降り注ぐ愛に祝福を
「え、今日うち来れるの?」
グランプリシリーズ、ロシア大会が終わってしばらく経った日。
ファイナルの前にゴールデンスピンという大会に出ていたユーリは、今まで以上に練習に明け暮れていた。
見事その大会も優勝し、後はファイナルだけ、というときの、彼からの電話だった。
『おー。今日の夜だけオフって言われた』
「夜だけ………相変わらず大変そうだね」
いくら若いと言っても、疲れきっているはずだ。
今日は疲れが取れるようなご飯を作らないとなぁ。
そう思いながら、わたしはメニューを考えていく。
「でも、大丈夫?疲れてるんでしょ?わたしがユーリの家行く?」
そう聞くと、『今、あそこが入れる状況なはずねーだろ』とユーリの低い声が聞こえる。
あぁ………そっか。最近わたしも、もちろんユーリも行ってないんだから、すごく汚くなっていそうだよね。
今度、掃除行かないといけないなとわたしが思っていると。
『それに、何か、待ってるより、待ってられるほうがいい』
ユーリのその言葉の意味を噛みしめる。
ボンッと一気に顔が熱くなっていく。
「ユーリ、何言ってんの?!」
わたしがそう慌てて言うと、『だってそうだし』と、至って落ち着いた声が聞こえてきて、わたしは思わず頭を抱えた。
ほんと、たまに、いきなり爆弾を飛ばしてくるんだから、ユーリは。
『………まぁとりあえず、待っとけよ』
だけど、電話越しのその声に、わたしの頬はみるみる緩んでいく。
「………うん、待ってるね」
それだけを言って、電話を切った。
ご飯を作りながらユーリを待っていると、部屋のインターフォンが鳴る。
「ユーリ!いらっしゃい」
「はぁーーーあったけぇー」
少し震えながら家に入ってくるユーリ。
どうやら今日はいつも以上に寒かったらしい。
体を擦っているユーリに、お風呂湧いてるよと言ったら、「マジお前神!」と即効で湯船に入っていった。
シャワーの音が微かに聞こえる中、わたしの料理をしている音が部屋の中に響く。
(………なんか、こうしてると夫婦みたいだな、なんて)
ふとそんなことを思っていたわたしは、慌てて頭を振る。
(何考えてんだろ、わたし!)
「っ!痛っ……」
そう思いながら一人でアタフタしていると、どうやら包丁で指を切ってしまったらしい。
鋭い痛みが人差し指の腹に広がり、見ると血が滲んできた。
思った以上に痛い。生理的に少し涙が滲んでくる。
「おいどーした?!」
すると、わたしの声を聞き、慌てた様子でお風呂から上がってきたユーリ。
上半身何も纏っていない彼は、わたしが指を抑えながら半泣きになっている姿に驚いた顔をする。
「お前、手ぇ怪我したのかよ?!」
「あ………包丁で、ちょっと…」
半泣きになりながら蛇口を捻り、傷口を洗い流す。
変なこと考えていて指を切った、なんて恥ずかしすぎる。
そう思っていたら、ユーリがわたしの腕をグイッと引っ張ってきた。
「座れ」
「え…?」
「いいから座ってろ!!」
わたしをソファに座らせそう言うと、ユーリはゴソゴソと棚から物を漁る。
何回も、数えきれないくらいわたしの家に来ているユーリにとって、どこにどのものがあるかなんて、容易くわかること。
消毒液と絆創膏を持ち、わたしの隣に座ってくる。
「手出せ」
「え、大丈夫だよ、自分で………」
「出せって!」
わたしを思いっきり睨みながら叫んでくるユーリ。
わたしは少し驚きながら、人差し指を差し出す。
不器用そうにわたしの人差し指だけを睨みつけながら、消毒をして絆創膏を貼っていくユーリ。
なんでそんなに睨んでいるんだろう。
