後退と

「あ、堀さん。久しぶり。最近見なかったけど大丈夫?」
「…大丈夫よ。」

ガタリと椅子の音がなり隣を見ると堀さんが。てっきり宮村達の方に行くと思っていたしあまり堀さんとも喋ったことがなくどこかぎこちなくなる。そして何よりもいつも明るい堀さんが少し元気がなさそうに見えるのが余計にぎこちなさを助長させていた。

「宮村と喧嘩でもした?」
「してないわよ…。」
「そ?でも別れたら教えてね。気まずいから。」
「えぇ……って、は?はあ!?」
「ちょ、堀さん声でかい。」

何人か周りの人間がびっくりしてこちらの様子を伺っている。けれどそれも堀さんと分かると直ぐに視線は外された。それにしても何にそんな驚いているのだ。

「苗字、何、あんた何。」
「いや堀さんが何。」
「誰と誰が別れるの。」
「堀さんと宮村。」
「そもそも付き合ってないわよ!」
「え、そうなの?」
「そうよ…。」

俺結構長いこと堀さんと宮村が付き合ってると思っていたし現に進藤にそう聞かされてたんだけど。そうか。むしろそれで宮村も堀さんも変なのか。1人納得していると担当の教師が入ってきてぞろぞろとみんなが席につき始める。もう補習が始まる時間か。

「ま、何でもいいけどあんまり宮村のこといじめないでね。俺の数少ない友達だから。」

堀さんが何か言いかけるも補習が始まれば口を閉じるしかない。別に何か返事を求めた分けじゃないから俺は気にしないが。何にしろ早くどうにかしてほしいものだ。宮村が元気がないのも堀さんが元気がないのも気になるし俺だけでなくみんな心配しているのだから。



「苗字くん。」
「よお仙石。」
「今から帰り?」
「うん、もう終わり。」

下駄箱に向かう最中に現れたのは最近見慣れてきた赤い頭。

「仙石は?」
「俺はもう1限…。」
「うわ、マジか。頑張れー。」

俺のやる気ない応援に呆れながら苦笑する仙石。そんなくだらないやり取りをしてる間に下駄箱に着こうとしていた。仙石に一声かけてから行こうとした矢先に響く破裂音のようなもの。パンッと乾いた音は思いのほか下駄箱に響いた。しかしあまり周囲に人が居なかったせいか気づいたのは俺と仙石だけであった。二人で顔を見合わせ柱の陰から覗いてみると堀さんと宮村が。けれど音の発端が分からず周囲を見渡すと落ちていたのは教科書。そしてよく見れば宮村が顔を抑えていたのが見える。

「え、何あれ。」
「京ちゃんが叩きつけたんだろうなぁ…。」
「マジか…。」

コソコソと会話をしている間にも事が進んでいるようで気付けば堀さんの姿は消えていた。それにしても堀さんがあんなにも大胆な人だったとは。そして異常なまでに怯えてる仙石も一体過去に何があったのやら。堀さんが去った安心感からか仙石は柱から体を出していた。

「怖え〜…。」
「あ。」
「超短期、暴力、理不尽、馬鹿力。怒りに任せた全ての行動。そして死…。」

不穏な呟きを残したままフラフラと去って行く仙石は少し不気味で止める気にもならない。それより宮村の方が心配だ。

「大丈夫か宮村。」
「名前にも見られてたの…。」
「ぶつけられてたとこだけ。」

乾いた笑いをしながら落ちた教科書を拾う宮村に俺は何と声をかけるべきか悩んでいた。だってこれは二人の問題だから。下手に口出しするわけにはいかない。

「…教科書、ちゃんと届けろよ。」
「うん…。」

教科書をジッと見つめる姿はあまりにも小さく頼りない。

「…名前。」
「ん。」
「俺、嫌われたかな。」
「馬鹿。」

軽く叩くとペシッと少し間抜けな音が鳴る。教科書を叩きつけられるよりはマシだろう。それにしてもやっぱり宮村はこういうところは変わらないというかなんというか。

「本当宮村馬鹿。」
「…。」
「堀さんのことは堀さんにしか分からないけど、それでも2年間避けられてた俺はお前のこと今でも嫌ってないんだからな。人間そんな簡単に誰かを嫌わねえんだからな。」
「名前…。」
「大体嫌われたら嫌われたで言いたいこと言い切ってしまえばいいんだ、それ以上下がることなんてないんだから。」
「それはどうかと…。」

さっきよりは少し元気が出たのか僅かに笑う宮村に安堵する。大丈夫だよ。だって本当に嫌いなら宮村のこと気にしたりしないんだから。だから早く仲直りしてくれ。俺を巻き込んだのはお前なんだから。あのワイワイした空間に俺を誘ったのは宮村なのだから。

「ホラ行ってこいよ。」
「うん、ありがとう名前。当たって砕けてくる。」
「骨は拾ってやるよ。」

思いっきり背中を押すもよろけずに勢いをそのままに宮村は駆けていく。誰かの元に駆けていくあいつを見るのは初めてで俺はどこか嬉しかった。