It's close and far

あの夢を見てから何度も同じ夢を見る。



「名前。」



優しげに微笑む彼が僕を呼ぶ。そして次の瞬間に彼は何処にもいなくて、僕独りが海辺に立ち尽くす。暗く何も映らず波の音だけが聞こえる。ずっとそのまま独りで海を見ている夢。目を覚ましてもやはり僕は独りだった。

どうしてこんなにも白蘭に惹かれるのだろうか。あの夢を見た時から時が過ぎれば過ぎるほど、植え付けられたものを受け入れられなくなる。現実で会った訳じゃないのに。自分自身そう思わない訳じゃなかった。沢田に言われずとも。思い込みなのかも知れないと考えた。夢で見た白蘭がただ"僕"だけを呼んでいたならきっと僕は白蘭を好きにならなかった。あの時の彼が呼んだのはきっと"僕"だけじゃなかったから。だから僕は。

「なんて全部、思い込みかもしれないけど。」

手の中にある白い羽。確かにこれは現実だった。真っ白で汚れのない羽。白蘭の物だと思っているが、そう思いたいだけなのかも知れない。夢だってそうだ。彼が呼んだ中に僕も含まれていると思いたいだけなのかも知れない。この気持ちを正当化する理由が僕には無い。そしてその理由が僕は欲しい。

屋上の強い風に飛ばされないようにしながらも僕は昨日拾った羽を眺めていた。僕と白蘭を唯一繋いでくれるかも知れない羽。もしかしたら今、近くに居る可能性を示す証拠。そしてこれは小さな希望だ。


バンッ!!


煩く音を立てる扉に何事かと振り返る。そこに居たのは沢田だった。何かから逃げて来たように慌てて屋上にやって来た沢田は僕の顔を見た途端、更に焦ったような顔をした。現にこうして顔を合わすのはあの日の教室以来である。

「っわ、えっ…と……苗字くん…。」
「沢田…。」

何かから逃げたくてここに来た沢田としては戻れば意味が無くなるのだろう。しかし予想外にも僕が居たからどうすればいいのか分からないようだ。僕としてもあまり見たくはない顔だから、と逸らすと視界に入る手。そしてその手の中の存在を思い出した。

「丁度良かったよ。沢田に聞きたい事があるんだ。」
「な、何?」
「これ。」

手の中にある羽を沢田に見えやすいように掲げる。虚を突かれたのか表情は固まりぽかんとしていた。見ただけではこれが何か、彼には分からないみたいだ。

「昨日歩いてたら拾ったんだよね。」
「羽?」
「そう、羽。」
「それが一体…。」
「白蘭の羽に似てると思わない?」
「!!」

ダメだよ、沢田。知られたくないなら表情を変えちゃ。

「心当たり、あるんだ。」
「ない、ないよっ!」
「もしかして、この近くに居るの?」
「っ!!」

目線は泳ぎ続けて全く合わない。本当、なんて素直な人間だろうか。マフィアのボスとしては短所だろうが彼の長所はここだろう。何にせよ分かりやすくて助かることだ。

「沢田は隠し事が下手だね。」
「な、何のことかさっぱり…!」

沢田の足は徐々に扉の方に向いていた。どうせ同じ学校で同じ教室なのだから逃げても意味が無いのに。

「ぉ、俺、そろそろ行くね!」
「待ってよ。」

逃げようとする沢田より早く、ドアノブを抑える。壁と俺に挟まれた沢田に逃げ場はない。嘘をつくのが下手な沢田から今の内に話を聞き出さなければ、また白蘭から遠のいてしまう。沢田がここに来てから、目線は一度も合わない。

「居るんだろう。」
「ぅっ………。」
「並盛に居る理由は何でもいいだよ。どうせ君も関係してるという事はマフィア絡みだろうしね。ただね、1つだけ。」
「…?」
「何で、白蘭は僕に会いに来ないんだ。」
「えっ、」
「何で……っ!」

近くに居るのに。彼が僕の居場所を知らないはずがないのに、何故。この雰囲気じゃ沢田は白蘭に会っている。関係者だから?そんなの僕だって白蘭にとっては関係者じゃないのか。巻き込みたく無くても会いに来たって良いはずなんだ。監視が付いていたって彼なら会えるはずなのに。会えない訳じゃ無いはずなのに何で。

「考えられるのは、白蘭が僕の事を知らないか、僕の事なんて興味がないか。どっちだと思う?」
「どっちって…。」
「僕のしてきた事って無駄だったのかな。…生きてたら良いなんて言わないよ。だって生きてるからこそ会いたいんだ。なのに、何で。」
「違う、きっと白蘭は苗字くんを思って!」
「僕を思ってるなら今すぐ僕に会うべきだ。僕の人生をあの夢がどれだけ変えたと思う?僕をどれだけ白蘭が変えたと思う?現場に居た君には分からないだろうけど。」
「何でそこまでして…危ないかもしれないのに!」

さっきまでの怯えは何処に行ったのか沢田の目は真っ直ぐと僕を見ていた。僕が危険な事に首を突っ込むのを心配している目。何処までも真っ直ぐに僕を心配している目。きっと沢田は白蘭以上に僕の事を知らない筈なのに何でこんなにも僕を気にかけるのだろうか。最近まで全く関わった事のないただのクラスメイトだったのに。もしこの目が負い目に依るものならなんて腹の立つ事だろう。

「もう白蘭を知る前の僕に戻れないんだよ。あの夢の記憶は無くならない。無責任に君達の行いによって植え付けられたから。知らない振りなんて出来ないんだよ。」
「そ、れは………。」
「うんでも、僕のこの気持ちも"あの時"の白蘭も僕の思い違いかも知れないね。」
「苗字くん、」

もし、未来で"僕"を呼んだのが本当に"僕"だけだったら。もし、この想いが僕の独り善がりなものなら。この羽が僕と白蘭を繋ぐ物ではないのなら。この想いは、何処に。何処に。

「ねえ、それなら僕はどうすれば良い…?」

誰か、僕を助けて。