNSを見ると、いつものようにキレイな彼女さん(確かアイスダンスかなんかの人)と一緒に写っている写真が挙げられていた。
どこかに遊びに行ったり、キス写真だったり、とても仲が良さそうに見えてたのにな。
(ちなみにそれを見たとき、からかいでユーリに「ユーリはこういうの載せないの?」と聞いてみたことがある。頭を思いっきり叩かれました。)
「ああいう重すぎる男は金を搾るだけ搾り取られて終わりなのよ」
「うーん………なんか、分かりたくないけど分かる気もするような」
「でしょ?」
「でもミラもこの間ホッケー選手と別れたばかりじゃない」
「リフトの練習させてもらっていい?」
顔の影を濃くして笑うミラに、わたしは思いっきり首を振って「ごめんなさい」と言った。
華奢なくせに彼女は筋肉がしっかり付いてるから、本当にできちゃうのだ。
「でも、大丈夫かなぁ。グランプリシリーズに影響しなければいいんだけどな」
「しないでしょ。もともと今シーズンの彼のテーマ、ハートブレイクよ」
「何とタイムリーな………あ、ユーリ」
リンクの反対側にいたユーリがこちらを見てきていたので、わたしは手を振る。
ユーリは、わたしが気づいたことを確認すると、そのまま練習に戻っていった。
しばらく氷を舞うプラチナブロンドを見つめていると、
「………あんたたちがこの間まで別れの危機だったとか考えられない」
と、ミラが呆れたようにため息をつく。
わたしは苦笑しながら、「あれはわたしの勝手だよ」と言った。
「ユーリと名前が別れるなんて、想像がつかないもの」
「わたしも……そうだといいなぁって思うよ」
「…まぁどんなにラブラブでも壊れるときは一瞬ね。ワタシも、ギオルギーも」
ミラがそう言って、二人でもう一度泣き叫ぶギオルギーさんを見た。
・
・
・
「あぁ、アーニャ、何でなんだ、アーニャ………」
その後も泣き続けるギオルギーさんに、ミラは呆れたように練習へと戻っていった。
わたしは、放っとくほうがいいのかなと思ったけれど、これ以上泣くと目が腫れてしまうなと思い直し、ギオルギーさんに声をかける。
「ギオルギーさん。使ってください」
「あぁ?………あぁ、君か」
わたしに気がついたギオルギーさんにそう言ってハンカチを渡すと、彼はそれを受け取って涙を拭き始める。
近くにあった恐らく彼のであろうティッシュケースを取り彼に差し出すと、チーンと鼻をかみはじめた。
「…すまない。見苦しいところを見せた」
「いえ、全然ですよ」
一旦は落ち着いたと思ったギオルギーさんだったが、またしくしくと泣き始める。
これは相当参ってるらしい。
どうしたらいいかなと思い、また彼に声をかける。
「あの、わたしで良ければ相談のりますよ」
「?!本当か…?!」
わたしの提案に、思ったより食いついてきたギオルギーさん。
わたしの両腕をつかみ、ぐいっと顔を寄せてくる彼に驚きながらも、わたしは「誰かに打ち明けたほうが楽ですし」と言う。
リンクから「おいギオルギー離れろよ!!」と言う怒鳴り声が聞こえたが(誰かは言うまでもない)、彼はその声が全く聞こえないように、わたしをキラキラとした目で見つめてきた。
――そしてそのまま二人でフロントにあるベンチに座った。
彼が落ち着くように、少し甘めのコーヒーを買い、それをギオルギーさんに渡した。
「すまない。…君は気が利くんだな」
プルタブをプシュッと開き、それを飲み始めるギオルギーさん。
わたしもそんな彼の隣に座る。
「ワタシもだ。ワタシも、彼女のためにできることは何でもしてきた……」
俯きながら、ポツポツと胸中を話し始めるギオルギーさんに、わたしは相槌を打ちながら話を聞く。
「なぁ名前よ。女性はどんなことをされたら喜ぶ?」
そう、わたしに問いかけてきたギオルギーさんの言葉に、わたしは少し考える。
されたら、嬉しいこと。
