許せないこと

目の前に迫る拳を左手でいなしながら右手で首を狙う。向こうの勢いをそのまま利用すればテコの原理で横に倒せる。しかしその瞬間咄嗟に足が伸びて来て手が塞がって防御の出来ない俺の頭に命中。しかし相手も受け身が取れずに地面に沈んだ。

「いい加減負けを認めろよ。」
「てめえがな。」

一度開いた間合いを詰めようと静かに慎重に足を動かす。先に仕掛けたのは宍戸のやつで低く屈んで足を引っ掛けようとして来る。しかし俺はそれを飛んで避けそのまま足は頭に狙いを定めていた。間一髪というところで右手で頭を守られるが掴まれる前に素早く足を引き逆側に足を回し今度こそ宍戸の頭に直撃した。

「っ……!」
「…お前フザケンナよ。」
「は、」
「右手だけは、右手で庇うのだけはやめろっつっただろうが。」
「…。」
「…冷めた。帰る。岳人、居るんだろ。」
「うわっ、バレてたか。」

柱の陰に隠れていた岳人は特に大きく驚くこともなくこの光景がいつもの事だと慣れたように近づいてくる。しかし顔を合わせるといつもと違う雰囲気に気付いたのか顔をしかめた。

「この馬鹿任せた。俺はもう知らん、今度こそ知らん。」
「ちょ、待てっておい、苗字!」

制止してくる岳人なんて知ったものか。端に投げられた鞄を乱暴に掴み見向きもせずに歩き出す。俺は昔から散々言ったんだ。それを破ったあいつなんて構うものか。



「…で、原因はなんだよ。」
「鳳のサーブ素手で取ってたの知られた。」
「あ〜マジか…。それで?キレられてうっかり危ないから右手で庇ったのか。今回は完全に亮が悪いな。」
「…分かってる。」
「分かってたら無茶な特訓も右手で庇うなんて事しねえよ。あいつが他人の利き腕に過敏なのお前が一番分かっるくせに。」

なかなか立とうとしない俺に合わせて前でしゃがむ岳人は咎めるように言う。

「まあそのくせ喧嘩して毎回怪我させてんのもどうかと思うけどさ。確かに絶対腕は狙わないけど頭とか下手したら腕より大変な事になんのにな。そういうところあいつも馬鹿だよな。」

いや、頭ばかり狙ってくるのも俺の頭が固いことを知っているから最早苗字には無意識なのだ。岳人に返事をする気も起きずに頭を庇った右手の感触を確かめる。既に痛みは引き支障もなさそうだ。苗字の事だから咄嗟に勢いを無くしたのだろう。あいつの本気の蹴りを腕で受けでもしたら良くて痺れがなかなか引かず悪くてヒビが入るだろう。

「それでどうすんの。今度こそ知らないらしいけど。」
「あー…どうすっかなあ。」

珍しく本気で怒ったらしく決着が着く前に苗字は去っていった。いつもは次の日になればお互い何も無かったかのように過ごしていたが、今回は事が事なだけに苗字は明日も気にするだろう。俺も何も無かった風に出来ないほど苗字に対して申し訳無さがある。

「あいつ明日部活来ると思うか?」
「来るんじゃねーの?どっかの誰かさんに負けないぐらいのテニス馬鹿だし。」

なら明日一緒にテニスをしよう。右手は無事だと安心させてやらないと。そしたら少しは機嫌も直ってくれて謝りやすくなるだろう。俺はテニスを無くさないから。お前の分も走り続けるから。もう一度お前との約束を再確認しよう。


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少し補足です。
主人公はテニス部ですがレギュラーではありません。レギュラーではないですが宍戸たちと仲が良いのでレギュラー達とも友好関係にあります。主人公の詳細についてはいずれまた書きたいなと思っています。