エックスデイに邂逅



それからわたしとユーリは、ブラブラと街を歩いていた。

長谷津という街は、日本に住んでいたとはいえ、全く知らない街。
ヴィクトルがどこにいるなんか検討もつかないわたしに、ユーリが「日本なんだからしっかりしろよな!」と怒鳴る。

…そうは言われても、ユーリだって下調べするの忘れていたよね。それはちょっと文句をつけても可笑しくないよね?
確かに嬉しくって舞い上がって、同じように下調べを忘れていたわたしもわたしだけど。

「ユーリ、闇雲に探しても見つからないよ。ある程度絞っていこ………」

虎柄のトランクケースを転がしながら、ユーリはひたすらに街を練り歩いていく。
少し前を歩く彼に声をかけると、どうやら考え事をしているらしく、わたしの声に反応は帰ってこなかった。

「ユーリ…?」

何かを思い出すような、懐かしいような、それでいてどこか切なそうなその表情に、わたしは首を傾げる。
どうしたのだろう。なんだか、少しだけ、不安になってしまう。

ユーリは基本感情が分かりやすい。
わたしたち日本人のように、自分の感情を隠したりすることが少ないロシア人の中でも、ユーリは素直に自分の感情を表してくる。

嫌なときは嫌、やりたくない時はやりたくない、いつもそう言って練習を逃げ出すユーリに、ヤコフコーチが頭を抱えていたのを覚えている。

なにより、喜怒哀楽がハッキリしているのだ。とは言ってもわたしが見かけるのは大抵怒り。ユーリは怒りの沸点が驚くほど低い。誰に対しても。

だから、本当にたまに訪れる彼の何かを考え込むときは、全く彼のことが見えなくなってしまう。
今、何を考えているのかな。
それが分かるような人に、いつかなりたいな。
わたしはいつも、そう思っていた。

「…ユーリ!」
「っ!どこだここ…?」

あまりにもユーリが気を抜けたように歩いていたので、わたしが服を引っ張ると、はっとしたように周りをキョロキョロと見回すユーリ。
橋のど真ん中、「ヴィクトーーール!」と欄干に乗り出すように叫び始めたユーリを「やめなさい!」と後ろから引っ張り、何とか沈めようとする。

すると、そんなわたしたちを見かけた釣りをしていたオジサンが、人の良さそうな笑顔で話しかけてきた。

「君たちヴィクトルのファン?あのお城の下にスケートリンクがあるから行ってみな」

そう言って指さされたほうを覗くと、なるほど確かにお城が見えた。
あ、あのお城、ヴィクトルのインスタに載っていたやつだ。

「あそこにヴィクトルが……。おい行くぞ名前!」
「うわ、待って待って!あの、本当にありがとうございました…!!」

目的地がわかった瞬間、わたしの腕をぐいぐいと引っ張るユーリに引きずられながらも、わたしはオジサンにお礼を言う。

「いつまでもお幸せになー」と笑ってくれたオジサンに、あぁ日本に来たなぁと実感が湧いた。







「うわ、すごい人だね…」

そこにあったスケートリンクには、たくさんの女性のファンが押しかけていて、中がなかなか覗けない。
「ちっせ」と嘲笑うユーリにむっとする。ユーリかって160少ししかなないくせに。まあわたしは、そんなユーリよりもっと小さいんだけど。

「いや、でもこれは行けないよ。これ掻き分けて行くのは……」
「先行くからな」
「え、ユーリ!」

物怖じしないこのロシア人は、あっという間に人混みの中へ消えた。
こういう時の行動力は、あっぱれと賞賛してしまう。
わたしはというと、未だに少し遠くからしか眺められていなかった。
わたしも連れて行ってくれればよかったのに。そう思って少し唇をとがらせる。

「あれ?あの人…」

すると一人の男の人が、ゼイゼイと息をしながら、走って施設の中に入っていこうとするのが見えた。
確か、前のグランプリファイナルに出ていた人だ。名前は、勝生勇利さん。
同じ日本人だし、密かに応援していた。……名前も、ユーリと同じだし。
そっか。ヴィクトルは、勝生さんのコーチになっているんだった。
ランニングしていたのかな。そう思いながらその背中を視線で追いかける。
そこまで考えたとき、わたしはハッと気づく。

(ユーリ…ヴィクトルを連れ戻すって言ってたから、勝生さんに突っかかっていくんじゃないかな?どうしよう、いきなり手だしたりしていたら…!)

わたしが顔を真っ青にすると同時に聞こえる、大きな音。
まずい、これは。
「ちょ、ごめんなさい!通してください…!」
わたしは何とか人混みを掻き分けて、扉の前まで駆けていく。

「ちょっと何やってるのユーリ!」

そこには予想していた通り、勝生さんの頭を踏みつけるユーリの姿があった。
「全部お前のせいだ。謝れ」とガンを飛ばすユーリ。
わたしが叫ぶと、少しだけユーリがこちらを振り向いてくる。
その間に、何とか弱まった足から抜けだした勝生さんに、わたしは謝罪の気持ちでいっぱいになった。



「俺の方が先に振り付けしてもらう約束だった。お前は?」

その後、ファンがいなくなった後の施設内で、ユーリと勝生さんは向き合う。
わたしは邪魔にならないように、少し離れたベンチに座り、ココアを買って飲んでいた。

壁に持たれかけ、不貞腐れたように話すユーリは、もう本当にガラが悪い少年そのもの。

「えっ、振付までしてもらうなんて、考えていなかった…」
「はぁ?一年休養させてまで何やるんだよ!日本のコーチで十分だろ」

予期せぬ言葉に、勝生さんに大きく詰め寄るユーリ。

「グランプリファイナルの便所で泣くようなやつが、ヴィクトルをコーチにしただけで変わるわけねーだろ」

その言葉を言うユーリの顔は、相手を心底バカにしたようなそれのそのものだった。

「ユーリ……!」

止めようと立ち上がるが、勝生さんの表情を見て、わたしの足は止まる。

「ニヤニヤしてんじゃねーよデブ」

……勝生さんって、なんだか大人だなぁ。
わたしは彼を見ながら、そう思った。
少し笑ったような顔で、文句をブツブツ言うユーリを見ている。

これだったら、わたしが止めなくても、平気かな。
そう思ってわたしはまたベンチに腰かけ直した。


とりあえず本人に聞くのが早いよ、と言った勝生さんの言う通りに、わたしたちはリンクへと向かった。

途中でわたしを見て、「えっと、君は…」と聞いてくる勝生さん。

「あの、わたしユーリのお世話係をしています!苗字名前です」

そう言って頭を下げると、ユーリが「ま、ただの口うるせー女だよ」と勝生さんに説明する。
またそういうことを…!わたしが渾身の睨みを効かせても、どうやらこのロシアンヤンキーには効果がないみたいだ。何食わぬ顔で、明後日の方向を見ている。


ははは、と笑うしかなさそうな勝生さんに、わたしは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。






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