After that4

あれから2日。白蘭の痕跡が全て無くなった空っぽのこの部屋で僕は何をするわけでもなく、ただそこに居た。指輪の跡も無くなり、いよいよ今までのこと全てが夢だったのじゃないかと思う。



ピンポーン…



物がなくなった部屋に音はよく響く。僕の体は過剰なまでにその音に反応した。

誰だ、何だ、今度は一体、何を奪っていくのか。

恐る恐る僕はドアを開ける。手の震えに我ながら馬鹿らしく思う。これ以上何を失うというのか。ドアの先に見えたのは久しぶりに見た同級生が頭を下げた姿だった。

「…沢田?」
「ごめん、本当に…!ごめん、ごめん苗字くん……っ!」

ひたすらに頭を下げる沢田は見たことのない同級生の姿だ。必死に申し訳なさそうな沢田に対して僕にはそうされる覚えがなかった。

「何、どうしたの沢田。」
「……っ、これ、本当に…ごめん。」

漸く頭を上げた沢田が開く手のひらには、よくよく見覚えのある指輪が乗っていて思わず喉が震え目頭が熱くなる。

「それ、」
「本当に、許される事じゃ無いけど…ごめんっ!」

そう言って謝る沢田の顔は僕よりも泣きそうな顔をしていて、そんな人をどう責めろと言うのか。

「……とりあえず、上がって。」
「うん…。」

沢田が言うには予想通り、僕に帰宅を命じた彼は沢田の命令なんか受けていなかった。そこそこの地位ではあるが沢田が名前も覚えていない程度の男なのだと。話を聞けば彼を含めその部下たちも今のボンゴレの中でも過激な方で沢田のやり方に納得が出来ないらしい。そうした緊張状態が続く中とうとう僕を庇い立てる沢田に堪忍袋の尾が切れ独断で動いた。沢田が留守続きで動き易かったのだろう。ただ彼らが研究所に僕の荷物を持って行く途中"たまたま"沢田が帰ってきて見つけ、問い詰めた。彼等は素直に僕を疑って白蘭に加担していた証拠を探したかったのだと白状したらしい。

「嫌な、予感がしたんだ。それで、急いで帰ったら…間に合って良かった。」

沢田から僕の手の上に乗せられた指輪は紛れも無く白蘭から貰った物だった。傷一つ無い状態で僕の元に返って来たのは沢田のお陰だった。

「ありがとう沢田、ありがとうっ…!」
「そんな!元はと言えば俺のせいだから!もっと目を光らせておくべきだった。苗字くんが指輪してる事には気付いてたけど…普通の指輪だって気付いてたのは俺だけだったのに。」

改めて右手の中指に納まる指輪を眺める。質のいいプラチナは照明の光を反射させる。数年間、手入れの時以外肌身離さず身に付けてきた。この2日間朧げだった意識がようやく正常に動き始めた気がする。

「どういうこと?確かにあいつら指輪を見た時やけに反応していた。ただの指輪なのに…何で?」
「…見せた方が早いか。」
「?」
「これがリング。そしてこれが死ぬ気の炎。」

沢田がポケットから取り出したのは綺麗に輝く橙色の石がついた指輪だった。沢田はそれを指にはめると途端に指輪から炎が湧き出した。驚くと同時に場違いにも綺麗だと見惚れそうになる。

「えっ、燃えてる!?」
「大丈夫、灯すだけなら害はないから。大雑把にしか言えないんだけど…今のマフィアはこの炎を利用して戦ってる。そしてこの炎に影響するのがリングのランク。ランクが高ければ高いほど炎の純度が高く大きくなる。ただの指輪と見た目は変わらないけれど、普通には作れない。」
「それと僕の指輪に何の関係が…。」
「白蘭はランクの高いリングを持ってたんだ。それも、世界を脅かす程の。俺たちはそんな高ランクのリングを揃えないために破壊した。けれど白蘭は、それ以外にも沢山の高ランクのリングを持っていた。」
「っ、まさか!」
「ううん、苗字くんが持ってるのは本当に普通の指輪だよ。ただ見ただけで分かるものでも無いから彼等は疑ったんだと思う。白蘭が高ランクの指輪を渡してたんじゃ無いかって。」

