いつか溶けてしまうほどの愛で包んで



「あーーー!やっと帰れたー!」

エキシビションも終わり、長い時間をかけてバルセロナから帰ってきたわたしたち(もちろんチケットはユーリがくれたもの!)。
クタクタになりながら、ようやくユーリの家に帰ってきたのは、ロシア時間でも大分夜が深まる頃。
家主のユーリも明後日からはまた取材や練習といった予定はあるが、とりあえず明日までずっとオフ。
久しぶりに家に帰れて上機嫌にベッドにダイブしたユーリとは違い、わたしは顔を思わず顰めた。

(うううう……予想はしていたけど……)

久しぶりにユーリの家に来たから、その散在具合にぎょっとした。この人、本当に一回も帰ってなかったんだろうなぁ。
大して気に求めてなさそうなその姿にため息を吐きそうになる。がんばったもん、疲れたのは分かる。休ませてあげたいのはもちろん。でも、こんな所で休めるもんも休めない!

「ユーリ!明日掃除一緒にするんだよ!ここじゃ休めないでしょ!」
「あーーうっせぇうっせぇ!俺は疲れてんだよ!」

心を鬼にしてユーリに言った言葉は、予想通りかき消されてしまう。もう、人事のように!

「とりあえず俺は寝るかんな!お前が何言っても意地でも寝てやる」
「もう全然聞いてないんだから………」
「はいはいはい、明日は明日、今日は今日。はい、お前もさっさと寝ろ!」
「都合いいこと言って!」

完全にベッドから起き上がりそうにもないユーリにため息をつく。せめて明日の掃除のために、ユーリと掃除道具の確認をしようと思ったのに。一人でやりますよ………。そう思い立ち上がろうとしたら、その腕をガシッと掴まれる。

「俺が言ってんだから黙って寝ろ」

ギロリと何故か睨んできたユーリだったが、その瞳は何故か少し揺れ、頬が何だか赤く見える。
少し開かれた布団のスペースをみて、わたしは思わず笑ってしまった。

「……一緒に寝たいならそう言ってよ!」
「はっ、なっ、別に寝てほしくねーよ、お前太いし寝相わりーし何か熱いし、でも、まあ俺が優しいからそれはチャラにしてるだけであって、」
「泣くよ。もういいもん」
「あーーーー今のは違くてだなぁ……」

ガシガシ頭を掻くユーリ。確認は明日すればいいよね。ふふふ、仕方ないんだから。
わたしは勢いよくユーリの隣に潜り込んだ。「……?!」ユーリの顔が一気に赤くなって面白い。

「いいよ、寝よ」
「………お前もいつかボルシチにしてやるよ」

こんな毎日が、何より幸せなんだから。



「………色々あったね」

ベッドの中で向かい合いながら、わたしはポツリとそう呟いた。
コクリ、としばらくしてからプラチナブランドの頭が頷く。寝ていると思ったが、目を閉じているだけのようだ。

「……ユーリが日本にいきなり行くことから今シーズンが始まって」
「……ヴィクトルを連れ戻そうと必死だったんだよ」
「でもそこで勝生さんと出会った」

ユーリがゆっくりと目を開けた。わたしは暗闇の中、彼の瞳の輝きを頼りにポツリポツリと言葉を紡ぐ。


日本に二人で行った日。勝生さんと、初めて出会った日。思えばそこから始まったのかもしれないね。ショートプログラムの振り付けを、ヴィクトルにしてもらって。初めはユーリは愛というものに酷く悩んでいた。だけど滝の修行で自分なりの答えを見つけて。「そーいやあん時お前泣いてたな」………余計なこと思い出させたな、ユーリめ。わたしから金メダルの贈り物をしたのも日本だった。ユーリは得意げに、仕方なさそうに笑って言ったの。次は俺がかけてやるって。あの時、すっごい嬉しかったんだよ。「………俺も」あ、ユーリ、照れてるね。ごめん、睨まないでほしいです。そのあと温泉 on ICEがあって、ユーリは新しい目標ができた。「あん時は…………」うん、わたしが少しずつ、ユーリと距離をとり始めたのもそこらへんだった。ロシアに帰って、ユーリがコーチの所に泊まるようになって、シーズンが始まって、どんどんユーリはすごい存在になっていって。わたしがどんだけユーリのことが好きでも、もう絶対届かないんじゃないかって。勝手に怖がっていたんだ。「………あん時のお前は、ホントにアホだったよ」……うん、ユーリが、教えてくれたんだよね。どんなにわたしが距離をとっても、ユーリはそれさえ乗り越えてくれるって。それを聞いて、わたしも、乗り越えたいって思ったの。あの時ユーリが家に来てくれて、本当に嬉しかったよ。「………俺も、必死だったから」それから次の試合があって、ユーリと一緒にいて、ユーリはあっという間にバルセロナに連れてってくれるっていう約束を叶えてくれた。泣いちゃうくらい嬉しかったんだよ。バルセロナに着いてからいつの間にかオタベックさんと友達になったユーリ、かわいかったなぁ。「うっせーよ」……えへへ、本当だもん。それでユーリはバルセロナですごい演技を見せてくれて、それで。

