おはようから始めよう
    手伝います

    「本当に大丈夫?」
    「大丈夫だって。リボーンにも言われてるでしょ?」
    「そうだけどこれは流石に…。」

    放課後、俺とツナはとある教室に繋がる廊下で問答を繰り返していた。

    昼休み、屋上でご飯を食べている時にリボーンが急にやってきた。何で学校に?と言う疑問を問おうとしてもみんなは当たり前のように受け入れていたし、本人も用があって来たそうで聞くタイミングを逃してしまった。その用と言うのも俺に放課後、応接室に行けと言うものであった。何でも仕事を手伝って欲しいのだとか。そこでも何故リボーンがそれを告げるのかだとか何故応接室なのか、何の仕事なのかは彼等が騒ぎ出した事によって聞けずじまいだ。俺が何か言う間も無くリボーンの用事に反発する3人だったが彼が銃を出すとそれもピタリと止まった。オモチャの銃にそこまでの効果がある辺り3人とも子供の遊びに付き合ってあげる子供思いだ。

    そして俺が応接室とやらに簡単に辿り着けないだろうと見越したリボーンはツナを案内役に任命した。ここまでで察してくれるだろうか。俺の意思は一度も聞かれていない。流されるまま手伝う前提である。勿論困っている人がいるなら助けるけれど一度ぐらい聞いてくれても良いだろう。ツナは最後まで反対のようで応接室が目の前に見えていてもなかなか帰ろうとしない。俺を送ったら速やかに帰るよう昼に言われている為このままだとまたリボーンに怒られないだろうか。

    「よく分かんないけど、何か学校の仕事でしょ?リボーンが俺にわざわざ言うって事は俺が役に立つと思ったからだし大丈夫だって。期待に応えてお手伝いしてくるよ。」
    「そうじゃないんだよっ…!ここ応接室はとある委員会が使ってて…。」
    「応接室を委員会が使ってるの?じゃあお偉いさんなんだ。」
    「そ、そうなんだけど、違うんだよ!ここ使ってるのは…!」
    「うん?」
    「風紀い…」
    「何廊下で騒いでるの。」

    何か言おうとしたツナの言葉に被さるように放たれた声はあまり聞き覚えがなかった。声の出元は俺たちの横にあった扉の先かららしく開かれた扉の前にいたのは雲雀さんだ。雲雀さんだ。あの朝から凄い威圧感を撒き散らして服装検査をしていた雲雀さんだ。つまり風紀委員会だ。まさか手伝いって。

    「リボーンが言ってたのって風紀委員会の…?」
    「ヒィッ…!!」
    「君かい?赤ん坊の言ってたのは。」
    「た、多分そうです。」
    「そう、じゃあ早く中入れば?僕も暇じゃない。」
    「あ、はい…。」

    雲雀さんの視界に怯えきっているツナは目に入らないのかそれともそれ程忙しいのかさっさと中に入るよう促してくる。トントン拍子に話が進んでいるのに漸く気づいたツナは慌てたように俺の手を取った。

    「大丈夫…?」
    「心配性だなぁ、ツナは。大丈夫ただのお手伝いだよ?」
    「ただので済むわけないなら心配なんだよっ!」

    早くしないとそれこそ雲雀さんの導火線に火を点けかねないんだけれどそれにツナは気付いているのだろうか。そう思っていると一度中に入った雲雀さんが戻ってきた。ほら言わんこっちゃない。

    「何してるの。沢田綱吉、君に用はない。今忙しいんだ、猫の手を借りたいぐらいね。邪魔するなら…」
    「す、すみません帰ります!!」

    半ば脅しのような雲雀さんにビビったツナは帰っていった。確かに大丈夫って言ったけど変わり身の早さにびっくりだよ俺は。

    「そこの机使ってこの書類をどうにかして。」
    「えっ。」
    「いくらあの赤ん坊が言ったとはいえ僕は君が使えると思っていないから、使えなかった際は咬み殺す。」
    「えっ。」

    そんな馬鹿な。

    もうここまで来たら逃げる事が出来ないからやる気はあるけれどまさか説明を放り投げとは。しかも使えなかったらあの例のトンファーとやらでボコ殴りされそうだ。これミスの1つでもしたらどうなるんだ?考えるだけで恐ろしい。

