サムシング

(不二目線)

名前とは所謂腐れ縁だった。一年の頃からクラスが一緒で部活も一緒。少なくとも同じ時間を過ごした菊丸より僕の方が名前については分かっていると思う。それでも彼を変えたのは僕ではなかった。突然現れた越前に彼は変えられてしまった。

名前は入学当初から頭角を現していた。僕や手塚とは毎回いい勝負をしていたし勝敗は五分五分。手塚と名前は一番最初に僕らの代でレギュラーとなる。そんな名前はテニスが大好きでそれはもう手塚にも負けないんじゃないかってぐらいに。けれど彼は月日が経つに連れてテニスと共に仲間である僕らの事も大事で仕方がなくなる勿論負けるのが許せるわけじゃない。ただ争い事となるのが嫌なようだった。

そして全国に手塚と共に名が出始める頃、名前は校内ランキング戦に参加しなくなった。レギュラーからも落ちた。校内ランキング戦が始まると決まって名前はどこかへ消えた。しかし竜崎先生がそんなこと許すはずもなく名前の名前はいつも表にはある。いや、竜崎先生はいつでも戻ってこれる様にと思っていたのかもしれない。しかしそれでも名前は参加しなかった。しかし練習試合や野良試合は以前より積極的に行う様になった。名前にとってそれは遊びの様なもので至極楽しそうであった。しかし時折寂しそうな顔をひっそりとしていた。

僕らと争うことを嫌がり校内ランキング戦からも退き、勝敗への拘りも僕とはある種違う意味で失った。今まで勝敗ありきで楽しんでいたテニスは僕らのせいで楽しめなくなり、遊びとして、勝敗が意味をなさない試合でしか試合をしなくなった。それでも退部しなかったのはテニスが好きだからだろう。

大体それが二年の頃の話。つまり僕らの代以外名前の本気を見たことがある者は居なかった。海堂や桃でさえ名前の実力はレギュラーに満たないと思っている。僕はそんな名前が勿体無いと思うしいつかはまた僕達と肩を並べて欲しいと思い続けていた。手塚だってどうにかレギュラーに戻りその実力を発揮して共に全国大会優勝を目指して欲しいと思っている。実際名前が入るだけでそれは確実に実現する可能性が上がっていただろう。名前だってそのことは理解していた。それでも全国大会優勝よりも僕たちと争うことが名前にとっては苦痛なのだ。

そして僕らは三年生、最上級生になった。新入生も迎え新たな青学テニス部のスタート。ただし今年はちょっとどころではない異例な存在がある。越前リョーマ。彼は色んな意味でこの部に影響を及ぼした。それは僕にも名前にも。はじめはいい傾向だと僕に思わせた。荒井と越前の試合に魅入る名前はここ最近滅多に見ない姿であった。また勝敗への拘りを持ち上を目指してくれると思った。けれどその試合の数日後、最悪の事態になる。名前は僕らを拒絶した。本人は上手く隠しているつもりだったのだろうけれど気付く人は気づいていた。

越前は手塚や名前に負けず劣らずテニスが好きだ。けれどそんな越前のことを名前は好きになってしまった。テニスに対して盲目な越前にはテニスの事しか視界に入らない。そう思った名前は彼の目の前でのテニスを嫌ってしまった。それは自分のテニスも僕らのテニスも。名前はテニスに嫉妬した。好きでたまらないはずのテニスは最早好きなのかどうか分からなくなってしまったらしい。今まで練習試合や野良試合はしていたのにそれすらもしなくなり名前がラケットを握るのは基礎練習の時だけ、いや、基礎練習でさえ姿を消すようになってしまった。

以前は英二と共によく悪ふざけもした。テニスだって楽しそうだった。それがどうしてこうなったのだろうか。名前は優しい子で、僕らと争うのを嫌がって。暴力的なほどの熱量をもつ越前のせいでラケットが持てなくなって僕らを目の敵にして。

