可愛いかっこいい


「姫は可愛いね。」

そう言うこの女は一体何なのだろうか。

「知ってる。」

俺たちストライド部の連中には基本友達だとか言うものが居ない。それもそのはず。個性の強いラフプレイヤー集団。更にそのうちの半分は俺の側に居座っている。関わりにくいとかではなく、関わらない方がいい集団なのだ。別に俺たちはそれで不自由なく生活しているしこれと言って友達だとかそんな甘ったれた物を求めたこともない。つまり俺たちはストライド部という小さな枠組みでしかなく、それ以外なんて存在しなかった。それなのに、だ。

「そう言うところも可愛い。」

ニコニコと俺の前の席を陣取り面と向かって言ってくる女、苗字名前の存在は俺にとって異質で謎な存在であった。いや、俺以外にも異質なのだ。3バカと会話をするにとどまらず手懐けてしまった。時には一緒になって俺の周りをうろちょろしている。獅子原はあの調子だから別段変わりはしないが。いや、逆にあの獅子原と変わり映えなく関われてること自体が異常ではある。1番の驚きは堂園が突っかからないことだった。熱くなることもなく淡々と会話をし何事もなく過ごすことは最早偉業とも言える。俺でさえ扱いに困るあいつらと至ってマトモな他の奴らと同等に関われる人間。そして何よりも、俺に普通に喋りかけてくる女。

女より整った顔、俺のアイデンティティのこの髪型は一見女の様だ。だから女と間違われることもよくあるしそれには慣れてる。男と知った瞬間大抵の奴らは男も女も関係なく去って行く。まあたまに例外もいるが。ただ女だけは今まで一人たりとも居なかった。勝手に自分と比べて醜い嫉妬を隠さずに劣等感を抱く。そして目の敵にするのが常であった。しかしこの女はどう言うわけか、突然現れ、目の敵にするどころか俺の周りに居座り、普通に会話をし、懐いてしまった。

出会った時。この女が俺の目の前に急に現れ「可愛い。」と言った時、いつも通り女と間違われてると思い俺は「男だけど?」と言った。けれど女は驚くこともなく「知ってる。」と言い放った。その時俺は思った、3バカと同じ部類なのだと。まあ結局はその上を行く異端者である事がすぐ発覚したのは言うまでもない。

「あんた毎時間来てるけど、暇なんだね。」
「暇だから来るんじゃなくて姫に会いたいから来てるんだよ。」
「何、友達居ないわけ?」
「居るよ?でも姫とお話ししてる方がずっと有意義。友達よりね3バカとか獅子原や堂園の方が面白いよ。」
「本当変わってるね。」
「そう?みんなよりは普通だと思うよ。」
「確かに俺らも変わってるけど、そんな俺らと普通に喋ってるあんたは俺らより変わってるよ。」

俺の言っている意味が分からないと首をかしげるものの、相変わらずニコニコと俺から目は離れない。これが害を与えてくる人間ならどうにか距離を取れるのに、生憎全くの無害。邪険にすることもできないでズカズカと俺たちの内側に入ってくる。ストライド部全体かと思えば俺一人だけ別格な扱いのは一目瞭然で余計に遠ざけにくかった。近くにいようが遠くにいようがどうでもいい。ただ邪険にだけは出来なかった。別に俺から声を掛けることもないし適当な相槌しか打たない俺と居て何が楽しいのか知らない。けれど別段俺にとっても負担のかかる訳ではなく放置に至る。

「あ、そうだ姫。」
「何?」
「もうすぐEOSの予選リーグだよね。東京行くんでしょう?」
「そうだけどそれが?」
「応援に行こうかな〜って。」
「はぁ?」

今この女は何て言った?応援?東京に?

「あんた馬鹿じゃないの。たかだか応援のために東京まで来るつもり?大体あんたストライドそんな興味あった訳?」
「私が姫を初めて見たのは北海道での試合。たまたまだけど。それに今だってよく練習も見てるじゃん。姫がストライド好きなら私も知りたいよ。」
「あんたそこまでしてさぁ………いや、勝手にすれば。」
「うん勝手に応援しに行くね。」

そこまでしてこの女は何を求めているのだろうか。色恋沙汰を仄めかす事もなくただ純粋に可愛いと慕ってくる。俺が何かしてやる事もないのに。



ああ、終わった。終わってしまった。俺たちの夏が終わってしまった。

「姫。」

やめてくれ。一人にしてくれ。

「姫。」

ちゃんとあいつらの前で部長やってたんだ。

「姫。」
「うるさいっ!」

こんな見っともない姿を見ないでくれ。

一人になった途端これだ。カッコつけてはみたものの、それでも勝ちたかったと。

「悪かったね、こんな可愛くないところ見せて。いや、元々あんな戦い方してる俺は可愛くないかもね。…ほら、3バカのとこにでも行ってな。あいつら落ち込んでるから声でも掛けてやって。俺も後で行くから。」

分かってる、もう滅茶苦茶なんだ。

勝ちたかった。負けたくなかった。だから何だってやってやった。美しくありたいから。負けた惨めな姿で何をしてもそれは負け犬の足掻きでしかない。そんな見っともない姿美しくない。なんとしても勝って気高く居ることが何よりも美しく俺にとっての美学なのだ。だから悔しがる事も負け惜しみを言う事も誰かに当たることも許せない。それでも、それでも思ってしまう。勝ちたかったと。あいつらと勝ちたかったと。

「かっこよかったよ。」
「…は?」
「凄く、かっこよかったよ姫。かっこよかった。」
「あんた試合見てた?負けたんだよ!負けたやつがかっこいい訳ないだろ!大体一条館の試合の仕方分かって言ってわけ?それでもあんたはかっこいいって言えるの?」

こんなのは八つ当たりだ。あいつらに出来ないからと俺を慕ってくれてるやつに当たるなんて、最低だ。

「かっこよかったよ。姫が真っ直ぐ走る所は誰にも負けないぐらいかっこいいんだよ。私言ったよね、北海道での方南との試合見てたって。勝ったからかっこいいんじゃないよ、勝とうとしてた姫がかっこよかったんだよ。」
「あんた頭おかしいでしょ。あんなことして勝って、結局は負けて、それでもかっこいいって?」
「かっこいいよ。」
「っ……。」
「一目惚れだから。何をしてても勝っても負けても、私はあの時の姫に一目惚れしたから。だからどんな姫でも可愛いしかっこいいんだよ。」
「あんた本当に馬鹿なんじゃないの…。」

いや、1番の馬鹿は俺だ。こんな女のこんな言葉に呆れつつも笑ってしまう。

「…ここで終わらせたりしない。まだ終わってない。EOSじゃなくても勝てばいい。」
「うん。」
「だから、見てて。次はあんたに一番かっこいいところ見せてあげる。」
「楽しみにしてるね。」

我ながらなんてクサいことを言っているのだと思うが女の嬉しそうな顔を見るとどうでもよくなる。俺の限界点はあんたが俺を初めて見た時じゃない、今日じゃない。それを思い知らせてあげよう。明日もあんたが俺に可愛いと言いたくなる様に。

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