夢のような夢をみた



side ヴィクトル

ハーイ。俺の名前はヴィクトル・ニキフォロフ。
ロシアのスケーターで、巷ではなんとリビング・レジェンドなんて呼ばれている。今は日本の勝生勇利のコーチをしているよ。

ロシア大会ショートプログラム直前、今日はちょっと、とある恋人について語りたいと思う。
誰か分かった?そう、ロシアの妖精、ユーリ・プリセツキーと、その世話係とは名ばかりの、苗字名前。

え、興味ないって?
冷たいなぁ、いいからちょっと聞いていってよ。

ユリオたちの初恋の話を。







あれは2年ほど前かな。
まだジュニアの中でも若い年齢だったユリオと、そのときは一応チームヤコフ全体の世話係だった名前、そして俺、ミラ、ギオルギー………など、チームヤコフの夏季合宿があった時のこと。

モスクワまで飛行機で行き、そこにあるとあるリンクで合宿をしていた。

その休憩時間、少し長めに丸々午後がオフとなった日、ミラが突然こう言い出したんだ。

「どうせならショッピングモールに行きたい!」

……まぁ年頃の女の子だったし、俺も欧州の中でも随一の大きさと聞くと、普通に気になった。
唯一反対していたのはもちろんユリオで「面倒くさい」「せっかくのオフなのに」と喚いていたけれど、結局どういう訳か、俺、ユリオ、ミラ、名前の4人でショッピングモールに行くことになったんだ。

「名前もやっぱり服とかそういうの気になる訳?」

4人で並んで歩いているとき、隣を歩く名前にそう聞いたのを覚えている。

あまり自分の気持ちを表に出さない(ジャパニーズの特徴)名前だが、その時は随分とウキウキしていた様子だった。

「うん、普段あんまり行けないしね」

そう言って頬を少し赤らめて言う名前は、今思い出しても可愛かったと思う。

でも、そこじゃない。
ユリオの初恋は、確か――――。



「あら?あの子、どうしたのかしら」

ショッピングモールをある程度回っているとき、その中央広場辺りで、一人の小さな男の子が蹲っているのを、ミラが見つけた。

「坊や、どうしたの?」
「ママ………」

ミラを先頭に俺たちが駆け寄ってみてみると、どうやら迷子らしい。
大きな瞳からポロポロと涙をこぼしながら、その子どもはしきりに「ママ」と言っている。

「迷子か………どうすればいいかな」

ミラが、助けを求めるように俺の方をチラリと見てきた。
…確かにこの中で唯一の大人が俺だし、でも俺子どもとか分からないし。

結局苦笑いしかできなかった俺。
ユリオなんて「めんどくせ」とか言いそうな顔でブスッとしていた。

「お母さん、探してあげようよ。きっとあっちも探しているはずだから」

どうしようと全員が狼狽えていた中、名前がその子の側にしゃがみ込んだ。
持っていたショッピングバッグを、一番近くにいたユリオに全て預けて(ユリオは「重ぇ!!」と叫んでいた)率先して行動した彼女に、みんなは少し驚いた。

「君、お名前は?」

目を合わせて怖がらせないように優しく言う名前に、男の子は「………オーソン」とグズグズと泣きながら呟く。

「オーソンくんかぁ。お姉さんたちが、お母さん探してあげるよ。ね?」

そうしてオーソンくんの涙を優しく拭い、立ち上がらせる名前。
初めてのその姿はとても意外で、俺も、ミラも、もちろんユリオもキョトンとしていた。



そうして始まった少年、オーソンの母親探し。
名前がオーソンと手を繋ぎ、その横にミラが並んだ。
俺とユリオは後ろから着いて行くだけ。
うん、女性ってこういうときの行動すごいよね。
名前の荷物を両手にたくさん持ったユリオは、非常に不機嫌そうな顔をしながら、「何なんだよ……クソ」とぶつぶつと文句を言っていた。

「まあまあ、このままあの子を放っておくこともできないし、名前が張り切っちゃってるからねぇ」
「それだろ。何でアイツあんな張り切ってんだよ………はぁ」

ため息をつくユリオを何とか宥めながら歩いていると、不意に前を歩いていたオーソンが、俺たちを振り返ってくる。

「ライオンだ!!」

そして、キラキラした目で、ユリオのフードの中のTシャツを覗き込んできた。
猛獣好きとか、やっぱり男の子だなと俺は呑気に考えていたが、もちろん隣の妖精は違う。

「お前…………これの良さ、分かるのか?」

ワナワナと震えながら、感動したような瞳で、オーソンを見つめるユリオ。
「うん!とーってもかっこいいね!」とさっきまでの泣き顔とは違う、笑顔でそう言われたユリオは、どんどんと機嫌を良くしていく。

