キログラム

「宮村、午後どうすんの?」
「午後…は帰る。」
「苗字は?」
「帰るよ。」

茹だるような暑さの中高3には関係なく登校を余儀なくさせる。進学、就職先それぞれが各々に必要な教科だけを補習していた。

「あれ、数学出ないっけ。」
「うん、最低限しか希望してないから。」
「わざわざ貴重な最期の夏を補習で埋めないといけない程困ってないし。」
「うわ、そんな台詞言ってみてえ。」

自慢じゃ無いが勉強は得意な方である。たまに分からない問題も大抵は進藤に聞けば分かる。わざわざ補習で学ぶ必要は無い。

「つーか、宮村痩せたよな。ストレス?」
「えっ…やせ…、痩せたかな…?」
「うん…。」

元々細身で薄い体の宮村で分かりにくいが確かに少しやつれているようにも見える。そんな宮無の顔は石川の指摘で顔を青くさせてまるで死人みたいだなと不謹慎なことを思う。

「測りに行く?」

案外気のせいかもしれないという気休めにもならない提案に2人とも乗って来て保健室に向かう。中に先生は居なかったので勝手にお邪魔して体重計を借りる。落ち着かない様子で石川に測定してもらう宮村をベッドに腰掛けながら眺めていると石川は結果を言いにくそうにしていた。そんなにヤバイ結果が出たのかと俺も腰を起こして覗くと流石の俺も口を閉ざした。

「何キロ?何キロ?」

頼む石川。俺の口からはとてもこれは言えない。そんな俺の心中を察してくれたのか石川は重たい口を開いた。

「…いや。」
「ごじゅう…?」
「ごじゅう…もない。48キロ。」

下手な慰めもできず流れる沈黙を破ったのは扉の開く音だった。入って来たのはこの部屋の主である養護教諭の先生。

「あっ、こーら勝手に入って。部活の子達?」
「すみませんお邪魔してます。」

あまりにも深刻に事を受け止め黙りこくっていたので代表として答える。先生も怒っているわけでは無さそうで動かない2人を気にして居た。

「その体重計ちょっと壊れてるから。」
「えっ!」
「本当ですか!?」
「ってことは…!」
「1キロマイナスしてちょうだい。」

先生、とどめですそれ。あまりにも宮村の不健康さに本気で慌て始める2人と十字を切って弔う俺とで奇妙な空間ができていた。そこにかかる鶴の一声は先生からだった。流石、保健室の先生をやっているだけあって落ち着いた声で場を鎮めてくれる。勧められた麦茶を3人で頂きながらの談笑は楽しく石川や宮村との距離が少しずつ縮んでいることに嬉しくなる。クラスにも友人は居るが進藤や宮村みたいに密度の高い付き合いはしていない。しかし石川達はそれに近い何かになろうとしていた。

「そろそろ帰るか。」

そういう石川の声につられて時計を見るとそれなりの時間が経っていた。先生に礼をし連れ立って保健室を出て門をくぐる。しばらくは石川達と方向は一緒だが途中の分かれ道で俺と宮村、そして石川で分かれることになる。

「じゃ、また明日な。」
「おー。」
「バイバイ。」

石川が歩き出すのを見送った後どちらからとも言わずに俺達も歩き出す。中学が一緒なだけあって俺と宮村の家は割と近かった。2人でたわいもない話をしながら帰路についているとしばらく先に見知ったオレンジ頭が見えたような気がした。

「なぁ宮村、あれ進藤っぽくない?」
「え、うわ、本当だ。てかあれ二人乗りしてない?」
「マジか。てか、フラッフラして危な…、あっ…!!」
「うわっ!?」

危ないと思った矢先の自転車は一直線に電柱にぶつかりに行きばたりと倒れた。慌てて俺と宮村が駆け寄ると進藤と共にいたのが女子であることに気づく。女子を前で漕がせていたのか進藤、引くぞ。いくらお互いが同意の上でも駄目だろそれは。怪我もさせて、責任取るんだろうな。

「大丈夫?ちかちゃん。」
「あ、苗字くんだ。いけると思ったんだけどねぇ。」

何故。何故いけると思った。進藤、お前も相当だけどお前の彼女も変。

「大丈夫かよ。」
「あー宮村、苗字も。うん、まさか電柱に突っ込んでから転けるとは思わなかったけど…。はぁ…肩いてえ…。」

立とうとすると2人とも何処か怪我をしたのか同時にもう一度地面に衝突しそうになる。そんなちかちゃんをなんとか抱きとめる。背後で進藤の呻き声が聞こえるがそりゃ宮村は支えないだろう。否、支えられないとも言えるが。

「本当、大丈夫…?」
「苗字くんカッコいい王子様みたい。」
「へっ?」
「いいなぁちか!俺も支えて!」

よろけながらこちらに向かってくるのをちかちゃんを支えながらも避ける。何が楽しくて男、しかも進藤を支えないといけないんだ。そもそもちかちゃんも彼氏がいると言うのに俺を褒めるのはどうなんだ。当の本人も気にした風ではないし寧ろ羨ましがっているが。本当に変なカポーだなこの2人。

「進藤、とりあえずちかちゃんは任せて自転車置きに行ったら?このままじゃちかちゃん帰せないし自転車も押して帰れないだろ。俺らじゃ学校入れねえし。」

俺の意見に特に反対は無いようで進藤は肩を竦めながら歩きながら来た道を戻って行った。その様子に少し心配になったがまあ進藤だし大丈夫だろ、と根拠もなく思う。宮村もどうやら同じようで特に手伝う気はないらしくこの場に残っていた。

「…これバレたらもう一年追加かなあ。」
「本当バカだよね。」
「えっ、それは困るね。もう一年待たないといけなくなっちゃう。」

そう言いながら少ししょんぼりするちかちゃんが女の子らしく可愛く思える。進藤のやつこんないい子捕まえやがって。

「大丈夫だって。馬鹿できるのも学生のうちなんだから楽しまなきゃ。」

少しは気を紛らせれたのだろう、微笑んでくれると進藤が戻った道を見つめていた。一緒になって見ていると少し急いだのであろう進藤が戻ってきた。

「宮村ー、苗字ー。悪ィ。」
「いや、俺はいいけど。」
「女の子に無茶させんなよな。」
「本っ当ごめんね…。」
「歩ける?」
「うん。」
「大事にならなくて良かったね。」
「進藤こそ肩大丈夫なのかよ。」

宮村がそう言うと2人は空笑いをしていた。強がっているのであろう。割と痛むのであろう進藤の肩を掴んでやると小さな悲鳴が上がった。

「宮村はちかちゃんお願い。俺は進藤支えるから。」

体格的にこの方法が全員の負担が少ないだろう。珍しくキョトンとしている進藤の腕を取って肩にかけてやる。

「…めっずらしぃ〜。」
「茶化すなら放って帰るぞ。」
「わぁー!ごめんなさい置いて行かないで連れて帰って!」

落とすふりをすると慌て出す進藤を支えなおして歩き出す。宮村もちかちゃんなら予想通り安定して支えられるらしくしっかりとした足取りで歩いていた。

いつも通りにくだらない話をしながら少し歩いているとどこからか視線を感じる。その視線の先を辿ると小学生ぐらいの小さな子供が見ていた。誰かの知り合いかと思ったが弟がいると言う話も聞いたことがない。どうしたものかと思っていたら特に喋りかけてくるわけでも無くその子供は去っていった。

「苗字?どうかした?」
「いや、何でもない。」
「そ?」
「あぁ。」