なぜいつも残酷を孕むの

「何故愛の妙薬だけを纏めた」


地を這うような声が鼓膜を震わす。さっきまでの和やかな空気が嘘のようだ。

取り巻きの女の子達に愛の妙薬の事で何か聞かれたのかもしれない。それで嫌になっていたのに、私も同じ事をしていたから。…私も、同類だと思われた?

5年も一緒に生活したのに話した事は1度も無く、最近やっと話すようになった相手がする行動では無いのだが。密かにリドルに心惹かれる私は、そんな彼と密着しているこの状況で心臓が張り裂けそうで。とにかくリドルに嫌われない答えを探すのに必死になっていたせいで、何故彼が怒ったのか、その本当の理由を考えるまで頭が回らなかった。

視界がぼやけてリドルの顔が歪む。目に透明な膜が張るのを感じた。


「ごめん、泣かせるつもりはなかったんだ」


静かに私の頬を流れる涙を、リドルは困惑しながらも指で丁寧に拭ってくれた。


「違うの、ただ興味があっただけなのよ。誰かに飲ませたい訳じゃない。でも作り方が気になってしまって…」

「本当に?」


コクコクと何度も首を縦に振ると、冷静さを取り戻したのか、リドルはゆっくり私から引いてくれた。


「背中、ごめんね。痛かっただろう?」


そのまま腕を引かれ、リドルに抱きしめられる。ゆるゆると優しい手つきで背中を撫でられる。壁に当たった時にできた痛みは自然と引いていった。

…ん?私今リドルに抱きしめられているの?現在進行形で?

まるでペトリフィカス・トタルスをかけられてしまったかのように身体がピクリとも動かない。身体中の血液が沸騰したように熱い。ど、どうしてこんな。


「君に誰か愛の妙薬を使いたいと思うくらい心惹かれている人がいるんじゃないかって思ったら、責めるような真似をしてしまった。本当にごめん」


それは今目の前にいる貴方です、とは口が裂けても言えない。頭がドロドロに溶けてしまう前に早くリドルから離れなければ。軽く彼の胸を押すと、もう一度「ああ、ごめん」と言って離れていった。


「……」


気まずい空気が流れる。恥ずかし過ぎて顔を上げられそうに無い。ああもう、愛の妙薬について図書館で調べようとする気分じゃ無くなってしまったじゃないか。しゃがんでのろのろと教科書をかき集める。早くこの空間から逃げ出したい。…そうだ。


「そういえばダンブルドア先生から変身学で使う教材の準備を頼まれていたのを思い出したわ!早く行かなくちゃ。それじゃあまた後で!」


思いついた嘘を早口でまくし立て、リドルが口を開く前に私は廊下を反対方向に走り出した。





全力疾走で廊下を駆け抜ける。階段を下り、見慣れたスリザリン寮前の廊下に出た。足を止めて乱れた息を整える。絵画の住人達が、なんだなんだと騒ぎながら私を見ていた。

…まさか、抱きしめられるとは思わなかった。

合言葉を言って談話室に入る。自習に励む生徒が3人程いるくらいで、がらんとしていた。
誰もいないのをいい事に、暖炉前のソファに腰掛ける。

なんでリドルは急に私に構い出したんだ。それこそ愛の妙薬を私に飲まされたみたいな行動ばかりして…


「はは、まさかね」


ゆっくり背もたれに体重をかけながら空を仰いだ。

私に愛の妙薬を作った記憶なんて無い。作ったとしても、数日前まで嫌悪していた相手に愛の妙薬なんて飲ませない。だけどさっきの反応は?愛の妙薬絡みで何かがあったみたいな反応だったじゃないか。

人気者な彼の事だ。送られてきたプレゼントの中に愛の妙薬が入ってたのかもしれない。その妙薬の効果が最初に見た相手を好きになるみたいなやつで、偶然私を最初に見て、好きになってしまったとか。


『君に誰か愛の妙薬を使いたいと思うくらい心惹かれている人がいるんじゃないかって思ったら、責めるような真似をしてしまった』


リドルの言葉がフラッシュバックする。
私の事が好きだとでもいうような言葉を言われてしまい、頭では違うと分かっているのに心が期待してしまう。


「ああ…最悪だ」


結局、どれだけ私が悩んでもリドルが何故私に構うようになったのか、その真意は本人にしか分からないのだ。

仮に愛の妙薬を飲まされて、偶然私を好きになったとして。もし薬の効果が切れたら、彼はもう私と話してくれなくなるのか。そりゃそうだろう。向こうは気まずいだろうし、関わりたく無いと思うに違いない。
(リドルが愛の妙薬を盛られているなんて確証は無いのに、既に私の中では盛られた事になっている)

話せなくなるのは嫌だ。でも…ああ、泣きそうだ。

気づいてしまったんだ。私はリドルに恋をしている。だけど向こうは?

涙が静かに頬を伝う。

不毛じゃないか、始まる前から終わりが決まっている恋なんて。

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