校舎裏での件

「沢田君。」

背後から聞こえる鈴の音のような声はよく知っている。憧れ、遠くからずっと近くで聞くことを望み続けた声だ。

「き、来てくれたんだ。」
「うん。それにしてもどうしたの?手紙なんかで呼び出して。」

我ながらなんてベタな手段を使ったんだと思う。ひっそりと彼女の机に忍ばせた呼び出しの手紙は無事に気付いてもらえたようで、こうして校舎の陰に来てもらうことに成功している。それにしても近くで見れば見るほど綺麗な顔をしている。はっきりした顔立ちの中にある色付きのいい唇。まつ毛は綺麗なカーブを描き彼女の目を縁取っていた。目は光の反射で輝いているが他の人達と比べられない程綺麗だ。風で靡く髪は薄過ぎない綺麗な茶色。俺とはまた違う色だ。

改めてこの人に告白する無謀さを思い知る。あまりにも自分と違いすぎる。そりゃ誰も彼女に釣り合うわけがない。そして今日俺も歴戦連敗の彼等の中に名を連ねるのだ。

「あの!」
「何?」

こてりと傾げられた顔がなんとも可愛らしい。顔に熱が集まり心臓はうるさいほど暴れまわっている。大丈夫。ただ一言言うだけだ。振られる前提だ。怖がることなど何もない。

「お、俺、苗字さんが好きです…!」
「…ぇっ?」
「いや、その!俺なんかが苗字さんに釣り合うわけないの分かってるから、ただそれだけ、気持ちだけは伝えたくてっ!ごめんなさい!」

恥ずかしさで頭が回らなくなったせいか何故か俺が謝っていた。慌てまくっている俺とは逆に何も発さない苗字さんにそんなに引かれてしまったのかと更にダメージを受けてしまう。それでも彼女の口からきっぱりと振られて清々しく皆んなの元に帰ろうと思い恐る恐る彼女の顔を覗き見た。

「…え、えぇえ!?」

顔を真っ赤にしながら大きな瞳をこれでもかと言うぐらい見開き、ただただ静かにその瞳からは宝石の様に輝く綺麗な涙が流れていた。

泣くほど嫌われてたのか俺。そう落ち込みながら彼女の返事を待っているとようやく小さな声が聞こえた。

「私もっ…。」
「へっ、…。」
「私も沢田君が好きです。」
「えっ………ぇえええぇぇぇ!?!?」

今彼女は何を言った?好き?誰が?沢田君?沢田君って誰だ?

ああ、俺か。

俺?

「……?」
「沢田君?」
「苗字さんの好きな人が……え、誰って?」
「沢田君だよ。」

朗らかに笑う苗字さんはとても綺麗なのだけど彼女の返事があまりにも信じられないもので俺は混乱していた。

「う、嘘じゃなくて…?」
「な、何でそんなこと聞くの?」

俺に嘘だと思われたからか先程とは違う顔で泣きそうになっている苗字さんに胸が痛めつけられる。そんな顔をさせたい訳じゃないのに。それでも彼女みたいな完璧な人がダメツナなんて呼ばれてる俺を好きだなんて信じられるはずも無い。

「だって苗字さん程の人が俺なんかっ…!」
「これでも信じてくれないの!?」

そう言い苗字さんは俺の手をぎゅっと握った。女の子に触れることに慣れてない上にそれが好きなこともなれば体温は急上昇で心臓は痛いくらいに早鐘を打っている。きっと手汗だって凄いのにそんな手を苗字さんに握られていることが凄く恥ずかしいと同時に嬉しかった。そして俺は気付いた。この手の温度が俺だけのものではないことに。心臓の音が1つではないことに。彼女の手が震えている事に。

「苗字さん…。」

そんなに離れていない身長差のせいか彼女の顔わ随分と近くにある。長い睫毛は震え、伏せられ瞳には僅かに涙が滲んでいた。何がどうして苗字さんが俺の事を好きになったのかは分からないけれど、本当の事なのだと彼女の全身から伝わってくる。ようやく自覚した俺からも情けない事に涙が溢れ出していた。

「俺と付き合ってください。」