The lost future

未来なんてそう簡単に変わらない。そう教えてくれたのは彼であったがそれを否定したのもまた彼であった。そしてそれを教えられ否定される未来は確かにあったのに今はもう無くなってしまった。



それは本来なら知り得るはずの無かった未来の夢。僕の知らない未来の話。何の因果か知ってしまった。そして知らなければ今までと何も変わらずに居ることができたもの。僕の人生を変えたのは彼なのか彼等なのか。"僕"ならば知って居たのだろうか。



「びゃ、くらん!!」
「苗字!?う、わ、止まれって!!」
「白蘭!!」
「何でここにいるんだよって、聞いてねえな!危ねえから動くなって巻き込まれるぞ!」

喉が裂けそうな程"僕"は叫んでいた。ここにいる事が理解できずとも騒ぎの中心に行かせるのは危険だと思った山本が"僕"を抑えつける。何故こんな所に知り合いが居るのかそして知らない人達は誰なのか。そして何故騒ぎの中心に彼が居るのか。沢山の分からない事よりも彼の安否にばかり気が行く、というよりもそれ以外どうでも良かった。彼に危害を加えているのは過去の同級生であったが今この時は事の発端がどうであれ"僕"にとってはただの敵であった。例え今この現状の原因が彼であってもだ。

「離せ、離せってば!」
「っ!」

知り合いは信じられないとばかりに、知らない人達は自分達の敵だと疑っている。それで間違いじゃない。紛れもなく"僕"は彼の味方であるし彼等の敵だ。ただこの場の人間の相手をしている場合ではなかった。いつも真っ白な彼にいくつもの血が飛散しているのが遠くからでも分かった。そしてそれが彼自身のものであることも。自分のことじゃないのに体中同じように痛く感じたし胸なんて張り裂けそうだ。

「白蘭!!」

届いているのか届いていないのか。分からないけれど叫ばずには居られなかった。このどうしようもない不安は内に留めて置く事など出来ない。昔馴染みだったお陰か怪我を加えないよう手加減された拘束は全力で抵抗すればふり解ける程度の物だった。涙でぼやけた視界の中でも白だけはやけにくっきりと見えて居た。彼の目前まで迫った時、それは既に遅かった。

「名前。」

この場に来た時から一度も合わない視線は漸く合う。彼はただ一言、名前を。"僕"の名前をポツリと零す。こんな喧騒の中それだけははっきりと確かに聞こえたのだ。自分に向かって。いつもの呼びかける時のふざけた呼び方ではなく、彼が愛を囁く言葉の代わりに使う呼び方。"僕"にとってとても甘い言葉。愛されていると実感する瞬間。"僕"にだけ向ける眉が下がり目を細めた優しい笑い方と共に。

「っ、白蘭…、白蘭!!」

瞬間目を開けて居られないほどの光が走る。光が収まり目がようやく開けられる頃には目の前から彼は消えて居た。瞬間的に事実を悟るも本能的にそれを認める事など出来なかった。心臓は痛い程鳴り響いてる癖に呼吸は途端に下手になる。ヒューヒューと溢れる息の音をまるで他人事の様に感じながら彼に伸ばしていた手は掴むはずだったものを通り過ぎて宙を彷徨っていた。

僕が見たのはそこまでだった。気を失ったのだろう。そしてその間にこの夢は終結したのだ。結局僕は事の全てを知ることはなくただ彼等が関わっていた間のみの事しか知れなかった。つまり始まりと結末については全く分からないのだ。

それでも今の僕に及ぼされた影響は僕自身受け入れきれない物だった。恐ろしい程の味わった事がない他人への愛しさ、そして虚しさ。彼を失う哀しみ。愛しい人を目の前で失くす苦しみ。愛しい人を奪った者への憎しみ、恨み。全て僕の知らないものであったが全て"僕"のものである事に変わりはなかった。

"僕"は白蘭という男が好きであった。夢の中でしか知らない覚えの無い人物であった。記憶にないと言うことは近い未来出会う筈だった僕の知らない男であった。それでも夢は僕に"僕"の記憶を植え付けた。知らないはずの人と感情を無抵抗に与えられたのだ。まるでそれは洗脳の様でそれまで当然無かった物が夢から覚めた僕には当たり前のように感じた。僕は白蘭が好き。その一つの思いが僕の心を占める。自分でも突然何をとは思った。知らない人を、夢で見ただけの人を。好きだなんて。それでも夢で見た白蘭は"僕"にとって全てで世界であった。幼い僕がそれを純粋に受け取ってしまうのは至極当然である。刷り込みに近いそれは僕の当たり前になってしまったのだ。僕は白蘭を好きになってしまった。

未来なんて簡単に変わらない。いつも楽しそうにそう言う白蘭を"僕"は覚えている。そして彼はその身をもって彼自身で否定した。未来は変わる。簡単ではないとしてもきっと僕にだって変えられるはずなのだ。白蘭が僕の側にいる未来。それを僕は手に入れてみせる。その為ならね、君達と敵になろうが殺し合うことになろうが構わないんだよ。

「ねぇ、沢田。」