生徒会室

「苗字〜。」

昼休みの騒がしい教室でも聞き逃すことない大きな声は俺の名を紡ぐ。彼の場合目立つようなうるささもいつもの事で誰も気にしない。

「珍しいね、どうした?」

ただそれも彼と交友があれば、だが。

「宮村に連れてきてって頼まれたんだ。」
「井浦も宮村の愉快なフレンズの1人か。」
「何ソレ。苗字面白いなー!」

カラカラと笑う井浦に連れ立って教室を出る。声をかけた井浦とかけられた俺には好奇の視線が投げられていた。井浦とは同じクラスで話すこともあるが別段仲が良いわけでも無く良くて挨拶を交わすレベルだ。そんな2人が一緒に教室を出て行くとなるとクラスの人間からしたら不思議なのだろう。

「また生徒会室にモテキャラ増えるのか〜…。」
「ん?」
「仙石さんと、石川はそれなりにモテるじゃん。そこに苗字が加わってみ?女子大喜びじゃん。」
「俺そんなモテないって…。」
「嘘だぁ、この中じゃ一番っしょ。」

そういう井浦には苦笑いしか返せない。確かに俺の顔面は悪くはないが決して完璧に整っているわけではないだろう。というかモテる、という話なら従兄弟が規格外すぎて自分がどれ程普通なのか思い知る。それに優等生とは言い難い服装と態度の俺に近寄りがたいのか告白だとかも滅多にない。

「生徒会室初めて?」
「うん、入ったことない。」

目的の教室の前に着くと既に中には何人か居るようで楽しそうな声が漏れている。来慣れている井浦が率先して中に入る。後に続いて井浦の陰から覗くと知ってる人と知らない人。

「苗字連れて来たよ!」
「お邪魔しま〜す。」
「おっす。」
「昨日ぶりね。」
「ありがとう井浦くん。」

昨日もあった堀さんと石川が声をかけてくれる中4人ほどが硬直していた。

「あー、えっと苗字名前です。」
「仙石翔…。」
「ああ、会長か。」
「宮村くんを彷彿とさせるからやめてくれ!」
「え、会長じゃダメなの!?いいじゃん会長で!」
「どこの!会長なんだそれは!」
「え、っとじゃあ、仙石で。」
「あ、あぁ。」

この2人が仲が良いのか悪いのか。それは置いておくとして、順に聞いていこうと仙石の横に居る女子に視線をやる。彼女も確か生徒会の1人では無かっただろうか。

「河野桜よ苗字くん。」
「河野さんね。よろしく。」

この中では一番まともだと思われる河野さんと握手を交わしていると突然河野さんの体が倒れた。

「レミだよ!」

倒れた訳ではなくこの子に体当たりされたらしい。

「だ、大丈夫か?」
「うん、ありがとう…。」

転けないよう支えると横から河野さんを抱きしめるピンクの子。この子は噂が正しければ仙石の彼女だった気がする。

「で、何て?」
「レミだよ。」
「…上は。」
「レミ。」
「レミレミ?」
「うん。」

絶対嘘だな。しかし彼女の苗字を覚えてない上にどうやら苗字を教える気はないらしい。ほらみんなちょっと引いてるだろ。それでも誰も止めないのはこれが彼女の通常運転だからだろう。

「分かった、レミね。」
「綾崎すげぇ…。」
「名前が女子名前で呼ぶの初めて聞いた…。」

感嘆を漏らす石川のお陰で苗字は分かったがここは大人しくレミの希望に沿うとしよう。逆らうと彼女は少々めんどくさそうだ。

「で、吉川さんね。」
「な、何で名前…。」
「隣のクラスだから?」
「何で疑問系なのよ。」

放っておいてくれ堀さん。隣のクラスだからで納得してくれ。


「それで苗字くんは誰の連れなんだ。」
「連れって…。」
「井浦と同じクラスで石川と一年の時同じクラスで宮村と中学が一緒だった感じ。」
「つまり?」
「宮村の親友。」
「やめ、やめて名前それ。進藤みたいだ。」
「ん、悪い。」

進藤と同じにされるのも嫌だが進藤に毎度こんな事言われるのも嫌だよな。分かるぞ宮村。2人で此処には居ない友人にげんなりしていると周りが静かになっている事に気づく。一体何だ。

「…このイケメンと宮村くんが親友?」
「ねえ会長それ凄い失礼じゃない?」
「仕方がないだろう。横に並んでみろ。真逆だぞ。髪でも切ってみればどうだ。」
「……。」
「わー仙石、バカ!ホラ宮村落ち込んじゃったじゃん!」
「でも苗字彼女居るでしょ。」
「居ないよ。」

吉川さんの質問に答えると宮村以外の全員が嘘でしょ?って視線を投げかけてくる。本当だしそんなに驚くことだろうか。

「え〜何でぇ?」
「何でって、何ででしょうね。」

俺にも分からないのだ。別段恋人が欲しいとも思わない。ここ最近は偶に告白されてなんとなく付き合ってみるも長く続かない。数ヶ月、早くて数週間で別れるというのを繰り返して居た。好きになるかもと思うが一切そういう気持ちになれないのだ。

「じゃあ好きなタイプは!?」

ハイテンションで詰め寄ってくるレミに思わず仰け反る。あんた仙石と付き合ってるんじゃないのか。いいのかそれで。

「レミちょっと変だから。」

はっきりと告げる河野さんだがいくら変だからと言って彼氏はいい顔しないのでは、と思いながら仙石を見ると分かりやすく興味津々な顔をして居た。

「えぇ……ちょっとバカで小柄で細身な子……?あ、髪はショートがいい。」

近くで宮村がギョッとしているが知らないふりだ。幸い俺以外はそんな宮村に気付いて居ない。

「やけに具体的ね。好きな子は居るんじゃないの。」
「何でこんなグイグイ聞いてくるのこの人達怖い。」
「いいから答えなさいよ。」

宮村、お前の彼女怖い。これはもう質問ではなく尋問だ。

「居たけどとっくの昔にフラれたよ。好みは変わってないだけで居ないよ今は。」
「フラれた!?苗字が!?」
「嘘だ!」
「本当だって。」

そんなに驚くことでもないでしょうに。というかこの人達は今日1日で何回驚くんだ。リアクションが激しくて俺ちょっと着いていけないんだけど。と、少し疲れてくるとベストタイミングで流れてくる予鈴のチャイム。

「あっ。」
「え〜レミもっと苗字くんと話したいのに。」
「レミもこう言ってることだ、いつでも来ていいぞ苗字くん。」
「あはは、ありがとう。」

確かに疲れはするのだがこんなにも個性の強くて良い奴らばかりで楽しいのが本音だ。仙石の誘いは素直に嬉しかった。宮村もいい友達を持ったものだ。

「教室も隣なんだから気軽に来いよ。宮村も居るんだし。」
「井浦なんて呼ばなくても頻繁に来るわよ。」

みんなで生徒会室を出て教室に戻っている最中でさえ賑やかな集団。これは目立つはずだ。本人達は気付いてるのか気付いていないのか、気にした風ではないけれど。明るくて優しくて、暖かくて。こんな人達に囲まれて宮村は少しずつ変わっているのだろう。俺もこいつらと居れば少しは成長できるのだろうか。