昔話

「お前、右利きじゃなかったか。」
「…人違いじゃない?」

一年の頃初めて跡部に出会って練習中、試合をした時に言われた言葉。勿論人違いなんかではない。確かに俺は右利きであったし跡部が言っている人物も恐らく俺であっている。そんな嘘を跡部が気づかないはずもなくあっさりとバレたのは試合中だった。

「何故右でやらない。それで俺に勝てるつもりか。」
「まあ勝てないだろうね。」
「なら…。」
「壊れちゃって、使えないんだ。」

その時跡部だけでなく周りのギャラリーたちも一斉に静かになったことを今でも覚えて居る。

丁度この頃俺と宍戸は仲良くなり始めた時であった。テニスも何回かしていたし(この頃は俺の方が圧倒的に強かった)そんな俺が利き腕ではなくしかもその腕が使えないことを知った宍戸は悲壮な顔をしていた。



「…どういうことだよ。」

唸るような低い声。そんな声を出させていたのは紛れもなく俺だ。

「どうもこうも。オーバーワークで腕の故障。よくある話だろ?」
「なら何で…。」
「テニス、好きだからやめられねえんだ。勝てなくてもボールを追うのが楽しいんだ。…だからお前は気をつけろよ。最近酷いだろちょっと。俺みたいになるぞ。」

おどけて言うと宍戸はひどく顔を歪めた。そりゃこれから3年間やってこうって思ってた矢先にそもそも最初から諦めてるやつが近くにいたとは思わないだろう。嘘をついて居たわけじゃないが共に進めない事に罪悪感を覚える。それでも俺より真っ直ぐな宍戸の方がそのことを言わせてやれなかったと悔いてそうだが。

「治んねえのか…。」
「え?あぁ…リハビリはしてるけどなんとも。治るかもしれないけどいつになることやら。」
「なら、諦めんなよ。」
「俺はテニスが出来たらそれでいいんだよ。」
「じゃあ何で左手でもそんな強いんだよ。それだけ左手使ってテニスしてきたからじゃねえのか。それだけ勝ちたかったから練習したんじゃねえのか。」

本当にこいつは真っ直ぐだなあ。真っ直ぐすぎていつかぶつかりそうだ。確かに宍戸の言う通りだ。けれどそれはあまりにも未練がましいことだ。12年間使い続けて居た利き腕と使い始めて1年も経っていない左腕では平等に鍛えたつもりでも筋肉のつき方が違う。扱い方が違う。それが3年間で治ったとしてじゃあ他の奴らは?俺とは違って前だけ向いて鍛えてきっと1年もあれば俺のことなんて置いて行ってしまう。そんな所で足掻けるはずがない。それなら最初から諦めて自分の力量で楽しめる範囲で楽しめばいい。それでいいだろ。

「お前のペースでいいから追いついてこいよ。治して追いついてこい。それまでは俺がお前の右腕の代わりに負けないから。だから、諦めんなよ。」
「何言ってんのか訳わかんねえよ…。」
「お前の右腕はここにあるから負けないんだ。左でそんだけ強いなら右腕もっと強いだろ絶対。だから俺の右腕はお前の右腕だから負けねえよ絶対。」
「お前って……馬鹿だな。」

馬鹿だけど、そんな宍戸の馬鹿みたいな言葉の意味が分からないのに救われた気になっていた。だって諦めるしかないと周りも俺も思ってきて言い続けてきたのに。それでもまだ諦めないで足掻いていいのなら。俺の右腕の代わりに戦ってくれるのなら。俺はまだ。

「……じゃあ、預けておく。俺の右腕。それでいつか取り返すから、取り返す…から…。」
「あぁ。」
「代わりに頼むよ、俺の右腕…連れて行ってやって。」
「任せろ。」

まだ諦めないから。



「……悪かった。」
「本当に分かってんのかお前は。」
「分かってるよ。もう絶対しない。だってこの腕はずっと上まで連れて行かなきゃなんねえからな。」

垂れる汗を拭もせずに試合の余韻に浸りながら互いを見つめていた。宍戸が二度と約束を違わぬ様に脅すつもりで睨んでいた。

「でもお前もお前だからな。あんなもん咄嗟なんだからガードするに決まってるだろ。」
「…っだから、それに右腕使うなって言ってんだろうが!避けるか別のとこでガードしろ!やっぱ分かってねえだろお前!」
「じゃあ右腕使わずに済む様なやり方しろや!というかそもそも殴ってこなけりゃ済む話だろ!」
「それなら俺を怒らせなけりゃ済む話じゃねえか!」
「口で言いやがれこの短気が!」
「あぁ!?」



「…で?あれ仲直りしたんか?」
「したんじゃねえの。あいつ昨日もう知らないって言ってたはずなんだけどな。」
「ホンマ…宍戸と苗字は仲良いな。」