「一時帰宅、ですか…。」
「ああ、3日間自宅への帰宅を許可する。勿論監視は着く上、必要以上の外出も極力控えてもらう必要があるが。」
「…沢田がそう?」
「……あぁ。」
嘘だな。
そう分かってはいても僕に拒否する権利なんて無かった。拒否した所で今より酷い扱いを受けるだけだ。
建前としては身体的に落ち着いたから今度は精神状況を省みて、僕の気が狂わないかを心配してと言ったところだろう。本来の目的は違うはずだ。何か、は分からないけれど。けど僕にとって得なことなど何1つないのだろう。そして沢田がそんな事命令するとは思えない。
僕に病室で話をしてくれた日以来、沢田や入江さんとは会えていなかった。件の当事者である上にマフィアのボスとして忙しいのだろう。あの日、僕にとって2人が仇同然であると分かっていたのにも関わらず直接会いに来た時点で僕は彼等を信用していた。今はまだ向き合えずとも、少し冷静になった今は少なからずあの2人が僕に対して責任を感じていたことには気付いてる。僕に危害を加えるつもりがない事を。だから信用していた。そしてあの2人がこの男が言ったような事を命じる筈が無いのだ。
ただやはりこれを拒否するには僕には分が悪い。拒否して事を大きくすればこの男が僕を裁く権利を得てしまう上に、僕を庇ってくれている沢田や入江さんの信用がこのボンゴレにおいては落ちてしまう。それは、嫌だ。
「…分かりました。」
そう言う以外の選択肢があるだろうか。
「随分と、久しぶりに感じるなぁ…。」
久し振りの我が家のドアに立っても何も変わった所はない。ただ僕が変わってしまっただけだ。部屋の中も飛び出してきた時と何1つ変わらないまま、ただ隅に溜まった埃にのみ時間を感じた。1人だと少し広い部屋とスペースの余るベッド。二度とその隙間は埋まらない。
ピンポーン…
部屋に入って立ち尽くしている僕に警鐘を鳴らすようなチャイムの音。このタイミングはあまり良い予感がしなかった。
「どちら様でっ、「ボンゴレだ、白蘭の件について調査の為立ち入らせて貰う。」っぐ…。」
「部屋の隅々まで調べろ。」
「「「はいっ。」」」
「っ、おい!」
扉を開けたと同時に突き飛ばされる痛みが襲う。止める間もなく入ってくる複数の人間。真っ黒な仕立てのいいスーツを着た彼らは堅気には見えない。きっとこいつらは僕に帰宅を命じた彼の差し金だ。彼らは乱暴に手当たり次第、部屋中の物を段ボールに投げ入れていく。どんどん白蘭の面影が部屋から消されていく。
白蘭とのお揃いのマグカップ。馬鹿みたいだと言った僕が本当は喜んでいたことに白蘭は気付いていた。
白蘭の服は緩い物が多くて、彼が家にいる時は僕にその服をよく着せたがった。
僕のお気に入りのアーティストのCD。ずっと聞いてたら拗ねた白蘭にイヤホンを取られた。
出会った頃に白蘭に勉強を教えてもらっていた時に使っていた数冊のノート。
白蘭が面白いよって勧めてきた英語で書かれた本。最初は全然読めなくて勉強がてらに一緒に読んだ。
全部、ここにあるもの全部、白蘭との思い出なのに。全部、無くなっていく。
「やめてくれっ……!」
「大人しくしろ!」
僕には抵抗する術さえない。
「これで全部か。」
「……。」
数箱の段ボールと家具以外空っぽになった部屋。僕と白蘭を繋ぐものはもう、何も。
「答えろ、これで全部かと聞いている。」
「い゛っ、」
背中を壁に押さえつけられ喉を腕で押さえつけられる。痛くて、苦しくて。もがく僕は押さえつける腕に縋るしかない。
「…おい、その指輪は何だ。」
指輪。僕と白蘭を繋ぐ最後の1つ。右手の中指に嵌るシンプルなプラチナのリング。僕が実家を出てこの部屋を借りる時に白蘭が僕にくれた物。
『お守りだよ。これがある限り、僕が名前の所に帰って来れるように。』
「っ、違う、これはっ!関係ない!関係ないからっ!!」
「白蘭に渡されたものか。…一見分からんな。開発部に見せるか。」
「!これだけは…!!お願いだ!!これはっ!!離せ、離せってば…!!」
普段出さない大声に喉がひりつく。しかしそんな事些細な事だった。奪われない様に、必死に暴れた。けれど素人な僕の抵抗なんて彼らにとってはあってない様なものだ。
「やめてくれ、返してくれ……。」
「回収した、帰るぞ。…明後日に迎えを寄越す。余計な気を起こすなよ。」
「……………。」
僕と白蘭を繋ぐものは。繋ぐものは。
「っぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」