I'd like to be a friend

ツナが神妙な顔で喋っているのを俺はどこか他人事のように聞いていた。きっとツナも苗字が俺達に本当に何かするとは思ってなくて、それでもきっとどうしたらいいか分からない。知らないフリは出来なくてでもそれに解決策なんて無くて。だからこそきっと俺や獄寺に相談をしたんだろうけれど、獄寺にそんなこと言えば怒り出すのは分かってたろうに。俺は、



俺は



苗字と仲が良かったかと聞かれればクラスで一番知らないやつだったかも知れない程、距離の遠い奴だった。話しかければ応えてくれる。笑わないやつじゃないし多分友達も居ないわけじゃない。けれどどことなく壁を感じるのは"その笑顔以外"を見たことが無いからだ。クラスの集まりも中心には行かず隅で過ごしそこに誰かが立ち寄る様な、そんなやつだった。だから特別話すことも遊ぶ事も、仲が良い訳でもなかった。

仲良くなればどんな風に怒って泣いて、笑うのかと。興味はあったけれど俺に向けてくれるとは思わなかった。だから驚いたのだ。会うはずのないと思っていた10年後の苗字に出会った事に。そして見るはずのないと思っていた激しく感情を露わにした苗字に。

「びゃ、くらん!!」

突然現れた男がどうにもこの物騒な空間に似合わず引き留め顔を見たら、元の世界にいるはずの同級生の面影があった。だからこれは10年後の苗字なのだと。いつも凪いだ海の様な男は荒波の様な感情に呑まれていた。

「苗字!?う、わ、止まれって!!」
「白蘭!!」
「何でここにいるんだよって、聞いてねえな!危ねえから動くなって巻き込まれるぞ!」

それを向けるのが俺達の敵であったから理由は分からずとも、今の俺達と関係が無いとしても止めなければならなかった。俺達の敵なのか白蘭の敵なのか分からないけれど、あの危険な場所に放り出すことは同級生の好として見過ごせなかった。

「離せ、離せってば!」
「っ!」

あまり強い力で拘束すれば苗字が怪我をするから最初から強く掴んでは居なかった。止まってくれると思ったから。けれど拘束なんて御構い無しに振り解こうとする。そんな苗字の様子に驚いて元々緩い拘束は振り解かれる。同級生の筈なのに。苗字ほど冷静なやつがそれに気付かないわけ無いのに。俺は、同級生だったのに。



俺は同級生である苗字を助けられなかった。どうする事も出来なかったのだと今でも思う。未来から帰ってきて学校で見た本来の姿の苗字は一見いつもと変わらない。けれど珍しく目が合うと思えばその目は鋭く鈍く、哀しそうだった。ああ、知ってるのだ。苗字は"彼"と"あいつ"の事を見たのだ。俺達は苗字にとって同級生なんて可愛いものではなくなった。まさに仇を見ていたのだ。

だから俺はツナの話を聞いても驚く事も出来なかったし逆に苗字を責める事も出来なかった。俺達のやった事が間違った事だとは思わないけれど、それはあまりにも独り善がりだ。そこに人の命がある限り誰も不幸にならないなんて事はないのだから。ツナもそれを分かっているからどうしようもないのだ。

凪いだ目をした彼はそこには居ない。ただ伏せられた目には哀しみだけが垣間見える。そんな顔をして欲しいわけじゃない。こんな事になると知ってた訳じゃない。俺達が当事者だからこそどうにかしたいって俺もツナも思ってる。責任を感じてる。けれどきっと苗字の哀しみは俺やツナじゃどうにもならない。それも分かってる。苗字だってただ敵討ちがしたい訳じゃないんだ。俺達が仇として打たれて死んだとしても白蘭が現れるわけでもない。苗字がそれで喜ぶわけも無いし俺達がそれを許せるはずもない。どうしたら良いのか誰も分からない。

けれど苗字を助けてやりたい。助けたい。俺には無理だけど。



でもアンタなら、白蘭なら、苗字を助けてやれるだろ?



「山本クン、元気?」

朦朧とした意識の中、聞き覚えのある声の正体を確認しようと全力で目の筋肉を働かせる。もう二度と会うことのないと思っていた。二度と苗字の笑顔が見れないと思っていたけれどそんな苗字を唯一救ってやれるかもしれない男が生きてそこに居た。怪我ではっきりしない意識が見せた幻覚などではない。だって俺が苗字をこの瞬間に思い出したのはこの男を見たからだ。

「っ、あ、んたを、探してる…苗字は……。」
「……そっか。なら尚更、頑張らないとね。」

途切れ途切れの俺の言葉を聞いたその顔は何処か嬉しそうで、寂しそうで。この人も助けて欲しいのだ、苗字に。この人達はお互いじゃないと自分達を救えない。白蘭はきっとそれを知ってる。早く、苗字に会ってあげて欲しい。生きてると教えてあげて欲しい。俺達をただの同級生に戻して欲しい。

そんな事を敵だった人に思うなんておかしいだろうか。いや、ツナでも同じだろう。あいつは誰よりも優しいから。

「まだ少し時間かかりそうだからさ、名前のこと頼むよ。本当は誰かに頼みたくなんかないんだけどなぁ…これに関しては自業自得だしね。まあ直ぐに迎えに行くから。だからそれまで、ね。」
「あ、たり前、だ…友達……だから。」
「ま、何にしてもその身体を治さないとね。」

白蘭がそう言って俺の瞼に手を当てたのを最後に意識を飛ばした。最後に見えた白蘭は何とも清々しい顔をしていて、ただ苗字だけを求めているのだろう。