きみにつかまって動けないんだ



ショートプログラム前日。
それぞれの選手が、競技開始までの時間を様々な形で過ごしていた。

「名前ちゃーん!久しぶりねぇ!」

会った瞬間に、そうわたしに抱き着いてくるのは、日本にいたときにお世話になったミナコさん。
ぎゅうっと突然の抱擁にわたしが驚いていると、そのミナコさんの後ろから真利さんもひょこっと顔を出す。

「久しぶりー、名前ちゃん」
「真利さん……ほんとお久しぶりです」

バルセロナに観戦をしに来た二人は、昨日Lわたしに『明日空いてる?』とLINEをしてきた。
さすがにショートプログラムの前日だ、ユーリも一人気楽に過ごしたいだろう、そう思って、練習の終わったユーリに「明日ミナコさんとかと会ってくるね」と言ったら、「あっそ」と何とも興味なさげな顔をされたので、遠慮なく二人と遊ぶことにした。

三人揃ってバルセロナは初めてなので、スマホのマップ機能と旅行雑誌を駆使しながら何とかバルセロナを探索していく。

「もう、名前ちゃんったら何も言わずにユリオと帰っちゃうんだから」
「ミナコさん…。ご、ごめんなさい…」
「いいのよいいのよー。その代わり今日ユリオのホテルの場所教えて……」
「バッカ!何言ってんのよ!」

真利さんが慌てたようにミナコさんの口元を押さえる。
あ………それが狙いだったんだ、なんてわたしは思わず苦笑してしまう。

「でも、会いたかったのは本当だよ。急にいなくなっちゃったからさー」

ミナコさんの口元を押さえながら振り返った真利さんがわたしに優しく笑いかけてくるので、思わずわたしも笑顔になる。
優しい日本のみんな。
久しぶりに会えた今日は、せっかくだから思う存分楽しもう。
そう思って、バルセロナの街を思いっきり堪能した。


そうして気がついたら、夜に差し掛かった頃。

「きゃあああ!」

真利さんが急に慌てだし、何かを見つけたように顔を合わせた二人は、そのまま近くのお店の窓にべったりとくっついた。
どうしたんだろう? そう思っていると、ミナコさんがわたしをすごい勢いで呼ぶ。

「どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもないわよ!あれ…!」

興奮したように彼女が指差したのは。

「ユリオが誰かとお茶してる……!!」

とても笑顔でお話をしている、ユーリだった。

「ホントだ……一緒にいる人、カザフスタンの…」
「え?! あ、ちょっと勇利!」

ユーリと一緒にいたのは、カザフスタンのオダベックさんだった。
この前ホテルのエントランスで会った二人は、お世辞にも仲が良さそうには見えなかったけれど。
いつあんな仲良くなったんだろう? と、わたしが少し驚きながらそのユーリの姿を見ていると(覗き見しているのは少し申し訳なかったけれど)、「二人とも、着いてたんだー」と、そこに偶然現れた勝生さんとヴィクトル。
そんな彼らに、興奮している二人はある頼みごとをした。


「喜びすぎだから」

冷静にツッコむ勝生さんの声も、今の二人には届いていない。
ジャンさんを除く、グランプリファイナリスト5名と、そして勝生さんのコーチであるヴィクトル。
そんなとてもとても豪華なメンバーが、集まっていた。
ミナコさんと真利さんは感動でさっきからずっと机に突っ伏して泣いている。
わたしもそんな二人の隣に座りながら、心の中は、とても感動していた。

「なんで合流しなきゃなんだよ」と勝生さんに野次を飛ばすユーリ。
不機嫌そうにわたしのほうも睨んできたので、咄嗟に視線をそらす。
チッと舌打ちの音が聞こえた……ような気がしたけど、今は無視をしておこう。

