An eyelid was closed

完璧に管理された空調は治りかけの身体には合わず、窓から入り込む夜風が冷たくて寧ろ熱を持つ傷には気持ちが良いぐらいだ。晴れの炎で動くのに不備がない程度には治ったが心配性のボスは退院を許さなかった。しかし話に聞いただけだが新勢力が現れた今、チームとして脱落してるとは言えこのまま入院していたところで綱吉クンのチームが勝てるとは思えない。ましてや僕を含めどのチームもボロボロだと聞いた。こんな状況ではユニチャンの願いは叶えられない。それはつまり。

「……うーん、どうしよっかな。」

彼女は綱吉クンの勝利が僕と名前の未来に繋がると言った。だけどこの闘いの終着点は未だ見えてこない。どうすれば僕等が共に生きていける未来になる?マシュマロの甘さが疲れた脳に程良く染みる。カーテンの隙間から覗く丸い月はいつか見た海を思い出す。あぁ、会いたい。名前に、会いたい。どうすればいい。

突然強い風がカーテンをはためかせた。そこにある気配には覚えがある。そろそろ来る頃だとは思っていたから驚きはしない。ただ何かを強く決意した顔は少し予想外だった。そんな場合じゃない事は分かってはいるけど、それでも、やっぱり彼は面白い。

「やあ君か。」
「あぁ白蘭。話がある。」
「うん、聞こうか。」



「成る程ね、ユニチャンが君らのチームを勝たせる事を目的としていたのも納得がいくよ。」
「どう言う事だ?」
「流石に次期アルコバレーノを選ぶ為とは知らなかっただろうけど。君が何かするとは思ってたんだろうね。ユニチャンが勝つ場合はこんな方法思いつかなかっただろうし、その場合は僕も次期アルコバレーノ候補だろうから。」
「そんなっ、」
「そう、そうなったら僕は名前に会えない。」

ユニチャンは何となくでも分かっていたから、僕と名前の為と言ったんだ。ただ、綱吉クンが勝ったとして僕と名前の未来が守られたとして…それでも失敗すればユニチャンは死ぬ。それで僕は名前に会って、どんな顔をすればいい?

「綱吉クン。」

僕がそう呼び掛けると勘のいい彼は死ぬ気モードを解いた。

「絶対成功するって言えるのかな、それは。」
「うん、成功させてみせるよ。絶対に。」

死ぬ気モードが無くともその顔か。全く彼には畏れいる。何の確証も無いというのに。

「そう、じゃあ僕も付き合うよ。」
「えっ!?」
「……チョット、何をそんなに驚いてるのかな?」
「い、いや、白蘭怪我してるし!」
「あぁコレ?全然問題ないよこんなの。ほぼ治ってるし。」
「それに…!」
「それに?」
「バミューダ達、本当に強くてっ…もし、白蘭が…………。」

もし、僕が死んだら。会ったことのない僕の為に名前は泣いてくれるだろうか。きっと泣いて、泣いて誰にもその顔を見せない。今僕が思い出すのは未来での名前の泣き顔ばかりだ。僕に今の名前の記憶が無いから。あんな名前の顔は二度と見たく無いしさせたくも無い。例え僕の知らないこの世界の名前であってもそれは同じだ。

「そうは言っても僕の手が必要だから話に来たんじゃないの?」
「それは、そうだけどっ。」
「どっちにしろ僕らには君が勝つ以外、未来は無いんだ。ここで寝ててもね。だから勝てる可能性が上がるって言うなら幾らでも戦うよ。ユニチャンを死なせるわけにはいかないしね。」
「何で、そこまで…。」
「名前とユニチャンが友達になれるかも知れないでしょ。」
「へっ?」

保険、なんて言えば名前にもユニチャンにも、綱吉クンにも怒られるだろうけれど。

「…俺には白蘭が正しいのか、苗字くんが正しいのか分からない。でも苗字くんは白蘭が自分の事知らないんじゃないか、興味ないんじゃないかって言ってたよ。」
「そんな訳無いじゃん。」
「苗字くんはそんなの知らないよ!俺達が何を言っても信用されない。だって苗字くんにとって俺達は、仇だから…。でもお前が一言どうにか伝えたら苗字くんだって、安心して…!白蘭が並盛に居るのにも気付いてるのに、いつも苦しそうで!」
「名前も綱吉クンも子供だなぁ。」

波打つ様な感情を必死に抑えている名前は簡単に頭に浮かぶ。泣くのを必死に堪えて海に逃げて足踏みしてる名前。馬鹿じゃないから足踏みをして大人じゃ無いから納得が出来ない。真っ白で純粋な可愛い子。

「名前を知ってる自信がある僕から言わせて貰うと余計なお世話と心配だよ。」
「なっ、そんな言い方!」
「悩んでる間は大丈夫。」
「!」
「少しでも希望があるなら絶対に死なないよ。たった小さな砂つぶみたいな希望でもね…その希望を信じちゃうんだ。」
「白蘭、」
「名前はあれでもロマンチストだからね。」

カーテンの隙間から覗く月は僕らの現状なんて関係無いと言うように優しい光を宿している。名前と海で似たような月を何度も見た。名前にも見えているだろうか。優しい光に見えているだろうか。

「見えて、無いだろうね。」

綱吉クンが去った静かな病室で思わず笑ってしまう。小さく縮こまって泣かないように踏み外さないように耐えてるのだろう。生きてくれれば良い、なんて綺麗事は思えない。けれど僕にとっても名前が生きているだけでそれは小さな希望になるから。



「ーーーーっ……。」

腹に刺さっていたものが抜けると同時にそこがぽっかりと穴が空いてるのが分かる。そこが燃える様に熱い。どくどくと血が流れているのが分かるのに反対に心臓の音はゆっくりと遠退いている気がした。僕にとっては二度目の、死の予感。唯一の救いは、今度こそこんな姿を名前に見られずに済んだ事だろう。あんな顔をもう一度させずに済んだ。逆境に追い込まれた綱吉クンの強さは身をもって知っている。だから、彼はきっと負けない。ユニチャンの事もなんとかなるだろう。本当に保険になるとは思ってもいなかったけれど。掛けといて、良かった。きっと気に掛けてくれるから。ユニチャンの言葉なら名前も聞いてくれる筈。だから、そのうち会ったこともない夢で見ただけの人間なんて。忘れて。生きて。

「………名前、」





会いたかったなぁ