きみがいるならどこへでも



「ええ?!日本に行く?!」
「おいっ、デケェ声出すなよクソが!!」

練習後、いつものようにわたしの部屋に来たユーリ。
わたし以上に大きな声で叫んだユーリは、黒色の自分のスマホをずいっと見せてくる。

「え、ヴィクトルじゃん………お城、…Hasetsu?…分かんないなぁ」

そこに写ってたのは、某SNSサイトに挙げられた、お城を背景に満面の笑顔のヴィクトル。
暫く見かけないなぁと思っていたら、まさか日本にいたとは。
コーチになったというのは風の噂で聞いたけれど、彼が誰かに教えているだなんて、なんだか信じられなかった。

「もしかして、ヴィクトルに会いに行くの?」
「おう。会って、ロシアに連れ戻す」

わたしの手からスマホを抜き去ると、ギュッとそれを握りしめる。
不機嫌なユーリはどんどんと握力を強めていき、ギシギシとなんだか嫌な音がする。
あんまり強く握ったら、スマホ壊れちゃうよ。

「ユーリ…スマホ、」
「クソ、ヴィクトルめ……。俺との約束、忘れちまったのかよ」

わたしの言葉なんて聞いていないように、メラメラと燃えるように顔の影を濃くしていくユーリ。
どうやら彼は、ヴィクトルと何か約束をしたらしい。

「どんな約束をしていたの?」

そう聞くとユーリは我に返り、ふぅっと息をつき、わたしのベットにごろんと転がる。
抱き枕に顔を埋めるようにしているその仕草が、なんだか可愛い。

「……1年目の世界ジュニアのとき、俺がシニア上がったらプログラムを作ってもらうって約束したんだよ」

むぅっと膨れるようにユーリは言う。
要するに、彼は、忘れられたままの約束を叶えてもらおうとしているのだ。

「でもさ…休養しているヴィクトルならまだしも、ユーリまで日本行ったら、ヤコフコーチ怒るんじゃない?」

「だから内緒で行くんだろ。誰にも言うなよ。言ったらぶっ殺すからな!」

わたしにビシッと指を立てて叫ぶユーリ。
どうやらいつの間にか彼の中で、わたしは勝手に共犯にされていたらしい。
あぁ、コーチに知られたら何言われるのかな。

「そっか……。しばらくユーリ、来なくなるんだね」

ちょっと寂しくなるけど、仕方ないな。
ユーリは一度言ったらなかなか曲げないもんね。
わたしがそう言うと、ユーリは頭にハテナを浮かべる。

「何言ってんだ。お前も行くんだろ?」
「……え、わたしも?!」
「当たり前だろーが!日本だぞ!!俺、日本語分かんねーし」

アホ言ってんじゃねーよ、と毒づくユーリに、わたしは頭が追いつかない。

「待って、わたし、ヤコフコーチに怒られたく……」
「つーか俺が行くんだから当然お前も行くだろ!何当たり前のこと言わせてんだよ」
「え、それって横暴……」
「ほらっ!」

目の前に突きつけられた飛行機のチケット。

「まだお前パスポート切れてねぇだろ?明日の朝だから!遅れたら許さねぇからな!!」
「あ、明日……」

ダメだ。もうこれは、ヤコフコーチに怒られるどころじゃない。破門されるかもしれない。
変なところで妙な行動力を発揮するユーリ。
わたしは諦めたように溜息をついた。

……でも、本当は。
通訳としてだろうが、ガイド役としてだろうが、一緒に連れて行ってくれることに、少しだけ嬉しさがあふれる。

「……なんだよ、そんなに日本行けて嬉しいのかよ」

気がついたらわたしの頬は、どうやら緩んでいたらしい。

ううん、とそう言いながらも笑うわたしをユーリはキョトンと見て、次にわたしをベットの上からちょいちょいと呼んでくる。
どうしたの?と近づいたわたしに顔をぐいっと近づけ、頬に口づけをしてくるユーリ。

…どうやらどんな理由であれ、ユーリも始めての日本に少し浮かれているのだろう。
こういう時こそダメだ、わたしが浮かれたら。
ユーリを連れていく身として、彼を何とか安全に日本に連れて行き、そして安全にロシアに帰らせなければ。

「明日朝早いなら、もう寝たほうがいいよね」
「…ん」

そう思いながらも、わたしは緩む頬を抑え切ることができなかった。







「うわ、キモッ」

日本に着き、色んなところを興味津々に写真に収めていくユーリの、半歩後ろに着いていく。
ユーリには、旅の疲れというものがないのだろうか。
若いな…なんて思いながら、随分と重く感じる身体に、わたしは少し溜息をついた。

「……ユーリ、ダメだよ」

いつもの癖でSNSに投稿しようとするユーリを止めると、彼もハッとしたように抑えた。
SNSに載せたら、瞬く間にヤコフコーチにバレてしまう。
…まぁ、正直すぐにでもバレるだろうとは思うけど。
それは口に出さず、人の少ない商店街を、二人で歩いていく。


『なぜお前も日本に行ってる!!』

そしてその時は、思っているよりもすぐに訪れた。

途中で彼曰く『クソやばいおしゃれな服』を見つけたユーリ。とても機嫌のよくなった彼は、わたしの必死の制止も聞かずにSNSにアップしてしまい、ヤコフコーチからひどいお叱りの電話を頂いた。

「あ、バレた」なんて呑気に言っているユーリに、わたしは頭を抱える。

『名前!お前も一緒なのか!!なぜユーリを止めなかった!!!』

あぁ、もうヤコフコーチが激おこだよ。
ロシアが帰ったら怖いな……そう思いながら、「絶対ロシアに帰んねぇから!」と啖呵を切るユーリの後ろでがくりと肩を落とした。

「…たく、うるせぇジジィだ。俺かって自分でいろいろ考えてるっつーの」

ブツブツと文句を言いながらスマホをしまうユーリを見て、苦笑するわたし。


………とりあえず、なるべく早く帰るためにも、早くヴィクトルを見つけないとダメだね。






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