PMの白昼夢

「進藤、名前。」

進藤に付き合わされてトイレに居た俺たちの後から入ってきたのはマキオだ。随分久しぶりに正面から顔を合わした気がするが実際は数週間も経ったか経ってないかで。日が過ぎれば過ぎるほどマキオの事ばっかり気にしてそれから逃げての繰り返しだった。そんな事知らないマキオは分かりやすく不機嫌そうな顔をしていた。

「マキオ…。」
「どうしたー?」
「…随分宮村と仲良いみたいじゃん。」
「そうね。」

あっさりと返す進藤とは反対に俺は言葉が出なかった。マキオが何が言いたいのか分からなくて、何に不機嫌になってるのか分からなくて。

「らしくねーじゃん、『宮村』とか…。」
「何、言ってんの…?」

マキオってこんな事言うっけ。確かに口は良くないし気も長くない。けどいつもそれの矛先には明確な理由があった。俺もそれを理解できたから気にして来なかった。けど、今のマキオの矛先も理由も俺には分からない。それもそうだ。だって俺とマキオの仲なんて1年と少し。最近は俺が避けたせいで疎遠でさえある。そんな俺にマキオの事を全て理解するなんて無理だ。

「何で?話せば面白い人だよ。」
「アイツさー、やめといた方がいいってマジ…暗いし…。つーかピアスとかもの凄い開けてんだって…。俺見たもん。あーゆー奴に限ってキレたりすっとマジヤバいっていうかさー。」
「…は?」
「なあ進……っ!」

分からない。マキオの事が何も分からなくて、何で宮村をそんな風に言うのか理解出来なくて。俺なんかにも優しい宮村がそんな風に言われるのも許せなくて。俺は、マキオが好きだけど、それでも盲目ではいられないから。許せない事だってあるから。頭に血が昇って熱くなってるのが分かる。

「宮村を暗くさせたのは誰よ。ピアス開けてんのは自由だろ。」

マキオの言葉を遮った進藤の冷静な声が響く。

「キレたらヤバいのはみんな同じ。宮村に限ってなんてことはない。」
「だっ…、」
「谷原たちはさぁ、俺たちが宮村に取られんのが悔しいんでしょ。」

何でマキオがそんな顔するの。

「大丈夫だよ、また遊んでやっから!」

そう言って出て行く進藤に着いていけば良いのに俺はその場から動けない。宮村の事を勝手に言うマキオに腹も立つが、それでも傷付いた様な顔をするマキオを放って置けないのも事実だった。

「マキ…、」
「名前はさ、名前は宮村なんか直ぐ飽きるって。…だから、やめとけよ。」
「宮村は、優しい奴だよ…俺なんかの話も聞いてくれるし。」

マキオが好きだと言う俺にも引かずに話まで聞いてくれる宮村は優しい。ずっと死ぬまで秘密にするつもりだったのに何故かバレて、気が少し楽になった。俺の気持ちを否定する事が無かったからバレなければ想っていて良いんだと思わせてくれた。宮村のお陰でしかない。

「意味分かんねえだろ、何で宮村なんかと…。」

でも、もう、これ以上は我慢出来ない。怒りの方が勝ってしまったから。

「宮村"なんか"って、やめて。」

それ以上何か言おうにも、マキオを傷付けてしまう言葉ばかり浮かぶから、俺は結局逃げ出した。



それでも腹の虫は治らない。

宮村は何も悪くないのにあんなに言われる事ないだろ。ピアスだってかっこいいじゃん。別に探せば中3でピアスしてる奴だって山程居る。何が駄目なのか、分からない。

だから俺は思い付きで帰りに店に行き、勢いのままピアッサーを買い、躊躇うことなくその耳に穴を開けた。



「名前、」

次の日、俺は寝坊した。慣れないピアスの痛みでなかなか寝付けなかった。遅れる連絡を進藤に入れたら進藤も遅刻だって言うから一緒に来て。下駄箱に着いたらまたこれも何の偶然か、今来たばかりらしいマキオも居た。

「…おはよ、マキオ。」
「おー、谷原も寝坊?」
「……まぁ。」

既に俺の中で昨日の怒りは鎮火されていた。ピアスを八つ当たりの様に開けたからかも知れない。だから昨日のマキオの言う事に納得は出来なくても今なら冷静に話せそうだった。話せそうだったんだ。

「は?何そのピアス。」
「え、あぁ…。」
「…昨日は無かったよな。」
「昨日開けたんだ。似合ってるだろ。」
「何で?」
「何でって…。」
「おい、落ち着けって。」
「宮村の真似か?」
「おい、」
「…そうだよ。」
「っ、馬鹿じゃねえの!?宮村なんかの何が良いんだよ!!急に俺とは距離取るし、何なんだよお前は!!」

ああ人の少ない授業中で良かった。教室に遠い下駄箱で良かった。そんな下らない事が頭の隅にあった。

「マキ、」
「ハッ、そんなに宮村が好きなら勝手にしろよ!!」
「っ違う!!」
「苗字、」
「違う、違う…、俺は……!」
「じゃあな。」

待って、行かないで。

「俺が!……俺が、好きなのはマキオだ…。」
「…は?」

終わった。もう全部終わった。言いたくなかった。言えるはずなかった。だって、こんなの、

「どうして良いか、分かんなくて、逃げてたんだよずっと……。」

怖い。怖くてたまらない。マキオが何を考えてるか分からない。どんな顔をしてるか分からない。けどそれを目にして理解する方が余程怖い。

「なら、何でっ……意味分かんねえ、」
「おい、谷原、」


「気持ち悪い。」



そして今日も同じ夢を見る。