真夏日

下駄箱での出来事から数日。宮村と堀さんは付き合うことになったらしい。宮村から電話で知らされた。それが嬉しくもどこか寂しかった。とは言え祝福したい気持ちでいっぱいで教えてもらった翌日に思いっきり頭を撫でてやると嬉しそうな顔をしながらお礼を言われた。

ただ全員がハッピーエンドとはいかなかったらしい。けれどこればかりは誰も悪いわけじゃないし彼には彼で気にしてくれる人がいる。そしてやはり最後は時間が解決してくれるのを待つしかないだろう。しかし問題はそれだけではなかった。宮村と堀さんが付き合っているという噂がどこからか学校中に広まった。それだけなら問題はないが幼稚な奴らは一見暗い宮村と美人な堀さんが付き合っているというのに納得が出来ないらしい。いや単に面白がっているだけだろう。あの二人がからかわれているのを見かけるようになった。そして俺の機嫌は最低レベルにまで落ちきっていた。

「ねえ苗字くん。」
「…何。」
「なんかね、一組の堀さんと宮村くん付き合ってるらしいよ〜。」
「分かるかな…あのギャルっぽい人と暗い人なんだけど。」
「それなら苗字くんとのがお似合いだよねえ!」
「何で宮村って感じ!堀さん見る目なーい。」

そんな俺に気づいていないのか話しかけてくる女子数人。俺が何も返さないのをいい事にペラペラと彼女達の口はよく回る。名前もよく覚えてないたぶんクラスメイトである彼女達は何の意図を持ってそんなことを俺に言うのだろうか。確かに俺は堀さん達と仲良くなって日が浅いから周知の事実ではないのかもしれない。そして俺がここで事を荒げるのが間違っていることも分かっている。それでも俺の気は長くない。

「俺宮村とは中学から仲良いんだよね。今もずっと。」
「え。」
「堀さん見る目あるわ〜、俺の大親友の宮村選ぶなんて。俺とは違って宮村優しいからさあ。」
「そ、そうなんだ…。」
「な、仲良いんだ、いっいいなぁ〜…。」

みるみる顔を青くさせていく様は滑稽だった。何も考えずに喋るからこうなるのだ。学校なんて小さな枠組み誰と誰が繋がっているかなんて分からないんだから。

「ところでお前ら誰。」

ピシリ

空気が凍る音ってこんな感じだろうか、なんてどこか他人事のように思う。暑いはずなのにここだけは嫌に涼しい。いや俺は暑いが彼女達に流れる汗の理由は暑いからではないだろう。

「もお苗字ー、暑いからってイライラすんなって!てかまだクラスの人の名前覚えてないわけ?え、まさか……俺の名前は覚えてるよね!?」

突然の肩への衝撃と大きな声。視界に映るのは見慣れた緑であった。

「……誰だっけ。」
「井浦だよー!!苗字、馬鹿、この馬鹿!」
「嘘だよ知ってるって。」

井浦の俺と女子達への気遣いに笑みが漏れる。さっきの女子は今の間に逃げたらしくもう居なかった。なんとも優しい奴である。

「あ、そうだ古典の教科書忘れたんだった。石川に借りてこよ〜。苗字付いて来て。」
「何で、面倒くさい。」
「釣れない事言うなよ〜!」

グイグイと引かれるが反対するのは口だけで大した抵抗もせず付いていく。

「よーっす!」

ガラガラと他クラスだという躊躇いもなく扉を開ける井浦に続いて入っていく。しかし急に目の前の井浦がピタリと止まり入り口を塞いでしまう。

「いう…」



「わーーーーーーーー!!」



「っ、うるさい、何。」
「宮村髪切ったんだぁ〜、びっくりした〜。」
「…は?」

一向に退かない井浦から聞き捨てならない言葉が聞こえてうるさい緑を押し退ける。目の前にいたのはよくよく見覚えのある顔と見たことのない格好をした親友の姿だった。

「み、は?みや。え?……え?」
「お、落ち着け苗字。」
「宮村……?」
「そうだよ。」

バッサリと切られた髪から覗くのはずっと隠していたピアス。そして何よりも宮村の顔は清々しい。きっと切った理由は堀さんでこんなにも明るくなったのも堀さんのおかげなのだろう。むず痒さはあるものの何よりも気になるのはやはり見慣れない姿であった。

「…これ慣れるの時間かかるかも。」
「そう?」
「だってあんなだった宮村がさ〜。」

かなりスッキリした頭を犬にするようなそれで撫で回す。漂うワックスの香りも初めての物だ。手の中で宮村が抵抗するのも気にせずもみくちゃにしていると急に部屋の気温が下がった気がした。

「うわ、おいっ苗字やめろ!」
「堀が…!」
「へ?」

うわ、なんか堀さんの周りだけ吹雪いてるように見えるんですが。高圧的な目はさながら女王の様だ。女王に会ったことなんて無いけれど。まさか真夏にこんな凍えるとは思わなかった。

「さ、寒いな井浦。そろそろ教室戻るかー。」
「うん、そうしよう。」