約束通り、金メダルを獲ったんだよね。


「金メダルも、かけてくれたよね」
「………約束だったから」
「えへへ、そうだった。…本当に色々あったね」
「……ん」
「………なんか、こうやってベッドに入って昔の話をしてると、まるで人生最期のときを迎えるみたいだね」

そう言ってわたしはクスリと笑う。
目の前のユーリは、少しだけ瞠目したあと、ゆっくりとその双眸を閉じる。
伏せられた瞳の中で、何を考えているのだろう。


ロシアの冬は言葉にならないほど寒い。
凍てつくような夜の中、ベッドの温もりはわたしたちを微睡みに誘う。

―――まるで、時が止まったような感覚だった。


「………この時間が永遠に続いたらいいのになぁ」


わたしもそう言って、目の前の彼と同じようにゆっくりと瞳を閉じた。


このまま、彼の温もりを感じながら、溶けてしまえたら。
こんなに、泣けてしまうほどの、溶けてしまうような愛で包まれたのなら。


それはどんなに素敵な御伽噺のエンドロールなのだろう。


「…………俺もだよ」

静かに、ユーリの声が鼓膜に響く。
微睡みの中で、まるでぬるま湯に浸かるような気分の中、彼の少し低い声が優しく響く。

横になってるわたしの頭に覆い被さるかのように、彼の腕が回る。

ゆっくりとわたしの後頭部を撫でながら、自分の胸にわたしの頭を押し付けるように抱き寄せてくる。

「でも、違うだろ」

広がる温もりに、溺れてしまいそうになる。
そんな中、静かにユーリの声が響く。



「これからが、始まりだろ」



その言葉に、わたしは瞳をゆっくりと開ける。

エメラルドグリーンの輝きが、真っ直ぐに、わたしを捕らえていた。


"始まり"


ゆっくりとその言葉を噛み締めながら、わたしの頬は緩まってしまう。
幸せな、まるで溶けてしまうような、そんな顔をしているに違いない。

「……そうだね、始まり、だね」


わたしたちの物語は、始まったばかりだ。

これから何があるのか、どんな試練があるのか、それは分からない。
今、この夜のまま、このまま終わったのなら、この物語は世界で1番素敵な結末としてわたしたちの間で語り継がれるのだろう。

でも、違う。
わたしたちには、まだ、"未来"が待ってる。

果てしなく、不確かなそれに、きっと押しつぶされてしまう時が来るのかもしれない。
いつか胸が軋むほどの、辛く、悲しい思いをするのかもしれない。

だけど、この夜があるなら。
こんなに素敵な夜が、その後に待っているのなら。

―――こんなに、溶けてしまうほどの愛で包まれるのなら。

わたしたちは、きっと、どんな未来も乗り越えていける。



「ねぇユーリ。一つだけお願いがあるの」



プラチナブランドの髪の毛を、サラリと撫でる。
「ん?」とわたしに言うユーリの表情は、今までできっと、1番優しいものだった。


「わたし、ずっとユーリといたい。でも、わたしはユーリと違ってちっぽけな存在だから。埋もれて消えちゃいそうになっても、わたしを……見つけてほしい」
「……名前、」
「ユーリ、ずっとわたしと一緒に、」


「いてくれる?」
そう言おうとした、後の言葉は続かなかった。


「……っ、ユーリっ、」


彼の熱い唇に、言葉ごと飲み込まれてしまったから。
全てを包み込むかのような、優しい優しいそれに、わたしの瞳からは堪えきれない涙がこみ上げてくる。
キラキラと、月夜に照らされ光る涙。
それもきっと、今この瞬間から始まるわたしたちの新しい物語を彩ってくれるのだから。


わたしの目尻に優しく指を這わせながら、ユーリはコツンとおでこを合わせてくる。



寒空の下、星が瞬いていた。
そんな夜に、わたしたちは、未来へと1歩を踏み出した。



「…………んなの当たり前なんだよ、バーカ」



ベッドサイドの2つの金メダルに見守られながら。





Fin.






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