AMの幻

最初に声を掛けたのはどっちからだっけ。



「うわっ。」

中学2年生初日。新しくなった教室とクラスメイト。適当に決められた席はどうやら名簿順ではないらしい。席に着くと後ろから引いたような声が聞こえたから何だと後ろを向く。今日の晴れ晴れとした空に負けないぐらいの鮮やかな青に目を惹かれた。惚けていると後ろのやつは顔色を悪くしていく。

「あー、わ、悪い。」
「え。あぁ、ごめん、何が?」
「………前見えねえ。」

確かに。改めて見ると確かにそいつは小柄で、学年の中でも既に身長が高めの俺が前では言う通り黒板は見えないだろう。

「席代わるわ。」
「いいのか?」
「見えないんでしょ?どうせ席順適当ぽいしいいんじゃない?」
「助かる…。」
「おー。」
「苗字って身長何センチ?」
「160後半ぐらいかな、その内また測定やるでしょ………って俺、名前言った?」
「言ってない。けど苗字って有名じゃん。」
「え、知らない。そうなの?」
「……まぁ。」
「何、その間。え?怖いんだけど。俺何かした?」
「いや、顔が良いから。よく女子が騒いでる。」
「あぁ。」

いつものやつか。昔からそう言うのには気づく方だった。周りより背が高いのが目立つようになってから余計に女子の視線がうるさかった。まさか学年的に名前が広まってると思うといっそ怖ささえ覚える。

「あんま興味ない感じ?」
「怖えよ女子…。」
「それは…ちょっと分かる。」

2人して遠い目をしながら女子に怯えてる図は新学期早々奇妙だ。

「そういや名前何?」
「あぁ忘れてた、谷原マキオ。」
「マキオか。よろしくな。」



「苗字ーテスト何点だった?」
「ん。」

2年になってしばらく経って、何度か席替えはあったが変わらずマキオと仲良くしていた。背の低いマキオが寄ってくるのは小動物みたいで面白い。本人には口が裂けても言えないが。

「うわ、苗字って頭良いんだ…。」
「失礼じゃね?」
「いや、悪いけど、うん…見えねえ。」

腹が立ったから軽くマキオを小突いて机に突っ伏す。

「勉強してんの?」
「……まあ暇な時とかには。分かんないところあったら進藤に聞けばどうにかなるし。」
「進藤?」
「去年同じクラスだったやつ。マジでうぜえけど。」
「そ、そうか。」
「まああんなオレンジのことは置いといて。マキオはテストどうだった?」
「………。」
「うわぁ。」
「見んなよ!」
「見るでしょ。今度マキオも一緒に勉強する?進藤教えるの上手いよ?」
「俺進藤と喋った事ないんだけど…。」
「進藤なら気にしないと思う、というか気にしなくて良いよあいつは。もしうざかったら俺が教えるし。」
「助かる、さんきゅな苗字。」



「なあ苗字。」



「苗字ー!」



「…苗字。」



「名前。」



「名前くん、好きなんだ。君のこと。」
「えっ、と…。」

多分、同じクラスの女子。自信がないのはずっとマキオとばかり連んでいて男子ならともかく、女子と関わる事がなかったから。殆どの女子の名前に自信がない。なのに今俺はそんな名前も分からない相手に告白されてるらしい。掃除でゴミ当番が被っただけの女子に校舎裏で引き止められて。マキオを教室に待たせてるのに、帰らせてくれないだろうか。

「ごめん。」

悪いとは思わない。知らない相手だから。それこそ俺の事も向こうは何も知らないだろう。

「でも名前くん彼女居ないよね?」
「…だから何。」
「なら私を彼女にしてくれないかな。」

別にこれが初めての事じゃない。何回もこういう事があって、去年あった数回は応えた事だってあった。けどその子の為に何かしようだとかそういう好きとか、分からないのだ。そして期待には応えられず終わってきた。けれど今回は最初から断る選択肢しか何故か俺にはなかった。

「…ごめん、今誰とも付き合うとか、そういう気ない。」
「そっ…か、……。好きな人とか居たりするのかな。」
「好きな人、なんて居ない…。」

居ないけど。

「待たせてる奴居るから、先に戻るな。」

今までこんなに何かが引っ掛かる事なんて無かったのに。何か分からない事が分かりそうで、でもやっぱり何も分からなくて。ただ足速にマキオを待たせてる教室に駆ける。

「あっ、名前!遅え!」
「、悪い。」



「好きな人とか居たりするのかな。」



「ーーーーーーーー…、」
「名前?」

好きな人なんて、居ない。

「筈だったのになぁ……。」
「おい、どうした?」
「ううん、何でもない。帰ろうぜ。」