波ごとさらっていくのね
巡るように時は経っていき、いよいよグランプリファイナル開幕は、目前となっていた。
「着いたー!」
ミラが飛行機を降りて、両手を広げこう叫ぶ。
長い移動時間を経て、ようやく決戦の地、バルセロナにやって来たわたしたち。
ユーリとわたしは、ヤコフコーチを含めた他のチームメイトとは別々の席だったので、飛行機から降りたところでようやく初の挨拶を交わした。
「名前ー!バルセロナよ、バルセロナー!」
「ミラ!」
興奮したようにわたしの手を掴み、ブンブンと振るミラ。
かというわたしもバルセロナは初めてだ。
旅行しに来たわけではないのは百も承知だが、やっぱりテンションは上がってしまう。
「……ふ、馬鹿じゃねーの二人して。ガキじゃあるまいし」
ユーリがバカにしたような表情をして、トラ柄のキャリーケースを転がす。
黒いサングラスに、黒いマスクをしているユーリは、ただただヤンキーにしか見えない。
「何よ!あんたかって言うほど来たことないでしょーが」と文句を言うミラ。
そんなやり取りをしていると、ヤコフコーチが「さっさとホテル行くぞ!」と怒鳴ってきたので、わたしたちは大人しくヤコフコーチのあとに続いていった。
「………ねぇ、名前」
キャリーケースを転がしながら歩いていると、隣のミラがそっと耳打ちをしてくる。
「ん?なに?」
「名前のチケット、ユーリが買ったんでしょう?」
ニヤニヤとした顔でミラにそう言われ、思わずわたしの顔は赤くなってしまう。
「…そうだよ」と言うと、ミラは「やっぱり!」と笑った。
「この前ね、ユーリがリンクにすっごい不機嫌そうな顔してやって来てね。そんときアイツ、ずーっと、エコノミーしか取れなかった、金足りねぇって喚いてたから」
「………え、そなの?!」
驚いたように少し前を歩くユーリの後ろ姿を見つめる。
眠たそうな顔で欠伸をするユーリの横顔から、目が離せなくなってしまう。
「そうでもして、自分で連れて行きたかったんだろうねー。名前、愛されてるねぇ」
その言葉に真っ赤になりながらも、わたしの胸は嬉しさが募っていく。
(最近は、わたしばっかりユーリから幸せをもらっているなぁ。)
いつか、わたしからもお返ししたいな。
そう思いながら、ホテルまでの道を歩いた。
・
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「ユーリ、自分でチェックインくらいしろ!」
「ヤコフやれよ。俺は疲れてんだよ」
ホテルのロビーに着きそう言うユーリに、今にも怒りで爆発しそうなヤコフコーチをわたしは「わたしやりますから」と何とか宥める。
前にも言ったが、ユーリはあまり時差に強くない。
持ち前の若さでなんとかしてしまう時もあるが、本当に疲れているときはすぐに寝てしまうほど(今回は面倒だったからだと思うが)。
ユーリの分のホテルのチェックインを済まし、ユーリの後を追おうとすると、ちょうどユーリエンジェル………もとい、ユーリの熱狂的なファンの女の子たちが、撮影大会を始めていた。
「このブス!」
「ユーリ・プリセツキー、美しくない言葉はやめなさい」
思わずそう口にするユーリに、リリアさんがピシャリと言う。
ユーリはとてもとても嫌そうな顔をしながら撮影されていたので、わたしはそれを遠巻きに見ながら笑ってしまった。
「やだすごい人気ね」
そんなユーリの元に、カナダのジャンさんとその婚約者がやって来る。
「でもJJガールズの方がルール守ってるし可愛い子多くない?」
そう言い、ユーリをバカにしたように笑う二人に、彼の怒りはすぐに爆発してしまう。
「こっちのファン見下してブスとか言ってんじゃねぇぞブス!」
そう怒鳴るユーリに「えっなにこわーい」と女の人はジャンさんに擦り寄る。
「まあまあ。俺のフィアンセがこんなに美人だから嫉妬してんだよ」
そう言って笑うジャンさんに、ユーリと同様、それを遠くに聞いていたわたしも少しムカッとくる。
(確かにわたしは美人じゃないけど………!)