    「…草壁だ。分からないことがあれば聞いてくれ。」
    「苗字です、お願いします。」

    部屋に入ってからずっと様子を伺っていた人は草壁さんと言うらしい。リーゼントで厳つく見えるけれど案外この人は優しそうだ。とりあえずどういった書類か確認しようと机に座るとあるのは電卓とペン。あと数えたくもない枚数の紙の束。よく見るとこれ学校関係無いものまで入っていないか?風紀委員こんな事までしてるの?何なのこの学校の風紀委員。と言うか全ては雲雀さんが原因なのだろうけど。

    パラパラと見ると全て会計などの計算が必要な書類ばかりであった。その手の書類だけでこんなにあるなら他の書類の量も相当だろう。確かにこれは人手が必要だ。逃げれるわけでも無いし頼まれたからにはやるしかない。それに俺なんかが役に立てるならそれはとても喜ばしい事だ。複雑な計算も必要ではなさそうだしこれなら電卓を使う方が時間がかかる。決して打つのが遅いとかでは無い、決して。



    「あの、草壁さん。」
    「何だ。」
    「この書類は俺じゃ見れないですよね。」
    「……あぁ、そうだな。これは委員長のだ。紛れていたか。」
    「あとこっちの終わった分なので署名とかだけお願いします。」
    「……は?終わったって、まだ30分経ってないのにこの枚数をか?」

    目の前にあるのは幾らか減った紙の束とその横には記入の終わったものの束。訝しむような草壁さんの視線が痛い。恐らく間違いはない筈、と言うかこの程度も出来なければ俺の取り柄は無い。

    「電卓も使ってなかったな……委員長…。」
    「………一枚でいい。」
    「はい…。」

    短い二人の会話の中身は付き合いの浅い俺では理解が出来なかった。着いていけない俺を他所に草壁さんは終わったはずの束から一枚だけ抜き取り電卓を叩き出した。そうか、ちゃんとやってないと思われたのか。電卓も使わず確かにこの枚数はおかしく見えてしまうのかも知れない。無い筈なのにもし間違えていたらと思うと変な緊張が走る。手持ち無沙汰で待つ事数分。その間何故か雲雀さんも作業を中断して草壁さんの作業が終わるのを待っていた。

    「委員長、間違いはありません。」
    「そう、じゃあもう疑いようも無いね草壁。」
    「はい。」
    「存外君は使えるみたいだ。」

    そう言い僅かに目を細め緩りと口角が上がったその顔は少し楽しそうだ。というか雲雀さんって笑うのか。予想外の笑顔に驚くのと同時にこうしていれば綺麗な顔なのだから常に笑っていれば良いのにと思う。校門前で見た時本当に怖かった。

    「今日に限らず手伝わせてあげなくもない。なんなら委員会に入るかい?」
    「え、いやっ、はっ!?」
    「君なんかにも特技の1つはあるものなんだね。こんな使えるとは思ってなかったよ。精々いいサンドバックになってくれと思ってたからね。」
    「サンドバック…!?」
    「落ち着け、使えなかった場合の話だ。予想外だ。それほどお前の働きには眼を見張るものがある。俺も頼みたいぐらいだ。正直なところ委員長以外頭は見ての通りなところがあってな。」

    あれ、俺サンドバック要員で呼ばれてたんですか。リボーン俺が期待外れだったらどうするつもりだったんだ。そもそもどういう意図で俺を送り込んだかは全然分からないけれど。しかも当たり前みたいに行ってくるのおかしくない?心底自分の計算力に感謝した。

    「委員になるのは…ちょっと、無理ですけど…お手伝いならしますよ。俺でいいなら…。」
    「君は本当…変だね。」
    「そうですか?」
    「あぁ、変だよ。変わってる。」
    「はぁ…。」

    やっぱり少し楽しそうに見える。よく分からないけれど、俺は雲雀さんにとって変わってるらしくそれが面白いのだろうか。俺からしてみれば雲雀さんの方がよっぽど変わってるのに。何にしろ俺で楽しそうにされるのは悪い気分じゃない。

    「手が止まってるよ。」
    「あ、すみません。」
    「お茶淹れますね。」

    そしてこの空間も案外悪くない。

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