彼等は確かに白蘭の痕跡を探しに来たのだろうけど、本当の目的は沢田の言う高ランクのリングとやらを手に入れたかったのだろう。彼等の職業柄、僕が居ない間に鍵のかかった扉を無理矢理開けることはリスクが大きく実行出来なかった。だから僕を一度家に帰し内側から開けさせて比較的穏便に済まし近所の人にバレないようにしたかったのだ。しかし彼等の行為は全くの無駄でその上ボス直々に見つけられた。最悪の結果と言えるだろう。

「……最後まで苗字くんを関わらせなかった白蘭がそんなもの渡すと思えないしね。君を危険に晒す様なことあいつはきっとしないだろうから。」
「うん…僕も、そう思うよ。」

どうして沢田は敵だったはずの白蘭をそんな風に思えるのだろうか。どこまで広い心を彼は持っていると言うのだろうか。

「ねえ、苗字くんが知ってる白蘭のこと教えてよ。俺よく考えたらあいつのこと全然知らないからさ。苗字くんから見た白蘭ってどんな奴だったの?」
「そうだなぁ…。」

僕から見た白蘭なんて偏見の塊だろうに。幾らでも思い出せるそれらは今は胸を締め付けるように痛い。痛いけど、愛しい。

「未来なんてそう簡単に変わらないってよく言ってた。…まあそう教えてくれたのもそれを否定したのも白蘭なんだけど。」

楽しそうに何処かを見つめながらよく白蘭が言っていた。今思えば、それは彼が望んで作り上げた世界を思っての事だったのだろう。その時の僕はただ僕ら二人の未来が永遠なのだと教えてくれてると思っていたけれど。もし僕が彼の世界の一部だったなら強ちそれも嘘ではない、と思いたい。

「でもそれを教えてくれる未来は、過去の世界の"僕"にないんだね。白蘭自身で否定する事になったのがこの世界だから。」

僕は白蘭に出会えたから。白蘭に沢山のものを貰って今こうして生きている。白蘭に出会わなかった自分を想像出来ないぐらい、僕は彼と生きてきた。けれど、他の"僕"は?どうやって生きていくと言うのか。

「俺が言えた立場じゃないけどさ……白蘭は生きてるんじゃないかって思うんだ。」
「えっ…?」
「この世界じゃないどこかで、だけど…過去の白蘭はもしかしたら。アルコバレーノが生き返るなんて奇跡があったんだ。……白蘭も、生きてるんじゃないかなって。」
「…もし、それが本当なら、」

そんな奇跡が赦されるなら。

「白蘭、"僕"のこと見つけてくれないかな。過去の"僕"らを…。」
「…どうして?」
「違う世界でも過去でも、"僕"が僕である事に変わりは無いと思うんだ。僕は白蘭が居ないとダメダメだから。」
「そんな風に見えないよ。」

そう沢田は言うけれど本当にそんな事は無い。現に彼に出会わなかった自分を想像できないのがいい証拠だ。僕は、生き方を変えられてしまっているから。

「うん、でも本当なんだ。僕は白蘭に世界を変えられて、色んな事を知ったから。」

だから、もし奇跡があるのなら。こんな"僕"らを、白蘭が居ないと何も出来ないちっぽけな僕らを助けて欲しい。ただ一つ、彼の存在さえ有れば生きていける"僕"らを。まだ世界の広さを知らないから。僕じゃなくても、きっと何一つ白蘭を知らないままの人生なんて耐えられないから。例え、どれだけの未来が変わったとしてもただ彼だけは。

「だから、もし本当にそんな奇跡が赦されるなら……。未来は、変わる。でも、ただ1つぐらい変わらない事があってもいいと思うよ。」
「運命ってやつ?」
「そう、もし僕と白蘭が運命で結ばれてるなら……」



本当に運命なら