恋人であるユーリを頭に浮かべながら、わたしは彼との日常を思いだす。
「わたしはどんなことされてもうれしいですけど………そうだなぁ、わたしのために行動してくれたりするのは、やっぱりすごく嬉しいですね」
わたしが別れを決断したとき。
カナダ大会で疲れているはずなのに、わざわざわたしの家まで来てくれたユーリを思い出す。
「…やはりそうか。だからワタシも、彼女のためならば、何でもしてきたんだ」
「例えばどういうことをしたんですか?」
悩み相談というよりは、彼の思い出話を聞くだけになっている気もしたが、わたしはそのまま話をすすめる。
「別に、他愛もないことさ。デートはいつもホテルの最上階に誘ったし、記念日には100本の赤いバラを送った。彼女のために誕生日にはワタシの名前をつけた子犬を渡したり、彼女のために靴磨きもしたしドレスも縫ったし他にも………」
「ちょ、待ってください…」
わたしの遥かななめ上をいく彼の話に、わたしは思わず頭を抑えた。
ギオルギーさんの彼女への尽くしっぷりは、わたしが思っている以上だった。
(これは……ミラが言ってたこと当たってるかもなぁ)
ていうか、重い。
わたしが率直に感じたのは、それだった。
「ギオルギーさん、多分原因はそれな気が………」
「君も!!君もそう言うのかい?!ワタシの…ワタシの愛は間違っていたと言うのか……!!!」
わたしの言葉を遮ってギオルギーさんがまた泣き始める。
話を聞いて落ち着いてもらおうと思ったのに、また振り出しに戻ってしまったようだ。
「いえ、そういう訳じゃ……」
「ワタシが………ワタシがダメだったのか、そうなのか、アーニャよ…!!」
もうわたしの言葉なんか聞こえてないように、彼女の名前を叫びながら泣き続けるギオルギーさん。
どうすれば……と、わたしがオロオロしていると、ギオルギーさんの口から「ワタシは何てダメな男なんだ……」という言葉が聞こえる。
「そんなことないですよ!」
わたしはその言葉を聞いた途端、少し強めの口調でそう言った。
「……名前、」
「わたしは知ってますよ。ギオルギーさんのいいところ、たくさん」
ちょっと前までのユーリたちと違って、いつもヤコフコーチの言ったことをしっかりと聞き、一番真面目に練習しているところ。
ちょっと方向性は間違えてしまったけれど、彼女を一途に愛しているところ。
そう思ってそう言うと、ギオルギーさんの顔はみるみる内に明るくなっていく。
「そう思うか……?ワタシは、ダメな男ではないのか…?」
「もちろんです」
「名前ーーー!」
そう言って、ギオルギーさんはわたしの手を取ると、ぶんぶんと振り回してきた。
「だろうな!恐らく彼女は騙されているんだ!きっとワタシの助けを待っているのだ…!」
「え、あ、いやそういう訳じゃ…」
「アーニャ!!ワタシが君をきっと救ってみせるよ…!!」
どうやらわたしの言葉が思わぬ方向に行ってしまったらしい。
何かを勘違いした彼だったが、元気になったその様子を見て、わたしはほっとため息をつく。
「おい、名前!ギオルギー!」
そうしていると、休憩時間になったのか、ユーリがわたしたちの方へと走ってきた。
ユーリは手をつなぐわたしたちを見るとピキッと青筋を立てたような表情をする。
「ユーリ!君は幸せ者だな!こんなに素敵な彼女がいて!」
「はぁ?!」
「、ギオルギーさん!」
訳が分からないような顔をするユーリに、ギオルギーさん上機嫌のまま更に続ける。
「だが残念ながらそんな素晴らしい女性でもワタシの彼女には迎えられない!ワタシにはアーニャしかいないのだからな!」
ハッハッハッと笑いながら、ギオルギーさんはリンクへと戻っていく。
嵐のような彼を見送ってると、ユーリの「渡さねーよバーカ!!」という声が響いたのだった。
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