名前、英二が寂しがってるよ。レギュラージャージ脱いだ時手塚が珍しく泣きそうだったんだ。乾が名前がやる気になった時の為にって専用メニューずっと考えてるよ。君のレギュラージャージ、大石が綺麗にしたまま預かってくれてる。タカさん名前と一緒に打ち上げしたいって、お寿司食べて欲しいって言ってたよ。僕は、願うことしかできないや。君のこと知らないふりして今まで通り接することしかできないよ。

名前、辛いね。君も越前も、僕たちも誰も悪くないから。君がどうにかして乗り越えるしかないんだよ。

「不二。」
「…乾。」
「何を見ていたんだ?」
「あれ。」

木陰に座る越前と名前。珍しく練習に来たと思ったら越前の側につきっきりだ。

「離れたいのに離れられないんだよ。可哀想に。」
「今試合してるのは手塚とタカさんか。あいつがフェンスに寄らないわけだ。」
「はぁ…さっさと全部ぶち撒けちゃえば何かしら変わると思わない?」
「荒療治、だが可能性が無いとも言い切れないな。フフフ…丁度いい。竜崎先生から次の試合を聞いてきたんだ。」
「へぇ…一体誰と誰だったの?」

今までたまたま無かった試合。越前と名前の試合。何の意図があってか竜崎先生はこの2人に試合をさせようとしている。そう素直に名前が試合をするかは置いておいて。僕は木陰に居る彼らに歩み寄る。名前は眉間に皺を寄せ手塚を見ていた。折角綺麗な顔をしているのに勿体無い。

「可愛い顔が台無しだよ。」
「……あのなあ、不二。俺はイケメンなの、可愛い路線じゃねえの。」
「顔が良いことは認める名前のその性格好きだよ。」
「ああそう、俺はお前のことどうでも良い。」

以前ならこんな時、俺もお前の性格悪いところ好きだよってきっと冗談でも返してくれた。僕の顔を見て笑ってくれていた。もう一度あの頃に戻りたいと願ってしまう。名前が楽しそうに笑顔でテニスをして僕たちと一緒に居てくれたあの頃に。嗚呼、もう随分昔のことのように感じる。

これがもし、きっかけになるのらそれでいい。名前を救い出せるのが僕らじゃなくても、もう一度笑ってくれるなら僕はそれでいい。

「で?どうした?」
「次試合だって。」
「俺?不二と?」

僕と、なんて言いながら嫌そうな顔をする。確かに僕は分かってるよ君がしたく無い理由を。それでも僕は名前と試合がしたいと思う。楽しそうな名前とテニスをすると僕まで楽しかった。そして勝ちたいと思った。勝敗に執着できないなんて言いながら名前との試合は何よりも本気で挑んでいた。でも今は僕とじゃない。

「違うよ、越前と。」





「ああ、やっぱり僕じゃ無かった。」

名前を変えるのは僕らじゃ、僕じゃ無かった。分かっていたことだった。あんなに楽しそうに嬉しそうにテニスをする名前を見たのは遠い昔だ。でもまた僕の目の前にいる。越前と試合をしている。衰えるどころか強くなっていた。部活への参加が減っても彼はテニスを止められなかった。きっと何処かでずっとラケットを握っていた。

越前さえも圧倒されている。いや試合前に何かあったとしか思えない動きではあるけれど。それでも名前は本気で楽しそうで嬉しそうで。そうさせたのは紛れもなく越前。越前の目にもこれからは名前が映るだろうし名前はまたラケットを握り続ける。コートにだってすぐに戻ってくるだろう。喜ばしいことに僕は素直に喜べない。

何処かで願っていたのかもしれない。名前を変えるのは僕であって欲しいと。それは一番長くいた優越感からか。名前の視界に入り続ける越前。それは僕にはできないこと。



僕には目の前で起こっている事をずっと眺めることしかできない。