「だろ?!これ、すっげぇオシャレなんだぜ!お前分かるヤツじゃねーか!」
「オシャレー!」

ライオン好き同士、とても気があったような二人は、ワーイワーイといった様子で盛り上がっていた。
それを見ながら、俺はふっと笑う。
さっきまでかなり不機嫌そうにしていたユリオが、あんなに楽しそうにしているのが、何だか面白かった。

「ユーリ、オーソンくんといいお友達になれそうだよね」

そしてそれは、俺の隣に来た名前も同じ。
柔らかい笑顔で、慈愛に溢れたような瞳で二人を見つめていた。

「お姉ちゃん!行こー!」
「っおい!」
「わっ」

そして同じように元気になったオーソンが、ユリオと名前の手を引っ張っていく。
その時にユリオの手から落ちた荷物を俺は拾う。

「………なんか親子みたいね」

ミラがその姿を見ながら、そう呟く。

オーソンを真ん中に歩く三人の姿は、親子……というよりは子ども二人と、そのお母さんみたいな感じだったけど。

とても、微笑ましいものだった。







「………なかなか見つからないね」

その後しばらくショッピングモールを探索していたが、お母さんらしき人はなかなか見つからない。
オーソンも、みるみるうちに、また元気をなくしていく。
その目には溢れんばかりの涙が含まれていて。

「ママーーー!!」

と、遂には泣き出してしまったオーソン。
ユリオはギョッとしたような顔をしながら、隣で泣いているオーソンを前にして、ただただ固まっている。
見つからない母親。
泣き叫ぶオーソン。

周りの人たちが、「どうしたのかしら」と俺たちをキョロキョロと見てくる中。

「…………泣いちゃダメ」

優しい声が、ふいに響いた。

「オーソンくん、男の子でしょ?男の子は簡単に泣いたらダメ」

膝を折り曲げ、オーソンと目を合わせてその涙を拭う名前。
その姿は、まるで本当に母親のようだった。

「お母さんが見つかったとき、そんな顔をしていたら心配させちゃうよ?だからね、涙拭いて」

グズグズと鼻を真っ赤にするオーソンの頭をゆっくりと撫でながら、名前は続ける。

「それにね、日本にはね、『笑う門には福来たる』っていう言葉があるんだよ」
「……ワラウカド…?」
「そう。笑っていたら、いいことが起こるんだよって。悲しくても、希望を失わずに笑っていてって。だから、泣いているより、笑っていたほうが絶対いいよ」

「ね?」と、オーソンに微笑みかける名前。

例えるなら、聖母のような。
でも、どこにでもいるような一人の温かい母のような。
そんな名前の姿はもちろん、その姿を見ていたユリオの顔を、俺はきっと忘れないだろう。


――目をゆらゆらと揺らめかせながら、食い入るように名前の姿を見つめていたユリオ。


昔名前に教えてもらったことのある、『目は口ほどにものを言う』、とはきっとこのことだと思った。

まるでずっと探していた宝物を見つけたような、そんな顔をしていたユリオ。


―――きっとこの時、ユリオの中で彼女は特別な存在になったんだと、俺は思う。



その後再び母親を探し続け、無事に見つかったのは、それからすぐのことだった。
オーソンが「お姉ちゃん、お兄ちゃんありがとう!!」と言って去っていくのを、俺たちは安堵と少しの寂しさの中、二人を見送った。

「……お母さんかぁ………」

それを見送りながら、名前がポツリと呟く。
微笑ましそうな、でもどこか寂しそうな瞳。

(そういえば、名前は両親をどっちも亡くしているのか……)

無意識なのだろう。
下唇を軽く噛んでいる名前に、俺は何も言えなかった。

「なにシケた面してんだよ」
「っわ!」

するとユリオが、名前の後頭部を軽く叩く。
あーあー、ユリオ、今は殴るタイミングじゃ…。

そう言いかけた俺だったが、その後のユリオの言葉に、また少し笑った。

「帰るぞ、ほら」

それだけ言って歩いて行くユリオ。
その手はたくさんの荷物を持ったまま。
だけどその歩幅が遅いのは、きっと今に隣に来るであろう彼女を待っているから。

名前はそんな後ろ姿をポカンと見ながら、やがて嬉しそうな顔で追いかけていった―――。







まぁ、これが多分二人がお互いを初めて意識した日のこと。

それから二人はあれよあれよという間に恋人になって、まぁ今でも仲良くやっている。


え?俺に恋人はいないのかって?

………今はそれどころじゃないなぁ。


さぁ、思い出話はここまでだ。

もうそろそろ始まるショートプログラム。
愛を知っているユリオと、愛に気づいた勇利は、果たしてどんな戦いをするのかな。






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