The future beyond of the sea

未来なんてそう簡単に変わらない。そう教えてくれたのは彼であったがそれを否定したのもまた彼であった。そしてそれを教えられ否定される未来は確かにあったのに今はもう無くなってしまった。



けれど、




並盛にここ最近あった張り詰めた空気は突然無くなった。その証拠に沢田達はまた学校に普通に登校をし出した。最近怪我が多かったがその原因が解決したのだろう。なのに、彼が僕の前に現れない理由は。つまり、まあ、そういう事なんだろう。

静かな海辺に僅かに聞こえる風の音。有ったはずの僕の足跡はだんだんと風に掻き消される。ここまで来た道標は見えなくなっていく。夜の冷たい海水が僕の足元に波を打ち徐々に体温が奪われてきた。海面に映る月の光が眩しく、白く、僕を照らす。その光はちっぽけな存在など消してしまいそうだ。

このまま沈んで行けたらどんなに楽だろうか。僕の手の中にある1枚の白い羽根だけが僕をなんとかここに繋ぎ止めていた。

「白蘭…。」

望んだ人は現れない。僕の呟きに返事をする人は居ない。海に浸った足の感覚は徐々に無くなってきた。冷たくて、冷たくて、寂しくて、泣きたくなる。暗くて冷たくて。このまま沈んで、海と一つになるのも悪くは無いのかも知れない。頬を伝い口に付着する雫は塩辛くて、目が痛くて。まるで海に沈んでいってるようだ。止まらず零れるそれは一滴一滴海と一つになっていく。

もう、いいだろう。

足はその一歩を踏み出した。





「白蘭っ!」
「白蘭さん!」
「…………。」

目が覚めて一番最初に視界に入ったのは正チャンとブルーベルだった。その事に落胆してしまったのは許して欲しい。



「まさか、生きてるなんてね。」

傷を負った身体は引き攣る感覚はあれど内蔵や骨の異常は無かった。マーモンチャンによって作られた幻覚の内臓のお陰で僕は死なずに済んだらしい。見舞いに来ていたブルーベルや正チャンが事の顛末を教えてくれた。結論を言うなら綱吉クンの完全勝利。作戦は上手くいきアルコバレーノの呪いも解けたそうだ。僕の役目も一先ず終わりまた監視生活に元通り。他の入院患者の見舞いに来たであろう綱吉クンを揶揄って騒動がひと段落し、また僕は大人しくベッドに寝転んでいた。

「それで、これは何かな?」

静かになった病院の一室には異様なメンバーが揃っていた。門外顧問である沢田家光はまだ分かる。僕の再拘束に来たのだろうから。けれど、ユニチャンと綱吉クン、リボーンクンまで居るのは予想外だ。

「先ず脱走の件に関してだが、アリアさんが関与してた裏付けが取れた。9代目にも確認済みだ。」
「へぇ?」
「特段その事に対しての罰則は無しだと9代目直々からのお達しだ。」
「あぁそう。」
「そして今回の件に関してもお前の助力が多かったと聞いている。この前の山本武の事といい評価されるべき成果だ。しかし未だ衰えないその強大な力は健在だ。」
「…回りくどいな、何が言いたいのかな?」

家光サン以外は何も言わずにただそこに居るだけだ。何処か胡散臭く出口の見えない問答に段々と腹が立つ。窓も何もない白い部屋。忘れそうになるが本来僕が今居るべき場所はあそこなのだ。

「ボンゴレでこれ以上お前から有益な情報を握れないと判断した。」
「今後、白蘭の監視は我がジッリョネロが担います。」
「………は?」
「制限は1つ。…たまに苗字さんとジッリョネロに遊びに来て下さい。マシュマロでもご用意します。」
「何を言って、」
「簡単に言うと、無罪放免って事だな。」
「…ハ、ハハッ、そんなバカな事まかり通る訳が無い!僕が何をしたか忘れた訳じゃないでしょ!」
「忘れるわけ無いだろ!」