自分のことを言われてるわけではないけれど、どこか見下されたような言い方に思わず唇を噛みしめる。隣でミラが、「怒るな怒るな」と笑っていた。
「サングラスを頭にかける男は総じてクズだぞ。もっとマシな男探せよブス!!」
「こわーい」
「まあまあ、カッカすんなって」
どうやらイライラがピークに達したユーリ。ビシッとジャンさんを指差す。
そんなユーリを笑ってかわすジャンさん。
(相変わらず相性悪いな…この二人は。)
少し落ち着きを取り戻したわたしは、そう思いながら苦笑した。
「オタベック!どこ行くんだ?」
ユーリと対峙していたジャンさんが、外に出て行こうとする他の選手をみつけて声をかける。
「外にメシ」と答えたのは、カザフスタンのオタベックさん。
わたしも会うのは初めての選手だ。
一緒にどう?と言うジャンさんに断りを入れるオタベックさんを見ながら、随分とクールな人だな、と思った。
「………」
「………はぁ?何だテメーコラ」
そして彼がふとユーリを見た。
その視線に気が付いたユーリがガンを飛ばすように言っても、全く動じる気配はなかった。
「………え?」
そして彼から目線を外したかと思うと、不意にわたしと目が合う。
驚いたように固まるわたし。
確かにオタベックさんは、離れた場所にいるわたしの方を見ていた。
オタベックさんの視線の先に気が付いたユーリが、苛ついた様子で「………オイテメー」と言ったと同時に、オタベックさんは何事もなかったかのように外に出て行ってしまう。
ポカンとするユーリとわたし。
何でわたしの方を見ていたんだろう?
わたしはそう不思議に思った。
「………お前、アイツと知り合いなの?」
ユーリエンジェルもいなくなり、他の選手たちとも別れたわたしたちは、ホテルの部屋に入る。
「ううん」と答えるわたし。ユーリもそんなに知らない人なのに、わたしが知っているはずがない。
「………まぁ、いーけど」
そう言ってユーリはベッドにゴロント寝転がる。
ホテルに着いたばっかりなのに、いろんな人と会って、何だかわたしも疲れた。
「………わたしも寝よっかなぁ」
「おー、そうすれば」
そう言うと、モゾモゾとベッドの端に移動するユーリ。
これは、隣に入れという合図。
少し照れながら、ユーリの隣に体を潜りこませる。
「……お前、さっきちょっと怒ってただろ」
「……何が?」
わたしの反対側に顔をやっているユーリの、背中を見つめる。
「JJと俺が話していたとき」と言われ、ピンとくる。
ジャンさんが、ユーリは、自分のフィアンセが可愛いから嫉妬していると言ったとき。
気が付いていたんだ、わたしは少しだけ驚く。
「………恥ずかしいな」
「なんかうけた」
そう言うユーリの背中を、わたしはむっと睨んだ。
全くこの男は。
「………………お前いんのに、嫉妬するわけねぇじゃん」
だけどその後に言われた言葉に、わたしは思わず言葉を失ってしまう。
相変わらずこっちを見てくれないユーリ。
だから、彼がどのような表情をしているかは分からない。
言葉を噛みしめると、嬉しさがこみ上げてきた。
たったユーリのその一言だけで、あの時に感じた思いも全てがなくなってしまう。
我ながら単純だと思った。
それを誤魔化すように、目の前の華奢な背中にそっと体を寄せる。
「…っ!」
ビクッとするように震えるユーリの背中。
だけど、わたしは構わずユーリの背中に抱き着いた。
「………美人じゃないけどいい?」
目を閉じながらそう聞くわたしに、ユーリはたっぷりの間を置き、そして一言こう言う。
「………まぁ合格ラインだろ」
随分と失礼な言い方だったけれど、わたしは嫌な気分にはならなかった。
目を開けて見えた彼の耳が、赤くなっているのが分かったから。
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