そう思ったら、ユーリが「ちっせぇ………うぜぇ……」と呟いてきたので、どうやらわたしの手のサイズがいけなかったらしい。
「ユーリに手当てされたのって初めてかな」
不器用ながらに巻かれた絆創膏を見つめ、私はそう言う。
消毒液を片付けてきて、ちゃんと上の服も着たユーリが、わたしの隣にドサッと座り、「だろーな」と言ってきた。
「ありがとうね、ユーリ」
「………ん、もう泣くんじゃねーぞ。いきなり泣かれたら心臓止まりそうになる」
照れたようにそれだけを言うユーリ。
そういえば、あんなに焦ったようなユーリ初めてだったなぁ。
「…………何笑ってんだよ」
気がついたらわたしの頬は緩んでいたらしい。
「ううん、何か幸せだなぁって」
何か今日のわたしは少し可笑しいらしい。
久々に一緒にいれるからかな。
ユーリの優しい一面を見れたからかな。
今日は、やけにユーリが愛おしく見えてくる。
そのまま驚いているユーリの華奢な肩に頭を預けると、ユーリの体がわずかに揺れたのを感じた。
「………名前、何か今日、変」
ユーリがわたしの頭をゆるゆると撫でてくる。
わたしがそのままの体制で「嫌?」と聞くと、わたしの肩を抱き寄せてきて、
「嫌じゃねぇけど………何か俺も変になってくる」
そう言ってきたので、わたしはクスクスと笑った。
・
・
・
「ん」
その後無事に料理を終え、ご飯を食べ、テレビを見ながら二人でダラダラしていると、ユーリがいきなり「あ、そうだ」と言い、自分のかばんをゴソゴソとを漁り、わたしに一枚の紙を渡してきた。
「え……これ」
そこにあったのは、バルセロナ行きと書かれていた、航空チケット。
驚いてユーリを見ると、少しだけ照れたように顔を逸らされる。
いつもは、チームの一員としてヤコフコーチが買ってくれていたし、ユーリがわたしにこのようにチケットを渡してきたのは日本に行った時以来だ。(ちなみに料金は後で返した。)
「もうこの前みたいに金返してくんなよ。なんかかっこわりーし」
「え………」
そっぽを向きながらそう言うユーリに、わたしは戸惑いながらも胸がいっぱいになっていくのが分かった。
「なんで………いつもヤコフコーチが買ってくれてたのに」
「…んなの決まってんだろ」
それだけをなんとか言うと、ユーリが赤い顔のままこちらを向いてくる。
「ヤコフじゃなくて…俺が、連れてってやりたいから」
それだけ言い、わたしに顔を寄せキスをしてくるユーリに、わたしの瞳からは思わず涙がこぼれてしまう。
そのチケットを握ったまま、涙は止まらなくなる。
「あーやべ、クソ恥ずかしい」なんて頭を抱えるユーリを見ながら、わたしはグズグスの顔のまま笑う。
「ありがとう………っ、すごい嬉しい」
――『わたしを、バルセロナに連れて行ってくれますか?』――
この間言った言葉を、ユーリは色んな意味で叶えてくれたんだ。
「…この場面で泣くか普通」
わたしを胸に抱き寄せながら言うユーリ。
当てられた胸元には、コロンと金色のネックレスが輝いていた。
「泣くよ、だって、わたしね、ユーリのこと好き過ぎるんだもん」
わたしが涙を零したまま笑いながらそう言うと、またユーリがキスを落として来た。
「……んっ、ユーリ、」
いつもとは違う、もっともっと深いキス。溶けてしまいそうなほどに、それは熱かった。
反射的にユーリの服を強く掴む。
わたしの腰と頭に手を添えながら、ユーリはキスを何度も続けてきた。
「…………お前、ほんとズルい」
そう言ってわたしを強く抱きしめると、ユーリはもう一度わたしの耳元に唇を寄せてくる。
「俺もだよ、バーカ」
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