あの約束を果たそうか



――それはまるで、御伽噺の世界の中に飛び込んだかのような、綺麗な時間だった。


『第――回、グランプリファイナル、優勝、』


人は、人が極限状態まで自分を追い込み、遥か頂上を目指すその姿を見て、深い感動を覚える。
遥か彼方の頂き、そこに上り詰めることの出来るものは、本当にひと握り。
何も特別なものはいらない。
必要なのは、覚悟の上での自分自身へのチャレンジ心。
シンプルなこれこそ、なくてはいけないものだった。


――そしてここには、それらがあった。


一人一人が、それぞれの覚悟を、願いを、全てをぶつけて。栄光を掴むもの、散りゆくもの、それぞれのかけがえのないノンフィクションのドラマと共に。


人々は彼らの勇姿を、永遠に語り継いでいくのだろう。


『ロシア、ユーリ・プリセツキー!』



――彼らが手にした、メダルと共に。







「あ、名前。今日は外に出ずにワタシとずっと一緒にいろだってー」

ミラがわたしにそう声をかけてきたのは、グランプリファイナルの表彰式が終わり、わたしが帰り支度をし始めた時。
自分のスケート靴などが入ってあるであろう大きなエナメルを肩に背負いながら、ミラは思い返したようにそう言った。

「え、いいのかな?」

不思議に思いながらわたしは目をぱちくりさせる。
わたしの存在は外野に知られている訳でもない。何人かのスケーターやそのコーチなど、少しの関係者と交流があるだけなので基本的に部外者と同じ。
そんなわたしがこれからミラ達が行くであろうバックヤードに立ち入ることに、ほんの少しの緊張を感じてしまう。

「何言ってんのー、だって名前は正式にはユーリのお世話係なのよ? 逆にいないと可笑しいでしょう?」

ケラケラと笑うミラはわたしの肩をポンと叩く。

「それにあの金メダリストが直々にそう言うんですもの。『あの豚に勝って俺は金メダルを獲った訳だから、記者会見とかとあんだろ、どうせ夜遅くなるのは分かってんだよ。ほっといたらあのバカずーーーーーっと外で待ってんだよ。風邪ひかせる訳にはいかねぇんだよ』って。もっと堂々としてなよ」

「その為の関係者パスももらったのよ?」と、私の分のパスポートをヒラヒラと振り、優しく目を細めるミラ。
今日までのわたしたちを全て近くで見てきた彼女だからこそ、その言葉はわたしの胸に深く染みた。

「うん………そうするね」

先ほどまで表彰式の1番上、真ん中で輝いていた1人の男の子を思い浮かべる。

今までで1番、凛としていた。
その立ち姿は、正しく妖精そのもの。
だけどその表情は、わたしが今まで見てきたそれのどれよりも少年らしく、そしてキラキラと輝いていた。

「ユーリと会ったら、まずはなんて言ってあげるの?」

ミラが優しい表情のまま、そうわたしに問いかける。

―――言葉かぁ。
今のユーリに、かけてあげられる言葉って何なんだろう。

「うーん……、何だろう、正直思いつかないんだよね……」

おめでとう。
頑張ったね。
すごかったね。
かっこよかったよ。
やっぱり大好きだよ。

どれも伝えたい。伝えたくて堪らない。

でも、わたしは、今のユーリに何を伝えるべきか、全く考えることができなかった。まだ現実じゃないみたいだ。ユーリが、金メダルを取った。実感がなかなか湧かないからかもしれない。

「え、何それ。しっかりしなさいよ!」

軽く笑うミラに、わたしも苦笑する。
本当に思いつかないんだもん。仕方ないよね。

「ユーリ、名前からのおめでとうって言葉、待ってるよきっと」

「………うん、わたしも早くユーリに会いたい」

優しい、この世のものとは思えないほどに、幸せな時間。

噛み締めるように、わたしは先ほどまで熱い戦いを繰り広げていたバルセロナの会場をもう一度見つめた。







「あ、名前〜。こっち来て、オシャクして〜」

少し時間が経った後に、目立たないようにバンケット会場に入る。メディアも撤退し、ようやく肩の力が抜けたのかそこにはいつもより和気あいあいとしている選手たちがいた。

「ヴィ、ヴィクトル……。飲み過ぎだよ」
「え〜。そういう勇利は何で飲んでないの〜? もう本性バレてんだからね、ほらほら飲んで飲んで!」
「はは……。どっちも程々にしてくださいね」

