鼓動なら重なっている



結論から言うと、ユーリは惜しくもまた銀メダルだった。


前回のカナダ大会と同様、優勝したのはカナダのジャン・ジャック・ルロワさん。
ショートプログラム同様、フリープログラムも、会場中を巻き込んだ、圧巻的なスケートをしたジャックさん。

ユーリはまた悔しい思いをしただろうが(表彰式の顔がすごかったから)、見事にグランプリファイナル出場を決めた。

優勝者のジャンさん、銀メダリストのユーリ、今回は惜しくも4位に終わった勝生さん。

そして、この大会には出ていなかったが、他の大会で好成績を納めていたタイのピチットさん。

グランプリファイナリストが、これでようやく出揃ったのだった。







表彰式も終わり、わたしはいつものように外でユーリを待っていた。
モスクワの空には、ホームリンクのあるサンクトを思い出すような星空が広がっていた。

それを見つめながら、わたしは近くのベンチに座る。

「おつかれさまでしたー!」
「………!」

しばらくすると、選手関係者たちの声があたりに響き、扉が開いて、中の明かりが暗闇の中に漏れていった。
わたしはすぐに立ち上がり、そして扉の近くに駆け出していく。

施設内の温かい空気が、わたしの冷え切った体を少し温めていく。
わたしは彼が出てこないか探しながら、辺りをうろうろする。


「……………っ!ユーリ!!」

そして遠くに見つけたプラチナブロンドにフードを被ったいつもの姿。

会場内から出入り口へと歩いてきている様子の彼は、手を振るわたしの姿を見ると、焦ったように駆け出してくる。

「っユーリ、おつかれ!グランプリファイナル出場おめで――――」
「やっぱりオメーまた外で待ってたんだな!!!」

わたしの腕を掴み、先ほどいたベンチ辺りまで引っ張っていくユーリ。
そう叫ばれ、わたしは苦笑する。

「もういいじゃん。これ、わたしの癖なんだと思うよ」
「そういう問題かよ……」

「寒ぃだろーが」と、はぁと息をつくユーリ。
水色のジャケットから覗く白い手を取り、わたしはその手をギュッと握った。

「じゃあ、ユーリが温めてよ」

そう言い少し照れながら笑うわたしを、ユーリは少し驚いた様子で見てくる。
しかし、すぐにニヤリと笑ったかと思うと、わたしをグイッと自分の方へ引き寄せてきた。

「―――仕方ねーな」

そう言いながらわたしを抱きしめるユーリの背中に、わたしもそっと腕を回す。

冷えていた体に、ユーリの体温はとても心地よかった。

「ユーリ。銀メダルだったね」
「………それ言うなよ。普通にこっち落ち込んでんだけど」

わたしの言葉に、肩に顎を乗せているユーリがブスッとしたのが分かった。
わたしは笑いながら、言葉を続ける。

「でも、カッコ良かったよ」
「………」
「すごいね、ユーリ、本当に頑張ったんだね」

あのフリーを見たら、彼がどれほど練習を頑張ってきたかなんて、すぐに分かる。
わたしが悩んでいたときも、ユーリは、こんなに進んでいたんだと感じた。

そう考えると、悩んでユーリから遠ざかっていた頃の自分が、今ではとても勿体無いと思ってしまう。

「ユーリ。グランプリファイナル出場おめでとう。後はファイナルで金メダル獲ればいいんだよ」
「お前………簡単に言うのな」

そう言ってわたしの肩を掴み、向かい合うように体を離すユーリ。
エメラルドグリーンの瞳も、プラチナブロンドの髪も、少し赤い鼻も、全てが誇らしく見える。

「獲れるよ。だってユーリだもん」

――――ユーリのファンに聞かれたら、きっとすごく怒られるだろうと思った。
不確定なことで、プレッシャーをかけないで、って。

だけど、わたしは。
ユーリは絶対金メダルが獲れると、誰よりも信じているから。

「……当たり前だろ」

そして、目の前の彼も、誰よりもそれを信じているから。

「約束したからな、お前にかけてやるって」

―――それが、ユーリ・プリセツキーだから。


「わたしを、バルセロナに連れて行ってくれますか?」


そう言うと、ユーリはもう一度わたしを抱きしめた。
そしてそのまま、ポツリと呟いていく。

「カナダ大会んとき、外出たとき、どんだけ言っても懲りずに外で待ってるアホがいなかったのが………何ていうか、何か、変だった」

そう言うユーリの頭を、わたしはゆるゆると撫でていく。
星の明かりだけが、わたしたちを照らしていく。

「………外にずっといられんのは勘弁だけど、お前がいないのは何か無理だ」
「………うん。わたしも、そうだよ」

ユーリを、画面越しで見ることは、もうしたくない。


「ずっと一緒にいようね」


いてくれる? じゃなくて、いよう。
昔ユーリに言った言葉を、わたしは改めて違う形として送った。

「………あぁ」

そしてユーリも満足そうに笑うと、そのまま溶けるようなキスを落としてきたのだった。







「あ、そーいえば名前、カツ丼見てねぇ?」

しばらく抱きしめ合っていたあと、不意にそう聞いてきたユーリ。
勝生さん? 見てないな。
そう思い、ふるふると首を横に振ると、ユーリは「アイツ……」と苛々したような顔をする。

「探してくればいいじゃん。何か用事でもあるの?」

わたしが聞くと、ユーリは、「文句言いに行くんだよ」と答える。

「何それ、あ、試合後あったっていうハグに対しての?」
「ちげーよ、いや、それもあるけど…つか何でお前がそれを知ってんだよ」
思い出したくないように、苦い顔をしてくるユーリに、わたしは「ミラに聞いたの」と答える。

ちょっと見たかったなぁ。その場面。
そう思いながらも、わたしは勝生さんの様子を思い返す。

「でも、確かにちょっと勝生さん様子変だったよね。心配だよね…」

ヴィクトルがいなかったせいか、いつもより精彩を欠いたようだった勝生さん。

だけど、わたしが試合後に見た勝生さんは、落胆というよりは、何か決意をしたような顔付きをしていた。

それは何なのだろうと思い悩むわたしとは違い、「グタグタだった豚なんか知るかよ」と、ケッとしたように言うユーリ。

「俺は、とりあえずカツ丼に文句言いたいだけだ。そんだけ言ってくるから、名前は先ホテル戻っておけよ」

そう言うユーリに「分かったよ」と返すと、ユーリがゴソゴソと持っていたカバンの中から紙袋を出す。

「ん。お前にもやるよ」

その紙袋の中に入っていたのは、こんがりと焼けたピロシキ。

その一つをわたしに手渡すと、「あ、カバン持っていておいてよ」と言い残し、ユーリは勝生さんを探しに行った。


彼の手には、ピロシキの入ってる紙袋だけが残っていて。

とりあえずそれを食べてみて、わたしは笑った。


「………勝生さん、きっと喜ぶだろうなぁ」


二人の大好きな味のピロシキ。


小さくなるユーリの後ろ姿を見つめながら、わたしの胸はあったかくなっていった。






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