動揺を隠すことも出来ない僕に被せる様に、ここまで黙っていた綱吉クンの大きな声は場は鎮めた。

「でも、山本を助けてくれた!今回だってそうだ!それだけで良いんだよ、それだけで俺はお前を信じれる。」
「だからって…!」
「今日までお前に危険性が感じられなかった。だからこその判断だ。ボンゴレとしてな。やってきたこと全部、苗字名前に会うためだろう。それとも全て嘘だったのか?」
「嘘なものか…そこにだけは絶対に嘘はないよ。」
「白蘭……もう良いんだよ。確かに未来の事は白蘭がやった事で許せるわけが無いよ、でもここに居る白蘭じゃない。白蘭、ここに居るお前自身の未来も見てよ。」

悔しくも綱吉クンの一言に肩の力が抜け落ちる。正直なところ、名前の普通の生活が守られるならそれだけで良いと思っていた。彼の邪魔になるくらいならどんな待遇でも甘んじて受け入れるつもりでいた。だって僕は知ってしまったから。僕のたった一つが名前だと。だから守れると言うのなら、別に会うことを諦めたって良かったのだ。だけど叶うなら、と欲が出てきてしまう。

「貴方が手伝ってくれたから私はまだ生きていけるのです。貴方が私に未来をくれた。」
「ユニチャン…。」
「ありがとうございます、白蘭。」

そう笑うユニチャンに心底敵わないと思い知らされる。いつだって彼女には負けてばかりだ。そんな自分に呆れて笑えてくる。らしくもなく落ち着いてしまう。どう出会って名前を驚かそうか。そんな事を考えている矢先に何かの電子音が鳴り響いた。サイズの合わない携帯を取り出したリボーンクンは静かにそれに耳を傾けていた。

「今連絡が入った。苗字名前の行方が途絶えたそうだ。人員をこっちに割きすぎたな。」
「名前も破天荒だねぇ。」
「そんなこと言ってる場合か!病院で言ったこと忘れたのかよ!」
「僕が名前を忘れてるか、興味ないか。だっけ?」
「苗字くんは白蘭が並盛に居るのに気付いてた。俺と同じ何かしらの騒動に巻き込まれてるのも…。多分、それが終わった事にも気付いてるよ。なら思うはずだ。終わったのに何で会いに来ないんだって。もう数日も経ってるのに…。」
「……。」
「白蘭じゃなきゃ苗字くんは助けられないんだよ。もうあんな苦しそうな顔、見たくない。」
「白蘭、今度は苗字さんの未来を助けてあげてください。」

身体は、軽かった。

何処にいるか、なんて決まってる。たとえ名前にそのつもりがなくても、僕らが出会うのはそこだと決まっている。それだけは絶対に変わらない。






「…………名前。」



僕の意識はもう正しく無いのかも知れない。散々望んでも聞こえなかった声が今になって聞こえる。

「名前。」

再度呼ばれる声は1回目よりはっきりとしていた。水の重い抵抗を受けながら僕は後ろを振り向いた。砂浜に居たのは1人の細身の白い男だった。

「初めまして、の方がいいのかな。」

"それ"は濡れるのも気にせずに海に半身浸かった僕に近付いてくる。月の光を反射する白い髪はキラキラしていて眩しい。僕の手元にある羽根の白とよく似ている。目の前の白は見慣れないけれど見覚えはあった。とうとう幻覚まで見える頭のおかしいやつにでもなってしまったのだろうか。"それ"は目が合うと哀しそうな笑顔で僕を見てくる。

「どうして泣いてるの。」
「幻覚かなって、死ぬ間際に最後に神様が見せてくれてる。」
「…死なないでよ。やっと会えたんだから。」
「だって、来なかった。」
「……、」
「来なかった。」
「ごめんね。」
「来ないと、思ってた。僕の独り善がりなんじゃないかって。あんな夢、信じて…馬鹿みたいに…!もう、意味なんか無いんじゃないかって…!」
「うん、ごめん。」

そう彼は謝り僕の手を取った。冷たそうなのに。暖かい手だった。

生きてる。白蘭だ。白蘭。ずっと探してた。白蘭。

滲む視界の端に光が射した。いつの間にか月は沈んで、太陽が昇り出していた。夜明けだ。

「白蘭、」
「ごめんね名前。」
「白蘭…!」
「今までを許さなくて良いから。」
「っ、うん…。」





けれど、

もしこれが本当に運命だと言うのなら





「ずっと一緒に居るから。」
「うん。」
「これからを信じてよ。」

そう優しく笑う彼に僕は一目惚れをする。





どこかに居る"僕"を見つけてくれないだろうか