「それにしても試合前に集まるなんて変な感じだな」

様々な料理を囲みながら、勝生さんがそう言う。

「去年のファイナルなんてバンケットすら僕ずっと一人でヴィクトルとも全然話さなかったのに」

その言葉に、ヴィクトルは飲んでいたビールを吹き出す。
そして、驚いたように勝生さんに詰め寄る。

「覚えてないの?!」

それに続いてクリストフさんが「泥酔して踊っていたよ」と言うと、勝生さんは真っ青な顔をする。

「マジでアレは胸糞悪かった。ダンスバトルに巻き込まれて恥かかさせられるし」
「俺はポールダンス対決したよ。半裸で」

バンケットは、もちろんわたしは行けないところ。
だから、そのユーリやクリストフさんの言葉は驚きだった。
ユーリがダンスバトルってどんなんなのだろう。
ミナコさんや真利さんが引いたような顔をする中、わたしはそればっかり気になっていた。

「その時の動画残ってるよ」
「!見せてください…!」

ヴィクトルの言葉に、わたしは勝生さんよりも早く反応していた。
周りが驚いている中、「いいよー」というヴィクトルのスマホを覗き込む。

「ユリオのダンス?」

耳元で小さく囁いてきたヴィクトルに、思わず顔は赤くなってしまう。
「おすすめはねー」と探してくれるヴィクトルを待ってると、洋服の襟元をグイッと引っ張られる。

「うわっ!」
「テメーは見なくていいんだよ」

ものすごい勢いでわたしをヴィクトルから引き剥がそうとするユーリ。
どれだけ見られるのが嫌なのか、すごい顔をしていた。

「いいじゃん!ユーリのダンス、見たい」
「却下!」

どうしても見せてくれないユーリに、わたしはブスッとする。
ヴィクトルが、苦笑いをしながら口パクで「後で送るよ」と伝えてくれた。感謝します。

わたしたちの反対側では、クリストフさんがみんなに当時の画像を見せていたらしい。
ピチットさんが、「勇利汚らわしい」と言い、ミナコさんと真利さんはマジマジとスマホを見ている。一体どんな画像があるんだろう。

「待って待って!違うんだ……」

そして、それを勝生さんは慌てて止める。
その広げた手の平から、キラリとなにかが煌めいた。
あれって、もしかして指輪?
ふとヴィクトルを見ると、勝生さんのことを肩肘を立てて見ている彼の指にも、同じものが光っていた。

「あれ………」
「二人のその指輪、どうしたの?」

わたしが言うより先に、クリストフさんが二人に聞いた。
みんなの目線が、二人に集まる。
「これはその………」と吃る勝生さんと、「お揃いだよー」と笑顔で言うヴィクトル。

みんなが驚いたように目を見開いた。

「結婚おめでとうー!!」

すると、ピチットさんが、キラキラと目を輝かせながら手を叩く。
「みなさーん、僕の親友が結婚しましたー!」と辺りに叫ぶピチットさん。
周りがわぁっと祝福の声をあげる。
ユーリは信じられないような顔をしながら、わなわなと震えている。
わたしは、目をぱちくりとさせるだけ。

「違っ!これは今までのお礼とか…!そう、色々と!」

慌てふためく勝生さん。
周りは相変わらず勝生さんの言葉を聞いていないようだったが、次のヴィクトルの言葉を聞いて、雰囲気が一瞬で変わる。

「そ、違うよ。これはエンゲージリングだから。金メダルで結婚だよ」

凍りつくスケーターたち。
「金…メダル?」と、とても怖い顔をみんながしていた。ユーリなんて舌打ちしている。
金メダルは、やっぱり禁句なんだな。
わたしはそう思って苦笑した。

顔を真っ青にした勝生さんだったが、その後フィアンセとやって来たジャンさんのおかげ(?)で、みんなは呆気無く解散となった。


「帰んぞ」
「わっ」

ジャンさんの叫びを背中に、わたしの手を掴んでくるユーリ。
そのユーリを見上げると、当の本人は、わたしの手を引きながらオダベックさんと話していた。

とっても楽しそうな、満ち足りたようなその笑顔。
初めて見るその横顔に、わたしは思わず釘付けになってしまう。

(そういえば、ユーリ、今まで友達いなかったもんなぁ………)

友達の前では、こんな顔をするんだ。

また新しいユーリの発見に、わたしの口角は自然とあがっていた。






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