結局勝生さんは引退を撤回し、ヴィクトルは勝生さんのコーチをしつつ、現役復帰もすることになった。二足のわらじは想像以上に大変そうに見えるけれど、きっとこの二人なら乗り越えていくんだろうなぁ。そんな風に思えた。

ベロベロに出来上がってしまっているヴィクトルをオロオロしながらも介抱する勝生さん。
そういえばヴィクトルが勝生さんに初めて興味を持ったのもGPFのバンケットらしい。
ベロベロに酔っぱらった勝生さんを見て、その存在に惹きつけられたって彼は言っていた。運命って面白い。

彼らと別れ、肩身の狭い思いをしながらバンケット内をウロウロする。

ほとんどの人が酔っぱらっていて、中々プラチナブランドを見つけるのが大変だ。
ミラも………さっきもう一度会ったときにはすっかり出来上がっていた。
わたしと同い年だけど、ロシアだったらお酒は大丈夫なのかな。酔っぱらったミラは少したちが悪いことを知ってるから、早めに離れてきたのだった。


「もう……全然見つからない。人多すぎだよ…」
「何やってんだよ」
「!」

その後もたくさんの酔っぱらったスケーターに声をかけられながら、ユーリを探そうとしたが、中々見つからずバンケットの会場内の端に移動する。ため息を吐くと、すぐに後ろから声をかけられた。

ビックリして振り返る。「お前、んな勢いで振り向かれたらこっちが驚くじゃねーか!」ユーリが目を見開いて怒ってきた。

「あ、ようやく見つけた! 探してたの」
「あっちで写真せがまれてたんだよ。ようやくメディアが終わったのに……」

黒色のスーツを着こなしたユーリは、少し疲れたような顔でハァと息をついた。そんな彼に「お疲れさま」と言うとエメラルドグリーンが鋭くわたしを見つめてくる。

「お前酒飲んでねーだろうな」
「飲んでないよ。ユーリ探すのに必死だったし、そもそも未成年者だもん」
「誰にも絡まれてない?」
「……うーん。これだけみんなお酒入ってるとね…」
「…………抜ける」
「え、ちょっと?!」

わたしの肯定とも否定とも捉えられない曖昧な返事を聞くと、一気に不機嫌そうになったユーリ。
そのままグイグイと引っ張ってくる彼に、驚きながらも何だか懐かしさが込み上げてくる。

バンケットの出入口の扉を開けて、彼がわたしを連れ出す。

ドレスコードをしたわたしたち。何だかお城を抜け出したお姫さまになったみたいで、思わず笑ってしまった。

「なに笑ってんだよ」ユーリがジトーとした目でわたしを見てくる。せっかく綺麗な顔してるのに、いつも仏頂面なんだから。

「主役が抜け出しちゃっていいの?」
「いいんだよ、どうせ俺飲まねーし」
「飲まねーじゃなくて飲めねーでしょ……」
「写真疲れたし。何かどっかのアホな師弟コンビがダル絡みしてくるし。それにお前来たしもういい」
「外で待っていないようにってパスくれたのはユーリなのに、結局外出ちゃってるし」
「それは俺がいるから問題ないっつーの」
「ワガママなんだから」
「いーんだよ。だって今日の主役は俺だろ?」

そう言ってエメラルドグリーンがすっと細められる。

何気ないやり取りをする、こんな二人の時間が大好きだ。
不適に笑うその顔が、体が、全てが大好きだ。


「それに、名前との約束、まだ叶えてねーしな」


わたしの約束を守ってくれる、ユーリが、大好きだ。






戻る


top
ALICE+