The future isn't seen

「ねぇ、沢田。」

俺は同級生のこんな笑い方を見たことがなかった。夕日が差し込む教室で彼は怪しげに、そして何処か悲しげだった。

未来から帰ってきてすぐの放課後のことだった。苗字君はどちらかと言えば大人しく、だからと言って嫌われるわけでもなく普通にクラスに馴染んでいた。たまに喋る程度の仲が良くも悪くもない少し距離のある人物だった。そんな苗字君に「少し話さない?」なんて言われて俺は直ぐに未来での事だと理解した。あの場にいた青年は間違いなく苗字君だった。二人きりの教室はなんとなく重苦しく息苦しさがあった。苗字君はポツリポツリと話しだした。それはあまりにも断片的な記憶だった。

と言っても俺も未来の苗字君についてわかる事は少ない。彼は白蘭が消えた後すぐに気を失った。彼の記憶はここまでしか無いらしい。俺らは気を失った苗字君をそのままにしとくわけにもいかず基地へ搬送した。ラルや獄寺君、スクアーロなんかは凄く反対していたけれど。確かに彼は白蘭を追って来ていたみたいだけれどそれでも幾らか年を取っているとは言え同級生に変わりは無いのだ。助ける理由として俺には充分だった。何より白蘭が最後に彼の名を呼ぶときの顔は俺にも予想外のもので、つまりそういう事なのだと察した。放り投げるのはあまりにも無責任だった。少し調べれば未来の苗字君の情報は出てきたみたいでミルフィオーレの末端の会社に勤めていて普通のマンションに住んでいる事が分かった。しかもミルフィオーレの末端の会社といっても特に怪しい事をしてる訳でもない資金の為に起業されたような殆ど一般的な物と変わらない会社だった。住まいも苗字君自身が自分で用意したもので白蘭と関わりがあるのか理解出来ないほど苗字君自身は普通だった。俺はミルフィオーレとは関係がないと主張したが周りがそれに納得する筈もなく気を失っているというのに厳戒態勢での監視が行われていた。そんな事をしてる間にも俺達は帰る時間になってしまい結局その後どうなったかは分からない。どうするつもりか誰に聞いても答えてくれなかった。

「大方拷問でもするんだろ。流石に沢田達にそんなこと言う訳ないでしょ、子供なんだから。当たり前だ白蘭との関わりがあったんだ、白蘭、どうやら沢田とは敵対してたみたいだし。何か話しを聞いてたっておかしくない、何より敵討ちだってあり得るんだから。まあ僕もそう、違いはないけど。」
「だからってそんな…拷問なんて。」
「もう一度言うけど僕はあの瞬間しか知らない。それでもあの空間は異常だったと思うよ。普通じゃない。それこそ拷問が許される程の。あれは一体何だったの。僕には知る権利があるでしょ?」
「…分かったよ、全部話す。」

苗字君はただただ静かに、決して俺と目を合わせず、未来であった事を聞いていた。ただやっぱり当事者である俺が話すと主観的になり過ぎる様で白蘭の話をしている時だけ少し怒っている様で泣きそうな顔をしていた。

未来であった事。そもそも何故そうなったか。俺達が一体何をしに行ったか。ボンゴレの事。隠すべきだったかも知れない。マフィアなんて余りにも突飛で非現実的過ぎる。それでもきっといつか苗字君は真実を知る。自分の手で調べてしまうか、誰かの口から聞く事になる。それなら別に今であってもいいだろう。

「…何となく大体の事は分かった。それでも、僕は絶対に白蘭が好きな事は変わらない。僕は沢田を、ボンゴレを許せない。もし白蘭に繋がる道が邪魔されるなら何だって許さない。それが君たちの命であっても。もう会えないとしても、仇は討つよ。」
「っ、何で…!実際に白蘭と会ったことがある訳でもない、あれは苗字君だけれどもう未来は変わった!同じようにする必要なんてないだろ!」
「あの時、最後に見た彼の笑顔が忘れられないんだ。」
「あの時…?」
「最後、消える瞬間に僕の名を呼んだ時の白蘭が。あれは、僕にとっての一目惚れだ。それに良い人だから好きなんじゃない、悪い人だから嫌いになるんじゃない。彼が彼だから好きになるんだ。刷り込みでも良いんだよもう。だってこれはきっと運命なんだから。きっと僕じゃない、何処かの"僕"も絶対白蘭を好きになってる。未来は変わる、分かってる。でも、だけど1つだけ、たった1つで良いから、変わらない未来があったっていいじゃないか…!」

悲痛そうに言う姿は未来で視界の端に映った白蘭の名を叫ぶ苗字君にそっくりだった。こんな姿を見てしまったらもう俺は苗字君の感情を否定なんかできない。誰だって願う事だから。好きな人と幸せになりたいなんてこと、誰だって願って当たり前なんだ。

「それでも、嫌だよ…また未来が変わるのは。それに…、」
「…?」

だからと言って折角リボーンやアルコバレーノ、ボンゴレの人たち、きっと俺の知らない人たち含めたみんなが死なない未来にしたんだ。ユニやγが命に代えてまで守った未来だ。そんな未来を変えるなんて見過ごせない。そして何よりも、苗字くんがそんな事出来るとは思えない。

「白蘭があんなにも好きな苗字君がそんな事すると思えないよ。」

あの時、最後に笑う白蘭に実際俺は呆気にとられたのだ。こいつは人を愛せるんだって。こんな顔出来るんだって。あの白蘭にこんな顔をさせる苗字君は凄いんだって闘っていた俺だからこそ思うところがある。俺の知ってる苗字君はいつも凪いでいて優しくて綺麗な海の様で。見ているだけで落ち着く様な存在でちょっと憧れさえ抱いてしまうような人だ。ただの同級生だった俺でさえそう思うんだからきっと白蘭はもっと苗字君のことを知ってる。全世界を見てきた白蘭ならきっと。そんな苗字くんが変わるのはきっと白蘭は望んでない。根拠なんてない、言うならば直感だった。

「な、にそれ、脅しじゃん…。やだよ、嫌だ、諦めたくないに決まってるだろ。もしかしたら生きてるかもしれない。何処かにいるかもしれない。近道が目の前にあるのに見過ごせるわけない。仇が目の前に居るのに見てるだけなんて出来るわけないだろ!」
「…生きてたとしても俺は知らないし、きっと誰も教えてくれない。それにもし、…この世界に居なくても俺を殺したって白蘭は現れない。嫌だよ俺は、苗字君が人を殺すなんて。俺は全力で抵抗するよ。」
「っ、じゃあ僕はどうすれば良いんだよ……!!」

ただ一雫だけ流れる涙を俺はただ呆然と見る事しか出来なかった。一体どうしたら苗字君を救えるのだろうか。俺には分からない。